外伝 習慣
ぞろぞろと元駅ビルの危険区域から人々が出てくる。皆は顔やら服やら手が血で汚れており疲れてはいるが、その顔は笑顔が浮かんでいた。
「シャドウデビルは倒し方さえわかれば簡単だったな」
「ゴブリンより遥かに倒しやすかったよな」
「あぁ、俺は5体も倒しちまったぜ」
ワイワイと歩く中で、戦果を話し合う。怪我もなく汚れているだけで、全員無事だ。元駅ビルの魔物の駆逐の仕事を受けた者たちは、予想と違い全員怪我一つしなかったことに喜んでいた。
「いてて。俺だけ怪我しているんですけど」
「お前は空缶に足を引っ掛けて転んだんだろ」
訂正。約1木が転んで怪我をしていた。人ではないので、人数外にしておこう。誰が怪我をしたかは謎である。
「しかし、あんたのお陰だ。え〜っと、嬢ちゃん、あんたの名前は?」
皆が怪我をしなかった理由。その理由である少女へと小牧は声をかける。フルフェイスヘルメットをかぶり黒いぶかぶかコートを着込んだ少女は、肩に担いだ麻袋の位置を変え、ジャラリと重そうな音をたてながら小牧へと顔を向けて口を開く。
「暗闇に隠れる魔物のほとんどは知性を持ちません。攻略方法さえわかれば、簡単に倒せるんです」
得意げになることもなく、常識のように語る少女に小牧は感心しながら、名前を言わないので、誤魔化そうとしてるのかと、もう一度確認する。
「嬢ちゃん、あんたどこのもんだ?」
ここらへんでは見ない少女だ。しかも、シャドウデビルの攻略方法を知っていた。ここらへんでは、聞いたこともなかった魔物なのにだ。
シャドウデビルの攻略方法はネタが割れれば簡単であった。あの魔物は、光の下にやってくる。あまり目が良くないので、光にライトアップされた者を優先的に狙う。
ならば、フロアで戦うのではなく、スタッフ通路までおびき寄せれば良かった。子犬のように動きはそこそこ速いが、力は子供ほどで、爪の切れ味も悪かったので、厚手の服を着込み、通路で待ち構えれば、後は木製の案山子を囮にすれば簡単に釣れて駆逐することができたのだった。
そうして駆逐し終えると、フロアには敵はほとんどいなくなる。そこを探索し、大ねずみやスライムを倒していけば良かった。稀に現れるシャドウデビルも数は少なく、少女が倒してくれたので、安全に攻略できた。
小牧はフルフェイスヘルメットを被り、顔のわからない少女をジロジロと観察する。それでも楽勝だったのは、この少女のお陰だ。しかも暗闇をものともせずに、踊りながらシャドウデビルを駆逐した。恐るべき能力である。
なのに、彼女の噂をちっとも小牧は聞いたことがなかった。これほどの凄腕ならば、絶対に聞いたことがあるはずなのに。
「私は防人さんに頼まれて、この地にやってきました。これからこの地は儲かると話してくれたので」
飄々とした口調で雫は答える。嘘は言っていない。3年前からここには住んでいるし、市場を立ち上げて儲かるようになると防人さんは計画を話してくれたので。
嘘は言っていない。真実にも掠らないかもしれないが、それは相手の受け取り方次第だ。
『忍法:防人さんの術』
『俺を詐欺師みたいに言うなよ』
むふふと口元を緩ませて、忍法名を口にすると、防人さんが苦笑する。いつも防人さんがしていることを真似しただけなので、防人さんは否定してこない。
「旦那に頼まれたのかぁ。なるほどねぇ……ここはこれから凄腕が集まる地域になるのかね」
勝手に小牧はわかった風な表情でウンウンと頷き納得した。何がなるほどなんでしょうかと、私はツッコミを入れたいが、強靭なる精神力で我慢の娘である。
「あいつも強かったしな」
