3話 ゴブリン
暗闇の中を歩き続ける。暗闇の中でも、防人は慣れているので、ある程度は周りを見ることができて歩くのにそんなには苦労はしない。
漆黒のローブを羽織り、俺ってかっこいいよねと、ふんふんと機嫌よくおっさんは目的地に辿り着いた。かっこいいより、怪しいとしか思われないが、おっさんはそこは気にしなかった。
その場所は家屋もなく、ぽっかりと空いたような土地だった。畑として使用しているために、野菜やらが育っている。今は5月なので、収穫はまだ先だろう。
申し訳程度に木の柵が作られており、魔物の襲撃を防ぐ役割をしているのだが……壊れている箇所があり、土に染みができている。どうやら役にはたたないようだ。
田畑から少し離れた場所には森林ができており、その奥にこんもりと土の山ができている。そして、その土の山は大きな穴を開けている。ダンジョンである。
ダンジョン周りの土は肥沃だ。連作障害もなく、たとえ毒に汚染されても除染されて普通の土地となる。
魔物が現れるのにさえ目を瞑ればだが。内街にもダンジョンを中心に畑を作っているところがあるらしいが、そもそも内街におっさんは入ったことがない。あそこは身分証明書がいるのだ。職業ハードボイルドなおっさん。では、入れてくれないと思うのだ。
田畑の側にはドラム缶があり、焚き火がパチパチと火花を散らして燃えている。その横にたむろしていた革の服を着込んだチンピラたちが、ナイフを括り付けた木の棒を持って所在なげに立っている。
「防人の旦那! よく来てくれました。お待ちしてましたぜ」
リーダーなのだろうチンピラっぽい男に頷きだけ返す。不安だったのだろう。夜に見張りをさせられたら、魔物にいつ食われてもおかしくない。
「それじゃ、俺たちはここらで退散しまさ。任せましたぜ」
言葉少なにチンピラたちは去っていこうとするが
「おい待てよ、こんなもやしみたいな奴に魔物を退治させるのか? なら、俺たちで倒せないか? 報酬良いんだろ?」
1メートル90はあるだろう背丈の男が呼び止めた。廃墟街の住人にしてはやけにガタイが良い。普通は痩せているし、ガタイが良ければそれすなわち食べ物に困っていないということだ。縄張りを支配する幹部レベル。こんな死んでもおかしくない仕事には駆り出されないはず。
防人を馬鹿にしたように口元を歪めて、己の筋肉を誇示するように腕を組む。
「ば、ばかっ! てめえは魔物をあんまり見たことがねぇんだろ?」
「外街に紛れ込んできたゴブリンなら一匹倒したことがあるぜ。簡単だったな。こいつにできるなら俺達でもできるだろ。俺が先頭に立って戦えば楽勝に倒せるぜ」
慌ててリーダーが嗜めるが、男はリーダーをナメているのだろう。鼻で笑いこちらを睨む。………なるほど、外街で用心棒でもしていたのが、廃墟街に流れ落ちてきたのだろうと、防人はそのガタイの理由に納得した。
「てめえっ! たかが一匹のゴブリンを倒しただけで粋がるんじゃねえっ! ゴブリンはな、10匹でも集まったら、そりゃ恐ろしいんだ。それをてめえは」
「あー、はいはい。それじゃ俺がこいつをブチのめせば、わかるだろう? 俺なら楽勝だって」
戦意を見せてこちらに対して身構えるアホにため息をついて、リーダーのチンピラに冷たい視線を送る。
「こいつを倒した分は別料金になるぞ? 貴重なマナを使うのだからな」
渋い声音でおっさんは威圧するように問いかける。結果はわかりきっているし、やりたくない。マナがもったいない。マナ、魔法を使うためのMPである。魔力が魔法攻撃力だ。
「ヘヘッ。そんな、ねぇ? 旦那との仲じゃないですか。今度酒場で一杯奢りまさ」
お仕置きをしてくれとの言外での言葉に、ふぅと息を吐く。
「わかった。貸し1つとしておこう。来いよ、でくのぼう」
手をクイッと曲げて、アホの大木に煽ってみせると、当然のことながら、激昂して顔を真っ赤に変えてきた。
