33話 役人
廃墟街から外街へと繋がる扉を潜り抜けて、5人の男たちが入っていった。大柄な男が先頭に立ち、その筋肉を誇示するように風を切って歩き、後ろから取り巻きらしき強面の男たちが続く。その中でもカバンをしっかりと抱え込み、奪われまいと、忙しなく辺りを見渡す猫背のおっさんが目立っていた。
普通にしていれば、目立たぬだろう茶色の平凡な服装に無精髭。目は泳ぎ身体は緊張でガチガチとなり、背はそこそこ高いだろうに猫背なので、貧相で弱く見えている。
そんな男を大柄な男を含む4人は守るように周りを囲んでいるので、嫌でも高価な物を持っているのではないかと思わせてしまう男であった。
バラックが建ち並び、様々な野菜、出どころの怪しい肉串などが並び、ゴミにも間違えそうなガラクタがゴザの前に置かれている。安さだけが売りの闇市場だ。多くの人々が行き交っており、騒がしく物の売り買いが行われていた。荒くれ者から、目つきがこすっからいものまで様々だ。その中を露店には目もくれずに、男たちは歩いていく。廃墟街の人間ならば、闇市場が目的のはずであるのに。
しばらく歩くと喧騒は静まり、辺りはバラックからまともな家屋へと風景が変わっていく。窓ガラスも多少汚れてはいるが割れてもおらず、建てつけが悪そうに古ぼけた家々だ。
アスファルト舗装はヒビが入り、穴も空いている。だが、雑草は生えておらず、井戸端会議でもするようにおばちゃん連中が話し込んでおり、子供たちが走り回り遊んでいる。その様子を横目に一行はさらに歩みを進めると、比較的新しい家屋や、棚に商品が並び、チラチラと新しい服を着ている小綺麗な人々が歩く光景へと変わっていった。近くには刑務所と見間違うような鉄の壁で覆われている学校もある。
「なんつーか、場違いって感じがしますぜ。ここは外街でも金持ちが通う場所ですし」
先頭の大柄な男が周囲を見て、多少臆したように言う。残りの3人もウンウンと辺りを見て、顔を引きつらせて頷く。廃墟街の人間にとって、金のある清潔な人間とは苦手な相手になるのだろう。
「そういや……コホン。そ、そういえば、大木君は外街の出身だったんだね。その人たちは金持ちなのに、内街には行かないのかい?」
猫背の男のおどおどした声音での問いに大木君は頷く。
「ここら一帯は外街との取り引きで儲けている奴らや、権力争いに負けて堕ちてきた奴らの住まいなんでさ。だから、下手な内街の連中よりも金もあるし、力もありますぜ」
「ほぅ、そうだったのかい。ぼ、僕は闇市場ぐらいしか来ないからわからなかったよ。ありがとう大木君」
「あの、俺、大木という名前じゃ……」
貧相な男はなるほどと、勉強になったなと感心しながら、目を細めて卑屈そうに嗤う。
「だ、だから、周囲につ、強そうな人間がいるんだね?」
「ここらへんはスキルレベル1の奴らが稀にいやすからね。あれは外街の警備員でさ」
「言い方が上手いね、ゴロツキを警備員とは」
スキルレベル1とは珍しいと猫背の男が言うと、大木君は頭を振って否定する。
「いや、あいつらは国の兵士ですよ。装備が一貫して揃えてあるでしょ? 訓練された奴らです。まぁ、買収されている奴らも多いですがね。チンピラとは腕が違いますぜ」
街角のそこらに防弾チョッキを着込んだ人たちが立っていて、その肩にはボウガンをぶら下げており、腰には大型軍用ナイフをつけている。体格は大木君と同じぐらいの奴から、細見でも筋肉質の人たち。目つきは鋭くその立ち方だけで訓練されているとわかる者たちが佇んでいた。
「ま、まぁ、外街で騒ぎを起こすつもりはありませんからね。さ、せっかく一張羅を着て、風呂に入ってきたんです。食事を楽しみましょうか。コホン、怖いですけどね」
