294話 狩人
草原を1人と1匹が駆けていた。双者とも影すら残すことはなく、視認もできない恐ろしい速さで移動をしていた。防人と獅子の激闘が始まっていた。
『火矢』
初級魔法を防人は使用する。通常ならば、ゴブリンに火傷を与える程度の威力しかない炎の矢だ。しかして、防人が発動した火の矢10本は、光線のように高速で飛んでいき、通り過ぎた空間に残光を映し出し、獅子に迫る。
『加速脚』
獅子は闘技抜きでは回避できないと、初級魔法とは思えない威力を見て悟り、残像を残して高速で回避する。ジグザグに移動して、地面に足跡を土埃を巻き起こし残しながら、そのまま防人に食いつかんとする。
だが、ハッと何かに気づくと後ろに下がり、魔法を使う。
『陽光帝陣』
パアッと獅子の周囲に白く光る魔法陣が描かれて、神々しい光が辺りを照らす。その光に当てられて、地面が蠢動して、漆黒の粘体が苦しむように滲み出てきて消えていった。
「目敏いな。あんまり細かい性格の女性は嫌われるぜ?」
「小癪な真似をする人間だ。だが、私はあらゆる妖精のスキルを使用できる。罠であれ、隠れし使い魔であれ、通用せん」
防人が苦笑をしながら肩を竦めると、獅子は忌々しそうに答える。密かに防人は使い魔を創造していたのだ。
いつもの使い魔ではない。新型の使い魔『闇帝粘体』である。地面に染み込むと、密かに敵に近づいて襲いかかる。触れた箇所に『生命吸収』を仕掛けて殺す魔法生物だ。
自分の影からこっそりと解き放ち、獅子の移動先を先読みして仕掛けておいたのだ。獅子を倒せる程の力はないが、それでも動きが鈍るので、その瞬間に魔法を叩き込む予定であった。
しかし、そこまで防人は悔しがる様子は見せていない。成功すれば儲けものといったところか。
「全てのスキルをねぇ………。なぁ、そういう力を持つ奴に一度聞いてみたいと思ってたことがあるんだ。結局幾つスキルを使うんだ? 戦いに必要なスキルはそう幾つも使わないだろ? そうなると全てのスキルを使えるというのは、器用貧乏にすぎないよな」
「ふん。そのようなことを言う輩は私の前にいくらでもいた。だが、そのたびに私は教えてやるのだ。応用力のある者ならば、複合したスキルの力で圧倒的な力を使うことができると」
刈り揃えられた芝生を踏んで、防人と獅子はじりじりと間合いを測りながら軽口を叩きあう。会話中でも、敵の隙をお互いに探っていた。
「そうか。それなら今はいくつのスキルを使用しているんだ? 参考までに教えてくれないか?」
「ふん。既に百を超えるスキルを使用している。貴様が死ぬ時に冥土の土産として教えてやろう」
「ふーん。百を超えるねぇ。さすがは妖精の女王様ってわけか」
「そのとおりだ。絶望の中で死ぬがよい!」
身体を僅かに屈めると、砲弾のように獅子は防人に飛びかかる。その答えにニヤニヤと笑いを見せて、防人は手を振るう。
『金剛棘壁』
煌めくダイアモンドで作られた壁が獅子と防人の間に作り出される。壁から生えた棘はさしもの獅子の強靭なる身体でも串刺しになるだろう。
危険なる壁が自身の突撃を阻んできたことを確認して、獅子は身体をキュンと鋭角に移動させて、ダイアモンドの壁を迂回する。
『核火炎槍』
マグマのように熱せられた槍が防人の手から放たれる。ドンと空気を叩く音が響き、獅子に迫る。
『複数化』
『魔法威力上昇』
『氷帝槍』
一瞬立ち止まり、敵の槍を相殺するべく、獅子は冷気で辺りを凍りつかせる白き氷の槍を10本も生みだして撃ち放つ。70%の力といえど、弱いわけではない。補助スキルは山ほどあるのだ。それらを使用すればオリジナルよりも強くなる。
ぶつかりあう魔法の槍。しかし防人が使用したのはたった1本の魔法の槍であるのに、獅子の放った氷の槍はぶつかりあうと、あっさりと溶け落ちて砕かれた。
