296話 妖精達
圧巻の一言である。目の前の光景にはその言葉が相応しいと防人は感嘆の声を上げた。
ティターニアに案内されたのは、ドームの中心部。広々とした空間に、数百のコアがずらりとカプセルに保管されて並んでいた。2メートル程の金属製のカプセルは緑色の液体に満たされており、その中心にコアがあった。カプセルは柱に設置されたコンテナに付けられており、いくつものケーブルが伸びている。
ゴウンゴウンと鼓動のような音が鳴り響く中で、天井まで貫くように聳え立つ柱にきっちりと等間隔でカプセルが保管されていた。
「これが全て妖精機なのか?」
「は、破壊されたり、吸収されたもの以外、279個の妖精機が専用装備と共に保管されている」
防人がティターニアに確認すると、予想外の答えを聞いてニヤリと笑みを零す。
「専用装備? 専用装備まで保管されているのか?」
「そ、そうだよぅ。妖精機はそれぞれ専用の装備があるんだよぅ」
気弱な声で返してくるティターニア。まだ俺を怖いらしいなと苦笑してしまうが、それどころではない。とするとだ。この妖精たちはかなりの強さを持つということだな。
心強い限りだ。作戦成功の確率がかなり高くなったぜ。
「死地に追いやるのは、き、禁止だよぅ」
「安心しろ。危険手当は弾むつもりだ」
心配気なティターニアを安心させる言葉を返して、人差し指をタクトのように振り、マナを薄く伸ばすように周囲へと広げていく。
俺のマナに触れたカプセル内のコアは吸収されて等価交換ストアへと入っていく。
『ドリアードコアを入手しました』
『ブラウニーコアを入手しました』
『フェアリーコアを入手しました』
ログに多数の妖精コアを入手したと出力される。どうやら問題はないらしい。
「セリカ。準備を始めてくれ。期限は仕掛けを終わり俺のマナタンクまで満タンにできる1週間後だ。それまで俺たちはここに引きこもる」
「了解。それじゃ準備を始めるよ。幸よろしく頼むよ?」
「任せりゅ!」
『隠し扉』
セリカが頷き、幸にお願いすると、幼女はコクリと首を縦に振り、手を翳す。なぜか壁に扉が出現して、セリカが躊躇いなく開ける。繫がっている先はセリカの研究所であり、梱包された機材が幾つも置いてあった。
「良し。この機材を運び込むから、皆手伝って」
「仕方ないですね。私のお手伝い賃は高いですよ?」
「この装備を使うことなく力仕事とはな」
「まぁ、平和でいいじゃろ」
「お手伝い致しますね」
雫を始めとする面々が機材を持ち上げて、どんどん中に運んでくる。それを木箱妖精があわわと驚き、ガタガタと木箱を揺らす。
「せ、説明してよぅ」
「大丈夫だ。1週間あるからな。いくらでも時間はある」
全ての妖精機のコアを吸収するべくマナを広げながら俺は落ち着かせるために笑顔で答える。
「悪いこと? 悪いことぉ?」
「人類のためだ。即ち正義のためだな。これで俺は世界の救世主になる予定だ」
「ちょ、ちょっと、ピクシー。悪いことぉ? 説明してよぅ」
自信を持って、ニカリと笑ったのに、なぜかますます怖がるティターニア。解せぬ。
俺の戸惑いというか、悔しさをスルーして、もちろんティターニアの抗議も受け流し、雫たちはどんどん機材を運び込む。
「皆が復活したら説明してあげるよ。何回も説明するのは非効率的だしね」
セリカが弱気なティターニアへと微笑みかけながら機材を運ぶ。一応フォローしてくれるというか、なんというか。
ティターニアは仲間のコアが吸収される前に作戦内容を知りたいんだろうが、悪いな。俺も説明するのは面倒だ。どうせ説明に納得してもしてくれなくても、もう作戦は止められない。止める気もない。
あとは作戦を成功させるべく、駆け抜けるだけなのだから。