その言葉に大木君たちは、笑って吹き出しそうになり、慌てて顔を引き締める。
そそくさと歩く先にはレストランがあった。廃墟街にはもちろんなく、外街でもあまり見ないほどのレストランだ。なにしろちゃんとした店構えだ。入り口前には、板にチョークで今日のオススメと書いてあるメニュー表。気軽に入れそうな、でもちょっとお高い価格帯のお店といった感じだ。無論壁ができる前の基準だが。
扉を押し開けると、チリンチリンと涼やかな鐘の音がして、店の中はヒンヤリと涼しい。エアコンが利いている。電気が通っている外街ならではだ。
「えっと、ぼ、僕は天津ヶ原コーポレーションの者ですが、今日は約束がありまして。天野防人と言います」
迎えに来たきっちりとノリのきいた制服を着込む店員におずおずと、自分の素性を言うと、女の子の店員はこちらを見て、微笑む。
「いらっしゃいませ。既に穴山様はお待ちになっております」
5人とも風呂に入り、服も一応古ぼけて継ぎは少し見えるが、まともだ。廃墟街の連中とは思わなかったのだろう。猫背の弱そうなおっさんに見える防人に、偏見の目も向けずに案内をしてくれる。
「本名だと演技の意味がないんじゃないですか?」
「な、何を言っているのかわからないけど、試すだけ試すってやつだ。損はないだろ?」
耳元にこっそりと小声で大木君が言ってくるので、答えてやる。俺の本名がどれだけ広まっているかの目安にもなるし、この演技はいくつものメリットがあるんだぜ。
案内される中で、内装を見るが普通だ。普通に綺麗。元はイタリアンレストラン系統のチェーン店だったので、店内は広いし、掃除も行き届いている。改装はされており、奥にはいくつもの壁が立てられて、個室を多目にしてある。秘密の会談を行えるようにということだろう。内街に近い場所だ。こういう取り引きの場によく使われるに違いない。
客層もまるでダンジョンが発生する前のように、小綺麗な服装をして、気楽そうな表情で親子で料理に舌鼓をうち、楽しそうにお喋りをしている。
その光景は今の俺たちには眩しいねと、防人は目をすがめて見つめるが、すぐにかぶりを振って前を向く。遠くない未来、廃墟街でも同じ光景を作れば良いんだろ。だから、大木君たち。お前たちも羨ましそうにするんじゃない。嫉妬よりも前に進むことを考えようぜ。
まずはこの取引からだなと、個室の扉を潜る。
と、扉の先には既に料理が並んでおり、それを食べている二人の男がいた。一人はきっちりとした軍服で小太りの男だ。肉つきが筋肉質であると服の上からもわかる。鍛えてはいるらしい。
もう一人は顔に傷があり、柄物のスーツを着た大柄の男だ。荒くれ者だと全身全霊で表している。個室の壁際には先程と同じ装備をした兵士数人と、刃物を防ぐためだろう革の服を着込むチンピラたちが並んでいて、護衛についていた。
料理を先に食うとは舐められているなと、その様子に苦笑を浮かべたいが、護衛たちを見て、いっそう身体を縮こませて怖がるフリをして、おどおどと頭を下げて、挨拶をする。
「天津ヶ原コーポレーションの社長を務めさせていただいております天野防人と言います」
ヘコヘコと揉み手をしつつの挨拶に、軍服の親父が鷹揚に頷く。
「儂は穴山大尉だ。台東区、足立区周辺地域の物資担当をしておる」
その言葉に、マジかよと皮肉が利きすぎていると呆れる。穴山って、武田を裏切った奴だろ? たしか本能寺の変で死んだやつ。信玄時代は忠臣だっけか? 信玄が廃墟街で、内街に穴山ね。下剋上もいいところだな。
「あぁん? そこのは井定じゃねぇか! なんだ、てめえ、廃墟街で会社なんか作ったのか? 良かったじゃねぇか」
ゲラゲラともう一人の男が嘲笑うが、井定って誰?
