305話 始原のダンジョンコア
闇の化身、いや、闇そのものとなった防人は、酷く歪んだ禍々しい嗤いを見せて、その乗騎である闇虎ミケに乗りながら、手を翳す。
『闇帝球』
地面に広がる肉塊へと放つ球体はほんの小さなものであった。攻撃を受けても、たいしたことはないであろうと、ふつうなら考える一撃だ。
しかし、その攻撃がある一点を狙ったことにより、肉塊は激しく反応した。
『光神輝球』
肉塊から太陽のような輝きを放つ球体が浮かび上がると、闇の球体へと放たれる。2つの球体はぶつかり合い、対消滅を起こし、純白の爆発を起こす。
「そこにありますよとわかりすぎだぜ? 場所を移動させても良いんだぞ」
「ほざけ。もはやマークしているであろうが! ここで移動させた所で、貴様に隙を見せるだけだ」
「なら、タワーディフェンスを楽しんでくれよ」
防人の言葉に苛立ちながら肉塊君は返答をする。そうして、イソギンチャクのように、無数の触手をその身体から生やして、俺を取り囲もうとする。
「ミケ。ラストダンスだ。華やかに行こう」
「みゃん!」
俺はこの戦いを楽しむ笑いを見せて、ミケの頭を撫でる。漆黒の虎も楽しそうに子猫のような鳴き声を返してくると、マナを爆発させる。
同時に、俺を取り囲む触手が光り輝き、レーザーのように一条の光線となって襲いかかってきた。
『超加速脚』
ミケの身体が乗せている俺ごと、その姿をブレさせてかき消える。無数のレーザーが襲い来る中で、ジグザグに鋭角に移動して、的を絞らせることなく回避していく。
「ちっ! 貴様のパートナーはいなくなった。故に容易く勝てるはずであったのに!」
当たらぬ攻撃に、怒気を混じえて肉塊君が叫ぶ。
「たしかに雫がいれば、もっと楽勝だったかもな。その点だけ言えば、肉塊君の作戦は見事だった。雫はどうしても、以前の世界に留まらなければならなかったからな」
前衛たる雫。後衛たる俺のコンビネーションならば、もっと派手でもっと楽勝な作戦を描けていたかもしれない。それは確かだ。だが、肉塊君はわかっていない。
「今までの戦闘経験を持っているのは俺と雫だけじゃないんだ。知ってたか? 実は一番付き合いが長くて、一番戦闘経験があるのは使い魔たる俺の猫なんだぜ」
見張りから、敵の排除。今のように強い存在ではなかった頃。あっさりと鴉に殺られるような弱い頃から、俺の猫は常に戦ってきたのだ。それがどうやら肉塊君はわかっていないようである。
「格上とばかり戦ってきたのは俺たちだけじゃないんだ。それどころか戦闘だけならピカイチなのが、俺の頼れる使い魔なのさ」
加速する世界の中で、レーザーと化して肉薄してくる触手をぎりぎりで回避しながら笑ってやる。まったくもって頼りになるペットなのだ。今度高級燻製肉をおやつにあげるつもりだ。
『雷神雷光』
我慢の限界がきたのか、肉塊君は超広範囲魔法を使用してくる。虹色の空が稲光を伴い膨大なマナが込められた雲で埋め尽くされる。空気がピリピリと痺れて、否が応でもその威力を教えてくる。
『集束魔法撃』
「これで終わりだ!」
追加であろうスキルを肉塊君は使用する。どうやら魔法を集束させるスキルの模様。超広範囲から広範囲へと集束させて攻撃をしてくるようだ。
爆発的なマナが天にて弾け、俺とその周囲へと落ちていく。肉塊君は自身の身体が傷つくよりも俺を倒すことを優先したのだろう。まったく思い切りの良い敵であると感心しちまうぜ。
「だがもっとセリフを考えた方が良いぜ。それじゃ小物の悪党みたいだからな」
からかうように伝えながら、俺も天へと手を翳す。充分練り上げて、準備万端だ。
『闇神領域』
俺の手のひらから闇が生み出されて、波紋のように周囲へと広がっていく。宇宙の闇のような底の見えない昏き世界だ。
闇神の領域へと雷光は墜ちて、闇を駆逐すると思われた。だが、雷光は全て闇の領域に入り込み吸収されていく。
これを待っていたんだ。きっと使ってくれると信じていた。
「頂きだ!」
