301話 戦士
雫は目の前の敵を相手に舌を巻く。この少女は想像していた以上の力だ。ティアには強いと聞いていた。自分よりも強いと。
ティアとの会話を思い出す。あっさりと倒せた後の話だ。ロープでぐるぐる巻きにして、ミノムシ状態のティアから話を聞いた。
戦闘が終わって、すぐに『奈落』に帰還してからの話である。
「シゼンちゃんは強いっすよ。戦ったことないので、わからないっすけど。お姉ちゃんのいた世界の竜たちを一人で皆殺しにしたみたいですし」
死にそうになって、あっさりと降伏。命惜しさにダンジョンコアを渡してきた驚くべき小物っぷりを見せる残念な妹は、聖に回復されたあと、教えてくれたのである。
「それはたしかに強いですね。ですが、正直いうとどれほど強いのか想像つきません」
驚くところなのだろうが、いまいちピンとこない。元の世界では戦うことができるほど強くはなかったし、今の自分は強くなりすぎて、やはり竜の力を推し量ることができないからだ。
そしてティアの主観はまったく信用もできない。単に強大な力を手に入れたアホな娘であるからだ。
「アホさもパワーアップしたんだね、可哀相に」
「セリカちゃん。そこは肯定できません。私はここまでアホではありませんので。普通です。普通」
セリカちゃんが次元を開くゲートを調整しながら、よく意味がわからないことをいうので口を尖らせて反論する。失礼な話である。
「竜か……。だいたい想像できるぞ。今の俺たちなら問題なく倒せるレベルだろうよ」
「そういえば、防人さんは過去に出会っていたんでしたっけ」
『等価交換ストア』のボードを操り、手に入れたLランクのコアをなんのスキルと交換しようか、防人さんが迷いながら口を挟む。
過去に防人さんは竜に出会ったことがあると聞いている。『森羅万象』スキルを持つ男が相討ちとなったとのこと。その時のことを思い出しているのだろう。
「だが、それも1匹か2匹。多数の竜と戦うと勝利は困難になる。……なるほど、これは作戦を考えないとな」
勝てないではなく、困難だと口にする防人さんに頼もしさを感じて、クスリと微笑みながら考える。たしかに作戦は必要だ。敵は強いのだろう。勝つために色々と用意をしなければなるまいと。
その1つが使い魔の攻撃に紛れて、シゼンを削っていく作戦だった。だが、ティアの時には足止め程度にはなるはずの使い魔は、盾として使われて、こちらの動きを阻害されるように使われて邪魔にしかならなかった。作戦失敗である。
「なかなかの剣筋です。このまま鍛錬すれば良い剣士になるでしょう」
私の剣を小さな手で受け流しながら、シゼンが眠そうな瞳を向けて言う。高速の連撃。視線によるフェイントから、殺気を込めた幻想の追撃と、変幻自在の剣の舞を見せているのに、この少女には掠りもしない。
見た目は私よりも弱そうで、力を感じることがないのだが。それだけ完全に力を使いこなしているのだろう。自分よりも体術の腕が上なのだ。
正直、力の差はあれど、腕の差で負けているとは考えていなかった。自分は戦場の中でスキルを超えた技を鍛えてきた。スキルに頼る敵とは、経験が違うのだと。
だが、振り下ろす剣をシゼンは僅かにスウェーして、髪に掠る程度で躱し、切り上げてからの十字斬りを放つと、手のひらを光の軌道にしか見えないはずの剣へと合わせて、自身の身体に当たらないようにずらしてしまう。
対して、シゼンの攻撃はこちらの隙を狙ってくる。カウンター狙いだ。ひらりひらりと宙を舞う羽毛のように雫を受け流し続け、僅かに体勢が崩れたと見るや仕掛けてくる。
だが、重い攻撃ではなかった。ジャブのような、牽制のためのような、こちらを推し量る攻撃だった。受け流される際に、強く剣身を押されて、雫の体勢が僅かに崩れ、カウンターで放たれるシゼンの拳が雫の脇腹に食い込む。そう思った瞬間に、シゼンは拳を引き戻すとユラリと身体を揺らす。
