276話 掌握
金田は乾いた笑いを見せて、人類を滅ぼした竜をあっさりと倒した少女を見つめた。
「ハハハッ! 素晴らしい! 人類を滅ぼした竜たちを、いや、元凶を倒すとは! 信じられん!」
狂ったように叫び、少女が手を翳すのを見続ける。そして、目の前に現れた光景にギョッと驚き、目を剥く。
なにをしているのかは、すぐに理解できた。理解したくはなかったが、理解できてしまった。それだけの光景が目の前に現れていた。
「ハハハッ。そうか、そうだったのか。なぜ人類が……。こうまで変化したのか、理解した。なぜ誰もこんな簡単なことに気づかなかったのだ!」
狂ったように笑う金田へと、少女がため息をついて顔を向ける。
「とってもうるさいのですが。私は面倒くさいですが、この世界の管理者権限を回収しているのです。面倒くさいですが。少し黙っていてくれませんか?」
予想外に自分の言葉に反応を示した少女に、金田は驚きつつも、思考を回転させて、対応方法を考えてニヤリとほくそ笑む。
「すまないね。いやぁ〜死んだかと思ったんだ。おっさんは危機一髪の状態だったからね。あぁ、私の名前はオモイカネ。助けてくれてありがとう。君の名前はなんと呼べば良いのかな?」
「う〜ん。そうですね。名は体を表すと言いますので、シゼンで良いです」
多少考え込んだあとに、少女は自らの名前を決めたようで、答えてくる。シゼンとはふざけた名前だと金田は内心で思うが、おくびにも出さずににこやかな笑みで頷く。
「良い名前だ。見たところ、あちらの世界の神……生まれたての神で良いのかな?」
「私はシゼンです。神ではありません。完全無欠なる神には興味もありません。闘争こそが私の自然体。完全無欠だと成長しないではないですか」
神なのかと問えば、かぶりを振って否定し、気になることをシゼンは口にした。そして、金田に興味を失ったのか、再び世界の掌握を進めるべく背を向ける。闘争こそが自然体とはよく言ったものだと、金田は何故この存在が生まれたのか理解した。
戦い続ける人と魔物。人と人。自然と人。全てにおいて闘争が行われる世界から生まれたのであろう。金田は傷を癒やしつつ、立ち上がり両手を広げる。
「闘争こそが自然体か。君の存在意義が私にはよくわかる。ならば、闘争を続ける必要があるのでは?」
空中に紅葉のような小さな手を翳して、世界の掌握を進めるべく、テキパキと処理をするシゼンへと尋ねると、ピクリと身体を震わせて、多少の興味を持ったのか金田を横目で見てきた。
ここが肝心だと、金田は口調に熱をこめて話し掛ける。なに、今までも学会を始めとして、軍部の作戦会議などでも、自身の提案を押し通すべく幾度となくプレゼンをしてきたのだ。生まれたての赤ん坊のような少女を言いくるめることなど造作もないはず。
内心、このビッグチャンスに狂喜しつつ話を続ける。
「シゼン君は闘争が存在意義。とすると、今やっているような猥雑な仕事はしたくないのでは?」
彼女は世界の掌握が面倒くさいと口にしたのだ。きっと上手く行くはず。
「………続けてください」
手の動きを止めて、金田を見てくるシゼンに、興味を持ったのだとほくそ笑み、話を続ける。
「世界の管理者権限の一部。ほんの一部で良いんだ。私に委任してくれないか? なに、猥雑な仕事をおっさんが肩代わりするよ。おっさんはそういう仕事が得意なんだ」
口調に熱が籠もり、身を乗り出して、金田は話を続ける。傀儡の神を操り、世界を管理する代行者。もはや神と言っても過言ではない存在に自分はなれると興奮する。滅亡した人類も復活させることができるかもしれない。できなければ、あちらの世界で神の代行者をすれば良い。
闘争しか頭にない空っぽの神など、いずれ名前を知られることなく消えていき、自身が崇められる。そんな夢想をして、笑みが零れてしまう。
だが、次の言葉が余計であった。
「なに、君の相手も創り出すよ。強くて君を満足させることのできる存在だ。これでも私は人類の中でも優秀でね。神機と呼ばれる強力な機体を創ってきたんだよ」
完全なる提案だと、自画自賛して金田はシゼンの反応を見る。興味を持って、少なくとも試験的に使ってみようとシゼンは考えるのではと、金田は予想していたのだが。
意に反して、シゼンは深いため息を吐き、かぶりを振って返してきた。
