292話 奈落挑戦
筑波線要塞。その真下に存在する地下都市。別世界から転移してきた研究所でもある。『奈落』と呼ばれるこの地下都市に、防人は発電機を稼働させるために、浅い階層まではチャレンジした。雫が最下層まで進むのを反対したために、触り程度の冒険だったと言えよう。
しかしながら、ティアの日本各地に対するダンジョン発生予告を受けて、最下層にあるドームで眠る妖精機を復活させて、仲間にするべく再び訪れたのであった。
「果たして最下層に眠る妖精機を防人さんは手に入れることができるのでしょうか。手に入れてもハーレムアニメみたいには防人さんは大勢の妖精たちには慕われないと思うので、可愛くて頭が良く気が利いている美少女が慰める予定であった」
「モノローグっぽい語り手のようにしないでくれ」
「だって、すぐに向かうと言ってたのに、2ヶ月も経過しているので、防人さんが目的を忘れていないか心配になりまして」
『奈落』へと続く階段を降りながら、隣を歩く雫へとツッコミを入れると、チロッと舌を出して悪戯そうに雫は笑う。今回は危険な場所なので『全機召喚』済みなのである。
最近は危険な場所でなくとも、『全機召喚』をしているが、金が絡む仕事なのである意味危険なので仕方ない。
「2ヶ月もかかる予定はなかったんだが、冒険者ギルドの未来を決める仕事が多かったからな。仕方ないんだ」
「そうそう。保温の魔道具の売れ行きは絶好調だよ。買ってから、黒猫に命を救われたとか、痩せたとか、カジノで大儲けしたとか、彼女ができたとか噂が広まったからね」
全身を強化装甲服で覆い、ヘルメットだけ首の後ろにかけているセリカが皮肉げに口を挟んでくる。暗闇が支配する地下都市に金属の重々しい音が鳴り響くので、目立つことは確実である。
「詐欺くさいが嘘は言っていない。闇猫はマナを感知しているしな」
誇大宣伝とかにはなっていないはず。微妙なマナも感知できるように設定した闇猫たちはマスコットキャラクターとして、人々に可愛がられている。最近はゴロンと転がってお腹も見せるようにもなったのだ。
餌をあげている人たちは、馴れてきたんだと大喜びだ。時折現れる魔物も瞬殺するので、大人気となったので、頭が回るやつは販売するためにぬいぐるみを作り始めてもいるぐらいだ。
「多くの保温の魔道具のおかげで、微細なマナも感知できるようにテストができて設定を直せている。良いテストにもなって、保温の魔道具も売れて、人々も楽しむ。全員が喜んでいるから問題ない」
「防人の狡猾さにはさすがの僕も負けるよ」
「ふふん。防人さんは偉大なんです」
暗闇が広がる地下都市のビルを以前のように進みながら軽口を叩く。以前とは強さも変わっているし、仲間もいるので心強い。
以前と変わらず崩れ落ちて穴がぽっかりと空いている壁や、デスクや椅子が埃を被って散乱している。少し恐怖を感じるのは雰囲気のせいだろう。
「罠探しなら任せるのです。愛用の物干し竿を持ってきたのです」
「むふーっ。幸も罠を見つけるのは得意」
ガンガンと長い棒で床を叩きながらとてとてと前を歩くフォーチュン改め命と幸。二人で懸命に床を叩きながら歩いているので目立つことこの上ない。ちなみに危険だということで幸は本来の少女の姿に戻っている。
カンコンカンと打楽器のように鳴らして歩く騒音娘たちの襟を掴む。この二人も組ませたらいけないコンビなのか?