「さて、吸収しながら、妖精機を復活させるぞ」
等価交換ストアを喚びだすと、どんどん妖精機へとコアを交換していく。ボタン連打をしまくって、すぐに全員復活させるぜ。
『ドリアードに交換します』
『ブラウニーに交換します』
『フェアリーに交換します』
宙に次々と魔法陣が描かれていき、可愛らしい様々な少女型妖精機が現れる。髪の色もピンクから青、スタイルも……まぁ、スタイルはどうでも良いよな。女性のスタイルに言及するのは紳士じゃない。
「少数の方が希少価値がありますよね、防人さん。ねっ、防人さん」
「見た目で性能が変わるわけじゃないしな。そこは問題ない」
俺の裾を引っ張る雫だが、気にしないから安心しろ。
「ここはどこ?」
「私はだぁれ?」
「人間がいるよ」
創造した妖精機たちは、くるくると身体を回転させながら、キャッキャッと騒ぐ。若い娘たちは3人集まれば姦しいと言ったところか。
「ピクシーだ〜」
「ナジャもいるよ〜。幼女はもしかしてシルキー?」
「問題児三人組だ〜。神機もいるね珍しい」
妖精らしく、好奇心旺盛で周りの様子を見て、雫たちを確認すると、笑顔でお喋りを始める。自分たちの現在の境遇を気にする様子が全くない。
不安感とかを持たないのだろうかと、首を傾げてしまう。それと、三人組は問題児と呼ばれていたのか。
「みんなぁ〜。ごめんなさい、私では守りきれなかったよぅ。妾は妖精を守る女王なのに」
木箱から、か弱い声でティターニアが謝罪の言葉を口にする。ティターニアとしては、人間たちにこき使われた挙げ句に、別世界に戦力として送り込まれた可哀想な仲間たちはこのまま眠っていさせようと考えていたのに、守護者として守りきれなかったのだ。責任を感じてへこんでいた。
魔王に復活させられてしまったと、泣きそうでもある。そんなティターニアの言葉を聞いて、妖精たちは顔を見合わせると、ウンウンと頷く。
「のんびり眠りの世界でたゆたう気分も良かったけど、現実世界で任務につくのも良いよ」
「ご飯も食べたいし」
「お腹空いちゃった。なにか食べ物なぁい?」
ティターニアの謝罪に、気にすることはないと妖精たちは優しい笑みを浮かべて答える。本当に気にしていないかは不明だ。だが、ティターニアに対して責めるような奴はいないらしい。
長く戦争で使われてきたらしい妖精たち。何度も聞いた言葉を思い出す。それは人間なのに、なぜそんなに強いのかと驚かれたことだ。
そこから雫たちの世界の人間たちが、戦争に加わることをしなかったのだろうと推測できる。……妖精たちは自我を持ち、感情だって勿論ある。
だから、俺は一人の生命体として妖精たちを人間と同様の存在として敬う。雫たちの世界の人間たちは違ったのだろう。俺が創る自我を持たない使い魔を使うように、妖精機たちを扱っていたのだ。
非道な命令も多くあったのだろうことは、予想するに難しくない。まぁ、創造主なのでロボットのような存在として考えていたのは間違いない。
妖精たちの、ティターニアの不満はわかるが、ダンジョンと戦争をして敗北を積み重ねていた人類は被害を抑えるためにも気にする余裕などはなかったのだ。
「ご飯なら、たくさんよーいした!」
「たくさん食べてくれよな! 起きたばかりでお腹空いてるだろ」
幼女がふんふんと鼻を鳴らして、片手をあげると便利に使える理子が豚汁っぽいものを入れた寸胴鍋を持って現れる。
気が利いた幼女だ。家事のスペシャリストだけはある。
ティターニアを責めることをしない優しい妖精たちは、笑顔で寸胴鍋に駆け寄ると配られたスープを貰っていく。
「お〜。良い味してるよ」
「この木箱をテーブル代わりにしよ〜っと」
「えぇっ! 待ってよぅ、妾は女王〜」