小牧がちらりと横目で見る先には、鉄パイプを改造して組み立て式の槍にしている男がいた。雫の次にシャドウデビルを倒していた男だ。槍を構える姿は堂に入っており、狩りの終盤はライトの中に入る前にシャドウデビルを鋭い突きで倒していた。
「おとーさん、お帰りなさい!」
市場へと戻ると、槍使いの男に奥さんとその子供が駆け寄ってきていた。小さな娘がとてとてと走ってきたのを、ニコリと優しい笑みで受け止めて抱きしめている。
「ただいま」
「しんぱいしたの。まものはたくさんたおしたの?」
「あぁ、怪我もないぞ」
「あなた、あまり無理しないでね?」
ほのぼのとした光景がそこにはあった。家族が集まり父親の無事を確かめて安心する心温まる光景だ。だが、廃墟街ではこの光景は少し意味が違う。
「なるほど。あの方は凄腕なんですね」
「そうだ。あいつは槍使いの後藤だな。この廃墟街でも真っ当な性格をしているってぇ、噂だ」
たしか私の次にシャドウデビルを狩った男だと、その家族を見る。奥さんも娘も気の良さそうな人たちだ。即ち、廃墟街では珍しい存在。
『世間は広いですね、防人さん。魔界編のストーリーの終盤近くで現れた最強モブ軍団みたいです』
『相変わらず意味不明だが、言いたいことは理解したな。たしかに。この廃墟街で、あんな男がいるとはなぁ』
防人さんも私の言葉に同意して、フヨフヨと浮きながら顎を擦る。廃墟街で気の良さそうな家族は、鴨だと思われて襲われるので、生き残ることは難しい。家族を守り切る力を持っている男なのだ。
感心する周りの様子には無頓着に、後藤は市場へと入っていく。雫たちも同様に後に続くのであった。
市場はやけに騒がしかった。廃墟街唯一の市場なので、いつも騒がしく活気があるのだが、今日は少し様子が違う。なにか新しいことがあったのだろう。
すいとんを売る者や、萎びた野菜にじゃが芋を売っている者たちもソワソワとしており、買い物客たちもどことなく浮き立っている。
「なにがあったんですかね?」
大木君が辺りを見回しながら、不思議そうに首を傾げる。雫はなぜ皆が浮き立っているか知ってはいるが知らないふりをしていた。
フルフェイスヘルメットを被っていて良かったと言えるだろう。その愛らしい顔はにまにまと笑みを浮かべていたので、バレバレであったので。
きっと問いかけられたら、フフフと含み笑いをして、教えてやろうと、身体を捻じる謎のポーズをとってしまうのは間違いなかったので。
コアの買取をしている受付。受付とは名ばかりの組み立て式の長机に、鉄パイプ椅子という貧相な受付に座る女性の所へと皆は移動する。
「まずはコアの少ない人から買い取りますね」
受付女性の言葉に、皆は頷きコアを置いていく。少ない人は5個程度。今回は討伐依頼の報酬があるので、問題はないと、および腰で戦った者たちだ。
Fランクコアは30円。コアの買い取りか少なくとも、報酬が5000円のために、参加をすれば良いとも思っていた者たちだ。廃墟街の人々は生き残ることを優先するので仕方ないとも言えるが。今回の依頼内容の条件に腕が良いものと書いてあったが、気にはしなかった。
しかし、予想外のことが起きた。
「こちらはEランクコアですね。一つ300円となります」
「ええっ! Eランクコア? 買い取りを始めたのかよ!」
この頃はまだFランクコアまでしか買い取りをしていなかった。なので、依頼報酬だけを受け取ろうと考えていた男はぎょっと驚きの顔となり、机を強く叩く。
バンと大きな音が響くが、受付嬢はにこやかな笑みを変えることはない。それぐらいで怯む女性はこの市場で受付嬢などしない。
スッと手をあげて、顔を近づけて威圧をしてくる相手に説明を始める。
