299話 種明かし
ティアは天野防人と雫を睨みつけながらも、周囲に注意する。
豪奢な玉座の間。正直、ここまで天野防人たちが到達できるとは欠片も思っていなかったが、それでも趣味を全開にして、大魔王然とした内装にしていた。肉がへばりついていたり、骸骨の山が部屋の隅にある不気味なる内装ではない。
ブルークリスタルのシャンデリアが天井につけられており、壁に掲げられる旗も金糸と銀糸を惜しみなく使われた布地自体も魔法の布地だ。真っ赤に染められた絨毯が玉座まで続いており、周囲を本来はオリハルコンアーマーナイトがアダマンタイトのハルバードを手に持ちずらりと並んで、訪問客を威圧する予定であった。
もはや値がつけられない希少金属を使った玉座でティアは悠然と座っている予定だった。全てが豪華で力ある存在だと嫌でも訪問客に理解させるティア渾身の出来ばえの玉座の間。
なぜか今は漆黒の戦闘服を着込んだ天野防人が冷徹な笑みを浮かべて座っているが。そして、悔しいが自分が座るより似合っていた。
「安心しろよ、ティア。ここには俺と雫以外はいない。雪花たちは階下で魔物を駆逐しているぜ」
悠然とした態度で頬杖をつき、ゆらりと身体を僅かに揺らせて天野防人は言ってくる。ティアがなにに警戒しているのかわかっているのだ。
当然だ。ここに2人以外がいないとは思わない。自分を倒すために隠れていてもおかしくない。だが、ティアの最高レベルの気配感知を使用しても、他の妖精たちの気配は感じなかった。どうやら嘘は言っていないらしい。
「………ここまでどうやって来たんすか? もしかして秘密の通路を見つけたりしたんすか?」
天頂のこの玉座の間まで短時間で来れる理由はそれしかないとティアは詰問するが、天野防人は手をひらひらと振って薄笑いを浮かべる。
「まさか。探す時間がもったいないし、魔物を倒す必要もあったからな」
「なので天井を全て破壊して登ってきました。渾身の力なら壊れたので、突き進んできたんですよ。何個か武器が壊れましたけど」
フフンと雫が得意げに平坦なる胸を張って、部屋の隅を指差す。そこには人が1人、通り抜けられる程度の穴が空いていた。どうやらそこから抜けてきたらしい。
ボロボロの壁だからこそ可能だった裏技だった。本来の壁ならば全力でマナを使い切り、1枚破壊できる程度だったはず。しかし、このボロボロのダンジョンでは、雫のパワーに耐えられなかったのだ。
「おかげ様で、ティアよりも先に玉座に辿り着くことができた。駄目だぜ、魔王様が留守にしていたら」
「こんなはずじゃなかったはずっす! なんで、どうやってダンジョンを発生させたんすか? あり得ないことなんですけど!」
自分の計画が全てパーとなってしまったと、ティアは天野防人に噛み付くように叫ぶ。不完全にダンジョンが発生してしまったために、全てが不完全だ。いや、不完全どころではない。死にそうな程にぎりぎりまで弱っていた。
「探していたんだ。ダンジョンのコアを。発生させる方法は知っていたしな。街の周辺を探し回っていたんだ。お前言ってただろ? 街の周辺にダンジョンを発生させると。どうやら街中にも用意していたみたいだしな」
「……発生する前のダンジョンは気づくことが不可能っす。微細なマナを発しているかもしれないすけど………」
自分だって感知するのは不可能だ。街の周辺と言ってもどれだけの範囲を調べなければならないと思っているのだ。それは大海に落とした針を探すような無謀な方法だった。
「だから苦労したんだ。保温の魔道具で感知の訓練をしつつ、捜索していたんだぜ。保温の魔道具の微細なマナの発生は使い魔たちの良い訓練になった」
なんでもないように告げてくるその内容に息を呑む。あの魔道具。そんな意味があったのかと悟る。保温の魔道具を売るために使い魔たちを街中に放っていたと思っていた。だが違ったのだ。最初からダンジョンが目的だったのだ。仕組まれていた。ティアがまったく気づかないままに。
