287話 輪廻転生
来世はあると信じたい。そんな想いから生まれたのが『輪廻転生』だと俺は思う。そして、それは人間を転生、即ち復活させることができる可能性を持っている。
ダンジョンが人々の魂的ななにかを持っているのは、この間復活させた元自衛隊がいるから明らかだ。恐らくはもっと広大に壮大に発動するのが『輪廻転生』だ。
正直、この可能性が当たっているかはわからない。使った者がいないからな。だが、雫はその効果を信じている。いや、信じたいというところか。
「なるほどな。わかった、俺のパートナーの願いだ。叶えてやらないと、パートナーとしての名がすたるぜ」
ニヤリと雫へと笑いかけると、俺のパートナーはか弱い笑みを浮かべてきた。
「この可能性は考えていました。きっと人類は滅亡し、私たちの行動は無となると。そして、人類を復興できる可能性があることも示唆されていました。その時は私たちより過去に行くと言っていました。時間を遡ることは不可能なので無理だと思っていましたが、その行動を取ることで、分岐した世界から他の自分が行くことができるとか、意味がよくわからないことを言ってましたが」
「む。雪花ちゃんはそのことを知らないのじゃ」
眉を顰める雪花へとコクリと雫は真剣な表情で頷いてみせる。
「馬鹿げた理論とも言えない理論でしたので、聞いたのは私だけです。『輪廻転生』とか無理だと思いましたが、防人さんは可能性を見せてくれました」
元自衛隊のことだろう。たしかに驚きのスキルだった。
「シゼンちゃんが肉体を持って現界しているチャンスはこれしかないすよ。ウシシ」
「ダンジョンの魔物じゃないもんな。さすがの俺も概念を倒すことはできないし。そいつはなんで俺と戦いたいんだ?」
どこにでも現れて、どこにもいないことができる相手だ。倒すチャンスはたしかにここしかないだろうが疑問が残る。なぜ現界しているんだ?
「シゼンちゃんが望むのは『闘争』だってさ。だから天野防人と決着をつけたいんだって。それで最強を目指すんだってさ」
「『闘争』? ……『闘争』ね。ほ〜ん……」
なるほどな。よくわかったぜ。独立した存在である邪魔な俺を片付けたいのか。理解したぜ。どうやら色々と勉強したようだな、肉塊のやつ。『闘争』ね……。
「それじゃ、ティアを殺して準備万端で決戦に向かうか」
「殺さないでねとお願いしたよね? 頼むよ、ほら私の装甲の触り心地を試してもいいすから。前払いってやつ?」
ふふっと微笑んで後ろ手にして胸を反らすティア。色仕掛けにしては幼稚なので無視をして、雫へと告げる。
「まぁ、年末だろ? その後はピクニックと行くか」
「ありがとうございます。防人さんがパートナーになってくれて良かったです」
「俺も雫がパートナーとなってくれて良かったよ」
涙ぐむ雫。初めて泣くのを見たかも知れない。それだけ雫にとっては大事なことなのだとわかる。少し俺もセンチになってしまう。他の誰よりも雫は大事な娘だ。
「あたちも!」
「雪花ちゃんも手伝おう」
幼女と雪花も手を差し伸べて、雫と手を重ね合わせると、青春ぽく3人は笑い合うのであった。
……後で仲間はずれとなっていたセリカが拗ねそうだなぁとか考えてしまうが、気づかないことにしておこう。
「でだ。それまではゆっくりと待てば良いかと言うと、そうじゃない。各地へと現れる予定のダンジョンをなんとかしないとな。なんとか手加減できないか、ティア?」
「それは無理っすね〜。私も本気ですし。再生怪獣は日本各地に発生させれば怪獣の勝ちだと思うし」
からかうように言うが、雫のコピーならこれは本気だとわかる。駄目か、期待はしていなかったけどな。
「それは人数を揃えれば良いと思います。『奈落』に行きましょう。そこで仲間を補充すれば良いんです」
「レベル7で潜れると言っていた場所だな?」
