外伝 油売
リビングメイルモドキとの戦闘で、帰蝶たちはばらけているが、散開したことがちょうど良いのか、そのまま俺をニヤニヤと嗤いながら包囲してくる。俺は目を細めて包囲してきた連中を見ながら帰蝶へと俺の予想した内容が正しいか尋ねることにした。
「『油売り』の拠点なんだな、ここは?」
断定的な俺の言葉に帰蝶は驚きで目を見開くが、すぐに面白がるように歪んだ笑みを浮かべる。
「なんだ。わかっていたのさね。それなのに、こんな胡散臭い依頼を受けたのかい?」
「まぁ、奥まで灯りは設置されているし、アラクネを倒した状態でリビングメイルモドキが佇んでいたんだ。おかしなことだらけだったからな」
天井に設置されている裸電球を指差してくるくると回す。アラクネが巣としているのなら裸電球などは設置できない。結構前から設置はされているようだが、それでも数年といったところだろう。
「この奥のお宝はお前らが貯め込んだお宝か? アラクネが巣を作って慌てて倒すための魔道具を使ったってところか、『油売り』」
「ふん、そのとおりさ。ちょっと留守にしていただけなのに、アラクネが現れて、あたしの部下は殺されるし、お宝は取り出せなくなってね。とんと困っちまったのさね」
苦虫を噛んだような顔で吐き捨てるように帰蝶は言う。なるほど、アラクネはビルを巣にするからな。人間のいるビルは格好の巣にできたに違いない。
「『油売り』。その通称は皮肉めいたものだ。油を売るとは、人生という時間を売る暗喩だ。お前らは僅かな報酬を与えて、効果のわからない危険な魔道具を廃墟街の連中を使って実験する。もちろん大体の連中は魔道具により死ぬ。盗掘と実験。それが『油売り』という集団だ。お前ら、『内街』の下請け業者だな?」
油売りの連中とかかわった人間の殆どは死ぬ。危険な魔道具を僅かな報酬を貰い使用して、使用者は手酷い副作用で死ぬからだ。
「頭が切れるのに、あたしの依頼を受けたとは呆れるね。そのとおりさ。廃墟街の連中は1000円でも与えれば命を売るからね、全くこんなに使いやすい人間もいないさね。あぁ、違った『幽霊』だから、この世には存在しなかったんだ」
「そうそう、実験するにはちょうど良いよな」
「たった1000円で死ぬなんて、お前ら廃墟街の連中は本当に知性がないぜ」
「この間、死んだ奴も笑わせてくれたぜ。報酬は家族に渡してくれとかいってたな。家族がどこにいるか聞いたが忘れちまったけど」
嗤う帰蝶に、周りの連中も追随して嘲笑う。ハハハと地下駐車場に耳障りな醜悪な嗤いが響く。
「そいつも廃墟街の連中の一人さね。最近知り合った餓鬼がくれた魔道具だったんだが、自分たちで使用するのは嫌だったからね。適当な奴を雇って使わせたんだよ。アラクネを倒したのは良かったんだが、使用したまま死んじまったんだ。で、後は本物のリビングメイルになって、あたしらは奥の金庫に入れずに困っちまったのさ。だから、あんたを雇ったんだよ」
「そうか。それなら俺を生かして返すわけにはいかないな」
「あぁ、そのとおりさ。この拠点は苦労して作り上げたんだ。このまま使うからね。安心しな、外で待っている猫娘は高く売っておくから。心安らかに死んで構わないよ、『幽霊』。おっと、あんたは矢を防げるんだってね、でも銃は防げない、だろ?」
帰蝶はセセラ笑いながら、手品のように手に短銃を飛び出すと俺へと銃口を向けてくる。いったいどこに持ってたんだ?
