37話 取引
外街の高級レストランに再び防人は訪れていた。驚くことに、次の日である。
花梨が姿を見せて、もう一度穴山大尉が会いたいと、口元をヒクヒクと引きつらせて連絡しに来たのだ。なんで口元を引きつらせていたかはわからんけど。
予想していた結果とは違ったか? それなら残念だったなと答えておくぜ。
清潔に掃除された上品な内装の個室にて、今度は料理を食べてはおらず、穴山は座って待っていた。急に礼儀というものを思い出したらしい。
俺が座るのを待ってから、おもむろに穴山は口を開く。その表情に僅かに緊張があるのを俺は感じ取る。……どうやら、俺となんとかボス君との戦闘結果を聞いたのだろう。花梨は仕事が早いことで。
周りに立つ穴山の警護の兵も緊張している。俺の後ろに立つ大木君たちは反対にニヤニヤ笑いを隠していないので、ジロリと威嚇しておく。無駄に煽るんじゃない。
『俺、なにかしましたっけ? って、言ってやってください。無双な主人公を演じちゃってください。さん、はい。俺、なにかしましたっけ?』
『やったことは覚えているから、言わない』
目を輝かせて、期待の表情を浮かべる子猫のような愛らしさを見せる雫だが、俺の言葉に頬をプクリと膨らませて不機嫌になる。こういうのは、わかっていても、言わないのがハードボイルドなんだぜ、雫さんや。
「天野君。とりあえず料理を頼むと良い。ここは内街のように良い物を使っているからな」
今日は演技していないので、いつものとおり黒尽くめの格好の防人はウェイターから差し出されたメニュー表を受け取る。色とりどりの料理が写真となって貼られており、遥か昔となった過去を思い出す。昔はこんなのが普通だった。
「それじゃ、コックオススメ四種の前菜。サラミやローストビーフなどの各種肉盛り合わせセット。あ、この一万五千円の方ね。大盛りのやつ。それと……」
遠慮なくバンバン料理を頼む。アヒージョは外せないよな。パンももちろん頼む。魚はどうすっかなぁ。
「穴山大尉も頼んでください。今日はご足労願った大尉にお礼をとも思いますので」
遠回しに、俺が奢るよと伝えておく。当たり前の話だが一応な。必要経費というやつだ。
『デザートのケーキは2つずつで計8個お持ち帰りでお願いします。絶対ですからね、防人さん。頼まなかったら、もう一緒にお風呂に入ってあげませんから』
雫がふんすふんすと鼻息荒く目の前に顔を寄せてお願いをしてくる。
『人に聞かれたくない悪意のある発言どーも。わかったわかった』
幽体でいつも一緒だから、もちろん風呂も一緒です。久しぶりの甘味だから仕方ないか。いつもはチョコレートだもんな。1個五千円……値段は気にしないこととしよう。
「良いだろう。取引を再開する。こちらの要望は純正品小麦粉1kg3000円。野菜は1kg500円だ。500kgずつで計1トン」
穴山は遠慮なく高価なワインを頼みつつ、要望を口にしてくる。交際費として計上しておこう。経理部防人、監査役防人。うん、交際費として通ると思う。それ10万円って書いてあっただろ。
純正品という言葉には、少し驚く。混ぜ物ばかりで本来はどれぐらい入っているかわからない物より断然良い。問題ない値段とも言えるが……。
「純正品の保証は欲しい。鑑定書をつけろとは言わないが、受け取りの際に共同でチェックしたいところだ」
純正品を渡したと言い張られて、混ぜものを用意されても困るし。賄賂をもらい、物資を横流しする奴だ。それぐらい普通にやりかねん。
「ふむ、良いだろう」
あっさりと妥協する穴山に、わずかに目を細めてしまう。へへ〜、なるほど? それならもう一度踏み込んでみるか。