『意思集束』
『解放』
吸収した膨大なるエネルギーを、再び俺は解き放つ。目標は奴の心臓部分。即ち、ダンジョンコアの隠れし場所だ。
俺を穿ち倒すはずであった雷光が、反対に俺に制御されて、集束された上で解き放たれる。その威力は集束されたことにより倍以上。雷光は雷の槍となって、肉塊君につき刺さろうとする。
「自身の力でやられるか!」
『光神天蓋』
光の格子が肉塊を覆い、無数に墜ちる雷光の槍をあっさりと弾き返す。どうやら対抗魔法はしっかりと使えるようで安心した。
俺の作戦どおりだ。
「その防御魔法が最高魔法だな! 切り札を切ったらタワーディフェンスは負けちまうぞ」
身体に巡るマナを腕に集めて俺は叫ぶ。ほとんどのマナは腕に集束されて、俺のマナが空に近くなるのを肌で感じてしまう。
だがチェックメイトだ。
『核闇神腕』
俺の最終切り札。パワーアップした俺でも、これを使えばマナは空になる。ほとんどのマナが必要となる魔法。
核化させた闇神の腕。
発動させて、オレの腕が禍々しく、そして爆発的な威力のものとなる。発動させただけで、俺とミケ以外、即ち肉塊君の光の障壁が揺らぎ、エネルギーを吸収されていくのが分かる。
「王手!」
俺は闇神の腕を張り上げて、全力を込めて肉塊君に叩きつける。光の格子はガラスのようにあっさりと割れ、その下にある肉塊へとぶつかった。
神級をさらに威力をあげた俺の切り札たる核闇神の腕は肉塊にめり込み、ピンク色であった肉塊を枯れ果てた灰色へと変えて崩す。まるで絶対無比の不落の城塞に蟻が穴を開けたかのように、ぽっかりと穴が開き、その奥底に煌く紅き結晶がその姿を現す。
飛び込んでご挨拶をしようとするが
「させるか、防人!」
「ようやく俺の名前を口にしたな」
雨後の筍のように、無数の触手を生やして、俺を突き刺さんと襲いかかってきた。もはや闘技を使う余裕もないのか、単純なる質量攻撃だ。周囲も灰色となって枯れ果てているので、空いた穴を塞ぐことはできないのだろう。単純に数での攻撃をしてきたわけだ。
だがその選択は正しい。俺のマナは殆ど空っぽだ。紙装甲でもあるので簡単に殺せるだろうよ。
まぁ、俺のペットはまだまだいるんだが。
『ラストダンスだ。盛大に行こう』
指をパチリと鳴らすと、オレの影から使い魔たちが一斉に飛び出してくる。
「みゃーん」
「かぁ」
「ちー」
虎も猫も蛇も鴉も、今までの使い魔たちが一斉に触手に立ち向かう。もちろん、触手を倒せる程の力は持たない。あっさりと弾き飛ばされるが、1匹が無理なら2匹。止められないなら、多くの蛇たちが影縛りをかけて、その勢いを僅かに落とし、鴉たちが体当たりをして軌道を変えて、虎や、猫が噛みつき動きを止める。
俺に向かってくる触手は一本もない。辺りでは無数の触手と激戦を繰り広げる使い魔たちの姿があった。無論、短時間しか持たないだろうが、それで充分だ。
俺の使い魔たちは楽しそうにラストダンスを踊っている。その様子に頼もしげに微笑み、俺は穴へと飛び込む。
意外と深いが、それでも数秒だ。
「グッ! だが!」
『自爆』
肉塊君は防ぐのが難しいと悟ったのだろう。単純極まる技を使ってきた。俺の周りの肉塊が炎のように紅く光り、内包するエネルギーを全て爆発させる。
視界が光で埋め尽くされて大爆発が発生した。
虹色の空間が大きく歪み、周囲の全てが吹き飛ぶ。肉塊も使い魔も。ただダンジョンコアだけを残して。
爆煙が周囲を埋め尽くし、一瞬の破壊の光は大きく虹色の空間を歪めていた。もしもこれが地球上で使用されていたら、間違いなく惑星は砕けていただろう威力のラストアタック。
爆炎も爆煙も収まると、コアから僅かな、ほんのちっぽけな手のひらサイズの肉塊が現れると歓喜の声をあげる。
『フハハ、カッタ! アマノサキモリニカッタノダ』
先程までの膨大なる力は欠片も感じず、弱々しい姿で肉塊は叫ぶ。自爆は最後の最後。切り札としても使う予定のなかった技であった。