「わかっていないようですね。自分の力で創った敵を倒す? 設定も何もかも理解して、その限界もわかっている敵を倒す?」
「せ、設定は君に内緒にしようじゃないか。驚きの設定で創造を」
予想した反応と違う少女に、金田は早口となり説得をしようと焦りを見せる。
「私は先程のトカゲさんのように、箱庭の人形と闘うつもりはありません。私が求めるのは……私の管理できない敵なんです」
「べ、別の世界の扉を開く研究をしても良い! 神の如き君の力ならば、可能になるはずだ!」
「わかっていませんね。私は既にその敵を知っています。今はまだ私に劣りますが、すぐに全てを呑み干して、私に会いに来るでしょう。なので、貴方はいりません。さようなら、よく喋る人形さん」
「ま、待て! 待ってくれ! 役に立っ――」
「それに少女の裸体を見続けるのはいけません。ちょっと不愉快です」
シゼンは軽く腕を振り黄金を巻き起こす。金田は最後まで言うことはできずに、黄金の風に触れると溶けていき、灰も残らずに消えていくのであった。
欠片も残さずに消えた金田を、なんの感情を見せることもなく、シゼンは見送ると世界の掌握を進め、しばらくして終了した。
そうして、ふわぁとあくびをして、自身の裸体を見直すと、ウンウンと頷く。
「私のスタイル抜群にして、幼さもある魅力的な裸体を見ることにより、戦闘どころではなくなっては困りますね。相手は男ですし」
指を振ると、黄金の粒子が吹き出して、シゼンの身体を覆い青いワンピースへと変わった。特にフリルも刺繍もなく、神秘的な力といえば破れにくいだけの服であるが、気にすることもなく満足してシゼンは歩き始める。
「私が求めるのは強敵。私が今の殻を壊せる程の強敵。完全無欠などはいらないんです」
キョロキョロと辺りを見回しながら呟き、しばらく歩くと目的地に到着した。
そこは要塞でも、一番大きなスタジアムであった。居住用コロニーとして作られたとはいえ、数万人が入れるほどのスタジアムを作るとは馬鹿げているが、人々は娯楽施設を作ることに躊躇いはなかった模様。きっと滅亡すると薄々気づいていたので、施設の建設に労力を惜しまなかったのだろう。
スタジアムの中心で、シゼンは手を振る。と、黄金でできた玉座が創られたので、長すぎる髪の毛を踏まないように気をつけてシゼンは座る。
「ショートヘアの方が良いでしょうか? でも髪も武器になりますしね」
自身の床まで伸びている艷やかな黒髪を撫でつつ呟きながら、背もたれにもたれかかり、肘をつくと瞳を閉じる。
「世界の力を持つ私と、人の想いの力を持つ貴方。雌雄を決するその時まで、私はここで楽しみに眠りましょう。ティア、遊んで良いですよ」
鈴の鳴るような可愛らしい声に、楽しそうな思念が返ってくる。
『ウシシ。任せてよ。きっと天野防人を倒してみせるから。なんちゃって。それだとやられ役のフラグだよね。任せてね、天野防人と遊んで子供まで作るから』
楽しげで悪戯そうな思念に、薄く笑うとシゼンは眠りにつく。今度出会った時は戦う時だと決めて。
きっと天野防人はこの世界を訪れると、確信にも似た予想をしつつ。
創造者からの思念は切れた。ティアは廃ビルの屋上の錆びた鉄柵に座り、脚をぶらぶらと振りながら楽しげに嗤った。
「まったく私に制限をつけていないのに、命令をしてくるなんて、本当人が好いというか、無頓着というか……でも少女の姿をとるなんて意外だったなぁ〜。やっぱりビジュアルも最強を目指しているんすかね。胸が大きかったし」
なんか予想外だったなぁと、脚をぶらぶらと振る。二枚目の男性とか、カリスマ溢れる美女とかを予想していたのに、幼い少女とは予想外であった。が、そこで思い直す。
「天野防人と対を為すお姉ちゃんを参考にしちゃったのかも。だとするとわかるなぁ。参考にするのが、お姉ちゃんか天野防人だけだったんだろうね。でも、好敵手となる相手を参考にするのは嫌だったんだろうなぁ」
あまり良い考えとは言えない。自分よりも雫を模倣しすぎている感じがするのだ。視野狭窄になっていると言えよう。模倣は負けフラグなのだが。………それに、あれだけ姿を現さない慎重な創造主があっさりと姿を本体を現したのも気になる。あれは本物なのだろうか?