「……少し待つ防人しゃん。これには意味がある」
止めようとする俺に幸が真剣な表情で答えると、命もウンウンと頷き同意する。なにか罠を見つける以外の理由があったらしい。
それはなんだと尋ねようとして、遠くからの獣のような鳴き声に気づく。その鳴き声は唱和して、大勢がバタバタと走る音が近づいてきた。
「ここはホールなのです。広い場所で戦闘をして、不意をつかれるのを防ぐべきなのですよ」
「周りに響き渡るように炎まほーを付与した。ビル全体に聞こえたはず」
俺は命の言葉を聞いて周りを確認すると、たしかに少し広いホールにいつの間にか辿り着いていた。障害物はほとんどなく、壁際にゴミ箱が転がり、観葉植物用の大きい植木鉢が数個転がっているぐらいだ。
「ふっ。用心深いな相変わらず。味方にすると頼もしい」
「どんな敵相手でも油断大敵じゃからな。倒せる敵は今のうちに倒しておいた方が良い」
アレスと雪花がホール出口前に陣取りながら、幸たちを褒める。アレスは装甲を備えた未来的な強化服に、精霊石で作られた片手剣とプラズマフィールドが展開できるオリハルコン製のカイトシールドを装備している。背中には闘気反応弾とやらを備えた自動小銃も担いでいる充実ぶりだ。古代戦争の神なのに、武装が未来的すぎる男である。
雪花はいつもどおりの改造和服だが、やはり新型になっている。設計思想は同じなので、ステータスが上がっただけだが。俺たちも同様にバージョンアップしているが、全体的な底上げになっただけだ。
「むふーっ。スニークミッションは無理。バレたときに包囲されるのが怖い」
「失敗の可能性は常にあるのです。ピンゾロしか失敗はないので、考えすぎだと反対したのですが」
「ここなら視線も通り、治癒魔法も使いやすいので問題ないかと思われます」
最後方にいる聖がプラチナで作られた奇麗な杖を持ち胸をトンと叩く。回復役にとって戦闘で一番大変なのは味方の把握である。今回は敵が敵なので、用心したかった。ここで戦闘するのならば安心だ。
皆が戦闘準備をとる。最前列に雪花とアレス。中衛に俺と雫とセリカ。雪花たちと入れ替わって最後方に幸、命、聖だ。なんと8人パーティーとなっていた。
「紫外線ライトで牽制するのですよ」
「幸に任せる! こんなのお茶漬けさいさい」
『家帝日焼け灯』
命がお願いをすると、幸は小さな手を翳して魔法を使う。多少暑さを感じさせる光が部屋を照らし、周囲が昼間のようになった。お茶漬けじゃなくて、お茶の子さいさいな。
「ギイャァ〜」
「キィ〜」
「あぁァァ」
不気味なる声をあげて、ホールにゾンビたちが雪崩れこんでくる。身体の各所から水晶を棘のように生やすゾンビたちだ。走る速度は100kmは出ているかというところで、唇の肉が抉れて、剥き出しとなっている乱杭歯を見せて、顔は腐り、骨も覗いている。
身体も血だらけで服は真っ黒、皮膚が破れて筋肉繊維が露わになって、白い骨も見える奴もいる。だがゾンビたちはその勢いを衰えることもなく突撃してくる。
名前は水晶ゾンビだったか? たしかスキルが効かなかったとか、いや、効くように波長を変えたようなと俺は首を傾げてしまう。あまり印象に残っていなかった上に、今は以前とは比べ物にならないのだ。
「はっ!」
「ほりゃ」
アレスが先手をとって、床を踏み抜く程の力で敵へと突撃する。雪花が滑るように移動して、肉薄する。
そうして、豪風の如くアレスが剣を振るい水晶ゾンビをまるで抵抗感なく切り裂き、雪花が空気の層を拳に纏わせて粉砕していく。
ホールを埋め尽くすかのような大量の水晶ゾンビ。何処から湧いてきたのか疑問に思うレベルの数だ。その雪崩のような数の暴力に、しかして二人はまったく負ける様子はなかった。
まるで嵐が全てを飲み込むように、アレスは剣を縦横無尽に振るい、決して後ろに下がることなく屍を積み上げていく。対して、雪花は一撃ごとに空気を圧縮させて、纏めて敵を潰して砕く。
数の暴力に質の暴力はまったく負ける様子は見せなかった。水晶ゾンビたちは怯むことなく押し包もうとするが、軽い運動のように攻撃を続ける二人に削られて、しばらくすると駆逐されるのであった。
「まぁ、こんなもんじゃろ」
「ウォーミングアップといったところだ」
汗の一つかくことはなく、返り血すらも浴びることなく、二人は息を吐くと構えを解く。辺りには山と積み重なった水晶ゾンビの屍ができあがり、再びビルに静寂が戻る。
レベル8となった二人の前には、水晶ゾンビでは相手にはならなかった。それはわかってはいただろうが、それでも幸たちは不意をつかれるのを恐れていた。用心深く戦う姿はさすがと言えよう。
「さて、それじゃエレベーターを降りるとするか?」
電気が通っていないために、もちろんエレベーターも動かない。それでもドアを開いて、一直線に最下層まで降りられるのだ。そんな便利なショートカットを使わない手はない。
敵も駆逐したので、特に問題は発生せずに少し先のエレベーターホールへと移動した。やはり静かなものだ。歩くたびに砂埃が舞うのが難点といえば難点か。
「………ティターニアは油断できない」
歩きながら、真剣な表情で俺を見上げて幸が言う。相手のことをかなり警戒しているのは明らかだ。
「だからこそ、ゾンビは駆逐しておきたかったのですよ」
「そういえば、ティターニアは変幻自在ですから、雑魚の中に紛れ込むパターンもありましたか」
命が幸の言葉の後を引き取ると、雫が思い出したように嫌なことを言う。変幻自在って、なんだ?