いまの自分は分体として残した小さな肉塊でしかない。復活には時間がかかるが、現在は世界を創造のために停止している。他の者の介入はない。
なにより天野防人を倒したのだ。肉塊はそのことに狂喜した。自らの天敵を自身の力で倒したのだと。
だが、爆煙が消えていくのを見て、その身体をギクリと強張らせる。
なぜならば、人が立っていたからだ。肉体などは欠片も残らないはずの人が残っていた。しかも原型を保っていた。いや、それどころか、相変わらずな黒ずくめであった。
「ファッションセンスが悪いとよく言われるんだ、この格好。恥ずかしいから止めろって。酷いだろ?」
ポツリと男の声が聞こえてきて、肉塊は信じられないと声を震わす。
「ナゼダ、ナゼイキテイル!」
「この黒ずくめってのは、魔物に対抗するためなんだ。敵の目を眩ませて、攻撃を防ぐためのな」
「フセゲルハズガナイ! ジバクハタトエシンキュウノボウギョヘキデモハカイスルハズダ」
ありえない。あり得てはいけない結果に、怒声を肉塊は撒き散らす。だが、防人は肩をすくめて、答えを告げてきた。
「やっぱり自分のファッションというのは最後まで貫き通さないとな。今日は少し種類を変えているんだが」
「シュルイ?」
「あぁ、実はこっそりと作成しておいた4匹目の自我を持つ使い魔『闇帝粘体』のスー君だ。唯一の特技は『完全防御』。使用したら丸1日全ての攻撃に弱くなり、子猫でも勝ててしまう弱点があるんだが、一瞬の攻撃は如何なる攻撃も防げるんだぜ?」
マスクを取り外し、バサリと防人は黒のコートを脱ぎ捨てる。もぞもぞと黒のコートは蠢く。影移動で逃げ込んでいた子猫と子蛇と子鴉が、にゅっとコートから顔を出してコートを咥えて、防人のそばから離れていく。
「トンダブラックキギョウダナ」
「そんなことはない。後で綺麗な水をたっぷりとあげる予定だぜ? 天津ヶ原コーポレーションは福利厚生がバッチリなホワイト企業です」
「ワラエバヨイトコロカ?」
お互いに軽口を叩き合い、対峙する。最早防人は全てを飲み込む闇の欠片も身体にはなく、ただの人間であり、マナもか細く残っているのみ。
肉塊も、身体は緊急用の分体であり、その強大な力は見る影もない程に衰えている。
「まさかこんなに酷い終わり方になるとは思わなかったぜ。お互いボロボロすぎだよな」
「キグウダナ。ワレモソウオモウ」
ふたりの意見は合った。そして、同時に魔法を発動する。
『影矢』
『光矢』
たった一発。一本の魔法の矢が放たれる。初歩の初歩。最初に使用できる魔法が。
影と光はぶつかり合い
そして光はあっさりと蹴散らされ、肉塊の身体を貫くのであった。
影矢により、僅かなる命もその灯火を消え去ろうとしながら肉塊はゆらりと動くと最後の言葉を告げる。この結果はわかっていた。分体はステータスが大幅に減少した。弱っているとはいえ、防人の魔法に敵うわけがないと。
だが、その胸に去来するのは不思議なことに悔しさでも憎しみでもなかった。
「マンゾクシタ」
その一言と共に、肉塊は灰色となり、サラサラと砂となって崩れていく。
「俺もだ」
ラストダンスに相応しい相手だったよと、防人は呟くと肩を竦める。たいした敵だった。ダンジョンのラスボスに相応しい。思い切りの良さも、その頭の良さも。
そうして、俺の最高のダンジョンアタックは終わりを告げた。
深呼吸をして、気を取り直すと俺は歩き始める。
紅く輝くダンジョンコアに近寄ると、そっと手を当てる。始原のダンジョンコアは俺の体内に吸収されていき
『始原のダンジョンコアを入手しました』
『等価交換ストアが最大レベルを超えました』
『等価交換ストアは天野防人と完全に融合します』
『天野防人はダンジョンマスターになりました』
最後のレベルアップを等価交換ストアは告げてくる。
「ダンジョンマスターか……。ダンジョンマスターだとダンジョンに挑戦できないじゃねぇか」
ダンジョンに人生をかけた男は呆れた寂しげな声をあげて、感想を言うのであった。




