285話 後片付け
神奈川県の廃墟街地区はあまり手を付けてはいなかった。信玄と馬場、真田たちが外街から外縁を回って、一応廃墟街の主要な拠点は制圧し天津ヶ原特区に集めたのだが、小さな拠点は制圧しなかったのだ。
支配を免れた運の悪い拠点に住む人々は噂話に天津ヶ原コーポレーションと特区の話を聞いてはいたが、仕事にありつけて、食べ物も手に入り、住居も用意されて安心して住める楽園という、あまりにも夢のような話に真実だとは思わない者たちが多く、移動せずに隠れ住んでいた。
無理もない話だ。胡散臭い話に聞こえるからな。奴隷として集めているといった話の方がまだ信憑性がある。
俺だってそんな話を聞いたら嘘だと考えるに違いない。真偽を確認するには廃墟街の人々は内街は通れないので、関東を遠回りにぐるりと回って移動をして、北東部にある天津ヶ原特区まで足を運ばなければならない。そんな余裕は廃墟街の住人にはないので、彼らはよくある都市伝説のように天津ヶ原特区の話を聞き流していた。
そうして手つかずの廃墟街に隠れ住む人々の中に織田信広は廃ビルを利用して隠れ拠点を作っていた。
ご丁寧にも、証拠を消すためにビルが崩れるようにダイナマイトも仕掛けておく周到ぶり。そして、信広自身の強大な戦闘能力により、周囲も破壊されて瓦礫となり、隠れ住んでいた者たちは、慌てて避難をする羽目となった。
「全く困ったもんだぜ。やれやれというべきだな」
「防人社長もやりすぎですよ、仕方のない御方ですね」
俺が肩を竦めて、信広の凶行を嘆くと、穏やかな声音で目の前の優しげな女性が苦笑しながら魔法を使用する。
『再生』
パアッと白い柔らかな光が俺を包み込むと、傷だらけであった俺の身体が癒やされて、心臓以外の刀で貫かれた穴が塞がっていく。『マナ変換』は急所への攻撃はなかったことにしてくれるが、他の傷はそのまま残るから出血多量で死ぬところだったぜ。
「ありがとうな、聖。急に呼び出してしまって」
「いえ、防人社長のためならば、この程度はたいしたことではありません。魔法使いの身体は脆いですからね、お気をつけください。護衛がなにをしていたのか気になるところですが」
目を瞑り、か弱そうに顔を俯けて答えてくる聖。最後のセリフを言う際に、僅かに目を開きじろりと見てくるので不機嫌そうな感じを伝えてくる。
『男と男の戦いだったんです。戦いが終わったら、握手をして後は親友になるイベントだったんですよ。なのでか弱い美少女の雫としては、夫の勇姿を見守る他なかったんです。決闘ってそういうものですし』
自分でもまずいと感じているのか、少し支離滅裂な感じで雫が両手を振りながら慌てて答える。どうやら俺がここまでダメージを負うとは考えていなかった模様。
『喧嘩から決闘へと切り替えないでください。仕方のない人ですね。護衛なんですから、今度からは護衛として雇用主が無理を言っても、代わりに戦うように。護衛なんですから』
『たまにしか顔を見せない人が牽制してきても、別に私は気にならないですが、妻として守りたいと考えます。護衛ではなく妻として』
護衛護衛と牽制球を投げてくる聖女へと、平坦なる胸を張って雫さんがふふふと得意げに笑みを浮かべて打ち返す。イラッときたのか、ピクリと聖は肩を震わすが、特に反論しなかった。大人である。
「まぁ、その体型ではおままごとになるでしょう。それよりも怪我人を治しますね、防人社長」
前言撤回。さり気なくディスる聖さんだが、じゃれ合うことはなく、俺を治癒すると周囲へと視線を向ける。周りには多数の怪我人が屯しており、こちらを見ている。たんに見てるだけではない。猫娘が炊き出しと怪我人を治すにゃあと周囲へと叫びながら駆け回った結果だ。花梨には助けられたのでお礼を渡さないとな。
聖が治癒魔法をかけるべく、集団へと歩いていくのを見ながら、これからのことを考えて、少し寂しく思いながら呟く。