戦闘ではなくて闘争を司るのに、あの単純なお姉ちゃんを模倣するだろうか? なぜこの世界に戻ってこないのかもわからない。戻らない理由はもしかして………。
まぁ、シゼンちゃんのことを気にしても仕方ない。彼女は彼女だ。何かしら策を練っているのは間違いないが、自分には教えてはくれないだろう。それにまずは自分のことを考えねばなるまい。
私とシゼンちゃん、胸はどちらが大きかったかなと、思念を送る際に受け取った創造主の姿格好を思い出して、胸を寄せる。私の方が形はいいねと、自画自賛して、お姉ちゃんは少なくとも相手にならないなと、ウシシと笑う。
「さて、シゼンちゃんからは遊んで良いと言われたけど、どうしよっかなぁ〜。シゼンちゃんは私が防人に食べられることを望んでいるよね。性的な意味だと良いんだけど、たぶん違うよねぇ……」
見かけは少女みたいに変わったが、本性は肉塊の時のままだ。検証して観察をして、自身の糧にする。たとえ味方であっても容赦なくその命を消費させることに躊躇いは持っていない。
今は天野防人と自身の力には差がある。隔絶した戦闘力というほどでもないが、あの天野防人たちを全員相手にしても勝てると思う。
そして、だからこそ勝てないんだろうなぁと、苦笑いを浮かべてしまう。不可能を可能にして、倒せない相手を倒すことのできる男だ。もしかしたら、あっさりと負ける可能性もある。
「博多のダンジョン奥で待ち構えて、天野防人を倒す。……ないよね、たぶん、うわぁ馬鹿なぁとか叫びつつ、私は死んじゃう予感がするよ」
敵は成長する。しかもあり得ない速さで。そして、なによりかにより、狡猾だ。頭は良い方だと自負するティアだが、狡猾さでは確実に負けるだろう。
ティアが負けた場合、天野防人は情け容赦なく殺しにくる予感もする。よくあるハーレム主人公のように、少女は殺せないなとか手を差し伸べる優しさは見せてくれない予感がビシバシとするのだ。
コアが残れば、後から復活させてもらい、さり気なく天野防人の仲間になることもできる。現に天野防人の仲間の何人かはそんな感じで仲間になっている。
だが、シゼンちゃんはティアをコアから作らなかった。最悪なことに普通の人間として創ったのだ。死は自身の終わりを示す。たぶん天野防人では私を蘇生することはできないし、また、する気もないだろう。
と、すればだ。ティアの作戦方針は決まった。
「第1目標は敵の隙を狙う。まだダンジョンを創り出す程の想いは溜まっていないし、ちょこちょこ魔物を出して負けるみたいな、特撮ヒーローものの展開もなし。狙うは最高ランクのダンジョンだよ」
うんうんと拳を握りしめて、ティアは勝利する方法を考える。博多シティにあるSランクダンジョンも放置している様子から倒せると余裕を見せているのだろう。ならば天野防人は最高ランクダンジョンでないと倒せる確率は低い。
「第2目標は天野防人と仲良くなる。謝れば殺されない程度に。私の可愛らしい顔立ちと、豊満な肉体、そして無邪気でヒロインらしい性格の良さを見せれば、どんな男も……」
落とせるはずとティアは考えて、そこで気づく。これもまた負けフラグの予感がする。一番駄目なパターンだと。
自身が生き残れる可能性を残して、天野防人を殺す方法を考えるティア。雫をコピーしただけあって、そこらへんの頭も回る少女である。
「武力ではもはや人間では最強だけど、それだけじゃ、世の中回らないよね。だとすると、私のすることは1つ」
これなら大丈夫だと、強い決意の光を目に宿し、拳をぎゅうと握りしめて宣言した。
「天津ヶ原コーポレーションの仕事を手伝ったり冒険者として地味に活躍する。そして、天野防人と偶然を装い有能さをアピール。ともすれば、夜も有能なところを見せれば、殺すのに躊躇うはずだよ。それに敵味方で愛する二人は勝ちフラグ。お姉ちゃんは幼馴染フラグになるかもね。ウシシ。どうせしばらくは人間の想いを集めないとならないし、それで行こうかなっと」
これはナイスアイデアだと、もしかしたら敵らしくないけど、別に良いよねと思いながら、ティアは行動に移すべく、鉄柵から飛び降りる。
地上にスタンと降り立つと、まずは冒険者ギルドに行ってみますかと歩き出すのであった。




