272話 戦闘訓練場
先程まであった受付ロビーは姿形もなく、働いていた人間は蜃気楼のように消えていた。今は寂寥感がある市街戦場を模した訓練場があるだけだ。どうやら待ち伏せされていたらしい。
どこか不自然な感じがあったが、元から作られた幻影だったのだろうと、フォーチュンは納得した。
先制攻撃に失敗したが、めげる様子もなく、目の前でプラズマサブマシンガンを構えている少女はニカリと笑い、銃口を向けてくる。
「プラズマの超高熱で焼けちまいな!」
赤毛の少女が引き金を引くと、超高熱により光り輝くプラズマ弾がアレスたちへと向かってくる。普通ならば、掠らなくても側を通り過ぎただけで燃え尽きる程の高熱だ。空気を歪め、陽炎のように揺らめかせて、光弾は迫る。
だが、アレスたちは余裕を崩すことなく泰然として立っており、躱す素振りも見せない。余裕の表れはプラズマ弾が命中したことにより、あっさりと理解できた。
まるでシャボン玉のようにプラズマ弾はアレスたちに命中する直前に破裂して、泡のように消えていくのだ。
「無駄だ。俺にプラズマ弾のような豆鉄砲は通じぬ」
アレスは手を軽く振ると、その手に愛用の黄金の槍アンタレスを呼び出す。
「神槍アンタレスの威力を見よ!」
「へへーん。負けてばかりの神に誰が負けるか。『家帝用肉切包丁』よ!」
赤毛の少女が対抗して剣のように長い肉厚の刀身を持つ包丁を呼び出す。その包丁を見て、アレスはちらりと確認するようにフォーチュンへと視線を向けた。
何を知りたいかフォーチュンはアレスの視線から理解して、声高に教えてあげることにした。フォーチュンなら敵を看破するなど簡単なことだ。運命の女神は相手の素性を見ようと思えば、簡単に見透せるのだから。一部を除いてだが。
「そいつは料理に特化したシルキーの分体なのです。包丁技で戦うつもりなのですよ。他に少し離れたところに、ピンク髪と緑色の髪の少女が伏せているのです。さらに後方のビルの屋上にスナイパーライフルを持っている青髪の少女も発見。その後方に全身鎧のような強化装甲服を着た人間らしき敵がいるのです。強化装甲服の人間以外は分体なのです!」
「よくやったフォーチュン!」
慌てることなく、正確に敵の様子を確認できるフォーチュンに頼もしさを感じて、アレスはニヤリと満足そうに笑う。
フォーチュンの『運命』スキルは、自分を攻撃しようと考える敵と結ばれた縁を運命の糸に変えて、その糸から素性を暴く。攻撃態勢をとっているのは4人。いずれもフォーチュンを倒そうとする未来が見えたのだ。
そしてこの4人はシルキーが人手が足りないときに作り出す分体だとフォーチュンは見抜いた。以前よりも強そうではあるので、パワーアップしているように見えるが問題はない。
「ちっ! 厄介なスキルだな! これでも喰らいやがれ!」
『火炎龍』
あっさりと自身の正体がバレて舌打ちしながら、少女が目を険しく変えて、包丁を持つ手を振ると火炎が噴き出す。業火は少女を覆い尽くすほどの大きさに膨れ上がると、炎龍と化してアレスへと向かう。
だが、アレスはその様子を見て、冷笑で応えると地を蹴り少女と間合いを詰める。空気が煮えたぎり、呼吸することもできない程の高熱の空間であるのに、アレスは全く気にする様子を見せない。
それどころか、相手を馬鹿にするように鼻で笑うと一喝する。
「愚か者めっ。料理の手品で俺を焼けるかッ!」
『闘気槍』
紅き闘気で槍を覆い、軽く一振りすると迫る火炎の龍をあっさりと打ち消す。勢いを緩めることなく少女へと肉薄すると、腰だめに槍を突き出した。
『戦帝槍』
少女は肉切包丁を横に構えて受け止める。金属がぶつかり合い火花が散るが、残念ながら包丁は包丁であった。ヒビが入り砕け散ると、少女の体を貫通して大穴を開ける。
「チクショー! 強いぞ、こいつ!」
悔しげに叫ぶと、その姿は白銀の粒子へと変わり消えていった。白銀の粒子は辺りへと舞い散りキラキラと輝く。
だが、赤毛の少女をアレスが倒した時には、同時に二人の少女がビルの陰から飛び出して、攻めかかってきていた。
「最大火力がやられちゃった!」
「まだまだ! これならどうかしら。プラズマソーサー!」