「陽子はこれからは距離をとるだろうな」
何しろ父親を殺されたのだ。俺のマフラー役は終わりだろう。そのことに少し寂しく思うが、信広を殺したことに後悔はない。あいつは危険な奴だった。放置しておけば、いつか天津ヶ原コーポレーションの人間を殺すこともするようになっただろう。
現実は世知辛い。アニメや小説のように、あと一歩で強敵を逃して、後々の憂いになるような展開はないのだ。確実に邪魔な奴は殺す。危機一髪で助けにくるヒーローはいない世界なのだから。
「んにゃ、防人の罪悪感を利用して、近づいてくる未来が視えるにゃん。きっと織田家を復興するために、今回の出来事をフルに活用するにゃんこ」
宣伝を終えて、俺のそばに来た花梨はなにを甘いことを言っているんだにゃんと、珍しいものを見てくるように俺を見上げてくる。
「現実は世知辛いよなぁ。憎んでくれりゃ話は早いのに」
最悪だ。俺の目にも悲しげな瞳を浮かべて、自分に融通をしてもらおうと近づいてくる狐娘の姿が幻視できちまうじゃんね。
「謀略を繰り広げた挙げ句、負けた父親を殺した相手を愛するあちし、葛藤の中で男を選ぶのにゃ〜。そんなヒロインにゃんて、お話の中だけで、この世にはいないにゃん。いるかも知れないけど、普通は娘も何も親のしていることを知らないにゃんてあるわけにゃいからにゃんにゃん」
両手を胸の前で組みながら、くねくねと身体を揺らして、にゃんこはにゃんにゃん踊りをしながら、からかうようにニヤニヤと笑う。たしかにそのとおりだ。きっと陽子はこのことを武器にするだろうよ。
「現実を教えてくれてありがとうよ。これはお礼だ」
「ふかーっ! 優しく尻尾を撫でるのも禁止にゃー!」
「逆毛に触ると嫌がるじゃねーか」
「にゃーん! 防人の頭文字はSにゃん! ………ニャうーん」
尻尾を掴んで優しくサワサワと撫でてあげると、なぜかふにゃふにゃと力を失い腰砕けとなり座り込み真っ赤な顔で息を荒らげる猫娘に癒やされる。あまりモフっていると、俺の守護神が破壊神になるので、良いところで止めておく。
「さて、精神も癒やされたことだし、俺も炊き出しを手伝うことにするか」
『そうですね、私の精神は荒ぶっていますが?』
死者は出なかったよなと、周りを見ながら花梨の尻尾を離す。なぜか俺の目の前でピコピコ尻尾を振ってくる花梨。もう少し撫でてほしそうな残念そうな顔をしているような気がするが、仕事の時間だ。だから、守護霊よ、治まり給え。
「さて、炊き出しの準備、死者がいないか確認だ」
予め使い魔で信広の拠点の周囲を固めていたので、死者は出なかったはず。怪我人は逃げる最中に転倒した、飛んできた破片により傷ついた、などなど。万が一死者が出ている場合は残念だと心痛な表情でお悔やみを口にする予定だ。
あぁ、火事場泥棒をして死んだ奴らは別枠な。死んだとしても死ぬ可能性を考慮して、他人の荷物を漁っていたんだろうし。廃墟街では普通の行動だが、そこまでは俺も責任は持てない。
「炊き出しだぜ〜。今なら天津ヶ原特区へ向かうバスもあるし、おまけとして古着に仮宿舎に半年住めるチケットもあるぞ〜」
「ありゅよ〜」
大きな寸胴鍋に仮称豚汁を作りながら、カンカンとお玉を鳴らす理子と幼女。炊き出しの手伝いをお願いしたらすぐに食材を持って現れたのだ。
しっかりと天津ヶ原特区へと誘うのも忘れない。ここらで炊き出しキャンペーンをやって、残った奴らも集めておくつもりである。
「傷ついた方々はお並びください。病気? わかりました。そちらも癒やしましょう」
聖が穏やかなる笑みで、周りへと告げながら魔法で癒やしていくと、遠巻きに見ていた汚れた服装の者たちの中で、小さな子供を抱えた夫婦が近づいてきた。怪我ではなく、子供の病気を治してもらいたいらしい。
「子供の熱が引かなくて……。あの治していただけますでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