合わせて10本の槍は、核火炎槍の動きを鈍らせるのみで打ち消された。急激に熱せられた水が気体となり、水蒸気が周囲を覆う。
『熱感知』
『即応魔法』
『氷帝息吹』
敵の火炎の槍が消えなかったことに気づき、獅子は追撃の氷の息吹を叩き込む。口内から吐き出された膨大な氷の息吹は槍をようやくかき消す。
『闇帝散弾』
水蒸気を貫いて、複数の闇の弾丸が扇状に迫ってくる。獅子は身体を揺らめかすと、スキルで対抗をする。
『幽体化』
『縮小化』
『超加速脚』
自身の身体を靄のように幽体化させると、身体を子猫程に縮小させて、闇の散弾を隙間を縫いながら、防人へと飛びかかる。
『鋭刃化』
『質量変化』
『複数攻撃』
『獅子猛攻爪』
爪を聖剣よりも切れ味を鋭くさせて、岩山のような重量に重さを変えると、一振りで幾つもの斬撃へ変えて、防人を引裂かんとする。
『闇神の衣』
防人は羽織っている漆黒の衣に新たなる魔法を上書きする。深い闇の衣は見つめるものを不安にさせて、恐怖に誘う物へと変わる。光すらも吸い込み、着込む者の姿は闇に変わり視認ができなくなる。
獅子の攻撃は衣を切り裂かんとするが、闇の衣に触れた途端にボロボロとなり、触れた箇所は灰のように色を喪い崩れていった。
「ヌゥッ! 厄介な奴め!」
『再生』
『太陽の加護』
一瞬驚く獅子であるが、すぐに爪を再生させて、太陽の加護により、対抗する。再び爪を振るい衣を切り裂くがその防御力は元から硬く、物理にも魔法にも耐性があり、身体を浅く切り裂くのみであった。
「簡単に壊されると、自信を失っちまうぜ」
『闇帝光破』
片眉をあげて残念だとふざけるように言いながら、左腕を翳して防人は撃つ。極太の闇の光線が獅子を襲い、その身体を削っていく。
「マナが尽きそうだぜ、仕方ないから回復だ」
獅子が後ろに下がった瞬間を狙い、防人は腰のポーチから取り出したマナポーションを飲み干す。
「抜け目のないやつめ!」
『再生』
『獅子咬』
身体が大きく削られながらも、再び治癒魔法を使い獅子は回復すると、光線を逃れ横に飛びすさると、防人の横腹に牙をたてんとする。
「すぐに回復するとはセコくないか? 女王様?」
だが、防人は右手を牙の前に翳して防ごうとする。獅子は防人の右手を食いちぎり、横を通り過ぎるが
『核暗黒槍』
「ぐぬぅ!」
その瞬間に闇の槍を叩き込まれる。大きく身体を切り裂かれ、闇が侵食してくるのを呻き声を出しながら獅子は魔法を再度使う。
『太陽の加護』
『再生』
『火炎よ』
大きく飛びすさり、防人と間合いをとった獅子は、右手を失った防人が再び炎で焼いて出血を止めたことに、驚きを隠せなかった。
「本当に人間か、貴様!」
「お前のスキルなら見えているはずだろう? 人間だ」
「人間がそのように平気な顔で、出血を焼いて止めるなどできるわけがない! どんな神経をしているのだ!」
「極めて普通の精神だよ。痛くて痛くて泣きそうだぜ」
飄々とした表情で答える防人の顔は脂汗をかいており、辛そうには見える。だが、その動きに淀みはない。常人ではない強靭なる精神に獅子は気圧されて恐怖を抱く。
「仕方あるまい……単純な力で貴様を倒す」
「なぜそれをしなかったか、尋ねても良いか? 後の戦闘にマナを残しておきたかったか?」
「当りだ!」
『無敵化』
『金剛化』
『覚醒化』
身体を黄金に輝かせて、獅子は無敵の身体に変える。全能力を大幅に上げて、その皮膚は金剛のように硬くなり、無敵化があらゆる耐性を限界まで上昇させた。
「このままその身体を削りとってやろう!」
「怖いんで、そのスキルの効果が無くなるまで時間稼ぎをさせてもらうぜ」
獅子の咆哮に防人はニヤリと笑いぶつかり合うのであった。
