29話 ダンジョンコア
ゴブリンキングたちを倒したおっさんたちは、キングたちのコアを回収して、辺りを見渡す。薄暗い大部屋には死屍累々と動かないゴブリンたちの死骸と、ほとんどやられてしまった影虎のみ。ミケは生き残ったらしく、みゃぁと可愛らしい鳴き声をあげて、顔を前脚でこしこしと洗っている。なぜか、ミケだけは個別判断できるので、特殊な個体にも見えてしまう。
その中で、防人は周囲を見渡して、疑問を口にする。ゲームのように奥に扉があって、その中にダンジョンコアが神秘的な輝きを見せて宙に浮いていると思っていたのだが、そもそも扉がない。
「ダンジョンコアは?」
予想と違う結果に、キョロキョロと戸惑うが、雫は冷静に片足をもう一方に絡めて、手も頭上で絡めて立つ、という訳のわからないポーズで、むふんと幼気な子供っぽい笑顔で返してくる。
「ドドドド、真実というものを教えてやろう、防人さん」
「あぁ、早く教えてくれ」
やけに真剣な表情で少女は語ろうとしていたが、不機嫌になり顔を背けて、へんてこなポーズを解く。
「もうすぐですよ。ほら」
雫は人差し指を広間の中心に向ける。と、漆黒の粒子を火花のように撒き散らす魔法陣が地面に描かれると、その中心から僅かに透明度のある光を奥底で光らせる3メートルほどの六角形の水晶が浮かび上がってきた。
なかなか凝っているイベントだこと、初めて見るダンジョンコアを見据える。その中心が僅かに光る漆黒の水晶。相変わらず見かけが悪いと思うが、感動はある。何しろ20年以上ダンジョンで戦ってきたが、ダンジョンコアを見るのは初めてだ。
「感動で私の胸で泣いていいですよ? よしよしと聖母のように頭を撫でてあげますので」
「もう少しクッション性が上がったらな、痛ぅ、まて、蹴るんじゃない!」
肌触りの良さそうなつやつやな頬を膨らませて、ローキックを放つ美少女に苦笑を浮かべて頭を撫でてやる。滑らかな髪の毛がいつまでも触っていたくなる感触であったが
「ふふふ。撫でぽというやつですね。いいですよ。ポッて擬音を口にしてあげます。ポッポッポッ。クルッポッ〜」
「鳩かよ。で、このダンジョンコア。いかにもな雰囲気があるんだが?」
機嫌を良くして、グリグリと頭を押し付けてきながら、鳩の物真似をする愛らしい娘に、笑いながら尋ねると、雫は真剣な表情へと戻り口を開く。
「触ればわかります。触ってみてください。一人しか触れませんので」
「ふむ?」
その真剣な表情に、防人もふざけるのをやめて、ダンジョンコアに手を伸ばす。するとすべすべして、ひんやりとした冷たい感触が返ってきたが、すぐにダンジョンコアは黒い粒子となって、防人の身体に吸い込まれていった。
「……どうですか?」
雫の珍しく緊張を見せる問いかけに、首を捻りながら、何もないと答えようとして
『ダンジョンコアDを入手。ストアに保管されました』
と、頭にログのように表示されるイメージが伝わってきた。どうやら自動でストアが吸収したらしい。珍しいことだ。
「等価交換ストアに吸収されたな。一覧を呼び出してみるか?」
なぜ自動なんだろうと思いつつ、雫へと顔を向けると
「良かった……。それが一番の懸念材料だったんです」
キュッと俺の腰にしがみついて、か細い声で雫は呟いた。不安げなその声音から、安堵の気持ちが伝わってきたので、とりあえずもう一度頭をそっと撫でてやる。いつも本当の感情を見せない娘だ。秘密も多いし怪しいが、俺のパートナーには優しくしないとな。
「そこは、キスをしてきてもよいですよ?」
「おっさんの精神を試さないでくれっと? なんだこれ?」
途端に真剣な表情から、小悪魔的なスマイルで、舌をぺろっと出す雫。苦笑いを返すが、周囲の光景が変わっていくことに驚く。広い洞窟内は地面も仄かに光る天井も、全て虹色になって歪んでいく。