「俺はこの人のボディガードですよ。俺の会社じゃねえ」
ぶすっとした顔で大木君が男へと答えるが、いつの間に改名したんだろうか。名前なんぞなんでも良いけど。
「ハッハ、そうか、ボディガードね。ボディガードねぇ〜」
ニヤニヤと明らかにこちらを見下してくる男は、並べられている料理の中からステーキにフォークを突き刺すとこちらへと向けてくる。
「外街でも腕利きだったお前がねぇ〜。本当にお前がボスじゃねえのか? まぁ、お前は馬鹿だからな。こいつ、娼婦を守って他の縄張りのボスを殴って、たしか財産全部賠償に奪われて、追い出されたんですよ、穴山様」
「……ふん、つまらん話を聞きに来たわけではない。儂は取り引きに来たんだ」
興味を持たない穴山大尉に、そうですかいと揉み手をする典型的な小物の男。挨拶もしてこないし、誰こいつ?
「あぁ、俺の名は英体だ。これからてめえたちのボスとなるから覚えておけよ?」
その言葉に目を細める。なるほどな。
「あ、穴山大尉? これは?」
「外街の理屈など、儂は知らん。こいつが同席を願ったので、許したまでだ。その話し合いはそちらでやれ。で、願いはなんだ?」
つまらなそうに鼻を鳴らす穴山大尉の態度は本当にどうでも良さそうに見えて……。その目の奥底に理知的な光を見てとる。……たしか、穴山ってのは知力が高い武将だったか? 名前の由来の通りのつもりか?
まぁ、そういう態度ならこちらもやりやすい。良いだろう、天秤の片方に乗ってやろうじゃないか。
「はい。私としては小麦粉1kg500円、野菜類1kg200円で毎週取り引きさせてもらえればと。できれば合わせて1トン」
俺の言葉に食べる手を止めて、眉をピクリと動かして、こちらをじろりと見てくる穴山大尉。
「1トンとは大きく出たな。小麦粉1kg2000円、野菜類は1000円だな」
1kg2000円。この食べ物に困窮する世界では安い物だとも思えるかもしれないが、実際はボッタクリだ。混ぜ物が大半の小麦粉なのだ。実際の量は3割といったところか。
「純正品ならその値段で良いですよ。で、なければ1kg1000円。野菜は1キロ200円変わらずで」
野菜類だって、使える物を探さなくてはいけない程だ。実際の量は半分というところ。
「ふむ……」
「あぁん? 1kg3000円、野菜は1kg1000円だ。ね、穴山様」
英体とやらが口を挟み、こちらを睨んでくるが、その視線は俺の持つカバンに向いている。ギラつくその目は金を奪おうという野良犬の視線だ。
「俺はこの値段を譲る気にはなりませんので。これ以上だとアシが出ちまうのでね」
赤字になったら、市場経営はできないだろ。この金額を譲る気はない。
「ならば次回だな」
ふんと鼻を鳴らす穴山。再び料理を食べ始めたので、取り引きは終わりらしい。俺が譲らなければということだが。
「それじゃ帰りますね。ではまた次回に」
椅子から立ち上がり、会釈を返すと穴山は眉を顰めるが、何も言わずに再び料理を食べ始める。
俺は大木君たちを促して、椅子を立つ。実りある取引だったな。
「あん、てめえ待ちな!」
なんとかと言うチンピラボスが怒りの表情で怒鳴ってくるが、放置して踵を返す。
その様子をじっと穴山が見ているのを、気配から感じるが、気にしない。僅か数分の取引で終わったが、こんなもんだろう。
次回ね、次回。次回は二人での取引になると思うぜ。
料理を食べることができなかったのは残念だったけどな。