「発見できたら後は簡単だ。復活させるだけの汚染されたエネルギー、即ち人の意思を注ぎこめば良い。『闇神世界』は神級の中でも素晴らしい。闇の加護を目的の物に与えることができるからな。神級でも3日もかかる程難しい魔法だったが、その効果には満足している」
「コケコッコーと起こしてあげたんです。防人さんが世界を闇に覆い隠して、発見したダンジョンに加護を与えて起こしました」
「寝起きが悪かったようだがな。なにしろ起きた途端に加護は解除された。死にそうなのもわかるよ。その身体を形成していたほとんどの力を抜かれちまったんだ、お気の毒に」
「大魔王が闇の世界を創り上げたのに、強化されたと思った魔物たちがその加護をすぐに消されたらそりゃすぐに死ぬでしょうよ。少し卑怯すぎっす」
天野防人たちに非難の声をあげながらも、本質はそこではないと、ティアは苦々しい思いで唇を噛む。
「弱っていても、魔物の身体は5万のカンストステータスっす。仕様上はここの魔物は遥かに天野防人たちよりも格上。それを利用して『逆境成長』で5万まで自分たちのステータスをあげたっすね! 卑怯な!」
魔物は弱っていても、そのステータスは5万のカンストステータス。『逆境成長』持ちの彼等ならば、ステータスポイントは山ほど手に入ったのは想像に難くない。
「わかっているじゃないか。そのとおり。俺たちはステータスをカンストさせた。なにしろどでかい塔で魔物もいくらでもいたからな。階層ごとに使い魔や雪花たちを置いてきたら、あれよあれよとステータスは上がっちまった。ボーナスステージありがとさん。感謝を込めて頭を下げよう」
恐怖を感じさせる昏い闇の光を宿す目つきで天野防人が答える。
「天野防人………。気づいているっすか? やってることが悪人、いやラスボス! 世界を闇に覆うとか!」
「効果時間は1日だ。それぐらいの時間ならば我慢してくれるさ。そして俺は世界の救世主となる! くくっ、なんてな。似合っていたか?」
玉座から立ち上がり、ティアを睥睨して、からかうように告げると薄く口元を歪める天野防人。マントでも羽織っていれば、バッと翻して、その姿はとんでもなく似合っていたに違いない。
大魔王がそこにいた。人類の救世主と名乗る大魔王である。アニメや小説ならば、そんなことを口にするのは狂気に陥ったラスボスで、主人公たちがそれを防ぐと宣言して、最後の戦いとなるところだ。
だが正義の勇者はここにはおらず、世界を闇に覆った大魔王と、天野防人を滅ぼすべく創られた存在がいるだけだった。
「私の戦闘力は……10万! 最初から殺しておけば良かったのに、面倒くさいことになったすね!」
ティアは己の中に潜むマナを解放させて、その力を全開に上げる。胸を張り、身体から視認ができるほどのマナをオーラとして包み込み、波動として周囲へとその力を放つ。空気が揺れて衝撃波が波紋となり、ティアの被っていたフードを跳ね除けて、その髪をはためかせる。
自身の力。それはレジェンドレベルを超えた世界のもの。総合ステータス10万。何者も敵わない力の持ち主であったのだ。
「いいや無理だね。気づいていないようだから教えておいてやるよ。ティア、お前は自由意志を持っているように見えるが、実は違う。俺との戦闘はティアと戦闘ができるレベルまで育たなければできなかったんだ。お前はなんだかんだ理由をつけて俺とは戦わなかった。それはお前自身の意思ではない。最初から設定されていたんだよ。お前のボスは、ティア自身がそう考えないように、密かに設定していたんだ」
天野防人の言葉にティアはギクリと身体を震わす。自身の意思ではなかった? そんなはずはないと考え込むが……思い当たることはある。だが、そんなことをシゼンちゃんが行うだろうか? でも、だけど、しかし……。ぐるぐると思考が空回りをして、疑惑と混乱がティアを襲う。そうだとすると、自身の存在は?