『病魔退散』
熱で意識がないのか、真っ赤に火照る顔をしている子供に聖がそっと手を添えて治癒魔法を使う。温かな光と共に、子供の頬は熱が引き、ぱちくりと目を開ける。
「おねぇちゃんだぁれ?」
「ふふ。大丈夫そうですね。お腹が空きませんか? あちらで炊き出しをしていますよ」
不思議そうな顔で元気になった子供が首を傾げて尋ねてくるので、優しげな笑みで、豚汁かも知れない鍋の方を指差す聖。
「あ、ありがとうございます!」
「もう駄目かと……本当にありがとうございます!」
「いえ、お気になさらずに」
嬉しそうに涙ぐみながら、感謝の言葉を口にして両親が頭を下げてくるので、ニコニコと微笑み聖は次の人を呼ぶ。こうやって見ると、聖のファンが習志野シティに多数いる理由がよくわかる。
それを見て、わぁっと多くの人々が並ぶ。本当に治してくれるのか疑問に思っていたのだが、聖女様の後光にやられたのだろう。信じることにした模様。これで聖女のファンが益々増えるんだろうなぁ。
味噌汁の香る鍋に集まり、美味そうにハフハフと食べる人々は、毛布を受け取り、特区行きの話を聞いている。ここには100人程度しかいないが塵も積もれば山となる作戦だ。地味に人口を増やしていこう。
『今回の報酬はこの人たちですか』
『だなぁ。一文にもならない仕事だと思ったが、少しでも報酬が手に入って良かったぜ』
どんな時でも利益を求める防人である。戦って勝利したことで満足はしないのだ。
炊き出しを手伝おうとしたら、疲れているだろうから離れていてくれよなと、にこやかな笑みで俺を隔離する理子の言葉に従い、和気藹々と飯を食べる人々を見守る。俺って、そんなに怖いかね? どこにでもいる小市民の男に見られないかな?
なんにしても、瓦礫の上に座りながら、手持ち無沙汰に人々を見守り欠伸をする。結構マナも消耗した。信広はたしかに強かった。あいつが武人なら、俺の部下にしようと画策したんだがな。残念だ。
今後のことへと思考を向けて、考え始めていると
「あの……こんなもんを拾ったんすが、お金になりますかね?」
コロコロとした可愛らしい少女の声が聞こえてきたので振り向く。
そこには土埃で汚れたパーカーを着込むスカートを履く少女が立っていた。かぶっているフードから覗く顔は可愛らしい。灰色の髪と灰色の瞳をしており、くりくりとしたその瞳はおどおどとしており、俺を怖がっているように見える。
その手には刀がある。信広が持っていた真ムラマサだ。
「これを拾ったんですけど、高価そうなんで……貴方なら高く買ってくれるかなぁって思ったんです」
エヘヘと口元を緩めて抱え込んでいる刀を見せてくる。倒した際に落ちていったのを拾ったんだろう。鞘はなく剥き出しである。
たしかに内包するマナは大きく、一般人が見ても高価だとは考えるだろうな。高空から落ちても、刀身に歪みはなく、その刃に曇り一つない。
『真ムラマサ。魔法をも断ち切り、その切れ味は山をも切り裂くと言われています』
『雫の新装備に良いか?』
『ちなみに呪われているので、鞘が無い状態で持っていると、レベル4以下は気が狂って殺人鬼となります』
『へー、ソウナンダ』
「あの私も天津ヶ原特区のことを色々聞きたいんですが、教えてもらえますか? その分、この刀を売る金額から差し引いて良いので。私は成り上がりたいんす」
俺へと媚びた笑みで話しかけてくる少女をジト目で見てしまう。それと剥き出しの真ムラマサも。
マジかよ。よく見ればこいつ俺の神級を防いだ少女じゃね? 服装が全く同じなんだが。
この場合、俺はどんな顔をすれば良いんだろうか。
『笑えば良いと思いますよ』
『笑える返答ありがとうよ』
嘆息しつつ、どうするかを考える。いや、本当にどうしようかなぁ。とりあえず服を買ってやるか。
 




