外伝 死霊
2022年06月15日。連投して2話目です。
本来は魔物が徘徊し、盗賊が隠れ潜み、危険な場所である廃墟街に、似つかわしくない楽しげな笑いとお喋りが響く。
錆びた車両が放置され、ひび割れたアスファルト舗装の道路を、わいわいと話しながら歩いている集団がある。ダンジョンツアーから帰る集団だ。影虎2匹に、護衛の用心棒5人、ツアー客13人の集団だ。途中で護衛が一人怪我をしたので、帰り道だけ大木君が合流していた。
「いや〜、今日は稼げたね」
「本当だよ、植物系統の魔物は危険が少なくてありがたい」
「でもモスマンは怖いよなぁ」
「ビッグスパイダーは何体倒せた?」
多くのモンスターコアを懐に入れてホクホクの笑顔で歩くツアー客に、最近武田信玄に雇われた後藤は槍を担いでにこやかな笑みを浮かべていた。
「なぁ、なんでそんな笑みを浮かべているんだ?」
「あぁ、いや、このような仕事につくことができて嬉しいなぁと思って、つい笑顔になったんです」
人を守って、お金を貰えるなどという真っ当な仕事につけて後藤は嬉しく思いながら、恥ずかしげに頭をかくと、へぇ〜と小牧は適当な相槌を打つ。いまいちその感覚がわからなかったのだ。
「そんなもんかねぇ」
「あっしはわかるなぁ、護衛ってまともな仕事なんですよ」
大木は外街で護衛をしていたことがある。なので、その気持ちはわかるわかると頷く。
「護衛が終わったら、1杯奢ってくれる人が多いんですよね、わかります」
全然わかっていなさそうな大木君だった。
後藤はハハと空笑いをして、小牧は額に手を当ててため息を吐く。なんか変なことを言いやしたかと、大木君が聞いてくるので、言葉を濁す後藤であったが、前方を見て、真剣な表情へと変える。
「ん? どうかしやした?」
大木君たちも後藤の表情を見て、前方へと顔を向けて、戸惑いの表情となる。
「なんだありゃ?」
「騎士ですかね? 武器も何も持ってないようですけど」
「四つん這いで走ってくる騎士ですか?」
前方を四つん這いで駆けてくる集団が目に入る。全員重そうな黒い西洋鎧を着込み、ガシャガシャと金属音を煩く響かせながら、アスファルト舗装にヒビを入れながら迫ってきていた。
見かけは人間のようだが、ゴリラのようでもある。いずれにしてもまともな者ではないことは確かだ。
放置車両の上を気にすることもなく、ボンネットを踏みつけて、立ち止まることなく迫る集団は迫力があり、恐怖を誘う。なまじ人間体に見えるので、四つん這いのその姿は不気味だ。
「お前ら、ツアー客を連れて避難しろ。影虎も一匹連れていけ!」
「へいっ、あんたら行くぞ!」
「わかりました!」
「みゃん」
護衛の仕事に慣れている大木は目つきを鋭く変えて、2人の護衛に声をかける。ツアー客と共に影虎を連れて、足早に去っていく。
残るは大木と小牧、後藤に影虎一匹だ。
「あれ、魔物ですよね?」
「あの中身が人間であっても、殺されても文句は言えねぇな」
「ツアー客が逃げるまで時間稼ぎは必要です」
目に見える範囲では15体。兜のスリットから赤く燃える炎のような瞳が光り、大木たちとの距離を縮めていく。
「俺のスキルを使います!」
大木は身構えると、自身のマナを集中させて、スキルを使用する。護衛など、だいたいは他人を守るときにしか使えない固有スキルだ。
カッと目を見開くと、轟き叫ぶ。大木の身体を赤きオーラが包んでいく。
『勇者』
固有スキル『勇者』を大木は発動させた。己の心に勇気が宿り、不気味なる敵への恐怖心が薄れる。
ニカッと笑い、鉄の槍を構えると
「おし! 勇者に任せてくれ!」
