271話 潜入
天津ヶ原コーポレーション本社ビル。廃墟街に住む人々の心の支えとなっているビルだ。周囲には未だに廃墟となっているビルや家屋もあるが、それも後数年で解体されてなくなるだろう。いや、今年中には綺麗に姿を消して、以前は廃墟だったなどとは、知らない者たちは思わなくなるだろう。
活気がある街並みなのですと、運命を司る女神フォーチュンは街を見渡しながら思う。以前の世界とは違う。多くの建物が建設中であり、寒空の中でも暑そうに汗をかきながら、作業員たちが忙しく働いている。
「そこの机はどこに搬入するんだっけ?」
「あのビルじゃねぇか? いや、この番地って合っているのか?」
建て終わったビルや家屋に家具を運び入れようと、配送業者らが伝票を見て話している。どうやら廃墟街の住所はあてにはならないらしく、困っているのもご愛嬌だ。
「焼きそば、焼きそばはいらんかねぇ〜。1個たったの300円。燻製肉をたっぷりと入れてあるから美味しいよ〜」
「串焼きはいかが〜。うちのは安全だよ。混ぜもの一切なしのお肉。ほっぺたが落ちるよ。たったの50円だよ〜」
作業員たちが客になるのを当て込んでいるのだろう。屋台も多く作られており、串焼きや焼きそばを焼いて、店主が声を張り上げていた。
なにやら口上が怪しい感じがするが、ちょっと食べてみるかと、結構お客もいる。エールがあればなぁと笑い合って一休みをしている者もいた。
それだけ本社周りは建設ラッシュが起こっていた。ひっきりなしに廃墟である建物の解体が行われて、瓦礫がトラックに積まれて運ばれていった。
途中で大ネズミやスライム、危険なところだとゴブリンが現れて、慌てて護衛の冒険者が武器を構えて退治をしている。
「そっちに行ったぞ!」
「了解だ! 『火矢』」
追い込んだゴブリンに魔法使いの男が炎の矢を放ち、怯んだところを前衛が槍を突き刺して倒す。
「矢に気をつけて!」
「おう! 『そよ風よ』」
タンク役がそよ風の魔法が付与されている魔法の盾を構えて風の障壁を作り出し、ゴブリンアーチャーの矢を受け流す。その隙に他の冒険者が突撃を仕掛けてゴブリンアーチャーを打ち倒す。
以前はゴブリンと言ったら、恐怖の代名詞でもあったのだが、冒険者たちは手慣れた様子で危なげなく倒していった。
様々な職種の人々がここには存在し、生き生きとした目をして働いていた。フォーチュンの目にはその姿が眩しく見えて、僅かに目を細めて、口元に微かな笑みを浮かべる。
「どうしたのだ、フォーチュン」
「ここに住む人々は活気があるのです。以前の世界の人たちはそのほとんどが死んだ目をしていたものです」
隣を歩くアレスがフォーチュンの様子がおかしいのに気づき尋ねてくる。いつも思うのですが、意外と気遣いができる男なのですと、そのギリシャ彫刻のような作られた綺麗すぎる顔を見て微笑みながら、フォーチュンは周りを手で指し示して答える。
あぁ、とアレスは周りの様子を見て、同意して頷く。
「我らの元いた世界はもはや滅亡寸前だからな。宇宙要塞に閉じこもって、あとは死ぬのを待つだけだ、希望は持てまい」
「魔物のレベルも高すぎて、悠長に人間をレベルアップさせて育てる時間も余裕もありませんでした」
「高レベルの人間は死んだか、スキルを入手し続けてそのデメリットで動けなくなっていた。もはや人間たちは量産した天使や、オンリーワンで強力なスキルを持つ神機に頼るしかなかった」
自給自足が可能であり、兵器工場もあり、それ一つで人間たちが生存可能な巨大な要塞とはいえ、閉じこもっているという閉塞感は消えず、人々は鬱屈していた。
軍の上層部はひたすらに、魔物を倒して地球の拠点を取り戻せと怒鳴るばかりであったし、時折無謀な戦略をたてて、無駄に戦力を減らすこともあった。
要塞に住む人々は、空気が汚れていると嘆き、食物が不味いと文句を言う。エレメントコアを利用した要塞は地球上の空気よりも清浄であるし、野菜も肉もクリーンだ。
だが、天を仰いでも空が見えずに、窓の外には漆黒の宇宙が広がっている環境では人間にとって耐え難いものがあるのだろう。要塞自体が人類の棺桶のようだと、アレスは思ったものだ。
