外伝 生贄
廃墟街の片隅。半ばから崩れ落ちて、瓦礫が山となり、外壁しか残っていない廃ビルの中に、数台の車両が隠れるように停車していた。
20メートルの長さの車体と、重厚な装甲を持つ指揮車1台。ジープ1台、そして4台のトラックである。周囲には完全武装の10人の兵士が見張りをしており、警戒をしている。
トラックは銀色の車体で装飾はなくシンプルだ。コンテナ部分が横に開き、展開されていた。コンテナの中身は人が入れる程の縦長のカプセルであり、液体が充填されているカプセル内には人間が呼吸器をつけられて浮いている。
歳も性別もバラバラで一貫性はない。ただ、わかっていることは、身体の中心に黒い水晶が埋め込まれており、骨組みのような機械が身体を這い回るように広がっていた。
異様なる光景である。この光景を見た者は口を揃えて、なにか悪質な実験をしていると言うだろうことは間違いない。そのことは兵士たちも理解しており、できるだけ近寄らないように遠巻きにしている。
その光景を、指揮車内の者たちは冷酷なる瞳で、モニタリングをしていた。
19式指揮車『木空』。対魔物戦の移動司令室として製造された装甲車だ。車両としてぎりぎり運用できるレベルの大きさで製造されており、屋根にはゴブリンナイトを簡単に射殺できる大口径の機銃が設置されている。
内部も広々とした作戦室となっており、薄暗い作戦室には3Dモニタに、テーブル程の広さを持つコンピュータ端末があり、数人のオペレーターがそれぞれの前にある端末を操作していた。
「被験者1から20番。バイタル正常、問題なし」
「マナの注力、現在90%。稼働まで残り15分」
「……3、7番、バイタル異常値! 死亡しました」
オペレーターたちはモニターに映る様々な情報を見て報告していく。何人もの顔がモニターに映り、その中の何人かが赤くなりDEADと表示された。
それらの報告を痩せぎすで眼鏡をかけた神経質そうな若い男が受けていた。
「20人いて、2人死亡か。まぁ、良いのではありませんか?」
20代後半ぐらいの歳の男は25式戦闘服を着込んでいるが、もやしのようにひょろひょろの貧相な体格に似合わず、着られている感が強い。死亡者が出たというのに、特に気にすることなく淡々としていた。
薄暗い作戦室の中で光るモニターに顔を照らされて、冷酷な表情が浮かぶ。
「毛利副所長の言うとおり、問題はないと僕も思うね。これぐらいなら許容範囲だよ」
隣に立つアルビノの少女が薄っすらと笑みを浮かべて頷く。ふわりと幻想的に銀髪が靡き、紅くルビーのように美しい瞳が光る。絶世の美少女である神代セリカだ。薄暗い中でモニターの明かりに照らされるその美しい顔は妖しさすら覚える。
「セリカ君が言うならば、問題はないだろう。稼働させたまえ」
毛利副所長と呼ばれた男はかけた眼鏡に手を添えてかけ直すと、神経質そうな声音で指示を出す。
「では『踊る鎧』計画を発動させる。稼働させたまえ」
「了解しました。マナポーション注入」
「魔力100%。稼働させます」
オペレーターが端末を操作して、指示どおりに動くと、トラックに取り付けられていたカプセルから液体が抜かれていく。無意識に唾を飲み込み、オペレーターたちはカプセルが開いていく様子を見つめる。
カプセルから解放された者たちは、呼吸器が外れて、よろよろと中から出てくる。と、心臓部分に嵌め込まれた黒い水晶からタールのような液体が噴き出してくると、その身体を覆っていく。
「おおっ!」
毛利副所長と呼ばれた男は、その様子を見てモニターにしがみつくように身を乗り出して注目する。黒い水晶から噴き出したタールのような物は膨れ上がり、完全に身体を覆い尽くすと凝縮し禍々しい黒き全身鎧と変わったのだった。カプセルから出てきた他の者たちも同様に黒き全身鎧を着込んだ姿と変わった。
