281話 暗躍
暗殺者とは困ったものである。幸いにして勝頼たちは無傷だった。ガタガタ軋む車がまさかバズーカを防ぐほどの防御力を持っているとは思わなかったのだろう。
「もしも車に乗っていなかったらやばかったな」
「どこらへんがやばかったのじゃ?」
コテンと首を傾げて、不思議そうな顔を雪花が見せるが、やばかっただろ。
「生身でもバズーカの攻撃を受けても傷一つ負わないことがバレるところだったぜ。勝頼と純には闇蛇の護衛をつけているんだ。切り札としてのカードがバレるのは痛い。せめてバレるとしても銃弾を防げる程度だと相手には思ってもらいたいからな」
「そういう意味のやばかったなのじゃな……」
レベル7のコア持ち闇蛇は『反応吸収装甲』を使えば、ほとんどの攻撃を跳ね返す。相手のエネルギーを吸収して、そのエネルギーを爆発力に変化させて弾くのだ。
この場合、2割程度のエネルギーしか吸収できないが、従来の装甲の硬度と、2割程度でも弾き返す爆発力があれば無効化はできる。弾き返すだけなら同じエネルギーは必要ないからな。
ただ、取っておきの切り札だ。相手にバレるようなことはしたくなかったので、本当に良かったぜ。
「兄貴? 今大切なかわいい弟分の名前が抜けてませんでしたか? ねぇ、兄貴?」
「純、これを知っても悪用はするなよ。酒場で見せびらかしたり、自慢げに話したりとかは禁止だからな」
「うん! 秘密なんですよね、わかりました」
素直な純はコクリと頷き約束してくれる。
お調子者の大木はあらぬ方向へと視線を向けて、やっぱりなんでもないですと呟いた。
「冗談はさておき、無事で良かったぜ。死んでしまうと、経営が成り立たないしな。これから面白いこともたっぷりとあるんだ。今まで苦労した分、楽しまないといけないからな」
廃墟街から成り上がってきているんだ。人生を楽しまないといけない。もう今日の食べ物を気にして、明日は目を覚ますことができるかなんて心配はないんだ。
「もう少し人が増えないと、人生を謳歌はできなさそうですがね」
勝頼が苦笑いをする。たしかに人手不足は否めない。全然人が足りないのだ。あんまり内街の人間を中枢に入れるのも躊躇うし。こればかりは部下に経験を積ませて育てていくしかない。
問題は、天津ヶ原コーポレーションの成長に人がまったくついていけないということなんだが。
「なので、暗殺者は困るぞ。闇蛇には銃弾は効かないと予想しての攻撃だよな?」
「うむ……内街に殺し屋集団がいない方が不思議ではないか?」
信玄が日本酒を片手に、燻製肉を齧りながら言ってくるが、そのとおりだ。だが、なぜ今なんだ?
「今更だよなぁ。俺たちを殺すタイミングはたくさんあっただろ」
ソファに深くもたれかかり、心底不思議だと首を傾げてしまう。
『小説とかなら、暗殺ギルドの気が狂った実力者とかが襲ってきてもおかしくないですよね。でも、鉄砲玉でもあるまいし、本当の実力者って、顔も名前もわからない、そして冷静沈着な頭の回る人だと思うんです』
『血のついたナイフを舐める殺し屋や、僕は善悪がわからないんだと嘯くのに、悪いことばかりする明らかに善悪がわかっているだろ的なショタとかはいないものだよね』
雫とセリカが思念で現実を教えてくれるがそのとおりだ。そこまで世界ってのは面白くない。現実は世知辛いのだ。だからこそ、バズーカなどという思い切ったド派手な攻撃には疑問が残る。
「防人しゃんはあたちがまもりゅ!」
「グハ」
プリンアラモードを食べ終えた幼女が、寝そべるセリカを踏みつけながら、俺の膝の上が定位置なんだよと飛び込んでくる。巣作りをする鳥みたいな幼女は、そのまま丸くなってお昼寝タイムに突入らしい。ペチペチセリカの頭を蹴って追い出すことも忘れない。寝るのに邪魔な模様。哀れセリカは追い出された。
とはいえ、理由はわかった。殺し屋は来てたようだな。俺が知らなかっただけで。不落要塞に手を出した人間はそれなりにいたのだろう。いや、今もいるのだろうよ。それでも疑問は残る。バズーカとか、思い切り良すぎだろ。