スキルの発動が終わり、赤きオーラの戦士が現れるのであった。身体を纏う赤きオーラにより、大木君は確かに勇者と呼ばれるような強者の姿になっていた。
「おぉ! なんだか凄そうなスキルだな、大木!」
「ヘヘッ、ここは俺に任せてください。行け、影虎! 全力攻撃だ」
勇者は影虎に命令した。いわゆるガンガン行こうぜ作戦だ。自身はさり気なく影虎に守られる位置へと移動する。
「………ん? そのスキルはどんな効果があるんだ?」
なんだか期待していた行動と違うので、疑問顔に小牧はなる。
「勇気が湧きます」
ケロリとして、大木君は素直に答えた。
「他は?」
「やだなぁ、勇者ってのは勇気ある者なんですぜ。それ以外の効果なんてあるわけないじゃないですか」
「見掛け倒しかよ! しかもあまり勇気があるように見えねぇぞ!」
「命を顧みず突撃する蛮勇と勇気って違うんでさ。そこらへん勘違いする人多いんですよね」
「あっそっ」
もうツッコミしきれねぇと小牧は嘆息し、影虎の様子を見ることに決めた。
漆黒の虎は迫る西洋鎧、毛利たちがレイスと呼ぶ化け物へと頭から突進する。
「みゃん!」
四つん這いを止めて、レイスたちは立ち止まり、瘴気の息を兜のスリットから吐き、金属製の手甲を軋み音をたてて握りしめると影虎へと襲いかかる。
「カハァ」
強き踏み込みの力で、アスファルトにへこみを作り、レイスたちは影虎へと拳を繰り出す。影虎はシタッと片足を踏み込んで、ひらりと躱すと爪を伸ばして胴体を切り裂く。
金属製の鎧はあっさりと切り裂かれて、捲れ上がった裂け目からドロリとした黒い液体が流れて倒れる。他のレイスたちは味方が倒されたことを気にすることもなく、影虎へと群がる。殴りかかろうとする者や、両腕を広げて掴もうとする者、肩から突進してくる者など、レイスたちは違うパターンで攻めてくる。
影虎は迫るレイスたちを見て、立ち止まると、マナを活性化させていく。そうして光すらも吸い込むような漆黒の鎧を身に纏う。重厚そうな鎧は虎の身体にピッタリと合っており、威圧感を増す。
『武装影虎』へと変身したのだ。
武装影虎は躱すこともなく、群がるレイスたちの攻撃を受け止める。拳は跳ね返し、体当りは受け止めて、掴む両腕は体を震わせて弾き飛ばした。
「みゃんみゃん」
そうして影虎は爪を長剣のように伸ばすと、群がるレイスたちを薙ぎ払う。空間に漆黒の軌道が奔り、レイスたちはその一撃に切り裂かれて分断されて、地面に転がって屍へと姿を変えた。
眼前のレイスたちが倒れると、武装影虎は他のレイスたちへと猛然と突撃をしていき、その首元を食いちぎり、或いは爪を突き立てて、大暴れをするのであった。
「おおっ! かっこいい変身!」
「お前と違ってな」
大木君と小牧がその様子を見て歓声をあげるが、後藤はしかめ面となり、腰を落として槍を構える。
「抜けてくる魔物たちがいます!」
されどたった一匹で15体を相手にできない。半分ほどは影虎を無視して、こちらへと駆けてくるのが目に入った。
「げげ、武装影虎と戦える相手に、俺たちじゃ敵わないですぜ!」
「お前の勇気ってどこらへんにあるの?」
慌てふためく2人だが、それでも逃げずに槍を構える。後藤は一歩前に出ると、呼気を吐く。
「ここは私に任せてください。影虎が魔物を片付けるまで時間稼ぎぐらいはしてみせます」
ヒュウと息を整えると、己のマナを闘気へと変えて身体に行き渡らせると、切り札を切る。己の持つ秘密の切り札。スキルレベル1の『闘気』と『槍術』の力。
『エイミング』
後藤の身体を赤きオーラが纏い、自身の知覚できる範囲が広がっていく。地面に転がる小石や、空に舞う砂埃の粒、迫る化け物の姿も正確に把握し、身体能力を跳ね上げると、手に持つ槍をくるりと回す。
