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38話 田畑

 夏真っ盛り。異常気象と言われた過去は蜃気楼のように幻となり、日本は古き時代に戻ったように四季がはっきりしていた。


 春うらら、夏暑く、秋には紅葉、冬には大雪というやつだ。夏だけいい語句が思い浮かばないな。まぁ、梅雨も台風の到来も、昔々の江戸よりも昔の気候となったと、壁ができる10年以上前にお偉い科学者がテレビで言っていた。


 曰く、ダンジョンは地球の防衛機構だと。


 賛成できないね。それならなぜゲーム的な仕様なんだ? 魔物が現れ、スキルがあり、人々は新たなる巫山戯た理に支配された。そんなものが防衛機構のはずがない。


 とはいえ、ダンジョンが地球の環境回復を担っているのは間違いないところだ。そこに反論はしない。汚水は無くなり、プラスチックは食べられて、オゾン層は復活したらしい。それがダンジョンが現れて数年経ったときの話だから、今はもっと回復しているだろう。


「あぢ〜」


 本日、ハードボイルドなおっさんは休業なり。7月も半ば。陽射しは強烈で、手で顔を扇いでも、ぬるい風が当たるだけだ。こんなんで黒尽くめの黒衣にはなれねぇよ、さすがに。


 汗だくで黒衣とか、ハードボイルドじゃなくて、ギャグキャラだろ。


「暑そうだな、防人?」


「あぢーよ。信玄、お前、変態か? 日射病になるぞ?」


 声をかけてきた信玄へとジト目で見る。今日はシャツにジーパンの簡素な服で防人は訪れていた。


 ダンジョン周りの田畑予定地に。


「儂もあちーよ。ち〜っと氷を作ってくれないか?」


「ふざけんな、その鎧を脱げ、その鎧を!」


 汗だくの信玄は、変わらずに武者鎧姿であった。アホかこいつ。


「だがよ、ここは危険地域だぜ? 敵がいつ迫ってくるか、わからねぇだろ」


 眉を顰めて周りを見渡す信玄。その不安は周りの人間もあるようで、皆は長袖のシャツに厚手の服を着て、ゼイゼイと息を切らして汗をかいている。


 たしかになぁと、防人も眉を顰めて、周りを見渡す。草むらが腰の位置まで生い茂っており、何がいるかわからない場所であった。


 道路の舗装は捲れ上がり、今や跡形もない。家屋は既に焦げた柱だけであり、僅かに残骸が残るのみ。地面が剥き出しとなって、元都内であるのに土が露出していた。というか、アスファルトがない。


 近くにはダンジョンである証拠に森林が形成されており、その奥に丘のように突き出ている洞窟が目に入る。


「環境回復ねぇ。アスファルトはどこに行ったんだか」


「ここらへんはワームの群れが現れて爆撃で吹き飛ばしたんだ。奴ら土の中を水のように泳いで、人もアスファルトも食い散らかしたからな」


「あぁ、たしかそんなことあったな。あれでここらへん一帯は消えたんだっけか」


 思い出した。たしか小さくても10メートルはある胴体を持つ化け物ミミズだ。その皮膚は柔軟性があって、倒すのに苦労してたな。たしか壁ができる前だ。政府が地区を一角吹き飛ばさないと対応できなかったのかと、非難されていたっけか。その跡地なのか。


「ダンジョン発生当時は大物の魔物がたくさん現れたよなぁ。なんで当時はそんなに大物ばかりのダンジョンが現れたんだか」


 たしかに昔はドラゴンやキマイラ、ワイバーンにサイクロプスなど、高ランクの化け物ばかり現れたもんだ。今のような低レベルの魔物がそこらじゅうに現れ始めたのは、5年程度経過したあとだっけか……。


 元から低レベルダンジョンはあったが、急に質より数の攻勢にダンジョンは変えたんだよな。


「ダンジョンは地球の防衛機構だから、ある程度人類を間引いて、勢いを弱くしたんだろ」


「そんなアホな説を信じている奴らはいねぇよ、防人。そんで、この地帯は弱い魔物の群れが現れる地域となったんだが……。草むらを刈るのは怖え」


 言いたいことはわかる。俺もここにはなるべく来なかったのだが………。


「ここが一番田畑に相応しいんだから仕方ないだろ」


 足元に転がる小石を草むらへと投げると、がさりと草むらが震えて、小石に伸びた草が槍のように襲いかかる。カチンと音がして、小石は弾かれて、ひょこひょこと伸びた草の根が土の中から現れて小石を眺める。ジッと小石を見つめて、興味を無くしたのか、また土の中へと潜るのであった。