ティターニアの被っている木箱をテーブル代わりにする妖精たちもいたりする。抗議の声が涙交じりに木箱から聞こえてくるが、まったく耳に入れることはしていなかった。……訂正、優しくないのかもしれないな。
とりあえずそこらへんは無視する。気にする余裕は今はない。妖精たちで後でそこらへんは話し合ってくれ。
「妖精たち。聞いてくれ、俺は天津ヶ原コーポレーションという会社の社長天野防人。君たちを雇用したい。ちなみに拒否する場合は、個別に話し合う時間もとる。福利厚生もしっかりとするし、給料も厚遇する。俺はこれでも世間一般では良い経営者と呼ばれているからな」
安心してくれと、相手を安心させる微笑みを見せながら伝える。俺の言葉を聞いて、妖精たちは顔を見合わせると、少し考え込む。
「管理者権限を使えば良かったのに」
「そうそう、なんで使わなかったの?」
「そんな威圧してこなくても、それなら従ったのにさ」
管理者権限は全て放棄した。正直、これからの付き合いを考えると、百害あって一利なしだからな。将来も我社で働いてもらうには信頼と信用が必須だからだ。ダンジョンとの戦争が終わった後のことも俺は考えている。
だが、妖精たちはそんな俺の考えは分からない。今までのように、管理者権限で命令をすれば良かったのにと不思議であった。
「防人さんは、皆のことを考えているんです。優しい人なんです。こんな悪人顔ですが」
「そうそう。僕の夫は優しいのさ。今のは威圧じゃなくて、笑顔だったんだ」
ありがたいフォローをしてくれる雫さんとセリカ。なかなか面白いフォローをしてくれる二人である。後でたっぷりとお礼をしてあげよう。
「聞いてほしい。ダンジョンとの戦争は終盤だ。決戦が近い。勝利のために君たち妖精たちの力を貸してほしい」
もう笑顔を見せることは諦めて、真剣な表情で伝える。決戦前に妖精たちの力を借りることができれば、勝率も上がるし、天津ヶ原コーポレーションの名前も日本に轟かせることができる。
「え? 決戦?」
妖精の一人が小首を傾げて確認してくるので、頷き返す。
「この決戦に勝てれば人類は勝利できるだろう。戦争に確実という言葉は使えないが、それでも俺は勝利するつもりだ」
ダンジョンに勝利する。その言葉を聞いて、妖精たちは驚愕して騒然とする。驚きで豚汁風スープを木箱の上に零す者もいた。木箱がガタガタと動くが気にする者はいなかった。
そうして妖精たちは顔を見合わせて頷き合うと、俺へと集まってきた。
「やる! やりまーす」
「勝利なんて初めて聞いた!」
「頑張っちゃうの!」
妖精たちにとって、ダンジョンに勝利するという言葉は一番効果があった。彼女らはダンジョンに勝利するために創られて、長い間戦ってきたからである。既に存在する妖精機は半分を切った。仲間を数多く失って、そして敗北してきたのだから。
「ありがとう、君たちの手伝いがあれば、勝利は目前だ」
頭を下げて、感謝の意を込めてお礼を口にする。俺にとってもダンジョンに勝利するという言葉は長年望んでいた言葉だった。
「作戦は俺の仕込みが終わり、マナタンクも満タンにできる1週間後。その時に全てを終わらせる」
ゴクリと息を呑み、あれだけ騒がしかった妖精たちは静かになる。たった1週間と聞いて、緊張した表情となった。
「なので、雇用契約書にサインをよろしくな。判子は拇印で良いから安心してくれ。セリカよろしく」
「了解。クラフト系の妖精は僕の会社が雇用するから安心してね」
阿吽の呼吸で、セリカが契約書を取り出す。契約書? と、拍子抜けした顔になる妖精たちだが、契約書は必要だ。後で揉めないためにもな。安心してくれ、高待遇の内容だから。
そうして1週間後………。
世界は闇に覆われたのであった。