「ここは通さぬ」
ポツリと呟くと、戦意を目に宿らせて後藤はレイスと対峙する。レイスたちは、槍を構える後藤へと拳を繰り出す。その拳は風の壁を砕くかのように、ボヒュッと音をたてて迫るが、後藤は槍をその腕に絡ませて受け流す。
よろけるレイスの頭へと石突きを叩き込んで倒すと、肩を前にして突進してくるレイスの頭へと槍を突きこむ。ぐらりと体を揺るがすレイスへ槍を回転させてなぎ倒す。怯まずに迫るレイスたちへとくるくると槍を風車のように回転させて受け流し、倒していくのであった。
『闘気』と『槍術』を持つ後藤の切り札。武技『エイミング』である。カウンターの武技であり、構えを解かない限り、その効果が続くのが便利な武技だ。
カウンターに限り、身体能力上昇と、周囲への明敏なる知覚力アップ、この技にて家族を守った回数は数え切れない後藤の切り札であった。この技は格上にも通じるし矢をも弾き飛ばす。ゴブリンたちも相手にできる武技なのだ。
「凄え! 俺のスキルと同じぐらい凄え!」
「お前のスキルと同じだとゴミスキルになるじゃねぇか、後藤に悪いだろ」
大丈夫そうだと、漫才を始めるアホなコンビとは裏腹に、後藤の顔は険しかった。
ゴブリン程度ならば倒せるはずの武技であるが、この魔物たちは硬く、痛覚もない上に耐久力もあるようで、倒しても倒しても立ち上がってくる。さしものエイミングでも、鉄の鎧にはへこみを作る程度の威力しかない。
「くっ! このままでは……」
槍を回転させて、レイスの拳を受け流し足に槍を絡ませて引き倒す。だが、最初に倒したはずのレイスたちが立ち上がり、また同じように襲いかかってきていた。
このままではやられてしまうだろう。影虎もレイスたちを倒しているが、敵も影虎の動きに慣れてきたのか、攻撃を躱してしまい、なかなか倒すことができていない。
疲労が溜まり、鉄製の槍が軋む。汗が額を流れていき、レイスを捌くのが段々難しくなっていく。元々、ステータスに大きな差があるのだ。捌く事自体が困難なのだが、後藤の戦闘センスの良さと才能でその差をなんとか縮めていたのである。
「くっ、もう一匹影虎がいれば勇者の力を見せられるのに!」
「俺たちも加勢するんだよ、アホっ!」
コンビも槍を持って、レイスを倒そうと近寄ってくるが、この魔物は強い。この2人では、あっさりと殺されてしまう。
無茶だと制止しようとして
『凝集魔法槍』
漆黒の光線が空間を風のように貫いて、レイスの金属製の鎧を一撃で砕く。分厚い装甲は紙のように貫かれて、生み出された衝撃に、レイスの胴体は爆発するようにバラバラとなり吹き飛ぶのであった。
「これは?」
後藤が驚きで目を見張る中で、レイスに突き刺さった漆黒の槍は浮かび上がり、次のレイスへと砲弾のように飛ぶ。レイスは回避しようとするが、それよりも速く槍はその身体を貫く。
『舞い踊れ』
後方から男の声が聞こえて、まさに踊るように槍は宙を舞い、残りのレイスを倒していくのであった。
「あの敵はゴブリンナイトレベルはあったのに、防ぎ切るとはなかなかやるな、お前さん」
渋い声音の声の持ち主は黒ずくめの格好でふらりと近寄ってくる。
「ボス! 助かりました!」
「俺の活躍をそろそろ見せようと思ってたんですけど」
小牧たちが喜びの声をあげて、後藤は目の前の人物が誰なのか悟る。
「助けていただきありがとうございます。社長」
黒ずくめの格好の魔法使いは人差し指をタクトのように振るい、影虎が戦っているレイスたちも倒しながら、肩をすくめると飄々とした口調で言う。
「まぁ、部下の安全も俺が守らないといけないからな」
ニヤリと天野防人は面白そうに笑うのであった。