 その草は根が人のような人参だった。


「マンドラゴラだ。とはいえ、土から抜いても死ぬような悲鳴をあげないが、あの草はナイフのように鋭い。厚手の服でも切り裂くぜ」


 信玄が苦々しい表情で、潜ったマンドラゴラを見つめる。もはや草むらの中に姿は潜り、他の草とまったく判別できない。


『レッサーマンドラゴラは、自らが生やす葉を、周囲と同じようにして擬態します。Fランクの魔物ですが、土の中にいて、倒しにくい。困った相手です』


『地面に潜っているレッサーマンドラゴラに注意していると、やばいしなぁ』


 フヨフヨと浮く雫さんが、魔物図鑑なところを見せてくれるが、レッサーマンドラゴラだけではないのだ。


 モソモソと動く1メートルほどの胴体の芋虫が草むらから、小石の音を聞いて姿を現す。見かけは芋虫だが、その動きは大人が全力疾走するぐらいの速さだ。毒々しい紫色の皮膚に触れたら毒を受ける針金のような繊毛を体中にびっしりと生やしている。


『ウォーム。Eランクの魔物です。粘度の高い糸を吐き敵の動きを封じて、麻痺毒のある噛みつきで痺れさせて、敵を貪り食います。そして、そのウォームのそばにはモスマンがいる可能性も高いです』


 芋虫の魔物ウォーム。進化すると痩せ衰えた人のような形をした体を持つ巨大蛾モスマンへと変わる。こいつは風の魔法も使い、羽ばたく際の鱗粉はウォームよりも強力な麻痺毒を持つ厄介な敵だ。動きもかなり素早い。Dランクなり。


『昆虫はタフだからなぁ……嫌な敵だ』


 総じて昆虫類は痛覚が鈍い。ゴブリンたちなら怯む一撃を与えても平気で動く。ボウガンでハリネズミにするまで矢を撃ち込んでも倒せるが、何本打ち込めばいいやら。その際にモスマンが現れたら、一気に戦況は変わるだろう。モスマンはヘリよりも速く鋭角に動き、痛覚が鈍いのでタフ、さらに風魔法で薄い鉄板程度なら切り裂いてくる。


『私が二人いればなんとかなったのですが。モスマ〜ンや、モスマン〜』


 なぜか手をあげて身体を揺らして踊り始める雫さん。そのアホっぽくて、だからこそ愛らしい姿から目をそらして、信玄へと話しかける。


「昆虫類の魔物は、草むらや森林がなくなれば、ほとんど無防備になるし、田畑を作っても襲いかかることは少ない。こいつら、生息区域がはっきりしているからな」


「そりゃ、お前さんの言うことはわかるぜ? だが、草むらを燃やすわけにはいかないぞ? またぞろスタンピードが起きるだろうしな」


 燃やすのが簡単だが、そうすると一斉に虫たちは暴走するだろうことは想像に難くない。そうなるとゴブリン以上の危険を伴うと、信玄は顔を顰める。


 そんなことは俺もわかっている。燃やすつもりはない。


「と、いうわけでだ。信玄、部下を全員遠くに離れさせろ。ちょっとフルパワーで攻撃するから、周りにいたら巻き込む」


「ふん? お前のフルパワーねぇ?」


 こちらを窺うように見てくる親爺に、おどけるように肩をすくめて、手をひらひらと振って忠告する。


「最近面白いスキルが手に入ったんだ。近くにいても良いが、死んでも文句言うなよ?」


 自信有りげな俺の表情を見て、信玄は面白そうな表情で口元を曲げる。


「そこまで言うとは、お前にしては珍しいな。わかった、お手並みを拝見させてもらおう。おい、お前ら、これから防人が面白いもんを見せてくれるらしいぞ。離れた、離れた!」


「100メートルほど、離れていろよな〜」


 周囲に屯している部下へと声がけをして、信玄は俺の周りから人々を遠ざけて、自分自身も離れていく。伝えたとおり、100メートルほど。かなりの距離だ。もはや豆粒程度にしか信玄たちは見えなくなっていた。