日本酒を手土産に情報通の所に挨拶に行くとしますか。
「で、儂の所に来たわけか。その土産はいらんぞ」
所変わって、足利家に俺は訪問していた。しっかりとアポイントメントはとって、尊氏の爺さんに会いに来たのだ。
畳敷きの居間に案内されたら、爺さんは既に酒を飲みながら待っていた。日本酒の熱燗をお猪口に注ぎながら、ニヤニヤと人の悪そうな笑みで待ち構えていた。
善人たる防人さんとしては気をつけないと騙されたりするので気をつけねばなるまいと土産を押し付ける。
「せっかく持ってきたんだから、受け取ってほしいところなんだが。会うのは久しぶりだろ? 土産も少し良い物にしたんだ」
少し良い土産にしたんだ。受け取ってくれと畳に放り投げる。ドサリと重い音をたてて土産は転がると
「足利様! これは違うんです。ちょっとした行き違いがあったんですよ!」
オークに似た男がブヒブヒと鳴く。生きの良い土産だろ? 死にたくないので、必死なのだろう。影糸でがんじがらめにされておりながら、バッタンバッタンとうるさく畳の上で跳ねまわっているので少しうざい。
「内街でも話に登ってやがるぞ。天津ヶ原コーポレーションの幹部を狙ったとな。しかもバズーカとはやりすぎだ」
爺さんが笑いながら豚のような男、さっきお願いして連れてきた練馬所長を笑い飛ばす。本名はなんだろうか? まぁ、所長で良いか。
「違うのです! たしかに取引がうまくいかなかったために、部下になんとかしろと八つ当たりしました。しかし天津ヶ原コーポレーションの恐ろしさは知っています。殺そうとすれば殺されてしまいます!」
豚さんは必死に弁明するが……。たしかに研究所に会いに行ったとき、普通に仕事をしていた。苛ついて部下を罵りながらも、特に危機感を持っていなかった。俺の部下を襲ったのだから、荷物をまとめて逃げようとするか、シェルターに隠れようとしてもおかしくないのに。
「本当のことだろうよ。バズーカなど使ったのは、宣伝だな。天津ヶ原コーポレーションをも恐れないという」
尊氏の爺さんは意外なことに、豚さんの弁明を聞いて、つまらなそうに酒を飲みながら、話を受け入れる。というか、なにか知っていそうだ。
召使いがお猪口と酒とつまみをもってくる。転がり喚く豚を路傍の石のように気にすることなく運んで行くので、なかなか召使いも良い性格をしていると言えよう。爺さんの部下だけはあるぜ。
「で、最近疲れが酷くてな。物忘れが酷いんだが良い特効薬はないか? 縫製関係の情報とかは良い薬になるんだが」
爺さんはもっと酷いがな。情報を耳に入れるのが早すぎるだろ。花梨に聞けば良いんだが、その場合はこの豚さんの後処理に困るんだよなぁ。
「で、条件は?」
ジト目になって嘆息しつつ酒を飲むと、爺さんはニヤリと狡猾そうな笑みになる。相変わらず良い性格をしてやがるぜ。
「工場の設置、薬品関係と機械の手配が必要じゃねぇか?」
「はいはい。了解だ。どうせ俺の伝手じゃ数を揃えられないからな」
大量生産をするための伝手がないから問題はない。尊氏の爺さんもその点を知っているから、無理のない提案をしてきやがるぜ。
尊氏も受け入れられるのは想定内だったんだろう。とぼけるように酒のつまみを口にする。
「最近不景気な会社が危険と知りつつ、やったんだな。まさかのバズーカとは笑うしかないがな」
「不景気な会社?」
そんな会社があるのか? バズーカを持った会社ってどこだよ? ………武器を持った不景気な会社ね。
「もしかして警備会社か? だが内街の警備へは俺は手を出していないぜ。冒険者ギルドの護衛任務は天津ヶ原特区と外街メインだぜ」
「さすがは話が早いな。内街の警備会社ってのは、私兵でもある。家門の直属の私兵だ。軍の兵士が兼業もしている、な」
「あぁ〜。没落した家門が多くて職を失ったか? そのままおとなしく軍人をしていろよ」
徳利を手にして、尊氏のお猪口に注いでやりながら呆れてしまう。警備会社がそんなことをするのか? 馬鹿じゃないか?