「ダンジョンコアがなくなったことにより空間が元に戻っていくのです。聞かれる前に答えますが、中にいる魔物は全てコアとなって排出されます。宝箱も合わせて。優しくない仕様ですので、地上に山となるので、他の人に奪われないように気をつけないとですね」
「独り占めなら良いが、階層が深くなるごとに、その仕様は困ることになるな。まぁ、そこはなんとかなるか」
「ですね。それでは私は眠ります。自宅についたら、ストア一覧を見せてくださいね」
可愛らしくウィンクをして、再び雫の肉体は薄れていき眠りにつく。また後でなと、俺も頷き、目の前が光に包まれて
気がつくと地上に立っていた。傍らにはゴブリンキングたちの死体と無数のモンスターコア、そしていくつかの木箱だ。自分で倒したモンスターは死体となって残るらしい。
「優しい仕様なんだか、厳しいんだか……。とりあえず持って帰るか。………ミケ、お前たちの背中に載せるからな」
影法師で風呂敷を作り出すと、コアや木箱を集め、目ぼしい物を手に入れて、防人はようやく帰途につくのであった。
ペントハウスに風呂敷に包んだコアやら大剣、鎧やらをミケたちに運ばせて、防人はリビングルームにて、ダンジョンコアと交換できるアイテム一覧を見て、険しい表情をしていた。
「スキルレベルアップポーションか……」
信じられない思いだった。交換できるアイテムの中で驚きの物を見つけて、知らず知らず険しい表情で唸ってしまう。
そこには、こう書いてあった。
『スキルレベル3専用10%アップポーション』
『スキルレベル2専用50%アップポーション』
『スキルレベル1専用100%アップポーション』
そこには、スキルレベルを上げるためのポーション一覧が表示されていた。どうやらこのポーションを複数使えばレベルがアップするみたいだ。
「ダンジョンコアからはこれらのポーションが貰えると?」
『そうですね、3レベルならダンジョンコアを10個手に入れれば上げられます』
なんでもないように幽体となった雫が言うが、俺は騙されんよ。これはそういうものなのか?
「雫、ダンジョンコアと接触した際に、このポーションは必ず手に入る、わけじゃないよな?」
目を細めて、このボーナスアイテムの正体を探る。そんなに優しいアイテムがダンジョンにあるとは到底思えない。
『鋭い指摘ですね、防人さん。そのとおりです、ダンジョンコアのプレゼントは罠です。今までと同じように。これからもそうであるように』
雫はからかうように、身体を舞うように回転させながら答える。予想通りの言葉で。
「もしかして、この一覧全て、いや、その一部でも良い。これらの中からランダムで貰える?」
ストアにはズラリとスキルやアイテムの一覧が並んでいる。ざっと見ても10000種類はある。これらから一種類?
『いえ、これはストアの一覧です。実際のは固定されたレベルアップ系統ポーションやステータスポーションなどの推定10種類とランダムに20種類のアイテム、スキル。ダンジョンコアは人間にクリア報酬としてそれらのどれかに変化します』
「ずいぶん気長だこと。レベルアップポーションを手に入れるために何回ダンジョンを攻略しなくてはならないのか……それでも、数十年延々と戦闘を続けてレベルアップするよりマシかぁ」
おっさんみたいに非効率的な戦闘をして、レベルアップをするために数十年戦い抜くのは馬鹿らしいってことになるんだよなぁ。
『そうでもありません。ダンジョンコアはダンジョン一つにつき、一つ。レベルアップポーションを求める者は大勢。そして………』
「ランダムにスキルが付くんだな? これらのスキルが」
言い淀む雫へと腕組みをして、ソファに凭れかかりながら確認する。アイテムだけではない。種々雑多な固有スキルから普通のスキルまで様々だ。
『そのために、ポーション以外は余計なスキルを付けても大丈夫な生贄代わりの人間が同行して、クリア時にダンジョンコアに触ります』
「低レベルダンジョンならそうだろうな。だが高ランクなら、そんな余裕はない。そうだろ?」
