39話 草刈り
雫はふぅと呼気を整えて、闘気を活性化させていく。心臓から胴体へ胴体から手足へ、そうして髪の先から手足の指先、体を覆う衣服や手に持つ大剣にまで、行き渡らせた。
『筋力上昇』
『身体能力上昇』
『動体視力上昇』
『反応速度上昇』
『鋭敏上昇』
まずはこのレベルで使用可能な身体能力アップの武技をほとんど使用する。体を連続で瞬くように紅きオーラが何度も包み込み、自分の体が熱く感じ、身体能力が大幅に上がったことを雫は感じた。
『闘気瞳』
そうして敵を見逃さないために、闘気を確実に感じ取れるよう眼の精度を強化して
『闘気鋭化』
『攻撃力上昇』
『攻撃速度上昇』
『貫通力上昇』
攻撃力を大幅に上昇させる闘技を追加で使用した。全てのマナコストたったの5だ。合わせても計50しか消費していない。信じられないと、雫は心が躍る。どれか一つを切り札として使っていた過去を思い出して、フフッと喜びから笑ってしまう。これならば、格上とも対峙できるであろう。
いわんや、同格のモスマンなどこの状態なら雑魚である。闘気法最大効率変換……素晴らしいスキルだ。防人さんがよくわからない使用方法をした時には驚いちゃったけど。
「防人さん」
軽々と羽のように大剣を持ち上げて、水平に構えて呟く。
『あいよ。『影刃付与』』
私の思念を読み取って、以心伝心の防人さんは大剣に影の刃を付与してくれる。その付与にて大剣は漆黒に染まっていく。その様子に、こっそり畏れを覚える。防人さんは魔法も闘技も全て共通に使用できると思っているのではないだろうか?
攻撃魔法を物に付与し、支援闘技を魔法に付与する。魔法の形を自由に変化させて、闘技を遠隔で操作する。どれも常人には不可能なことだ。そのことに疑問を持たず、息を吐くように普通に使いこなす。とんでもないパートナーに当たったものだと、畏れと共に喜びに震えていた。これ程頼もしいパートナーは他にいないに違いない。
影の刃を付与された。剣身がどんどん伸びていく。だいたい20メートルほどの長さへと変わったが、影であるために重さを感じることはない。
「参ります」
静かな声音でポツリと呟くと雫は草むらへと駆け出す。這うように腰を低くして、獣のように駆け出し、風を生み出すほどの速さで。
草むらへと接近すると、軽やかに羽箒でも振るように、雫は大剣を横薙ぎに振るった。僅かに風斬り音がチリリと聞こえ、銀閃が奔る。草むらは根に近い所から一気に切断されて、ハラハラと舞い落ち、さらに雫は脚に闘気を込めて踏み出す。
『加速脚』
残像を残し、雫は切断された草が地に落ちる前にその奥へと、急加速して分け入ると、再び剣を返すように薙ぎ払う。
『円陣剣』
体を回転させると、トントンと軽やかにダンスでも踊るようにステップを踏む。ただ、そのステップは一歩一歩が数十メートルの距離を移動する。
かき消えるように移動する雫に、レッサーマンドラゴラはその気配を感じ取り、ピクリと葉を震わせて硬化させようとするが、その時には根本から切り払われている。震動を感知してウォームが身じろぎした時にはその体を分断させて、異常を感じ取り慌てて木の枝から飛び立とうとするモスマンはその木の枝ごとバラバラとなった。
恐るべき旋風の刃はくるくると回転して、魔物を倒し、草むらを刈り取り、木々を断ち切っていく。そうして、多少荒いがあっという間に周囲を平原へと変えていって、雫は武技の効果時間が終わり立ち止まった。あとに残るのは葉を無くし攻撃手段を失ったマンドラゴラ、いかにタフであっても体を両断されて息絶えたウォームと、木切れに交じるモスマンの死骸だけとなっていた。
「まだ身体能力強化関連の効果は残っていますし、あと一回はいけますね」
ふぅと息を整えると、雫は再び大剣を構えて……。
