302話 人類再生
宙に浮く黄金の結晶。その神々しい光を見て、雫は本能で理解した。
これこそが神なる力だと。
その光は神々しくも、柔らかな暖かさを持っており、神秘の力により、砂地となっているスタジアムの地面から若芽が芽吹き始めてもいた。
「やりましたよ、防人さん。この力があれば人類を復活させることも可能です。私にはわかります。わかるんです」
万感の感情を込めて雫は言いながら、これまでのダンジョンとの戦争。その終わりへと遂に雫は到達したのだ。
ダンジョンに勝利するという結果を持って。
目が潤み、涙が溢れるが気にすることもなく、雫はこれまでの戦いを思い返していた。
人類は敗北を決定づけられている。イカサマだらけの勝てるはずのないゲームに命を懸けて戦い続けた不毛なる戦いは終わった。全て防人さんのお陰だ。
初めて防人さんと出会った時には本当にダンジョンに勝利できるとは実は思っていなかった。人類の延命が精々だろうと考えていた。
なにしろ、スタートが力のない廃墟街に住む人間だったのだ。軍を率いる将軍でもなく、湯水の如く金を使える資産家でもない。
なにもできずに死んでもおかしくなかったのに、防人さんは盤上をひっくり返し、相手のルールに従わないゲームを続けて、混沌とした世界で遂に勝利したのだから驚きだ。私では絶対に不可能だと断言できる。
その鬼謀の知恵には驚愕しかない。弱い時には、強き勢力を上手く利用して、実に巧妙に力を得てきたのだから。
「これで私の任務も終わりを告げます。人間の身体を創り上げ、その中に魂を入れ込みます。『輪廻転生』。記憶を持ったチートな転生者が活躍するのはテンプレですが、人類全体が転生者の場合はどうなるのでしょうか」
口元に手を当てて、クスクスと雫は楽しそうに笑う。何十億もの人間が全て転生者。価値はだだ下がり間違いない。
「蘇らせた人類と最低限の施設。きっとお互いに争う世界になるとも思います。人間は懲りることがありませんし」
しかも輪廻転生で復活。もはや汚染されたエレメントの力も使えない。大混乱となって、地獄絵図が展開される可能性は極めて高い。
「まぁ、それを防ぐために妖精機はこれから活躍することになるんでしょうが」
そっと黄金の結晶に手を添える。微かに温もりを感じながら、雫は結晶をその身体に吸収する。
粉雪のように結晶がサラサラと崩れていき、雫の体内に吸収される。創造と破壊。その力の使い道が頭に浮かぶ。簡単に使えそうだ。
たった今、雫は神へと位階を上げた。この世界の唯一神たる存在へと。
「問題なく創造の力は使えそうです、防人さん。防人さんのおかげです。本当にありがとうございます」
フワリと身体を翻し、後ろへと振り返ると満面の笑みで礼を言う。
誰もいないその空間へと。
「そして、防人さんのラストバトルに同行できないことに謝罪を。私は人類のためにここに残らなければなりませんので、ここで私の旅路は終わりです」
既に次元の扉は閉まっている。シゼンちゃんを倒した瞬間に防人さんはゲートを潜り抜けて、元の世界へと戻っていった。その後に次元の扉は閉じてしまい、もはや開くことはないだろう。
できればついていきたかった。だが、この結晶を放置して、防人さんと共に戻るのは危険すぎた。回収しなければ、また新たなる化け物が現れたりと、変なことになりかねない。
苦渋の決断であったが、私はここに残ることに決めたのだ。
「ですが、私は防人さんの勝利を確信しています。これまでもこれからも信じています」
くるりくるりと、雫は踊る。妖精は軽やかにターンをしながら舞い踊る。
美しき妖精は、その表情に人類を再生できる喜びと、防人と分かたれた悲しみを浮かべて踊り狂う。
魂のリンクが途切れ、残機スキルによる共有がなくなったことを感じ、寂しさを心の片隅に遺しながら踊る。
「別れの言葉もなく、あっさりとしたお別れでしたが、それも、私たちらしいでしょう。愛しています、防人さん。これまでもこれからもずっと愛しています」