不自然な動きであった。舐めているわけではない。手加減をシゼンがしているわけでもなかった。拳が命中する寸前に、空中を極細の闇の糸がシゼンの目を潰そうとその軌道に入り込んだのだ。
防人さんの掩護である。雫が体勢を崩すと、そのフォローをするべく、阿吽の呼吸で助けに入ってくれているのだった。
なので2人とも、立ち位置を入れ替えて、旋風がぶつかるように戦ってはいるが、傷つくことはなかった。激しい争いであるが、静かな戦いでもあった。まるで2人で舞い踊るように、その戦闘は続いていた。
均衡を崩す必要があると雫は理解する。シゼンは焦ることなく、この戦闘を楽しんでおり、長期戦になっても気にしないだろう。覚悟をしており、長期戦になっても集中力は途切れることはなく、内包している力もまた保つと考えているからだ。
雫も長期戦になっても問題はない。技量を上回る相手との同じような戦闘はなかったが、長期戦自体は経験はある。休むことなく3日間戦い続けた経験もあるのだ。
しかし、防人さんはそうはいかない。マナを無駄に消耗させたくなかった。
危険である。危険ではあるが、勝負に出る必要がある。雫は心に決めて、力を解放することに決めた。
『神化』
己の力を始原の力に接続させて、その力を得る。髪が、肌が紅く染まりオーラが辺りへと波紋のように広がっていく。足の指先から、頭のてっぺんまで。万能感が己の身体を支配して、陶酔するような感覚が巡る。
大幅に自身の力が増大したことを感じ、シゼンへと構え直す。
「お遊びは終わりです、シゼンちゃん」
「終わらぬ遊戯を気に入っていたのですが、貴女は短気なのですね。短気は損気。神となっても敗因となる1つと思います」
神化した雫に対して、シゼンはまったく動じずに答えてくる。
「ハッ!」
雫はこれまで以上の攻撃を繰り出す。もはや剣速は光速の域に入り、煌めく線としか認識できない。強弱を変えて、僅かに剣速をずらしながら攻撃する。
「なかなか面白い攻撃です。脳筋とは違う貴女に拍手を。ですが、速さが変わっても私には通用しません」
対するシゼンも天女が光の帯をその体に纏わせるように、黄金の粒子をその手のひらに生み出して、やはり視認のできない光速の動きで躱していく。
パワーアップしても雫は攻撃が通用しないことを理解していた。それだけの技量の相手だ。しかし、自分は一人ではない。
勝負に出るとの私の覚悟を悟り、後ろで防人さんが動く。
『闇帝領域』
地面が闇に染まり、底なし沼のようにシゼンを襲う。
『踏』
だが、シゼンは足を振り上げるとタンと軽く闇に染まった地面を踏む。踏み込んだその箇所から黄金の粒子が波動となり、闇を蹴散らし消滅させる。
だが、防人さんの攻撃を消すために、一手をシゼンは使った。その僅かなる隙を狙い、雫は強く地面を踏み込み、土埃をあげて突撃する。
『風神剣』
神なる闘技を使用して、シゼンの身体を切り裂かんとする。風と化した雫の剣撃は受け流せない。形のない風の刃となったためだ。
そしてその威力はさしものシゼンでも耐えきれないはずである。雫必殺の闘技だ。
『撃』
だが、シゼンも闘技にて対抗する。パシッと黄金の光が弾けて、空気の壁を貫く音をさせて、風神剣にぶつかった。
「くっ!」
デュランダルが破壊されて砕け散り、雫は相殺された衝撃で身体が泳ぎ、宙に吹き飛ばされてしまう。デュランダルはすぐに再生を始めるが、雫の体勢は完全に崩れてしまった。
同様にシゼンも小柄な身体が泳ぎ、後ろへと吹き飛ばされる。だが、ユラリと身体を揺らし最低限の動きで地面に軟着陸をして、体勢を取り戻す。
シゼンはお互いに吹き飛ばされてしまうことも計算に入れており、地面に近い自分が先に体勢を取り戻すことを予想していた。
拳を引き戻し、黄金の粒子をその手に集め指先をピッと伸ばす。
『剣の舞』
自身の手刀を鋭き剣へと変えて、雫を細切れにしようと、フワリと浮くと死を齎す舞いを踊ろうとした。
『四元核魔法槍』