防人と獅子は激しくぶつかり合う。だが、先程と違い闘技も魔法も強力なものは放たれなかった。獅子は単なる爪や牙で攻撃をして、防人は初級魔法を使い、それ等を受け流し回避していく。
お互いにマナが限界なのだろうことがわかる。防人も獅子ももはやマナは尽きかけて、基本能力により戦闘をするしかなかった様子だ。
防人の体はしかしながら、全ての獅子の攻撃を防ぐことができずにじわじわとその身体が傷ついていく。肉が削られて血がどんどん流れていき、爪痕が身体に残っていくが、それでも動きに淀みはなく、絶望する様子もなかった。
ティターニアはその様子を見て、信じられないことだと、恐怖で身体が震えそうになるのを抑えていた。『奈落』に侵入してきた時は、妖精機と神機に守られていたために、膨大なマナを内包してはいるが、それはポーションを集めてステータスを上げただけだろうと思っていた。
指揮官として妖精機や神機を指揮して、安全な立ち位置にいる、単に功績を求めるために来た男だと思った。
昔の軍人のように仲間を命を失うような危険な任務でこき使う人間だと思った。きっと管理者権限で無理矢理働かせているのだと。
ならば指揮官を狙い撃ちにして殺せば終わりだ。とりあえず他の妖精機や神機は解放されれば自由を求めてどこかに去っていくと考えていた。
だが、これはなんなのだと、防人を見る。あっさりと倒せると考えていた。魔法使いであるのは予想外ではあったが、そちらの方が倒しやすいと喜んだ。
しかし防人は両手を失いながらも、薄笑いを浮かべて楽しそうに戦闘をしていた。信じられないことだ。普通は痛みと命を失う恐怖で心が絶望で折れるか、自暴自棄になって、隙だらけの攻撃をしてくるはずなのに。冷静沈着に戦闘を続けていた。
化け物だ。今まで出会った人間や魔物など比べ物にならない化け物だ。肉体や魔法の力ではない。その精神が化け物だとティターニアは恐怖する。
しかし、それも終わりだと心を落ち着ける。防人は誘導されていることに気づかずに、じわじわと目的の場所に移動している。
一瞬の隙を狙うべく、ティターニアは息を潜めてマナを隠蔽し続ける。
そうして防人は目的の場所にやってきた。
即ちティターニアの目の前に。背を見せて獅子と戦闘をしているので、隙だらけだ。
『獅子の牙』
単純にして、最強たる技を使い、空間から滲み出るようにティターニアは飛び出す。闘気が込められて紅く光る牙を防人の頭に突き立てようとする。もはやあの致命的攻撃を防げるマナはあるまいと推測して。
たてがみのないメスライオン。狩の名手であるティターニアは必殺の一撃を入れんとした。
ティターニアが幻想した妖精の国ティルナノーグ。芝生のように短い草しかない拓けた平原に一見すると見えるが、それは虚影である。真のティルナノーグはティターニアのための、敵を罠にかける幻想空間。騙し絵となっている空間に潜める場所が数多くあった。
囮の分体である獅子により倒せれば良し。倒せなくてもティターニアが不意打ちをして倒す。これまで負けなしの盤石の戦闘手段である。
勝ったと確信して、防人の頭に牙が刺さる寸前に
ガシッ
と防人の背中から生えた漆黒の両腕に防がれて、掴まれてしまった。禍々しい腕だ。死を齎す腕だとひと目でわかる深淵から現れたかのような漆黒の腕だ。
「待っていたぜ。どこにいるかさっぱりわからなかったからな。女王なのにたてがみを持っているなんて変だろ。ライオンの狩りはメスライオンがするもんだしな」
『闇化』
『闇神腕』
防人の身体が漆黒に染まり、その力が圧倒的にティターニアを上回る。漆黒の腕に掴まれている頭から生命が吸収されていくのを感じ、命が消えていくのをティターニアは感じ取る。
「最初から……これが目的!」
「そうだ。それじゃまた後でな。お手」
全てが最初から罠であったのかと悟り、ティターニアはその身体をグシャリと潰されるのであった。




