36話 闘気
外街のボスのなんとかと言うボス君。影魔法『多影刃』にてバラバラとなったのを見て、防人はその強さに眉を顰める。威力がありすぎる。想像以上に。
『多影刃』は影の刃だ。小さな短剣を無数に生み出して、敵を切り裂く。
……といえば、強そうだが、実際は空を浮遊して攻撃をするので、速さもなく重さもなく威力もなく、投げナイフよりも肌に刺さらない。なので、切り裂くどころか、せいぜいが切り傷程度であったはず。炎の槍と違って、高熱での攻撃力もないのだから当然だ。
しかし、実際は外街のなんとかさんは、ちょっと正視できない状態になりました。うん、予想以上の結果でした。
「闘気か。なるほどなぁ」
大木君たちは二人の敵をボコっている。なかなかの体捌きで大木君はナイフを振り、確実に敵を倒している。自分が傷つかないように上手く戦っていた。あの大木君、なかなかやるね。
『闘気鋭化』
『影刃』
再び先程と同じ闘技を使い、影の刃に付与する。闘気鋭化は、その武器の鋭さを大幅に上げる。
なまくらなナイフを研いで、鋭く切れ味の良いナイフへと変える。闘気鋭化、マナコスト10なり。影刃は大きさによるが、一本ならマナコスト5。
『加速』
ナイフに新たなる闘技をかける。本来は自分にかける技だが問題ないだろう。
『ダッシュ』
やはり自分の踏み込みを一瞬加速させる闘技だが、ナイフにかけても良いと思います。それぞれマナコスト5とローコストだ。
合わせて25のマナを消費して、大木君と戦っているチンピラへと放つ。ヒュボと突風が僅かに生み出されて、チンピラの頭を貫通した。
「ヒョエー! 兄貴危ないですぜ!」
自分の真横を風のように通り過ぎ、髪がパラリと少し切れた大木君が悲鳴をあげているが
「大木君は光合成すれば治るから大丈夫だろ」
大木君は光合成ですぐに髪を生やすだろ。
「人間でもなくなっちまった!」
なにやら喚くが気にすることはないだろう。それよりも闘気って凄いな。まさしく必殺技という感じだ。
『これ、本来ならマナからの変換はどれぐらいなわけ?』
抵抗していたもう一人のチンピラが武器を捨てて土下座をして降伏するのを見ながら疑問を口にする。ビルの陰からボウガンで撃っていた輩たちも、ボウガンを投げ捨てて両手をあげて降伏してきた。
『闘気への変換割合は20分の1に減少ですよ』
横でフヨフヨと浮く雫がケロリとした表情で教えてくれる。………20分の1?
え? マナコスト5なら100? 100もマナを消費するのかよ! 加速を使うのにマナを100消費しなくちゃいけないの?
『そうなんです。なので闘技は本来は切り札的な必殺技でした。しかし闘気法最大効率変換は、変換ロスがないので、闘技を使い放題なんです。このスキルを持っていた人はマナ攻撃力最大変換も持っており、マナ攻撃力最大変換はパッシブで最大マナ量の9割を攻撃力に常時変換する強力なスキルでした』
レアなスキル持ちだったのな、そいつ。泣けてくるぜ。
『酷え……思い切り反発した相性最悪の組み合わせじゃねぇか。もったいないな』
『それでもマナは1割残るので、闘技を使えました。なので、かなりの強者ではあったんですが。単体で持っていたらとっても役に立つ最高のスキルですよね。手に入れることができて良かったです。防人さんが訳のわからない使い方をするのは想定外でしたが』
なにやらモニョモニョと口元を猫のように可愛く変えて、俺をジト目で見てくるけど、加速もダッシュも自分にかけるより、投擲武器や魔法に掛けたほうが良いと思うんだよな。
『『硬化皮膚』も氷に付与できたし、正面からの自動小銃の攻撃も怖くなくなったな』
バラバラな何かは見ないふりをして、そばに近寄り自動小銃を拾う。マガジンも取り外しておく。全部で4つのマガジン。なかなかの収穫だ。拳銃も大量に手に入ったし。
『普通の銃弾は『硬化皮膚』ならなんとか防げると思ったのですが、皮膚じゃなくて、氷の壁に付与すればたしかに軍用ライフル弾も防げますよね。対物ライフルの銃弾もこれでは貫通不可かもしれません』
『絶対的な防御力を手に入れたと』
アサルトライフルをジロジロと眺めて、そりゃ良いねと思うが、雫は真剣な表情でかぶりをふる。
『魔法が魔法で打ち消せるように、闘気は闘気で対抗できます。そして高レベルの魔物は闘気を必ず使います。あまり防御力を信用しない方が良いでしょう』
『そりゃ残念だ。そうか……常に魔法も闘技も打ち破る方法はあるのか……。忠告感謝』
ニコリと愛らしく微笑む雫に癒やされながら、なるほどと納得する。切れ味も加速も防御も闘気をぶち当てたら消せると。いや、完全には消せなくても大幅に威力は減衰されてしまうのだろう。良いことを聞いた。たしかゴブリンキングは闘気を使ってたしな。
今回の戦闘では、マナを180ほど消費した。結構消費しちまった。まったくマナを増やしたいところだぜ。
だけど、マナの消費が激しいからと、余裕そうな態度を崩すわけにはいかんよな。厳しい戦いだったとバレたらまずい。魔法使いはマナ残量が全てなんだよ。弱点だとは見抜かれたくないからな。ハッタリは必要だ。詐欺師のように相手を騙す必要がある。
なので殺すと決めたら殺す。手加減して窮地に陥りたくない。マナが無くなりこちらが殺されることにはなりたくないぜ。
ハードボイルドに余裕な態度で戦えば、勝手に敵はこちらの力を過大評価してくれるのだから。