「指示を出せるのか?」
「はい、副所長。現在整列するように指示を出しております」
興奮気味の毛利副所長の言葉にオペレーターが答え、その言葉通りに黒き騎士たちは整列を終えた。
「素晴らしい。これはライフル弾に耐えられるのかね?」
「いえ、そこまでではないですね。そこは後々の課題といったところでしょう。ですがゴブリンキング程度なら倒せるかもしれませんよ」
神代セリカはモニタリングの様子を確認して、美しき笑みで返す。毛利副所長はチッと舌打ちをするが、それでもその性能なら画期的だろうと思い直して、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「一般人をそのレベルまで上げられるのなら問題はない。これで私の練馬研究所所長の座も確定されたというものだ」
男は内街で天才が集まる練馬研究所の副所長であった。所長の座を狙い功績を求めていた男である。名前は毛利輝元と言う。金と権力を持つ家門の一族である男は、自分に相応しい地位に執心していた。
「おめでとうございます。僕も鼻が高いです。共に頑張ってきた計画を実現できて嬉しいです。これで僕らの名声は確固たるものとなりますよね。予算も引き出し放題となるでしょう」
パンと両手を合わせて、セリカが褒めそやすと、毛利副所長は、冷淡な視線を向ける。
「共に? 馬鹿なことをいうな。君は今度浅草で独りぼっちの研究所所長に就くらしいじゃないか。これは長年練馬研究所で研究されていたものだ。君はもう関係ない」
「……この研究は僕が3年間研究していたものですよ?」
凍えるような視線を毛利副所長に向けて、セリカは確認するように言葉を連ねる。だが、その視線を受けても気にする様子も見せずに、毛利副所長は鼻で笑い飛ばす。
「それは残念だったな。君の研究資料は他の研究所に移る前に没収させてもらう。この意味がわかるか?」
「僕の功績はないことに?」
「そのとおりだ。黒い水晶にて濁ったマナを注入させて生み出す人造魔物計画。スキルレベル3もあれば、ゴブリンキングを倒せる。スキルアップポーションもステータスポーションも獲得し放題となる。歴史に残るこの偉業を下層階級の者の名で残せると本当に思っていたのかね? 研究以外は君は頭が回らないらしいな」
馬鹿にして、見下してくる毛利副所長に、セリカは肩をすくめる。その様子に諦めを見て、毛利副所長は嘲笑う。
「まぁ、これまでどおり資金や人員の手助けをしようじゃないか。また私に研究をプレゼントしてくれたまえ。君は美しい。来年あたり結婚してやっても良いぞ? それならば、私に研究を譲った甲斐もあるというものだ」
毛利副所長は自分の家門に絶対の自信を持ち、自分自身も有能だと考えていた。なので、この提案を喜んで受けるだろうと嘲笑っていた。所詮、神代セリカは下層階級。成り上がるには名門と組まないといけないのだから。
「そうですか。それならば問題はないと思いますよ。それじゃ僕がここにいてはまずいですよね? 帰ってもよろしいでしょうか? 天才たる僕と一緒にいたら、後々誰がこの計画を進めていたか、邪推する者がいないとは限りませんし」
それは遠回しに神代セリカの方が有能だと言っているようなものであった。ムカッとして、怒りを覚える毛利だが、たしかに神代セリカの言うことも一理あると、喉元までせり上がっていた罵倒を抑えると手を振る。
「その憎まれ口が敵を作るのだ。さっさと立ち去れ」
「わかりました。では、失礼。申し訳ないけど、そこを退いてくれるかい?」
青褪めて立っている男たちの間を縫うように進み、セリカは一礼すると去っていった。
「では、副所長。次に会うときは所長でしょうか? そうだとよろしいのですが。ご武運をお祈りいたしますよ」