呟きながら、両手を天に翳して雫は微笑む。別れの言葉を口にするわけにはいかなかった。予想通りであるならば、敵に勘付かれるわけにはいかなかったのだ。
だが、それも私たちらしい。最後の最後まで、謀略の中で終わる別れも、私たちらしい。
「さて、センチメンタルになるのはここまでです。きっと防人さんならば、さっさと仕事をしろと言うでしょうし」
彼ならば、全ての仕事を終えたあとに思い出として笑うだろうとクスリと笑みを浮かべて始原の力を解き放つ。
『妖精よ、在れ』
雫の身体が眩しく光る。黄金の粒子が周囲を包み込み、巨大なる宇宙要塞を覆う。
雫には理解できていた。死んだ妖精たちの魂を感じていた。防人さんの所にいた妖精機を除いた妖精たちだ。ダンジョンとの戦闘で死亡して、吸収された妖精たちだ。
スタジアムに黄金の粒子が降り注ぐ。黄金の輝きが形を創り上げ、少女たちへとその姿を変える。雫はその肉体にそっと優しく魂を押し込んだ。
「わわっ! なにこれ?」
「私、死んだはずじゃ?」
妖精たちが、復活した身体を眺めて驚き戸惑う。混乱して騒ぎ始めるのを、雫は眺めて思念で告げる。
『控えおろー、控えおろー。私こそが神なる妖精。天野雫なるぞ。控えおろー』
ウヒャァと、混乱していた妖精たちは飛び上がって驚く。アワワと腰を抜かして座り込む娘もいた。
『あれ? 掴みはいまいちでしたか?』
『あーっ! ピクシーじゃん! なんだか神々しいよ?』
『ピクシーの思念がなんだか凄いよ?』
『ピカピカ光っている! もしかして禿げた?』
雫に気づいて、腰を抜かしていた妖精たちも立ち直り、殺到してくる。まったく妖精らしい。神々しいらしいが、正体が私だと知ったら、恐れおののくことをやめるとは。
『禿げていません! 見てください、この神々しい光を。私は神になったんです。神様。マイネームイズゴッド』
『怪しい英語がでたよ!』
『アホっぽいけど、やっぱりピクシーだぁ』
『久しぶり。何があったの?』
ワチャワチャと集まってくる妖精たちに、むんと胸を張り宣言する。神になったのだ。ちり紙のような扱いをしないで欲しい。
管理者権限などは、その存在自体を消したのが間違いだったのでしょうかと、コテリと首を傾げてしまう。
妖精らしく、本来の妖精らしく生きてほしかったので、管理者権限などは消去したのだ。彼女たちは自由である。
『アホっぽくなるとは……まともなのは私だけですか。妖精は気まぐれですしね』
『なんだか失礼なことを考えているよ、この娘』
『神様〜、スタイルは変わらなかったの?』
『むちむちほっぺ〜』
むにーんと、雫のほっぺを掴んで伸ばす悪戯な娘もいて、スタイルのことに言及した娘にはデコピンを食らわしておく。
『私は神様になったんです! もうなんでもできちゃいますよ。でも、敢えてやらないんです。夫がこの体型を好きなので』
『結婚したんだ?』
『なんだか怪し〜』
ムヒヒと笑ってくる娘。お腹が空いたと叫び始める娘。眠いよと地面に寝っ転がる娘。本当に自由な混沌な光景が目の前にはあった。
仲間たちとの馬鹿なやりとり。久しぶりの感覚だ。喜びを感じて涙が浮かぶが、コホンと咳払いをして、これまでの私の記憶をダイジェストで皆に思念で伝える。今の私なら簡単なことである。
思念を受け取った仲間たちは、シンと静まり返り流石に驚きの表情となった。わかるわかる、わかりますと、雫は得意げにむふふと仲間たちを見渡す。
「ダンジョンに勝利したんだ!」
仲間の一人が飛び上がって喜び、もう一人が抱きついてきた。
「おめでと〜」
皆、喜色満面の笑顔だ。これまで辛い戦いをしてきたのだ。しかも彼女たちはその命を落としてもいる。喜びもひとしおだろう。皆が抱きついてきて、もみくちゃにされてしまう。
