304話 肉塊
光と闇がぶつかり合い、相殺された衝撃波が周囲へと響き渡る。空気が揺れて、防人も衝撃を受けてよろめいてしまう。魔法使いビルドの俺は紙装甲であるからだ。
すぐに闇の出力を上げて体勢を立て直す。闇と化した俺は、今は人型の闇の塊に見えるだろう。ハードボイルドでかっこよいと皆は褒めてくれるはずだ。そして、色々できるので結構便利なモードでもある。
「貴様を滅しよう。たとえ、新たなる貴様のような存在が生まれたとしても、それは貴様ほどには狂っておらず、また狡猾でもあるまい」
「酷えことを言うな。俺の精神は繊細なか細い糸のようなもんなんだ。言葉の暴力にとっても弱いから、手加減をしてくれよ」
闇の翼を生やして、俺は高速で飛行しながら軽口を叩く。風圧が俺を襲うが、魔法の障壁はその全てを緩和する。
「その糸の素材がなにか確かめても良いぞ」
予想外に肉塊君は俺の軽口に付き合ってくれる。そのことに驚きながらも笑ってしまう。なかなか面白そうな奴だこと。
『竜化』
俺が肉塊君の隙を狙うために、その結晶の周囲を飛ぶと、あんまり聞きたくない言葉が肉塊君から発せられる。
その言葉と共に、肉塊は姿を変える。紅き鱗を持つ西洋竜へと。瞬時に変身は終わり、隙を見せない。
4枚のコウモリのような翼を生やして、全長100メートルはある堂々たる体躯を持つ紅き竜だ。その煌くルビーのような瞳が俺を睨むと、水晶のような牙を剥き出しに大きく口を開ける。
『破壊の息吹』
莫大な破壊を齎すエネルギーがその口から放たれて、終わることのない息吹を俺に向けてくる。
『超加速脚』
加速の闘技を使用して、追いかけてくる息吹から防人は逃れようと弾丸のような速さで飛行する。だが、竜は息吹を吐き続けて、息切れして口を閉じる様子を見せない。
息吹が虹色の地面に触れると、まるで抵抗なく穴を穿ち、地面を消滅させていく。やばい威力のブレスである。セリカたちを連れてこなくて良かった。あいつらでは対抗できないレベルの力だ。どうやら創造の力に巻き込まれて、姿を消しているようだが。
「深呼吸をしようぜ。あまり長い間、息を吐かない方が良いぞ」
『意思集束』
『闇帝矢』
手を翳して、闇の魔法矢を撃ち放つ。『意思集束』を使った魔法だ。威力は以前とは比べ物にならない。さすがはレジェンドコアのスキルだ。名前が普通っぽいやつ程、使えるスキルなんだよなぁ。たぶん設定した時に選ばれるとは思わずに適当な仕様にしたからだと思う。ガバガバの仕様で裏技し放題ってやつだ。
連弩から放たれるように、闇の矢は連続で発射されて、光のような速さで肉塊君へと向かう。煌く紅鱗を貫くことができるかと結果を見るが、竜は息吹を止めると、横滑りにロールをして、その巨体を器用に回避行動に移した。
「ここは攻撃を受けて、通用しないと竜の偉大さを見せてほしかったんだが」
竜の横を闇の矢が通り過ぎ、一発も命中しないことに苦笑してしまう。なんて慎重な竜なんだ、こいつ。
「貴様を見て学んだことの1つだ」
『光雨輝矢』
こちらと間合いを取りつつ、肉塊君は周囲に光の矢を生み出す。光り輝き眩しい程の魔法の矢は俺に向かって豪雨のように迫ってくる。
「ずっと俺を見てたのは知ってたよ。こう言っちゃなんだが、あまり俺を見習うのは止めておいた方が良いぜ?」
軽い口調で答えながらも、光の雨を回避するのは不可能だと悟る。俺の雑な直線的にしか移動できない加速では無理だ。
とすると、取る手段は一つだけだ。
『来たれクーよ!』
「かぁ」