一番聞きたくない言葉だった。自身が自我を持ち、創られてそれほど時間は経過していない。寄る辺のない身であるからこそ、自身の自我を大事にしていたのに、その屋台骨が崩れようとしていた。
そして、それは戦場において、致命的な隙となった。
僅かに絨毯が擦れる音がして、ハッと気を取り直し、ティアは現実に意識を戻す。が、それは遅かった。いつの間にか雫がティアに肉薄していた。
鋭い踏み込みで、剣を手にして下から斬り上げてくる。
『超加速脚』
慌てて飛びすさろうとするティアに、機械のように無感情の顔で雫が闘技を放つ。
『嵐神の太刀』
キンと音がして、空気が割れ風が刃となって、ティアの横を通り過ぎる。左足に鋭い痛みが走り、地に足をつけようとして、ぐらりと身体がよろめく。
足は切り落とされてはいないが、半ばまで切られており、鮮血が噴き出す。
「ぐっ! 卑怯すぎるっす!」
痛みから苦悶の声をあげて、ティアはデュランダルを構え直す。非難の声をあげたが、頭では自分が甘かったと理解はしていた。戦場で考え込むなど、自殺行為、相手に殺されても文句は言えない。
「すみません。このままラストバトルに向かうので、貴女には時間をかけられないのです」
『神化』
その髪を、肌を紅く染め上げて、大幅に力を引き上げた雫が剣を振りかぶり、マナを込めていく。
『妖精剣一閃』
「負けるかぁ!」
『妖精剣一閃』
雫の必殺の一撃にティアも同様の技で立ち向かう。たとえバフをかけていても、変身をしても、ティアが傷ついていても
それでも、自身の方が強い。負けるはずはないと考えて。
紅く光り輝く剣が交差する。時間が停止したような、酷くゆっくりとした時間の中で、伸ばされた意識が雫を殺せると理解していた。
だが、その軌道では自身に迫る雫の攻撃を防げないと、回避することはできないと悟る。
雫は自身を顧みることなく、相討ち覚悟で剣を振るっていた。そこには微塵も恐怖の表情はなかった。
そして、ティアはその姿に僅かに恐怖を覚えて
ティアが負けて、命を失う時には助けてくれると答えた雫の言葉に
ほんの僅かに剣先が鈍った。
その僅かな遅れは致命的な隙であった。それを見逃す雫ではなかったし、いなせるほどに、そこまで二人のステータスに差はもはやなかった。
雫を倒せないと、自分の行動の結果が変わってしまったことに、自分自身驚きながら攻撃を止めて、回避をしようと身体を捻り、逃げに入る。
避けきれるわけはなく
ティアの身体は切り裂かれて、地へと倒れ伏すのであった。振り抜いた雫が絨毯の上を擦るように着地して、砂と化した剣を捨てる。
「ぐぅっ」
左半身を切り裂かれて力を失い、ティアは真っ赤に染まっている絨毯の上でうめき声をあげる。
「こ、こんな……負けるはずがないのに……」
蓋を開けたら、たったの一撃で倒されたことに、ティアは信じられなかった。
「貴女は私のコピーとか。ハイクオリティモデルだったんでしょうが、唯一上げてはいけない性能を上げましたね」
「な、なにを?」
「生存本能まで上げたことにより、戦闘に対する躊躇いが生まれたことが原因です」
命を懸ける覚悟で常に戦う雫と、生存本能も上げて自身の保全も求めるティア。その差を雫は命を助けてほしいとティアが口にした時から悟っていた。そして、それは致命的な差となることも。
「安心しろよ。お前のボスはお前の意識を操っていない。操っていたら、最後の攻撃に逃げに入ることはないからな。悪い、先程の言葉は冗談だった」
天野防人が飄々とした口調で告げてくる。悪魔、いや、本当に……。
「大魔王なんすっね、まったく」
その意識をティアは暗闇に落とし、目を瞑るのであった。