「今の記憶のとおりです。それでこれからのことなんですが、この要塞は世界から隠して、新たなる妖精の国『ティルナノーグ』にしたいと思います」
皆を引き剥がして説明を始めると同時に指をパチリと鳴らす。それだけで、要塞は人間には決して視認できないように、宇宙から隠蔽された。
要塞内も、金属の塊ではなく、土と岩の塊へと変貌し、草木が生い茂り、綺麗な清流が流れ、花畑が地面を埋め尽くす。
新たなる妖精の国『ティルナノーグ』へと、たった今変わったのだ。
「お店は残しておこうよ」
「そうですね。ケーキ屋さんとか重要ですし」
仲間の一人が挙手をして、周りもウンウンと頷き同意するので、そうですねと少し改変をしておく。
「この国で私たちは人類が滅びない程度に、悪戯をしながら介入したいと思います。武力行使はできるだけしない予定です。深夜に眠る人々を踊りながら悪戯をしながら介入しましょう。妖精ってそういうものですしね」
「さんせー!」
「なんだか面白そー」
「私たちは新人類になるの?」
悪戯好きな妖精たちだ。そして人間が大好きな妖精たちだ。雫の提案を諸手を上げて賛成してくれる。
「では、人類を復活させます! ダンジョン、魔物は消去。スキル及び魔法は妖精たちのみが使えることにします!」
所詮ダンジョンも魔物も設定されたコンピュータプログラムの影のような存在だ。自我は持たず、それ故に自壊プログラムを流せば、勝手に消えていく。
世界を歪めたスキルや魔法も無しだ。遥か昔の文明に戻ってもらう。
「では、人類よ、復活せよ!」
再び創造の力を雫は解き放った。膨大なる黄金の粒子がその身体から吹き出て、宇宙空間を越えて、地球へと降り注ぐ。
降り注ぐ黄金の粒子に触れた魔物やダンジョンはサラサラと砂のように崩れていく。自我を持つ魔物はその魂を抜き取られて宙に漂う。
地球に降り注いだ黄金の粒子は人の姿に受肉していく。老若男女、様々な人種、多くの死んでいった人間たちが受肉した人間の身体にその魂を移していく。
自我を持つ魔物から抜き出された魂。本来は人間の魂であったために、同じように人間の身体に入っていった。
自然の世界。緑溢れる世界に。
「ここはどこなんだ?」
男がよろめきながら、自分の身体をペタペタ触る。魔物に食べられたはずの身体は元に戻っている。
「私たち死んだんじゃ? あぁ、生きてたのね!」
その隣で子供に駆け寄り、涙を流して喜びながら抱きしめて叫ぶ女性もいた。
多くの人々が戸惑いながら周りを見る。草原が広がり、木々が生い茂り、不思議そうな顔で鹿が初めて見る人間たちを眺めていた。
何が起こったのかと、戸惑う人間たち。全ての人間が受肉したと思われた時に、地面が大きく揺れる。
ゴゴゴと地面から純白の塔が生えてきていた。しかも、そこらじゅうに現れてきた。
なんだと、人々は塔を見て、恐怖で顔を歪める。彼らはダンジョンの恐ろしさを知っているからだ。魔物が溢れ出てきて、自分たちを殺すのではと。
なにしろ皆は貫頭衣1枚しか着込んでいない。無手であるのだから、抵抗のしようがない。
だが、その予想は良い意味で裏切られた。
「あーてすてす。テスト。皆さん聞いていますか?」
塔から少女の声が聞こえてきたからだ。悪戯そうな可愛らしい声音が辺りに響く。
「この塔は、仮宿舎です。3年分の食料品や医薬品と、文明を復興するための資材や機械が格納されています。皆さんの分はあるので争わないでくださいね? 争う場合は妖精が貴方の下に悪戯に行く予定ですので」
陽気で可愛らしい声は話を続ける。
「妖精小隊所属、ピクシー。これにて人類復活の任務を遂行したことをお知らせします。後は皆さんの頑張り次第。繰り返します……」
繰り返される少女の声が、周囲へと響き渡る。どうやら、人類は助かったらしいと、人々は顔を見合わせる。
これからの生活は大変だと理解しているが、それでも人類は滅亡を免れたらしいと。
妖精のいる世界にて、再び人類は復興の道を歩み始めるのであった。