自身が戦えれば、まだマシだったのかもしれないが、いくら新兵器を開発しても人間にはもはや扱えない武器ばかりであり、それがますます人々を落ち込ませる原因にもなっていた。
この世界は追い込まれてはいるが、しかしながら以前の世界とは大きく違う。科学力が圧倒的に下のために、低レベルのダンジョンに押されて滅びかけている。以前の世界は高レベルのダンジョンに押されて滅びかけていた。
反対に考えれば、低レベルのダンジョンに支配されているこの世界ならば、上手くやれば人類は対抗できる可能性があるわけだ。いや、実際にこの世界の住人はダンジョンに対して反攻を開始していた。既にダンジョンに勝利できる可能性は見えていた。
「この世界は未だにダンジョンの魔物が弱い。ここならば、用意を万端にすればダンジョンに勝利できるかもしれぬ」
「この世界の技術かは不明ですが、スキルを選択して取得できそうなのです。フォーチュンたちが利用すれば、最強ももはや夢ではないのです」
アレスの言葉に頷き、ゴブリンとの戦闘を終えた冒険者たちを横目でフォーチュンは見る。彼らは『戦士』とか『魔法使い』のスキル持ちだ。その姿を見るだけで、可能性の片鱗は見られる。強力であり同じ能力のスキル持ちを揃えることができれば、どれほど軍が強くなるか。
コアストアとやらで、任意にスキルを取得できるのだから、夢も希望も生まれるというものだ。
そして神機である自分たちが使用すれば、もっと強くなれるはず。
「恐らくは、管理者権限を利用したアイテムだとは思うのですが……」
聳え立つ天津ヶ原コーポレーションの本社前に到着して、フォーチュンは呟くように言う。
「私たちであれば簡単な任務です。回収し神に捧げることとしましょう」
アレスの他にもう一人、フォーチュンの隣に歩いていた男が至極真面目ぶった声音で言う。ちらりとフォーチュンはその姿を見て、小さく嘆息してしまう。
がっちりとした体格の男は、髪を後ろに撫でつけており、感情が見えないブロンドの瞳をしている。白に金糸が混じった枢機卿が羽織るような神父服を着込んでおり、かなり目立っていた。
周囲の人間たちが、ヒソヒソと話をしているので、フォーチュンもアレスも仲良くもう一度嘆息する。なんで、こいつついてきたの、と。
目の前の男の名はメタトロン。機天部隊最強の大天使である。あの博士はメタトロンを連れて行けと、急に気を変えて命令してきたのだ。
「ここはシルキーの守る要塞なのです。ダンジョンよりも危険な建物かもしれないのですよ」
「問題はありません。神の命ずるがままに任務を実行します。そして、私の力であれば、家妖精などは相手にもなりません」
胸に手を当てて、丁寧ではあるが、感情の籠もらない声音であるのに、自信満々な内容のセリフに顔を顰めてしまう。どう考えても負けフラグなのですと、内心で舌を突き出す。
アレスと目を合わせて、お互いに小さく頷く。それならそれで良い。メタトロンには悪いが、サンダルフォンと違い、この天使型の機体は機械的で、感情を持たないので、罪悪感はわきにくい。あの考えなしな博士を神と崇めているし。
メタトロンが敗れれば、残りの機天部隊で力のある機体はサンダルフォンだけだ。本来はもっといるのだが、この世界に来てからオンリーワンの天使で創り出すことができたのはそれだけだ。エンジェルやパワーは量産型である分弱い。もはや機天部隊は崩壊したも同然であるが、別に気にすることはしない。司令官がアホなのがいけないのですよ。
悪く思わないでもらいたいのですと考えながら、天津ヶ原コーポレーションのビルへと足を踏み入れる。
1階は小綺麗なロビーにリフォームされており、観葉植物を壁の隅に置いている作業員。掃除をしていたり、窓ガラスを拭く清掃員、ロビーのソファに座り仕事の話をしているサラリーマンたちの姿がある。
だが、ふとフォーチュンはその光景に違和感を覚える。ここはこんなにオフィスビルっぽい感じであったろうか? もっと雑然としていた覚えがあるのですが?