雫の後ろから防人が掩護の魔法槍を放つが、もはや遅い。飛んでくる魔法の槍ごと切り裂くのみ。チェックメイトですと、勝利を確信し
「!」
体勢を崩してしまった雫が腰から引き抜いた拳銃を向けてくることに、僅かに驚く。
『クイックドロー』
たった一度、引き金を引いただけで、その銃口から8発の銃弾が放たれた。闘気を込められた銃弾だ。初歩の初歩の闘技による攻撃である。
だが、銃弾程度では自身に傷も与えられない。たとえオリハルコン製であろうとも、小さな穴を穿つだけだ。
そう推測して、剣の舞であるならば、銃弾すらも切り裂けるとシゼンは考え、闘技を止めることはなく仕掛けることに決めた。
単なる苦し紛れの攻撃だ。ここで攻撃を止める方が問題だ。きっと雫はこちらの攻撃を妨害するために、拳銃などを使ったのだろうと。
黄金の粒子を纏わせた手刀が舞い踊り、まずは銃弾を切り裂こうとする。小さき豆鉄砲は、シゼンの闘技により、あっさりと切り裂かれて、続いて魔法の槍を弾き飛ばし、雫の身体を細切れにする。
そうなるはずであった。
「な!」
だが、そうはならなかった。
手刀が銃弾に触れると同時に、銃弾は漆黒に染まり、膨れ上がるとシゼンの身体を包もうと襲いかかってきた。なまじ光速の攻撃であったために、ほぼ同時に銃弾へと攻撃を命中させていたために、一瞬で8発の銃弾は8匹の魔物となって襲いかかってきてしまった。
粘度の高い漆黒の魔物だ。シゼンの身体を覆い尽くし、エネルギーを吸収せんとする。
『発勁爆発』
スライムだと理解して、すぐに闘気をエネルギー波に変えて消し飛ばす。しかしまとわりついたスライムに行動は阻害されて、隙を見せてしまった。
「ぐ」
魔法の槍がシゼンの身体に命中する。核化した魔法の槍は、しかし強大なる力を持つシゼンの身体を皮1枚切り裂くことしかできなかった。
だが、それで充分だった。槍の攻撃を受けて大きく身体をのけぞらせて、致命的な隙をシゼンは見せてしまった。
目の前にはデュランダルを大上段に構えて、残り全ての闘気を込め終えた雫がいた。
もはや回避することは不可能だと悟る。よく考えたものだと、感心してしまう。
『妖精剣一閃』
フッと、振り下ろそうとする雫の剣が消えると同時に、シゼンの身体を肩から真っ二つにした。鮮血が流れることもなく、綺麗に切断されて、シゼンの身体は地面へと落ちるのであった。
「妖精の剣は妖かしの剣。斬りたいものを斬り、斬れぬものはありません」
振り抜いた体勢で、スタンと地面に着地して、雫が呟くように言う。そのセリフを聞いて、半身となったシゼンは薄く笑いを返す。
「見事です。私との力の差を超えて、見事に倒しましたね」
「賭け金は私の総取りですね」
雫は勝負に勝利して安堵する。正直賭けではあったが、妖精剣でしか倒せない敵だったのだ。これしか勝利する方法はなかった。
「銃を使い、初歩の闘技で対抗すると思ったら、その銃弾がスライムとは……まったく感心してしまいます」
「『闇帝粘体』。貴女が知らない防人さんの使い魔です。閉じこもってニートをするのではなく、少しでも外を見ていれば予想できたかもしれません」
僅かに哀れみの視線を向けて来る雫に、シゼンは自嘲してしまう。たしかにそうだったのかもしれない。しかし、2人のコンビネーションが大きかった。
「……戦い以外に目を向けなかったのが敗因でしたか。見事です、貴女たちに力を譲りましょう」
空間が煌めき、黄金のダンジョンコアが現れ始める。始原の力。神なる力の結晶だ。
神々しい光で周囲を照らし、雫の目的である力の結晶が目の前に現れるのであった。
人類の再生。それを可能にする力が。
「2人……コンビを組むのも悪くないのかもしれませんね……」
シゼンは最後の言葉を紡ぐと黄金の粒子となって消えていく。蛍のような光がふらりと次元の彼方に消えていった。
雫の最後の戦いは、たった今終わったのである。