 誰もいないか、闘気にて一応確認するが、気配はなく問題ない。準備はオーケーだ。


 地面に転がる、予め持ってきていたゴブリンキングの剣を拾い上げる。ヌラリと濡れているような刃が陽射しを返し、鋭い切れ味をその輝きが教えてきている。


 そのズシリとした重さに肩が抜けそうになっちまう。こんな金属の塊みたいな重いのを、よく軽々と雫は使いこなすもんだ。感心するぜ。


 軽く深呼吸をして息を整え、もう一度辺りを見渡す。猫娘辺りが隠れていないかと注意するが、何も目立ったものは見えない。闘気により、生命感知を行うが、感じる闘気は草むらに潜るレッサーマンドラゴラや、ウォーム、そして少し離れた木の上に潜むモスマンだけだ。あとは、うさぎが近くの木の根本に巣を作っていたり、枝に止まる鳥が羽繕いをしているだけ。


「しかし……魔物の闘気って、人と格差があるな。比較するのも馬鹿らしいぜ」


 信玄たちの闘気は大小あるといえばあるのだが、誤差である。精々ちょっと闘気の力が大きいなと、比較してようやくわかるような、弱々しい大きさだ。


 対して、魔物たちは違う。ウォームといえど、その体内に宿す闘気は燃え盛るようで、さらにモスマンと比べると、モスマンの内包している闘気の大きさがはっきりとわかるレベルだ。


 人類弱すぎだろと、俺が舌打ちするのを許してほしいね、まったく。


『それは仕方ないですよ、防人さん。彼らは一般人です。総合ステータスは100がいいところでしょう。対して敵はレッサーマンドラゴラですら推定300。数倍の絶望的格差があるのです』


『100単位じゃないとわからない差か……人類は哀しい存在だなぁ』


 雫さんのセリフは慰めなのかな? たしかにステータス格差は酷いもんだ。


『今の防人さんは、かなりの闘気を纏っています。その奥底に隠して隠蔽していなければ、ですが』


『俺と同じように、相手の闘気を見抜ける敵がいるかもしれないからな、用心はしておかないといけないぜ、雫さんや』


 見た目で力を押し測れたらまずいだろ。情報ってのは大切なんだぜ。


 嘆いても仕方ない。そんな巫山戯た条件でも、その理を防げない俺たちは弱者だ。相手の作ったルールと盤上で戦うしかない。世知辛い世の中だよ、まったく。


『真夏の真っ昼間に草刈りとは泣けてくるね。エアコンが酷く懐かしいよ』


『この間のレストランに行けば良いと思います。今度はケーキを全種食べたいですし』


『気が向いたらな』


 この間、食べ損なったケーキが食べたいらしい雫さん。食べ物の恨みは怖いというし、今度穴埋めしないとな。


「さて、では草刈りのお時間だ。やるとしますか」


 自らの内に眠るマナを喚起させ、魔力を集中させておく。


『影法師』


 ゆらりと影がローブの形へと変わり、俺の体を包み込む。熱気が籠もり正直暑い。冷気を発生させて、僅かに涼をとりながら、フードをかぶりマスクをすると、ゴブリンキングの剣を掲げて呟く。


『華麗なる草刈りを期待しているぜ、パートナー』


『期待していてください。防人さんが私と合わせてくれれば、芸術的な剣舞を魅せますよ』


 クスリと柔らかい笑みを見せる可愛らしい美少女に、頷き返し、ニヤリと笑いマナを闘気オーラへと変換する。


『分身』


 闘技による闘気の分身。己が幻影を生み出して、敵の攻撃を回避する技。実体の無い自分そっくりな幻影を己に重ねると、魔法の言葉を防人は口にした。


『チェンジ』


 そうして、その姿は分身に重なり見た目は防人のままでわからないが、その中身は戦闘の天才たる雫へと切り替わった。


「草刈りを開始します」


 ギラリと目を輝かせて、その目の奥に獣のような凶暴な光を宿らせて、入れ替わった雫は剣を構えるのであった。


 真夏の昼間に黒尽くめの格好となったが、すぐにそんな格好を周りの奴らは気にすることはなくなるはずだ。頼むぜ、雫。

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[気になる点] 島国で閉鎖的な暮らしをしてるのにどこから物資を調達してるんだろう 日本って結構輸入に頼ってるから少し疑問 ダンジョンが出来てから数十年経ってスタンピードにも対応してってなると膨大な量を…
[一言] 地球が自分のことを思うなら人間に核融合と重力操作とワープ技術と知識を与えるはず。 でないと太陽が寿命を迎えたときに地球も道ずれにされる可能性が高い。 ゆえに太陽を完全にコントロールする技術を…
[一言] あれ話飛んでるようなって思ったら今日も二話だったんですね。 ランキング効果かブクマの増え方すごいですね。
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