先程と同じく『加速脚』と『円陣剣』を使用して、さらなる平原と、大量の魔物の死骸を作り出すのであった。
ダンジョンから出た昆虫は、縄張りでのんびりと暮らすのみ。まさしく草刈りとなるのだと、修羅たる美少女は楽しそうに、凍えるような笑みを浮かべていた。
信玄は開いた口が塞がらないとはこのことだろうと、目の前の光景を見て啞然としていた。先程まではたしかに鬱蒼と生い茂る腰まで伸びた草むらと、聳え立つ木々が存在していたはずであった。
草むらや木々の間には、爛々と目を光らせる獲物を狙う魔物たちが大量に潜んでいるはずだった。
今や草むらは刈り取られ芝生のようになり、切り株がポツポツと残るのみ。そして、無数の魔物たちの骸がゴロゴロと転がっていた。
一人でなんとかするとは聞いてはいたが、信じられない力だ。
「勝頼よ……。なぁ……さっきまでここは踏み入るのに命懸けの場所だったよな?」
「そのとおりだな、親爺。数分前までは、たしかに魔物渦巻く秘境だった。寝転んで微睡むことができそうな芝生では決してなかったな」
隣に立つ息子へと確認すると、放心したような声音で勝頼は答えてきた。……頬を思い切り抓ってみる。
「痛え! 何するんですか。おやっさん!」
「痛いか大木。そうか……とすると幻じゃねえんだな……」
「あの、おやっさん? そういうの自分の頬でやってくれませんか? なんであっしの頬を抓るんです?!」
大木がなにやら抗議してくるが、最近は歳なのか耳が遠くなってきた信玄は聞かないことにして、畏れと共にジワジワと笑いが顔に浮かぶ。
馬鹿馬鹿しいほどの、呆れた力だ。真似しようにも真似できない圧倒的な力だ。この廃墟街で、これほど頼もしいと思ったのは初めてだ。
影法師を解除して、疲れたように大剣を引きずりながら戻ってくる男に、笑顔と共に迎える。
「はっ! やるじゃねぇか、さすがは廃墟街に企業を設立しただけはあるぜ! これだけの土地を一気に開拓しちまうとはな!」
バンバンと興奮から強く肩を叩く信玄に、防人は嫌そうに手を振り避けようとする。
「暑苦しいだろ。だいたい1kmは草刈りを終えたかぁ?」
「いや、そこまではないな。だいたい500メートル四方といったところだろ社長」
期待を込めた防人の言葉に、冷静な勝頼が目算を教えてくれる。うん、がっかりだぜ。たったそれだけ? 結構雫さんは頑張ってくれたと思うんだけどと、防人は肩を落とす。
「そうだな。人の目は結構誤魔化されやすい。数千の貝を集めた貝塚でも、数万はあると思うしな。残念だったな防人。がっはっは」
「それ信玄の若い頃の話だろ。家臣を試したってやつ。ったく、わかりにくいぜ」
1kmは草刈りを終えたと思ったんだがと、がっかりしながらも人間草刈り機の雫さんに防人も驚愕していた。闘気を覚えたことにより、防人は自分の想像以上に強くなったが、雫は闘気の力を正確に把握しており、その技を最大限効率的に使ったのだ。手探りの俺とはレベルが違う。
「闘気法最大変換効率……欲しがるはずだよ」
たしかに強い。切り札的なものであろう。だが、それは反面、敵も闘気を使いこなすやつがいた場合、後れを取る可能性があるということだ。スキルも最大変換効率は限定1であった。しかし、それは人類側だけの話だし、最大とわざわざ名称が付けられているのだ。もちろん中とか小とかの変換効率のスキルもあるだろうから油断はできない。
自分が優位にあると思うときこそ、油断はしてはならない。残機スキルがあるから一回は後れをとっても大丈夫だろうが。
頭の片隅に闘技の危険を覚えておくことにして、気を取り直し、平原と化した眼前の光景を見て、パンパンと手を叩く。
「500メートルでも良い。お前ら、芝生を掘り返して、開墾を始めろ。倒した魔物は回収して、レッサーマンドラゴラは攻撃手段を持たないが、注意して倒すこと。始めろ」