ピンク髪の少女ががっかりした表情で叫び、緑髪の少女が手に持つ複数の金属の輪を投擲する。複数の金属の輪は空中でプラズマを発生させてアレスたちへと向かう。
「神に逆らうものへと天罰を!」
『加速翼』
背中から白鳥のような翼を生やして、メタトロンは残像を作りながら、プラズマソーサーを躱しつつ少女たちへと向かう。だが、加速するメタトロンの前にピンク髪の少女が立ちはだかる。
「必殺マジックペン!」
その手に御札を呼び出して、どこからか取り出したマジックペンでなにかを書いて空へと放り投げる。
『家帝内掟符 おうちで走るの禁止』
「なにっ!」
その符から生まれた白銀の粒子が雪のように降り注ぎ、触れたメタトロンは突如として加速がなくなり、闘技を無効化された。通常通りの速さとなったので、思わずタタラを踏んで体勢を崩してしまう。
『家帝製氷砲』
一瞬の隙を逃さずに、彼方で構えていた少女がスナイパーライフルに闘技を乗せてプラズマ弾を撃ち込んだ。闘技でコーティングしたプラズマ弾はメタトロンの頭を吹き飛ばし、その高熱で包むと焼き尽くし一瞬で灰へと変える。高熱により煙が発生し、頭が吹き飛ばされたメタトロンは不自然なことに、氷漬けになる。そのまま氷像と化して、力なく倒れ地上に落ちると思われたが。
「無駄ですよ、悪しきものよ。『メタトロン』の権能は不滅! 決して倒されることはないのです!」
煙の中から、倒したはずのメタトロンの声が唱和するように複数の声音で響いてきて、その姿を現す。大天使が余裕の笑みで煙の中から現れる。続々と現れるその数は百人近い。
「我らは分身にあらず」
「全にして個、個にして全」
「即ち、この私たちは全て本物となる」
「滅することが不可能。故に不滅。不滅のメタトロンなり」
手を突き出して、メタトロンたちは高笑いをすると、マナを集中させる。
「天使を殺さんとするものに天罰を!」
『天帝光砲:百連』
百の極太の白光が空気を切り裂き、遠く離れた場所にいたスナイパーへと向かう。慌てて青髪の少女は逃げようとするが、無数の光線は広範囲を焼き尽くし迫っていた。躱す場所はすでになく命中して、声をあげることなく、少女はその光の中に消えてゆくのであった。
「これならどう?」
『家帝ゴミ梱包』
緑髪の少女が手を振るい、辺りを埋め尽くすほどの糸を生み出す。メタトロンたちをその糸で梱包しようとしたのだ。
「糸には糸なのです」
『運命糸』
だが、フォーチュンが対抗して黄金の糸を生み出し、少女の糸に絡ませると、空気に溶けるように消えていく。運命の糸の力により、そのスキルは失敗したと判断されて消え去ってしまったのである。
「まだまだぁ!」
『家帝茶葉』
ピンク髪の少女が今度は茶葉を大量に生み出して、空中に放り投げて撒き散らす。
なぜ茶葉なのか、フォーチュンたちは意味がわからず混乱してしまう。だが怯んだのは一瞬で、メタトロンの横を通り過ぎて、アレスが二人の少女に間に飛び込むと、槍を回転させて闘気を発する。
「所詮は家事手伝い用の分体。俺に傷をつけることも叶わぬ」
『円陣槍』
クルリとバトンのように、アレスは手に持つ槍を回転させた。その回転は竜巻のごとく、風の刃を纏わせて、二人の少女を切り裂く。
「負けちゃった」
「やりますわね……」
赤毛の少女と同じく身体を白銀の粒子に変えて消え去り、辺りには茶葉と白銀の粒子が雪のように浮いているのみとなった。
「たいしたことはありませんでしたな。所詮は家妖精。万能に見えて、その実は攻撃力の無い力なき妖精です」
メタトロンが淡々と、事実のみを口にするといった感じで言うのを聞いて、フォーチュンは片眉をあげて答える。
「まだ本体を倒したわけではないのです。それにナジャが攻撃準備をしているのですよ」
フォーチュンの目には、遠方でキャノン砲を肩に取り付けた全身鎧のような強化装甲服を着た何者かが動き出すのを感知していた。
恐らくはあれがナジャであろうと見当をつける。ナジャらしきものはキャノン砲をこちらに向けて、ポンと軽い音をたてて、砲弾を発射させる。迫撃砲なのだろうか、山なりにゆっくりと近づく砲弾にメタトロンは肩をすくめながら言う。
「どうやらマナを凝縮した砲弾のようですが、あの程度の『マナバースト』では多少のダメージを受ける程度です。所詮はクラフト専用。いくら機械を操れても天使には叶いません」