「スキル持ちが本格的に台頭してきている。どこかの小娘が下級スキル持ちを集めてご立派な警備会社を作り始めているのを知らないのか? 奴らは危機感を持ち始めている。警備会社だけでなく、軍人もそうだ」
「下級か。スキルレベル2だと、普通の人間をあっさりと超える力を持つからなぁ。というか、セリカは裏でそんなことをしているのか」
「内街は今や戦国時代だからな。その中で神代コーポレーションはナンバー4になろうとしている。武力、財力、権力においてな。財力はあるから武力と権力を手に入れるべく裏で動いているぞ。お前の女のやることぐらい把握しておけ」
「束縛しない性格なんだ」
セリカのやることは知っていたが、周りが危機感を覚えるほどだったか。スキル持ちは動きからして普通の人間と違うからな。銃弾であっさりと死ぬレベルだが、それでも基本能力が違うとなると、戦闘力に大きな差ができてしまう。
「これまではスキルレベルの高い奴らは佐官として扱っていたが、今はどこかのコーポレーションが売り出したスキル結晶のせいで、珍しくなくなってきている。だから危機感を持ったんだろうよ」
「スキル持ちと一般人との格差ができていると。だが、進化した人間と普通の人間といった格差じゃない。普通に買えるし、普通の人間もスキルは持っているからなぁ」
レベルは上げられるし、買うこともできる。格差は埋められるというわけだ。金か努力が必要だけどな。
「そうだな。なので、危機感を持つのはおかしい。不満を持った軍人はスキル結晶を買えば良いんだよ。儂が口を利いてやってもいいしな」
ちゃっかりしすぎている爺さんだな、まったく。
「爺さんの勢力を伸ばすための手段にするなよ。だとすると不自然な話だ。バズーカを使って、スキル無しでも戦えるアピールか?」
スキルレベル2どころか、4レベルでもバズーカ砲を喰らえば死ぬぞ。アピールするにしては変だ。使う武器が強すぎる。子供でもバズーカを持てば強くなるだろ。
「没落した家門の私兵が集まって、連合を作った。名前は徳川連合らしい。笑えるだろ? スキル持ちに打ち勝つとのスローガンを出しているらしいぜ。そいつらもスキルを持っているのにだ。廃墟街の成り上がりものである天津ヶ原コーポレーションに対抗するために、有志よ集えとの噂だ」
「徳川連合ねぇ。そういや徳川を名乗る奴はいなかったな。で、徳川連合か。天津ヶ原コーポレーションを目の敵にしているのか……」
廃墟街の成り上がりものを倒すとは、良い目標だこと。後は味方同士足の引っ張りあいを止めましょう、か?
「この場合、問題は多くの没落した家門、没落しそうな家門が参加しているところだ。倒すのは無理だぞ。一族郎党を殺すのは大昔の話だけだしな」
俺をなんだと思っているわけ? そんなことをするわけ無いだろ。優しい防人さんと近所には人気なんだぜ。とはいえ、数が多いのは厄介だ。
「落としどころがわからないってことか。で、この所長は火蓋を切るのにちょうどよいきっかけに使われたと」
「足利様、天野様! 私はお役に立ちます。どうでしょう、研究所を支配するのに私はお役に立ちますよ!」
めげないオークさんである。まだ自分の地位を守りたい模様。
「この状況でお前さんを所長のままにしておくわけねぇだろ。新しいポストを用意しておいてやるから、命が残るだけでも有り難く思うんだな」
爺さんのトドメのセリフに肩を落として静かになる豚を横目に俺は考える。
「徳川連合は誰が音頭をとっているんだ?」
「それがなぁ………船頭が多いんだ。だからこそ動けないと思って、特に気にしなかったんだが……裏で動いている奴がいるらしい。それが誰かわからないんだ。こんなことをやっても一文の利益にもならないはずなんだが」
テロリストが大層な目標を標榜しても認められることはない。没落した家門は完全に消えてなくなるぞ? この話は不自然極まりない。この状況で利益を出すのはどこのどいつだ?
「裏でねぇ……姿を見せない怪しい奴が動いているのか」
わからないな。爺さんもわからないほど巧妙に隠れている奴がいるのか。
………姿を見せない暗躍者か。それだけ巧妙ならやり手の人間なのだろうよ。
「姿を完全に見せないか。そのやり方から正体を推測できないか?」
「没落した家門の中でか? そういったやり方を得意とする奴ねぇ」
二人で首を傾げて考え込む。没落した家門の中で、主導権を握りつつ、姿を現さない奴ねぇ。
「1人いたな。その娘も知っているぞ」
ポンと手を打つ。思い当たる人間が1人いるぞ。元ナンバー4だった奴だ。マフラーとして大切にしている娘に話を聞いてみるとするか。なにか知っているかもな。