『さて、この自動小銃、使えるのかね?』
手に持ったずしりと重さを感じさせる自動小銃を見る。雫もそばに近寄ってきて、角度を変えてジロジロと見つめる。自動小銃を手に入れたのは初めてだ。見かけからして、かっこいいよな、ロマンだロマン。
『使い方は変わらないみたいですよ。メンテナンスをまったくしていないようなので、後で分解清掃しておきましょう』
『この銃器の名前とかはわからんの?』
いつもなら銃器の種類から威力まで語り始めるはずなのに、知らないらしい。珍しいこともあるもんだ。
『わかりませんよ。この武器を見たのは初めてです。所変われば品変わると言うところですね』
「ふ〜ん」
所変われば品変わる、ねぇ。どこの出身なんだか。詮索する気はないけどな。雫が話してくれるまで待つし、教えてくれなくても気にはしない。
気を取り直して、ぞろぞろと両手をあげて、降伏した連中が目の前に並ぶのを眺める。全員顔面蒼白しており、身体は震えている。
「あ〜、良し、敗北を認めるか?」
つまらなそうに鼻を鳴らし、冷たい視線で降伏した者たちを眺めて考える。この先のことを。どうすれば自身の利益に繋がるかを。大筋は決めてはいるんだけどな。
「降伏します!」
「あんたの、いえ、貴方様の部下にしてください」
「命だけは助けてください!」
平伏する男たちを見て、うんうんと頷く。問題なさそうじゃんね。心が折れているっぽい。
「それじゃ聞いておきたいが、ナンバー2はいる?」
なんちゃらボス君の隣にいたかな? そうなると面倒くさいんだけど。だが、その心配は杞憂だった。一斉に平伏している男たちが一人の男を指差す。忠誠心溢れる部下だこと。
指を差された男はガタガタと震え始めて、歯をガチガチと鳴らす。
「俺は降伏します! アジトのもんも全部貴方様に差し上げます!」
悲壮な表情で言ってくるが、殺す気はないから。安心してほしい。
「アジトの財産はどれぐらいある? それと銃弾の数は?」
「5000万ほどはありやす。拳銃はそこにあるだけ。拳銃の銃弾は1000発程度。自動小銃の弾は……英体が持っていた分だけでさ……。ほ、本当です! マガジン一つ100万もするし、滅多に手に入らないんです」
「アジトに保管してあるってのは、ハッタリだったのかよ……。まぁ、良いや。拳銃は8丁……いや、お前隠し持ってる?」
「出すの忘れてやしたっ!」
慌ててナンバー2君は、火傷でもするかのように拳銃を懐から取り出して投げ捨てる。カマをかけたけど、やっぱり持ってたのな。
「寄越さなくて良い。拳銃も半分返すから、3000万円と銃弾は500発没収だ。お前がこれからはそこのなんとかボス君の代わりとなって、今までの地区を支配しろ。うちの社員が内街から物資を運ぶ時に問題がないようにしてくれ。それと闇市場の特権もな。コッペパンとか売りたいし」
「へ、へい! えっとボスは俺で良いんで?」
「あぁ、外街のルールを俺は知らないからな。特に問題はない。本当はどれぐらい貯め込んでいるのかも聞かないでおく。その代わりしっかりと支配しろ」
暗黙の了解とか色々あるだろ? そういうの俺は知らんし、外街の経営に腐心するつもりはまったくない。俺には廃墟街の市場があるから。
ビクリと身体を震わせるナンバー2君。アジトに隠されている金が5000万程度の端金のはずがねぇだろ。闇市場を支配していて、内街からの物資も一部支配していたのに。命がかかっているのに、こいつ胆力あるよ。
どの世界でも金は必要だ。自動小銃は無くても、金があればなんとかなるだろ。……なるよな?
『クククっ。全ては金が支配するのだ! わーはっはっ。札束で叩いてほしいか? ん〜?』
胸を張りながら、腰に手をあてて高笑いを始める愉快な雫さん。また例の発作が出たらしい。
はしたないと、雫の胸をつつくふりをして、そのまま誤魔化すように自分の顎を擦りナンバー2君を見る。
『わひゃあっ! えっち! エッチなのはいけないと思います!』
幽体だから、触れるはずもないのだが、胸を隠して、真っ赤になって雫はくるくると宙を回転して逃げていく。その様子に苦笑をしてしまう。
ナンバー2君はエヘヘと媚びる表情で、水飲み鳥の玩具のようにコクコクと頷く。
「わかりやした、俺におまかせください。きっちりと支配してみせます。俺の名は沼田。沼田景義と言います」
「それじゃあ、よろしく。この場合は子会社となるのか? でも子会社だと連結決算とか面倒だから、資本提携ならぬ武力提携ということで一つよろしく」
腰を落として、ナンバー2君と視線を合わす。
「アサルトライフルの銃弾が手に入る時は絶対に入手するように。きちんと金は払うから。それと……」
ナンバー2君、改めて沼田君の肩を握りながら、凄味を見せて威圧をする。
「俺は裏切りを許さないから? 死にたくなったら言ってくれ。しっかりと介錯してやるから。どこに隠れても介錯に行ってやるから安心してくれ。な?」
俺は優しいから、介錯ぐらいはしてやるぜ。
「はっ! 安心してください、絶対に裏切ることは致しませんので! すぐに貯め込んだ金を使って兵を集めやす!」
脂汗をかいて、体を震わせる沼田君。体調不良にならないように気をつけてくれよ?
これで大丈夫かな? 外街の妨害がなければ取引は上手く行くだろう。近日にまた穴山とかいう親父に会いに行くか。
今度はスムーズに取引が進むことを祈ろう。
ハードボイルドにな。