俺の表情を見て、雫はさらに話を続ける。
「妖精の女王ティターニア。彼女は人間の前に姿を現す際は、美しい女性だったり、老木だったり、獣の姿であったりします。妖精の女王は決してその真の姿を人間には見せないんです。その概念から生まれたティターニアは変身をして戦闘を行います。それ以外にもティターニアは全ての妖精の力を70%ほどに劣化はしますが使用できる『妖精女王』のスキル持ちなんです。チートなスキル構成をしているので、妖精の中では2番目に強いとされていました」
最強は私ですがと、言外に告げてくる雫さん。
「なら、世界を救うためにちょっと手伝ってくれても良かったんじゃないか?」
なんでこんなところで、守護者をしているわけ? 厭世しているなら、この世界に来た意味ないだろ。この世界はダンジョンにより人類は滅亡の機なんだから、それだけ強ければかなり人々は助かったろうに。
「……ティターニアは墓守。人類は敗北を決定づけられているから、後は妖精たちを護っていくつもりだと思われる」
しかめ顔で幸がティターニアの性格分析をしてくれる。なるほどねぇ、女王の最後の仕事というわけか。
「それなら話し合って、仲間になってもらわないとな」
「コンゴトモヨロシクって、言わせてあげるので安心してください」
ガラガラと雫がエレベーターの扉を強引に開けると振り向き、にこりと微笑む。なにか不穏なセリフのように聞こえるが、大丈夫なのかね。
「油断せずに万全を期して戦えば、負けることはないはずさ」
「死亡フラグを乗り越えていきましょう」
セリカが言うと、雫がムフンと胸を張る。そうしてアレスが雫を横にやり、扉を潜る。
「一応俺が先に行こう」
「雪花ちゃんもじゃな」
自身の役割を理解しているアレスと雪花が扉から中に入り壁面を蹴りながら三角飛びを繰り返して降りてゆく。
『何事もないようだ』
最下層まで辿り着いたアレスの思念が返ってくるので大丈夫そうだ。
「それじゃ順番に行くとするか」
俺も扉を潜り抜けると、降りていこうとしたが
「うん? なんだここ?」
エレベーターの扉を潜った途端に、風景がガラリと変わった。エレベーターシャフトが目の前にあるはずなのに、どこかの屋内グラウンドらしい。
「『奈落』に来るべきではなかったな人間」
そうして後ろから渋い声がかかってきたので、溜息を吐きながら相手を見据える。
「実は桜が満開だから、妖精たちを花見に誘いに来たんだ。どうだ、こないか?」
ニヒルに口元を曲げて、俺は答える。どうやら空間を飛んだらしい。準備万端といった矢先にこれである。俺以外は誰もいない。
目の前には美しい黄金のたてがみを持つ獅子が、堂々たる態度で佇んでいた。
「花見とはなかなか面白い。死んでから後悔するのだな」
「ホームで戦っても勝てるとは限らないんだぜ」
ニヒルに笑うと俺はマナを練り始める。さて、妖精の女王との謁見は第一印象は最悪から始まったようである。