「本日、Eランクのトウモロコシの種がコアストアに追加されたことを確認致しました。そのため、天津ヶ原コーポレーションではEランクコアの買い取りを始めました」
その言葉を近くで立ち聞きをしていた人たちは、ザワザワと騒然となる。この言葉を待っていたのである。
「おいおい、やはり買い取りを始めるらしいぞ!」
「Fランクコアの10倍の金額よ」
「こうしちゃいられねぇ、皆に教えないとな」
「ツアーもまた内容が変わるんじゃないか?」
「商品を仕入れねぇと。これからはもっと売れるぞ!」
買い取りを始めたモンスターEコア。その意味は大きい。狩人の報酬が多くなっただけではない。その金をどこで使うかという話だ。その金は市場で使う。今までは食べ物のみであった。
しかし、収入が大きくなれば、服なども買おうとする。それにそのコアを使用されて交換された新たなる野菜、トウモロコシを収穫可能となれば、じゃが芋と合わせて、ますますこの市場も賑わうだろうと、喜びの表情へと変わる。目端の効く商人は、商品を新たに仕入れようと、行動している。
だが、男にとってはそんなことなどどうでも良い。自身の持つコアの買取金額が問題だった。
「これがEランクなのか? 弱かったぞ!」
「そのとおりです。輝きが違います。このコアは明らかにFランクと違う紅い輝きを見せているでしょう? では買い取りでよろしいでしょうか?」
受付嬢は既にEランクコアの輝きを何度も見てきていた。これまでは、天野社長が回収していたが、見間違えることはない。漆黒の水晶の中の紅き光は蛍の光のようなFランクコアの輝きと違い、はっきりとわかる輝きを見せていた。
「あぁ、頼む……くそっ。こんなことなら、真面目に戦っておけばよかったぜ」
舌打ちをして肩を落とす男。Eランクコアはホブゴブリン以上の敵だ。生半可なことでは手に入らない。今回は絶好の機会であったのに、逃してしまったと悔やむ。すぐに買い取りが終わりとぼとぼと肩を落とし離れて、他の者たちも並び、買い取りをしてもらっていく。
「わぁ、凄いですね! 30個はありますね!」
後藤の番となり、受付嬢はジャラリと出されたコアの数に感心する。
「おとーさん、凄いね!」
たくさん倒したんだと、目を輝かす娘を撫でて、後藤は思う。
人を傷つけて、死体を漁る。そのような暮らしをしないように、廃墟街でもできるだけ、静かに暮らしてきたが、これからは堂々と胸を張って生きることのできる生活になれるかもしれないと。娘に胸を張って生きていけるかもしれないと。
「今日は服を買おうか」
たくさん報酬を貰えたしなと妻と娘に告げて、大金を手に入れて、ここに住むことに決めてよかったと喜びの笑みを浮かべる。こんなに嬉しいのは久しぶりだと。
その後に、信玄にスカウトされるのだが、それは後日の話である。
しかし、これを機会にして、廃墟街の人々は少しだけ考えを変えたのであった。人を襲い、死体の遺品を奪い取り、盗みを働くことに躊躇いを持たない人々は少しだけ変わることになる。働いて真っ当な生活をしようと考える者たちが現れ始めたのだ。
………変わる廃墟街。だが、その影響を受ける者たちは良い影響ばかりではない。
ますます活気が溢れる市場を舌打ちして見つめる者たちもいる。
私、なんかやっちゃいましたかと言いたかった雫は、後藤がテンプレを代わりにやっていて、ムキーと口を尖らせながらも、この場を離れる者たちを見ていた。
「せっかくの休みです。面白そうなことは逃さないようにしませんと」
ポツリと呟くと、次は私ですねとコアが詰まって重たい袋を受付へと持っていくのであった。もちろん私なにかやっちゃいましたかと言うつもり満々です。