手を翳して魔法陣を作り出す。瞬時に描かれた魔法陣から、闇の鴉。俺の使い魔であるクーが飛び出てくる。5メートル程の体格に変化しており、可愛らしい鳴き声をあげて、俺を背中に乗せてくれる。
『高速機動』
すぐにクーは高速で飛び、幾何学模様を描くかのような美しい鋭角の飛行をして、迫る光の豪雨の隙間を縫いながら回避してくれる。
風圧が俺の肌を撫で、髪をバタバタとなびかせる。
「ありがとうな、クー。ジェットコースターに乗るのは久しぶりだ」
「かぁかぁ」
どういたしましてと、答えてくるクーを撫でながら、肉塊君へと視線を移す。
「使い魔を喚び出せるのか! この空間に!」
「妖精機や神機は喚び出せなかった。お前の力を由来にしているからか分からないが。だが、全て俺の手から創られた使い魔は喚び出せるみたいだな」
驚愕する竜へとニヤリと笑ってやる。妖精たちはコアが原因なのか、この空間には喚び出せなかった。だが、使い魔は俺と同一の存在であるのか、普通に召喚できたのだ。
動揺から、僅かに肉塊君はその動きを鈍くして、飛行の速度を緩める。その隙を逃すことなく、クーは翼を広げて魔法を放つ。
『闇羽乱舞』
その翼から闇の羽根を撒き散らし、竜の視界を埋めるが如く、一面を覆う。
「頂きだ!」
『超加速脚』
俺はクーの背中から飛び出すと、一気に竜へと迫り、手を突き出す。マナを集中させて、神級の魔法を使用する。
『闇神の刃』
その剣身は巨大にして、深淵から出現したかのような禍々しい刃が俺の手の中に現れる。
「はぁぁ!」
剣術の無い俺であるが、当てれば倒せる切れ味を持つ神の剣だ。すれ違いざまに竜の首へと斬りつける。
「グォォォ」
竜の首をバターのように切り裂くと、肉塊君はフラフラと地上に墜落していった。ズンと地面にクレーターが作られて、肉塊君は横たわるが
『超獣化』
首のなくなった竜の姿が肉塊に変わると、トリケラトプスのような四足の化け物へと姿を変えてしまう。2本のルビーのような美しい角を生やす超獣だ。ベヒモスっぽい。
『雷光天罰』
咆哮すると、天から雷の雨を降らせてくる肉塊君。轟音と共に雷が降り注ぐ。
『闇帝吸収壁』
俺は自身の周囲に障壁を張って、降り注ぐ雷雨を防ぐ。バシリと轟音が響き、紫電が周囲へと走っていく。
「かぁ〜」
雷雨を回避しきれずに、クーはダメージを受けて墜落していく。クーは戦線離脱となってしまう。
「首を落とされても、まだ生きているのかよ!」
「この姿は真の姿でもあり、偽の姿でもある」
「見かけは変わっても、その本性は肉塊だってことか!」
「そのとおりだ。死ね!」
得意げに叫ぶ肉塊君は、どうも人間臭い。誰を参考にしたんだか。
『光神角突進』
超獣の身体が輝き、光と化して角を突き出して襲いかかってくる。巨大な体躯が残像を残して迫るその姿は恐怖よりも、その内包する力の大きさに感動してしまう。
だが、命中したら、超獣に比べると、アリのような小さな俺は粉々に砕かれることは間違いない。
「そうはいかないぜ」
『コウ!』
「ちー」
俺の力ある言葉と共に、ハツカネズミのような可愛らしい鳴き声をあげて、蛟であるコウが躍り出る。100メートル程の全長になっており、巨大にしてその身体は透明なる水晶のようで美しい。
コウはその半透明な体躯をくねらせて、超獣へと立ち向かう。
『水帝沼』
超獣の前方に底が見えない綺麗な沼が生まれる。勢いよく突進してきた超獣は沼を回避することもできずに、入り込み動きを止める。
「よし、コウ。片付けるぞ!」
「ちー」
『闇神の加護』
『水神息吹』