「おう! 『騎馬創造』。開墾に使うぞ、小石はしっかりと取り除くんだぞ!」
信玄が魔力を集中させて、マナを解放させて『騎馬隊』のスキルを使用する。魔法陣が描かれて、精悍な身体つきの馬が5頭現れてヒヒンと嘶く。
計画どおりであったので、戸惑うこともなく、他の部下たちが軍馬に開墾用の手作りの鋤を取り付ける。まるで機械の無い時代だと、苦笑を防人はするが、使いべりしない家畜がいるだけ遥かにマシだ。
馬が歩き、鋤が土に食い込む。ダンジョン付近の土地は肥沃でふかふかだ。深く鋤は食い込んで、どんどん大地を耕していく。
小石が出てきて、大人たちの後ろを歩く子供が腰をかがめて集めていく。時折現れるレッサーマンドラゴラは、その武器たる草葉が既に刈り取られているために、怖くはない。慌てて土から這い出てくるのを、棒で叩き砕くとコアを抜き取っていく。
うんうん、レッサーマンドラゴラは生きているが、問題なく対処できているなと、俺は腕を組み満足そうにする。が、人参を嫌いになりたくないので、欠片は回収しなくて良いよ? なぜ回収しているのかな? 焚き火にその欠片は焚べとこうぜ。
繁殖だけはしないのが魔物だから、砕けた身体が蠢いて、人間に寄生するという展開はないんだけどさ、それでも気分的に嫌だと思わない? なんで子供たちは嬉しそうにコアを抜き取られて死んだレッサーマンドラゴラを籠に入れているのか、おっさんに少し教えてくれないかな?
そんなおっさんの疑念は無視されて、ウォームやモスマンの死骸からもコアは抜き取られていく。
「痛っ」
少女がそんな中で、苦痛の声をあげた。見ると、ウォームの繊毛が手に刺さったらしい。手袋を用意しておくべきだったか。その手からはぷっくりと腫れて多少の血が出ていた。
「大丈夫か、華? ほら、初期ポーションだぞ」
小さい瓶に入った赤色の飲み物を男の子が華と呼ばれた少女に渡す。
「えへへ、ありがとう純」
男の子へと笑顔でお礼を言うと、患部にポーションを振りかける少女。パアッと一瞬だけ、ポーションがかかった患部が光り、腫れは引き血は治まって傷跡もなくなっていた。
新たなるチェーン店のラインナップの一つ。この間追加されたアイテムだ。
『初期ポーション:Fコア10個』
初期ポーション。切り傷、あかぎれなど、多少の傷を回復させる魔法のポーションだ。使ったあとの小瓶は砂となりサラサラと消えていった。その砂も最初からないかのように。
かすり傷だけしか治せない。深い傷に何個も使っても治らない残念仕様だが、それでも使い道はたくさんある。破傷風を防ぐこともあかぎれを防止することもそうだし、多少の体力アップもあるようで、疲れている時に飲むと多少元気になる。
「甘いから人気ありすぎだよなぁ。身体に悪くないかね?」
ほんのり甘いんだよ。甘味と言うには薄味だけど、廃墟街の人々にとってはそれでもご馳走なのだ。不必要に飲む奴多いんだよな。
『事象として残る結果は回復だけなんです。その点は普通の薬と違い副作用はないですから気にしなくてよいかと』
『雫さんがいてくれて良かったよ』
あっさりと俺の疑問を解消してくれる雫には感謝しかない。この娘がパートナーで本当に良かったよ。
ふよふよと浮く雫に頼もしさを感じつつも、ついつい尋ねてしまう。
『なんで、四つん這いになって唇を突き出しているのかな、雫さんや?』
『美少女巨神兵なんです。充分に時間を掛けて再生されたので腐ってません。そういうの趣味ではないので。ブォー。腐海を焼き尽くします。ブォー。私の選択肢は焼き尽くす、です。ブォー』
『あ、そ』
また、意味のわからないことをしているんだろうと、四つん這いになって、可愛らしくよちよち歩きをする残念美少女から、そっと目をそらした。
この病気さえなければ、最高のパートナーなんだけどな。