最後までカチンとする物言いで去っていく神代セリカへと舌打ちをする。
「全く、顔は良いが性格は生意気だな、あの娘は。……まぁ、良い。それでも僕の役に立つからな」
神代セリカからは研究成果を何度も貰っている。端金と引き換えに、毛利副所長はその功績で副所長に成り上がっていたし、本当に文句をつけることを神代セリカはしてこないので、自身の身分を弁えていると、毛利副所長は安心していた。
「あ、あの毛利様。この度は私共のお力になっていただきありがとうございます」
同じくこの作戦室にいる数人の男たちが揉み手をしながら声をかけてくる。尼子たち粉問屋でも力を持つ者たちだ。廃墟街に来るなどと、絶対に嫌だったが、内街のお偉いさんたちが来ると聞いて、渋々とついてきたのだった。
「あぁ、君たちが実験体を寄越してくれて助かったよ。どうしても僕が動くと、弱みを握られる可能性があるからな」
「いえいえ、私らがお手伝いになれば幸いです。これからお付き合いができれば、これほど嬉しいこともございません」
尼子たちは、内街と太いパイプができたと喜び、媚びるセリフを口にするが、毛利副所長はキョトンとした顔になって、目で合図をする。
プシュッと連続で空気を抜くような音がして
「ガッ! こ、これはな、何を?」
尼子たちはサイレンサー付きの銃に撃たれて、うめき声をあげて倒れる。毛利副所長の指示でオペレーターが銃を使ったのだ。
「君たちは私の言葉を聞いていなかったのかな? 弱みを握られると困ると言っただろう? 外街の人間とはいえ、実験体として使用したなどと悪い評判が広がると困るんでね。君たちの役目は終わりだ。ご苦労さん」
「そ、そんな……あの女め……騙しやがったな……」
倒れ伏した尼子は震える手を持ち上げて、やがて力を失いバタリと落として、血溜まりを作り動かなくなるのであった。
「掃除をしておきたまえ。汚いのは嫌いなのでね。それでは『踊る鎧』の実戦データを取得する。目標は3段階。まずは一般人を殺せるか、2段階目、高レベルのスキル持ちを殺せるか、3段階目、ダンジョンを攻略できるか、だ。ダンジョン達成ができると信じているぞ諸君。今後鎧たちを呼称名『レイス』と呼ぶ。では開始したまえ」
殺した男たちのことなど、気にすることなく毛利副所長はオペレーターへと指示を出すのであった。
離れた廃ビルの屋上でフードを被った人間が縁に座って、眼下に見える指揮車やレイスたちを眺めていた。猫娘が運転するジープが神代セリカを乗せて遠ざかっていく。
「くくく、すまないさね、尼子の旦那。あんたらが死ねば、粉問屋の大半は私らの物さね。なぁ、セリカ?」
元からコアを集める気など、サラサラなかった。それを口実に尼子たちを殺し粉問屋を牛耳るつもりであったのだ。きっと毛利は尼子たちを殺すと教えられたのだ。その計画を立てた相手へと、耳に嵌めた骨伝導式インカムにて通信をする。
「そうだね。それにうまく行けばもう一つ目標を達成できる。君も帰っていいよ」
返ってくるセリカの言葉にニヤリと嗤いながらフードを取り、口元を歪ませて言う。
「あたしはこのまま懐かしい相手を殺してから帰るつもりさね」
「止めておいた方がいいと思うよ? 欲張るとろくなことが起きないと古今東西きまっている」
「あのレイスとかいうやつと戦えば、きっと懐かしの相手はマナが枯渇するはず、あたしの鉄板レースだよ。このチャンスを逃すわけにはいかないね」
「………了解だ。それじゃ帰ってきたら、美味しいレストランで奢るよ」
そう答えると通信は切れる。髪をかきあげて、女は嘲笑う。
「随分長い間待たせたみたいだけど、待ってなよ天野防人。この帰蝶様と旧交を温めようじゃないか」
元『油売り』のリーダーである帰蝶は、金属音を軋ませて、金属製の左拳を握りしめるのであった。