「そのとおりです。あそこのドームには恐らくは妖精機体のコアが保管されているはず。皆を復活させることができれば、各地のダンジョンは対抗できるかと」
雫の言葉に多少驚く。そんな保管庫があったのかよ。
「予想通りならば、妖精の女王ティターニアが守護しているはず。今なら確実に倒すこともできるでしょう」
「あの……私がいるのに、そんなことを話して良いのかな?」
「手を出していない時点で、問題ないとわかっています」
「うわ。なんだかウワァだけど、まぁ、そのとおりだからいっか。手を出す必要もないし。釈然としないんすけどね」
雫が疑問に思うティアへと平然とした表情で答える。そのとおりだろうが、たしかに敵としては釈然としないだろう。仕様を全部見て行動しているようなもんだ。しかし舐められたもんでもある。そんな重要な施設を破壊しないとは。こちらとしては助かるけど……やはり俺の想像は当たっているんだろうなぁ。
「了解だ。すぐに行くことにしよう。で、ティアはそれで話は終わりか?」
「いや、もっと重要なことがあるんす」
「なんだよ?」
「決戦まで私を養って? ダークネス的なラッキースケベもウェルカムだから。ね、良いでしょ?」
とりあえずニヘラと笑うニートな娘を蹴っ飛ばしておいた。
ソファの上で俺の蹴りをわざと受けたティアは腹を押さえて苦しがるフリをしながら、俺を潤む瞳で見てきた。
「あのね、シゼンちゃんは酷いの。普通、アニメとかだと主人公を倒すための専用怪人には優しくするでしょ? 期待しているからねって、最初だけでもお弁当をくれるのに、なにもくれなかったの!」
どこかで聞いた話である。どいつもこいつも給料出せよな。
「でも、私は管理者権限による支配を受けていないから、冒険者ギルドに入って、コアをたくさん稼いで、私何かしちゃいました〜をしようと思ったの!」
どこかで聞いた話である。雫さんを見ると、すっと目をそらしてきた。
「でね……飽きたの。日銭は稼げるんだけど、なんて言えばいいんすかね。レベル99で最初の街でお金稼ぎをする気分! スライムを倒して1ゴールドとか飽きちゃうすよね?」
それに同意しそうな人間は一人だけだと思うぜ。
「で、お姉ちゃんと同じ暮らしをしたくなったの! お姉ちゃんみたいに、食っちゃ寝して、ダンジョン攻略や戦闘の時だけドヤ顔して活躍すれば良い暮らしを! で、誰に養ってもらうか考えた結果、天野防人がいいなぁって。お金持ちだし、面白そうだし。私も学習したんす!」
聞いたことのない話である。殺す相手に養ってもらおうとか、こいつアホなの? あと、雫が羞恥から真っ赤な顔で泣きそうだから、ディスるのは止めてくれ。初めて涙を見たぜとか言ったのに、早くも次の涙を見ることになってるぞ。
「ぐうっ! ライバルキャラが戦闘前に仲間になるなんてありえません。怪獣からナイトに変身して仲間になるライバルだって、自活していたじゃないですか!」
「こんな可愛らしいんすよ? ゴミ箱を漁るようなことができるはずないじゃないすか!」
「働けばいいじゃないですか? お金、簡単に稼げますよね?」
ブーメランな言葉を吐く雫さんである。
「お姉ちゃんは働いていないじゃないですか! 私も養ってくださいよ〜。わかりました。全裸、全裸で寝る癖があることにしますから。さり気なくトイレとか言って夜中に天野防人のベッドに忍び込みますから!」
「なんて天才的! 天才的アイデア! そのアイデア、秀逸! そういうアイデアを待っていました。私がやってみます!」
言い争う二人を見て、たしかに姉妹だなぁと、今度こそジト目になってしまう。似すぎていて怖いくらいです。言い争っているかは不明だが。
「なぁ、雪花? さっきまで少し感動的じゃなかったか?」