普通に考えて、内街の役人がこんなにあっさりと妥協するなんておかしい。俺が昨日やったことを聞いているのは当たり前だろうが、それ以上の何かがあるな、こりゃ。
「それと、値段は昨日言った値段。純正品小麦粉1kg2000円、野菜は1kg200円だ」
腕組みをして、運ばれてくる料理を見る。コトリと置かれたお皿には、なにやら料理がちこっとずつ盛られていた。こんなふうに食べたのは10年以上前だ。懐かしい。
穴山大尉は不機嫌に鼻を鳴らすが、フォークを手に取り頷く。
「……良いだろう。その値段だ。これ以上の量となると、再度の交渉となるだろう。流せる量が多ければ多いほど、金額はでかくなることを覚えておけ」
多少威圧するように俺を見てくるが、涼しい表情でニカリと笑みを返してやる。
「穴山大尉。お互いに良き取引となったことを祝いたいね」
「ふん。貴様がどれだけのことをするか、見ておいてやる。あまり派手に動いて行方不明とならないようにな」
「ご忠告、肝に銘じておきましょう」
ヘラリと笑い、防人は穴山との取引を終え、残りは世間話へと変わるのであった。
これで、定期的な供給先は確保できたわけだ。ここはハードボイルドに喜ぼうかな。
とりあえず、高い金を払うんだから、料理は楽しまないとな。
しばらく世間話をして、防人は帰途についた。手にはケーキの箱を持ち、大木君たちは持ち帰り用ハンバーグセットをそれぞれ手にしている。護衛報酬ってやつだ。
「兄貴、やりましたね! 凄いですよ、小麦粉とか野菜が大量に手に入るようになったんですよね?」
「そうそう、かっこよかったです、社長」
「廃墟街の俺らが対等に取引できるなんて感動ですよ」
「へへっ。これで腹を空かせる日々とはオサラバですよね」
大木君が喜びの声をあげて、他の部下も褒め称えてくるけど、どうなんかねぇ。
「ん? あぁ、まぁな。あんまり信用はできないけど」
「へ? だって、しっかりと取引できたじゃねぇですか?」
「俺たちはこの国にとってはいない人間だ。取引はどーとでもなるの。契約書すら作成しなかっただろう?」
金のない奴は戸籍がないんだ。幽霊と取引しても、その取引を破っても問題ない。ましてや、これは横流しの違法な取引だ。いつ切られてもおかしくない。穴山大尉は常に安全な立場にいるわけ。
「酷え! 俺たちはそんなに悪いことをしているんですか」
肩をすくめて、その真実を教えてやると、大木君たちは、意気消沈するが……そちらの方がやりやすい。
「デメリットもあるが、その代わり、どれだけ廃墟街で騒いでも奴らは動かない。表向きは、な。精々、内街の奴らがのんびりと眺めている間に、勢力を伸ばすぞ。市場を増やし、田畑を耕して、幽霊企業を大企業にしようじゃないか」
それはとっても面白いに違いない。現在は市場が始まったばかりだけどな。
ジリジリと差す陽射しの中で、これからのことを考える。とりあえず、この黒尽くめの姿。夏はやめようかな……。
「俺たちも頑張りますぜ。なんでも言ってください。こき使ってくだせえ!」
ドンと胸を叩く大木君。うんうん、なかなか殊勝だね。素晴らしい。
「なら、荒川周辺の地形とダンジョンと魔物の分布。それに他の勢力も知りたい。もうだいぶ森林に侵食されているけど、田畑が作れそうな場所も調査しておいてくれ」
なにはなくとも田畑だ。穀倉地帯を作りたい。荒川から取水して畑を作りたいな。ストアに新たなる野菜の種も販売されるだろうし。
「えっ! あ、あの、荒川付近は昆虫や獣系統の魔物が多いんですが……奴ら水場に住み着くんで……」
うへへと揉み手をしてくる大木君。調査に向かう気が満々な模様です。さすがはやる気満々な男だ。なんでもするって言ったでしょ。
「さすがは大木君。遺言は書いておけよな!」
「お前って、背丈何センチ?」