「死んだぞ、てめえはっ!」
腕に力を込めて、ウドの大木君は拳を繰り出そうと振り上げて
「うっ?」
ピタリとその動きを止めた。ぐぬぉぉと、力を込めて動こうとするが、石像のようにピクリとも動けない。
『影縛り』
焚き火でできた男の影に、不自然に伸びた防人の影が重なっていた。己の影で相手を封じる影魔法だ。なお、かなり接近遭遇しないといけないので、あまり活用方法はない。こんな目の前まで魔物に接近を許したら殺されるし。
マナの消費が少ない魔法だから、良かった良かったと内心で安堵しつつ、腰から大ぶりのナイフを抜く。
「で、このままこいつを刺せばいいのか?」
その言葉に、ウドの大木君は冷や汗をかきながら、顔を青褪める。焚き火の明かりでギラリと光るナイフを見て、首を横に振ろうとするが、動きを封じられているために動けない。
「まぁまぁ、旦那の力をこいつも思い知りましたよ。そうだよなっ!」
揉み手をしながらリーダーは防人に答えて、ウドの大木へと怒鳴ると、ウドの大木君は瞬きを激しくして、わかったと言っているようだった。
「なら、問題ないな。さっさと去れ。ここは戦場になる。お前らが死んでも俺は気にしないからな」
影縛りを解くと、ウドの大木君は、へたり込み地面でぶるぶると震え始める。防人レベルのスキル持ちに会ったのは初めてであったのだろう。
「あんた、すげえな! こんな力があるやつがなんで廃墟街にいるんだ? 内街でだって、用心棒の仕事には困らないぜっ!」
青褪めたと思ったら、尊敬の目で言ってくるウドの大木君に手をひらひらと振る。さっさとここから立ち去れという態度を見て、リーダーは男の尻を蹴っ飛ばして、また後でと言いながら皆を連れて去っていく。
「やれやれだ。マナを消費させるような無駄なことをさせるなよな」
『ニヤケ顔では、まったく説得力ないです』
すぐに幻聴がつっこんでくる。おっさんはニヤニヤとハードボイルドだよねと笑っていたりした。こういうシチュエーションは大好きなのだ。
あの男はなかなかのモブっぷりだったねと頷きながら、周囲を確認する。暗闇に防人の目が光り、隠れている魔物を見出す。
「もう来てやがるな。あの見張りたち、ラッキーだったみたいだ」
もう少し遅ければ死んでいただろう。ゴブリンたちは既にこの田畑の前、森林の草むらに隠れているのが見える。
「さて、雫さん? 今日は君の出番はあるのかな?」
『見る限りではなさそうですね。ただ数が多いので気をつけたほうが良いでしょう。この間みたいにディナーにされなければ良いですね?』
「あれはね? 地面に潜っていたモグラがいけないんだよ? まさかの一撃で足を抉られるとは思ってなかったよ。土竜の名は伊達ではないね。あいつらはドラゴンの名に相応しいね」
軽口を叩くおっさん。誰もいないのに独り言を口にする怪しさを見せている中で、トスっと顔前に矢が刺さった。矢羽もない粗末な矢が空中で止まっている。
普通は真っ直ぐに飛ぶのも難しいはずのぼろい矢。だが、同じように、防人の目の前にトストスと矢は刺さっていく。まるで壁でもあるように。
「弓術スキル、か」
不自然に真っ直ぐに飛んでくる矢を見て、おっさんはスッと目を細める。
数十年の戦闘でおっさんは理解したことがある。それは敵もスキルを持っているということだ。スキルは大きくその技術に補正をかける。たとえば錆びたナイフでも、剣スキルを持ったものなら、普通の切れ味を出せる。弓術スキルなら、粗末な棒のような矢でも真っ直ぐに飛ばせる。といったように。
たぶんスキルレベルは1とか2なのだろう。それ以上なら、もっと強力な一撃が放てるのではと予想をしている。
「だが俺の影魔法には通じないみたいだな。『影障壁』は厚紙程度の薄さだが、矢を防ぐには充分だ」
厚紙程度だから、銃弾は防げないし、近接攻撃もほとんど防げないけど。