生贄の部分には引っ掛かるが、安全にアイテムを取得するには合理的なのは否めない。なぜ、生贄が必要か、ピンときたぜ。ダンジョンコアがスキルを付与するような能力を持っているなら垂涎物だ。だが……。罠だな。
「筋力+100効果の筋力増強、体力+200効果の体力増強。……こんなもんが付くのか?」
スキル一覧にあるステータスアップの固有スキルを見て顔を引きつらせてしまう。こんなもんを付けていくと、ステータスを簡単に上げられない人類は詰むぞ。しかも、高レベルのスキル保持者だと、ますます詰むぞ。たしか体力や筋力は同じ程度の数値でなければペナルティとなるはず。
『そのとおりです。この……ここは……え〜と、スキルを付けさせる人間を伴ってのダンジョン攻略はBランクが限界。その後は自身の運にかけて、攻略を進めないといけないんです。生贄を守る余裕がなくなるので。そしてスキルですが、戦士が物理攻撃大幅ダウンの代わりに魔法威力アップとか、守備力アップの代わりに俊敏を失うスキルが、素早さを自慢としていた剣士についたりとか』
罠だらけなんですと、雫は顔をしかめて教えてくれるが、予想以上に酷い。そんなのは無理ゲーとしか言えまい。
『その罠を越えて、さらなるランクを攻略しようとしても……出鱈目なスキル構成と上がらないスキルレベルが絶対に足を引っ張ります。ゲームと違って、もはや先に進めない状況となるのが現状だったんです』
「なるほど、バッチリのスキル構成でなくても、普通の構成すらも無理、と。そうなると難易度の高いダンジョンはクリア不可能と」
罠だらけだな。そして、その罠にかからない人類がいると。即ち俺だ。等価交換ストアーにダンジョンコアは吸収されてしまった。こちらに干渉しようとしても、等価交換ストアーが盾となった。強くなることのみを求めたおっさんのスキルがダンジョンコアに対抗できたのだ。
『そうです。貴方の重要度がわかりましたか? 私は貴方を必要としています。その力を。きっと私たちは強くなる。誰よりも。何よりも。それが私の望みです』
居住まいを正して、真剣な表情で言ってくる雫に、防人はなるほどと理解した。そんなことがねぇ。
「真面目だな。だが、力をつけるだけじゃ駄目なんだ。人類を救う救世主の手伝いもしてもらうぞ? パートナー」
ニヤリと笑い、人差し指を防人はくるりと回す。俺も雫の力は必要だからな。目指すは救世主だし。
『もちろんです。私たちはパートナーですからね』
ふふっと嬉しそうに少女は微笑む。
花のような笑みを浮かべて微かに小首を傾げる雫は美しかった。その顔に僅かに見惚れながらストアーの一覧を指差す。
「で、最強のスキル構成を目指す雫さんや。次なるスキルは何を取得する?」
からかうように言うと、雫はすぐにへニャリと力を抜いて、フフンと胸を張る。
『『闘気法最大効率変換』。マナを闘気へと無駄なく変換できる機能です。通常はマナを闘気に変換するとかなりのロスが変換時に発生するのですが、このスキルならばほとんどロスは発生しなくなります。闘気術のスキルも同時に貰えますし。このランクで一番取りたかったスキルで……』
ふふっ、と雫は獣のように嗤う。さらなる力を得ることに目の前の少女は嬉しそうだ。良きかな良きかな。
『通常弾程度なら、致命傷にはならなくなるスキルですね。きっと、私たちなら鋼よりも硬い『闘気』を武技にて纏うことができるでしょう』
「そりゃいいね。それじゃあ、『闘気法最大効率変換』」
やはり限定1と書いてある固有スキルだ。迷わずに取得することにする。
いつもよりもさらに禍々しい感じを与えてくる黒色の粒子がストアから立ち昇って防人を包み込む。使い方は頭に叩き込まれて、すぐに理解した。
「しばらくは闘気とかいうスキルの力を練習しないとな。市場を経営する傍らの暇潰しにはちょうどいいだろう」
ダンジョンコアの秘密も分かったことだしな。そろそろ経済を復興させてみよう。簡単なところからな。市場作り始めるか。