「あたしのスキル『幻蝶』さ。手のひらサイズの幻影を作り出すつまらないスキルだけど、うまく使えればこのとおり」
帰蝶の腰から美しい幻想的な蝶がひらひらと飛び立つと、その後にホルスターが現れる。どうやらスキルにより隠していたらしい。
「廃墟街の最強とか言われているらしいけど、結局は銃弾で死ぬ程度。あんたはゴミの天辺にいるんだよ」
馬鹿にしきった顔で帰蝶が告げてくるので、嘆息混じりに頬の血を拭い破れた影法師の部分を修復させる。そうして血のついた人差し指をゆらりと揺らす。
「スキルレベル1といったところか。それじゃあ2の力は知っているか?」
「あん?」
引き金を引こうとした帰蝶が俺の言葉を受けて動きを止める。それを見ながら薄く笑い、人差し指から蛍火のような小さな火を灯す。
「『蛍火』だ。こう見えても高熱でね。実は既に銃に張り付かせておいたから、捨てた方が良いぜ?」
「な!」
慌てて帰蝶は手元の銃へと目を向ける。
「嘘だ!悪いな!」
その隙を逃さずに、ハッタリだと告げて笑いながら、俺は車の陰に飛び込む。
「こいつ、舐めやがって! やっちまいな!」
コケにされて怒気を纏い帰蝶は引き金を引く。乾いた音を立てて、放置された車に命中して、火花を散らす。だが、俺は腰を屈めて素早く車から車へと移動する。
「やっちまえ!」
「ぶっ殺せ!」
ボウガンを向けて、連中は俺へと矢を放つ。だが、矢は無駄だ。
「頼んだ、影蛇」
俺の声に合わせて、足元の影がゆらりと動く。
「死ね!」
俺の前にいる男がボウガンの引き金を引く。矢が放たれて高速で俺の顔へと飛んできて
ピタリと空中で止まった。そして力を失い、カランと音を立てて落ちる。影蛇の『影縛り』だ。一瞬だけ物の動きを止めることができる俺の切り札の一つだ。
「な?」
「シッ」
呼気を吐き、驚き動きを止めた男の首を軍用ナイフで切り裂く。鮮血が噴き出して、慌てて血を止めようとする男の横を通り過ぎて駆け抜ける。
「聞くと見るとは大違いってやつだな」
本当に矢が空中で停止するとは思っていなかったのだろう。そこまでの魔法は見たことがなかったか、与太話だとでも思っていたか。なんにせよ、敵は慌てて矢を放つが、全て影蛇が防ぐ。
「天野防人っ! これだけの人数を相手にするつもりかいっ!」
銃撃を繰り出す帰蝶。俺は影法師のコートをはためかせながら、車から車へと駆け抜けて銃弾を躱していく。黒いコートに弾痕が残り穴を開ける。かなり良い腕だ。だが、俺には当たらない。
再び銃弾が飛んできて、脇腹に命中してしまう。だが、俺は痛みを覚えることもなく、駆ける速度も変えない。
「畜生、なんで死なないんさね!」
「当たってないからな」
影法師がひらひらとはためく。その中は空だ。俺は影法師を走りながら作っている。俺と同じ姿の影法師は薄暗い中では本物にしか見えない。いつも着ている理由の一つだ。案山子を作ることにより敵は狙いを絞れない。
『火蛇』
走りながら、小さな炎の蛇を生み出して、近くの敵へと放つ。空中をくねらせて、火の粉を散らしながら敵へと向かった火蛇は顔に絡みつき燃やす。
「あぢぃー! ゴフッ」
男はボウガンを投げ捨てて、必死になって炎を消そうとするが、マナのない攻撃では魔法の火は消せない。懐に入り込むと先ほどと同じように首を切り裂き、スライディングで柱の陰に隠れる。
「魔法使いのマナは無限じゃないんだ、攻撃を続けな!」
最初は混乱していたが、帰蝶の言葉で落ち着きを取り戻し、連中は連携を取り始めるが、そうはさせない。人差し指をタクトのように振るい、まだ支配していた炎を操る。
『舞い踊れ』
倒した男の顔に引っ付いていた炎がゆらりと揺れると、側の敵へと蛇が舌を伸ばすが如く襲いかかる。落ち着きを取り戻そうとしていた連中は炎が迫り、またもや混乱し、統制を失う。
「落ち着きな! 相手はたったの一人だ!」