俺の加護を受けて、漆黒にその身体を染められたコウは、増大させたその力を全て口内に集中させると、極大の水のブレスを吐く。
漆黒に染まった息吹は超獣に命中して、その身体を削っていく。ジリジリと超獣はその身体を削られて後退する。
「ぐぬぅ、舐めるなよ、使い魔如きが!」
『雷神息吹』
はからずもティアと同じセリフを吐いて、肉塊君は雷の咆哮を放つ。水のブレスを吹き飛ばすと、そのまま息吹はコウへと命中する。爆発が起こり、雷光が輝き、コウの身体が崩れ落ちてしまう。
「ちーちー」
崩れ落ちた蛟の身体からポフンと小さな蛇が抜け出てきて、脱出する。ちょろちょろと動いて、そそくさと逃げるコウ。
「使い魔では我を倒すことはできぬ。……あの男はどこだ?」
コウをその圧倒的な力で粉砕した肉塊君は、自慢げに呟くが、防人がいないことに気づき、慌てて周囲を見渡す。
「ここだ、肉塊君」
頭上から聞こえてくる男の声に、慌てて仰ぎ見ると、防人が片手を振り上げて落下してきていた。
その手に漆黒のマナを集束させて、隕石のように勢いよく落ちてくる。
「お座りだ!」
『闇神鉄槌』
超獣の胴体へと漆黒のエネルギーを集めた防人の一撃が入る。巨大なる体躯に穴が空く程の威力で、防人の一撃は決まり、ゴキリと骨を折ったかのような音が響く。
超重圧が超獣の身体を襲い、押し潰す。地に伏せるどころか、その体躯は潰れてミンチのように変わる。
「ブリーダーになれるかもな」
「違法業者であろう」
ミンチのように潰れた肉塊君だが、痛痒を感じた素振りも見せずに、肉塊から触手を生やして、俺へと攻撃してくる。
肉の触手は穂先を槍へと変えて、貫こうと高速で飛んでくる。闇の翼を翻し、俺は触手の攻撃を回避する。だが、肉塊から次々と触手は生えて、俺へと雨のように降らせてくる。
「まったく、善良なる俺をなんだと思っているんだか」
『ミケ、出番だ』
「みゃおん」
その言葉と共に子猫のような鳴き声で、闇の虎が召喚されると、俺を背中に乗せてくれる。そうして地面に広がった肉塊の上を駆け抜ける。
「にゃんにゃん」
迫る触手の嵐を、ミケはスルスルと猫らしく回避していく。敵の攻撃を余裕を持って回避し続け、掠らせることもしない。
ズドドと触手の槍が、肉塊君自らの身体に穴を空けていく。シュタタとミケは走り、ぴょんと突如ジャンプする。今までいた地面から触手が生えて串刺しにしようとするが、鋭敏なる知覚を持つミケは、その攻撃に反応したのだ。
そのまま林立する触手を踏み台に、にゃんにゃんと飛び跳ねて、立ち止まることはない。
「ちょこまかと!」
「猫ってのは、ちょこまかとしているもんなんだ。知らなかったか? 餌を与えなければ、捕まえることも無理なんだぜ」
『闇帝疾走爪』
苛立つ肉塊君へと、飄々と俺は返し、ミケは肉塊君の体を走りながら、その鋭い爪で切り裂いていく。ダメージはないだろうが、倒せる方法が一つだけある。ミケにはそれを確かめてもらいたい。
切り裂いた肉塊の隙間には、同じようにピンク色の肉塊が脈打っているだけだ。どれだけダメージを与えても倒せないのだろう。所謂不滅ってやつだ。
だからこそ確認する必要がある。鋭い爪で切り裂いていくミケにより、次々と肉塊に切れ目ができていく。
気にする様子を見せない肉塊君。もはや傷を負っても気にしないことに決めたのだろう。なりふり構わぬ攻撃を仕掛けてくる。
だが、僅かに攻撃が鈍った箇所があった。槍の雨が僅かに緩まったその場所を見て、どうやら見つけたようだと、防人は薄く嗤うのであった。