魔法って、役に立つなぁと思いながら森林へと近づく。と、草むらから矢の効果がないと理解したゴブリンたちが、ギャッギャッと醜悪な笑いと共に飛び出してきた。
20体程の数だ。ゴブリンはゲームとは違い、大人と同じ力を持つ。しかも推定でスキルレベル0のスキルを持っていると思われる。ゼロだと馬鹿にするなかれ。多少の補正だが、木の棒を振るうにも、下手くそな振りではないのだ。
その数と大人と同じ力。僅かにある知性により、魔物の中でも厄介な敵として、皆に恐れられている。僅かでも救いがあるとすれば、女性を繁殖の道具にしないというところだろうか。殺される方がマシだとは思えないけど。エロい展開はないのである。
大人と同じ力を持つ。すなわちドタドタとがに股で走ってくるが意外と速い。魔法使いは接近されたら死んでしまうので、惜しみなくおっさんは手を翳して魔力を込める。
手のひらにバレーボール大の火球が生まれる。スキル2の全力だ。ちなみに1なら拳程度。ゼロは着火にしか使えません。他の魔法も威力はだいたい同じだ。魔力を込める分だけ形状などは変えられるが。
『火球』
まずは敵のど真ん中に撃ち込む。火球はゴブリンに向かって飛んでいく。躱す頭もないのか、ゴブリンは火に包まれて、あっという間に燃える。それを見て、防人は人差し指をタクトのように振るう。
『火蛇』
その魔力の念に応えて、ゴブリンを燃やしていた炎からきっちりバレーボール大の火球分の炎が枝分かれして、周りのゴブリンに巻きつく。
「ギャッ?」
「ギャッ!」
「ギャッギャッ」
予想外の炎に苦しむゴブリンたち。身体が燃え始めると、防人は汗を額から流して、人差し指を振るう。と、火蛇は他のゴブリンたちに再び炎を纏って襲いかかる。
魔力を四散されない限り、その集中が途切れない限り、きっちりバレーボール大分の炎を防人は操れるのだ。低級のゴブリン程度では、炎を四散させるほどの魔力抵抗はなく、一気に防人は混乱するゴブリンたちを燃やしていく。
とはいえ、コントロールしている間はマナはズンドコ減っていく。マナが減っていく感じを受けながらも、防人は集中を乱すことなく、敵を燃やしていった。
ゴロゴロと地面に転がり、炎を消そうとするゴブリンもいるが無駄だ。油で燃やされたようにゴブリンの炎は消えることはない。消すには魔力か水が必要なのだ。
火蛇を防ごうと、ゴブリンたちは素手で掴もうとするが炎なのだ。掴めるはずもなく燃えていく。
慌てて飛び出てきたゴブリンアーチャーも同じく炎に包まれて燃えていく。マナは恐ろしい速さで減っていっているけど。1秒で1減っていくので、もう残り20程度だ。だが目の前の敵を倒したのでひと安心。
「みたかね、雫くん。神の炎というものを」
そしておっさんは調子に乗った。フハハとどっかの大佐みたいな高笑いをあげる防人であったが、草むらを掻き分けて、ズシンと音を立てて現れたゴブリンに目を擦る。
「最近目が悪くて。あいつがやけにでかく見えるんだけど」
『気のせいではないですね。私にも同じように見えます。老眼なら、遠くの方がよく見えるのでは?』
「まだそんな歳じゃねーよ」
ディスる幻聴に反論しながら、新たなる敵を見据える。敵は3体。背丈2メートルぐらい。筋肉がはちきれんばかりです。
おっさんはクイッと指を動かし、火蛇を敵に向かわすが、表面を僅かに焦がすだけで、掴まれると、あれほどゴブリン相手に無双をしていた火蛇はあっさりと四散した。魔力の籠もった腕だったのだ。
「俺、なんかやっちゃったかなぁ?」
『使い方が間違っています。赤点です。そのセリフは無双した時に言ってください』
そのセリフを返す余裕もなく、顔を強張らせて防人は呟く。
「ホブゴブリンじゃねーか」
ゴブリンとは比較にできないパワーを持つ魔物。ホブゴブリンたちが目の前にいた。どうやら、ふざけてフラグをたてたようだ。