「うむ。まずいぞ主様。あやつセリカ以上に雫と組み合わせると危険な輩かもしれん。物理的にも危険じゃな。雫のコピーなら笑顔で話しながらナイフを極自然に刺してくるタイプじゃ」
口元を引きつらせて、雪花が俺に嫌なセリフを告げてくる。
「油断できないりゅ! 防人しゃんはあたちがまもりゅ!」
むふー。むふー。と鼻息荒く足をバタつかせる幼女。
二人がそう言うなら、危険なことは間違いない。たしかに雫をティアみたいな立場にするなら、笑顔で殺しにくるだろう。不発弾より危なそうな相手だ。
初めて相手をするタイプだ。というか、普通はこんな敵はいない。神経を疑うレベルだぞ。だが、さりとて放置するには危険な相手だ。目を離したくはない。
ティアもその点がわかっているから、俺に提案をしてきたのだ。ここまでくると感心するしかない。
「幸、隔離できるか?」
最近、レベルアップしたからか、幼女モードでも少しだけ話が通じるようになった幸へとお願いしてみる。
う〜んと首を傾げて幼女は俺のお腹にグリグリと頭を擦りながら考えると、ニパッと笑って俺を見てきた。
「逃げられたらわかる炎まほーがありゅよ。これならたぶんだいじょーぶ」
「よし、それで行こう」
えっへんと得意げになる幼女の頭を撫でてやる。むふーっと頭を撫でられて嬉しがる幼女に癒やされながら答えると、雪花が驚いて俺を見てくる。まぁ、驚くのはわかるぜ。俺も反対の立場なら驚くし。
「仕方ない。ここは賭けに出るとしよう。あいつは管理者権限による支配を受けていないと言っていた。だが、肉塊の命令をしっかりとこなそうとしている。雫と同じ性格をして責任感があるんだ。見た目からは想像できないが」
「わかったのじゃ。それならば主様の護衛は雪花ちゃんに任せておくがよい。仕方がないので、一緒の寝室にもしようぞ。もちろんベッドは別々じゃ」
照れの欠片もない顔で提案をしてくる雪花。真面目に護衛をしてくれるようだ。雪花が護衛ならとりあえずは大丈夫かもしれない。無駄なら、もう既に俺は殺されているだろうしな。
これは簡単な問題でもあることに気がつく。俺を殺そうと思えば、ティアは身を隠して不意打ちをいくらでも仕掛けることができた。わざわざ俺の前に姿を現す理由はない。あるとすれば、それこそ房事中に命を狙うことだけだ。コピー元の雫っぽくないが、その可能性は捨て切れない。
即ち手も出せないというわけだ。この少女、考えてやがるぞ。
「ティア。お前を養おうじゃないか。天津ヶ原特区に建てられたホテルのスイートルームを用意してやるぜ。そこなら良いだろ?」
「え〜? こんなに可愛らしい娘を自宅で住まわせないんすか? 私なら条件次第でムフフなことをできますよ。ぱふぱふとか」
雫と話し込んでいたティアが俺へと不満そうな顔を向けて豊満な胸を見せつけるように腕を組むが、懐に入れるわけ無いだろ。監視をつけて離れた場所に住まわせるぐらいだ。
「ぱふぱふは危険ですよ防人さん。騙されてはいけません。カッコ良さが上がる可能性はありますが、防人さんの魔王スタイルはカッコ良さがカンストしているので必要ないです」
プンスコと怒る雫さん。妹の強固な装甲を憎々しげに見ている。が、なにか気になることも言ってきた。俺は魔王スタイルなんかしたことはないぞ。
「この条件が通らないなら、普通に放り出すだけだ。養う気はない」
「わわっ。わかったす。それじゃスイートルームで暮らすことにします」
慌てて頷き、充分ですと喜ぶティア。輝くような笑みを見ると美少女だとは思うが内面が酷すぎる。いや、それは考えてはいけないかもな。それを考えるとパートナーまで……うん、止めておこう。
まぁ、監視とも言えない監視になるだろうが必要経費として受容しよう。事実は小説よりも奇なりと言えばいいのかね。やれやれだ。
後日、天野防人が愛人を囲い始めたという噂が立ったのであったのだが。畜生め。