帰蝶は金切り声をあげて、統率を取り戻そうとするが、掴めない炎に襲われるのは恐怖でしかない。なかなか統制を取り戻すことはできないだろう。
だが言っていることは正しい。マナを全開に命をかければ全滅できるだろうが、そこまでするようなことはしたくない。
なので、影猫へと指示を出す。
入口にこっそりと置いてきた使い魔へと。
地下駐車場の入口で花梨は座って、黒猫と戯れていた。艷やかな汚れ一つない滑らかな漆黒の毛皮、触るとふんわりとした感触を返してきて、いつまでも触っていたい。
小さな黒猫は人懐っこく、花梨が手を持ち上げて肉球を触っても嫌がりもせずにお座りをしている。その可愛さに花梨はふふっと笑みを浮かべて、ペットとして飼いたいにゃあと思っていた。自分だけならば、抱きしめてお腹に顔をうずめて、もっともふもふするのだが、外野が邪魔だった。
「なぁ、幾らだったら良いんだよ? 千円か? 二千円か?」
さっきからイヤらしい目つきで発電機を守る男たちが声をかけてくるので、うんざりしてしまう。寡黙な兵士と思いきや、帰蝶の前だけだったらしい。今は下種な笑みを浮かべて、花梨の開いた胸元を覗き込むようにしながら、しつこく尻尾を触ろうとしてくる。
尻尾は触られると背筋がぞわぞわするので、花梨が一番嫌いなことであったのに、物珍しいのかさっきから手を伸ばしてくるのだ。
それにあちしが千円? 缶ジュース一本であちしを買うつもりだとは、どれだけ馬鹿にすれば気がすむつもりなのだろうか。
花梨の後ろをうろうろと歩き回るので実にウザい。
「なぁ、それなら3000円出すぜ? な、良いだろ?」
「猫娘とはやったことないんだ」
「俺たち、慣れているからよ。なぁ?」
苛立ちが最高潮となり、そろそろ限界だと花梨が動こうとして、黒猫の手を持ち揺らしながら遊んでいると、
「にゃあ」
黒猫が鳴いた。
猫が鳴く。猫が鳴くのは当たり前だ。普通ならばだが。この猫は防人の使い魔。普通は鳴くことはない。即ちそれは防人の合図ということだ。
ようやくかと、小さくため息をついて、すっくと立ち上がる。
「おっ、やる気になったか? そうだな、五千円払ってやるよ」
何を勘違いしたのか、男たちは鼻息荒く花梨を見てくるので、ニッコリと笑みを浮かべて、小さな牙を見せる。
「そうにゃ。やる気になったにゃよ。やっていいかにゃ?」
「もちろんだぜ。誰が一番でやる?」
「俺だ。俺が最初に言い出したんだからな」
「俺が金を持ってやるから、俺にやらせろ」
3人は言い争いを始めて、一人が金を出すからと前に出てくる。
「俺だ。俺が最初だ」
「間違いないにゃ?」
「あぁ、俺が金を持つことにしたからな」
「それじゃあ、やるかにゃ」
ヘヘッと笑う男に、花梨は笑顔で頷くと、霞むほどの速さで腕を振る。キラリと空中でなにかが光ると、男はビクンと痙攣した。
「が、え?」
ゆらゆらと身体を揺らすと、力を失いドサリと地へと倒れる。男の目にはいつの間にかガラスのような透明な針が突き刺さっており、僅かに刺さった箇所から血が流れていく。
「なんだ?」
「何をしやがった、てめぇ?」
仲間が死んだことに驚き、残りの二人は素早く後退りボウガンを手にすると怒鳴ってくる。
「殺っていいかにゃって、言ったよにゃ? だから殺っただけにゃよ」
男たちはその言葉を聞き、花梨の表情が変化したことにぎょっと驚く。
花梨はいつの間にか笑顔ではなく、凍えるように冷たい眼差しをしていた。その瞳の奥には凶暴な獣の光を見せており、歴戦の戦士である男たちもその殺気に恐怖する。
「防人には借りを返さないといけないからにゃぁ。発電機を止めたいから、お願いするにゃ」
それぞれの指の間に、細長いガラスの針を持ち、獣はニヤリと獲物を狩る笑みを浮かべて告げる。
「お願いだから、邪魔なお前らは死んでくれにゃ?」