「辞世の句は書いておくか?」
「死ぬこと確実じゃないですか! 兄貴、無理ですから! あそこは無理ですから! 橋を渡るのも命懸けですから!」
悲鳴をあげて泣きついてくる大木君。死を覚悟するその勇姿には惚れ惚れするぜ。漢だね。
「からかうのはやめておくか。まず、現在の田畑を広げる。田畑の近くのダンジョンの魔物の間引きを定期的に行うから、それに参加しろ。ダンジョンから溢れないようにしておきたいからな」
「任せてくだせえ! ゴブリンの1匹や2匹。影虎と影蛇の支援があれば楽々でさ」
しっかりと支援を求める大木君に、クックと笑ってしまう。まぁ、良いだろう。
「信玄と話し合って、訓練された兵士を作るぞ。必要なのは長槍に革鎧かぁ?」
まるでファンタジーの世界だと苦笑いを浮かべるが、銃弾がないから仕方ないよな。銃弾って、いつストアに出るんかなぁ。
『たぶん、私の予想ではBランクで通常弾が一覧に出ると思いますよ?』
ケーキが久しぶりに食べられると、魚のように機嫌よく空を泳いでいた雫が、俺の思念を受け取って答えてくれるが……はぁ? B? Bランク?!
『当然だと思いますよ。銃弾の攻撃力はBランクの魔物に通じます。ほら、攻撃力を数値だと考えてください。ミスリルソードがBランクの武器として出現します。当然Bランクに通じる攻撃力を持っているからそのランクのダンジョンに現れるんですよね? 銃弾も同じ考えです。しかも遠距離武器ですし』
『あぁ……攻撃力に換算するとそうなるのか……。そうか、たしかにそうだよな』
マジかよ。ゲーム的に考えてみる。武器とかってのは、そのダンジョンの魔物が強ければ強いほど、良い武器が出るよな。
……となると?
ミスリルソード攻撃力200、9ミリ銃弾攻撃力250。そんな予想ができちまうぞ、ちくしょー。AP弾なんて、もっと攻撃力高いだろ! ヘッドショットとは言え、ゴブリンキングを一撃で倒せる武器だ。ダンジョンのゲーム的仕様なら、当然そうなるわな……。
『と、するとクラフト系スキルもそうなのか。高レベルじゃないと銃弾を作れないな? もしくは作れても大量生産は無理だ』
予想クラフトスキルレベル6。しかもただの通常弾でだ。泣けるね。
『だから言ったじゃないですか』
ケロリとした表情で、平然と雫は幼気なあどけない顔でこちらを見てくる。あーあー、たしかにそんなこと言ってたな。
『人類は敗北を決定つけられていたってやつだな』
『そのとおりです。だから、銃器にはあまり頼れないのです』
『やれやれ、世知辛いね、まったくもう』
罠ばかりだ。呆れるほどにな。
地道に強くならないといけないわけだ。まぁ、等価交換ストアーがあるからこそ、地道に強くなれるんだけども。
先はまだまだ長そうだ。まぁ、良いけどな。
田畑の敵をまずは片付けつつ、その先を探索に行くとするか。せっかくアサルトライフルが手に入ったし、多少の無理はきくだろう。
のんびりと行きますかと、防人は己の家に帰るのであった。
「さきもりしゃん! なにもってるの?」
帰宅した途端に一階で遊んでいた幼女が目敏く俺の持つ箱に気づいて、子犬のように走り寄ってきた。ケーキだよと答えると、ケーキってなぁに? と首を傾げて不思議そうにしていたし、周りの子供たちも同様のリアクションだった。
その結果、子供たちへとケーキは分け与えられたので、2個に減ったけど。
ハードボイルドなおっさんは、ケーキは全部俺が食べるとは言えなかったんだ。久しぶりにケーキを食べてみるかというスタイルをとるしかなかったんだよ。
ショートケーキとガトーショコラを確保できたから許してくれ、雫さんや。
子供のスマイル、プライスレス。
喜ぶ子供たちの笑顔が見れたんだから、良いだろ?