「……そうか。俺はそうは思わないがな」
馬鹿にするメタトロンへとアレスが空に浮く白銀の粒子を手のひらに乗せて見せてくる。
「この粒子。おかしくないか?」
「ん? この粒子がなにか……しまった!」
焦りと驚きから初めて感情を顕にするメタトロン。アレスの手のひらにある白銀の粒子が、茶葉と思われるものと融合すると漆黒の禍々しい粒子へと色を変えていくのを見て、嫌な予感で顔を歪める。これは茶葉などではないと。
急いで防御魔法を唱えようとするが、目の前に舞い散る美しい白銀の粒子が全て禍々しい漆黒へと変わり、ナジャの砲弾が届く。
『漆黒の自爆人形』
どこからか思念が飛んできたと思った時には、目の前の漆黒の粒子は、砲弾が雷管に着火する鍵になって爆発すると、その爆発に連鎖するように膨れ上がり、メタトロンたちを呑み込み、大爆発を起こすのであった。
「敵の姿も見ぬままに!」
百体のメタトロンは苦悶と悔しさで顔を歪めて、なんとか逃れようとするが、抵抗虚しく闇に喰われるように消えていき……
轟音が響き、その強力すぎる威力により、作られた空間を揺るがすと、土煙が噴き出し隕石が落ちたかのようなクレーターを跡に残すのであった。
土煙が収まり、パラパラと土埃が降り注ぐ。クレーターにはメタトロンの姿は影も形もなく、アレスとフォーチュンがボロボロの姿で倒れていた。
少ししてクレーターの縁へと強化装甲服パラディンを着込んだセリカが辿り着くと二人を見下す。
「どうだい? 僕の人形繰りは? 人形繰りで一番強い威力なのは、自爆なのさ。僕の旦那様にお願いして、幸の分体に遅延爆発式暗黒魔法をかけてもらったんだよ。最後のキーで爆発を起こすように。その分体を人形繰りで補正すれば、あら不思議。強力極まる自爆ができる人形ができるというわけ。僕と幸の昔からの合体技だね」
血を流し、手足も折れて肉体もところどころ欠損している二人へとセリカはネタばらしをした。幸の分身を人形に見立てて操れば、ステータスは上がり、さらに自爆もできる。昔から二人は強敵にはこうして対応することがあったのだ。
「メタトロン。同時に倒さないと駄目な面倒くさい天使だよね。でも同時に倒すなら簡単な話、爆弾で全てを吹き飛ばせば良いんだ」
このパラディンは練習機じゃないしねと、くすりと笑いながらセリカはヘルメットを取り去った。ふわりと白銀の髪が外に流れていき、美しい顔が露わになる。
「で? 本当はいくつも罠を仕掛けていたんだけど、なぜか簡単に倒せたアレスたちはどうしたいのかな?」
メタトロンと違い、アレスたちは自爆人形を見抜いていた。火薬のように白銀の粒子が周りに撒き散らされたことに気づいているのに、なぜか対抗をしなかったのだ。無防備に攻撃を受けて、あっさりと倒れている。しかもわざわざ分体か確認しながら攻撃をしてきたのだ。不自然極まる行動である。
「もはや我らは動けぬ。国際法に則って捕虜の扱いを望む」
「この周辺は隔離してあるのです。あのアホの妨害もなく、監視役のメタトロンも死んだのですよ。さっさと管理者権限をクラックできるアイテムで私たちを解放するのです」
大怪我を負い、死にそうな姿なのに意外と元気なアレスたちのセリフに合点がいって、セリカはため息を吐く。どうやら最初からそれが目的だったらしい。こいつら、戦う気ゼロだったのだ。邪魔なメタトロンの手前、戦うふりをしていただけだったのだ。
「むふーっ。幸たちが勝利した。幸の新スキル『特化分体』の力! 勝利したので防人しゃんを呼んでくる! それでご褒美に褒めてもらう。空間結界の魔道具を破壊してくる!」
どこからか、結局姿を見せなかった幸の興奮した声が聞こえてくるので、すぐに防人は来るだろうと、セリカは肩の力を抜く。
「せっかく強力な装甲服に改修したのになぁ」
少し残念だと、息も絶え絶えな二人を見ながら、つまらなそうにセリカは呟くのだった。
ナジャとシルキー。この二人が防衛する時はだいたい敵は二人の姿を見ることなく死んでいく。特にシルキーはまったく姿を見られないことで有名であった。
そして、戦い方がいつも酷いことでも有名であった。
 