普通のオフィスビル。しかもかなり上等のビルだ。違和感を持ちながらも、気にすることはやめて、その中をフォーチュンたちは歩き、受付ロビーに向かう。
「申し訳ありません。天野社長に会いに来たのですが」
微妙にへんてこな敬語をフォーチュンは使って、受付嬢に話しかける。階段で向かっても良いが、エレベーターの方が早いのです。
「はい。天野ですね。……申し訳ありません、天野は現在不在としております」
受付に座る赤毛をポニーテールに纏めている釣り眼の少女は小首を傾げてニコリと微笑みながら答えてくる。
予想通りの答えだ。なので、フォーチュンは、説得時は思い通りにできる『運命選択』を使用しようとして
「待て、フォーチュン。そのスキルは無駄だ」
アレスが逞しい腕をフォーチュンに突き出して制止してくる。意外な制止に驚いてフォーチュンがアレスを見ると、鋭い眼光を見せていた。
「こやつは人間ではない。妖精機だ。どうやら我らの行動はバレていたらしい」
「妖精機? どんな妖精機なのですか?」
受付嬢を見ながら、フッと鼻で笑うアレスの言葉にフォーチュンは慌てる。もしかしてシルキーなのだろうかと、受付嬢へと視線を向けると、相手の少女はニヤリと笑い、犬歯をキラリと光らせる。
「見抜くのが早いじゃねーか! 前もって色々と準備してたのに!」
少女の荒々しい声音と共に、受付カウンターが爆発して噴煙をあげて、光弾がその中から飛来してくる。
ジジッと以前に聞いたことのある電子音が聞こえてきて、フォーチュンたちが身構える前に命中して爆発する。
大爆発を起こして、ロビーが砕ける中で、赤毛の少女がカウンター奥から現れる。その両手にはSFチックな各所で光のラインが輝くサブマシンガンを手にしていた。
「へへっ。プラズママシンガンの威力、たっぷりと味わってもらったか?」
もうもうと高熱で起こった煙を見て、少女は得意げに笑う。が、煙を見て、むぅと顔を顰めさせる。
「プラズママシンガン……。見覚えのある武器だ。貴様、いや貴様らは何者だ?」
煙の中から、アレスが歩み出て少女へと問いかける。その服には焦げあと一つ見られない。
「驚きました。この世界はそれほどの技術力はなかったと記憶していますが」
「ナジャが製作したに決まっているのです。ということは、ここにはそれだけの設備もあるということなのかもです」
遅れてメタトロンとフォーチュンも姿を現すが、やはり焦げあと一つない。
「どうやら待ち伏せをしていたようなのです」
フォーチュンは舌打ちをして、周りを見渡す。小綺麗なロビーがいつの間にか、廃墟街の風景へと変わっており、目の前の少女以外に4人の気配が感じられた。
『家帝練習場』
どこからか少女の声が聞こえてきた。どうやら空間を歪められて、閉じ込められたのだとフォーチュンは悟る。
「この風景は見覚えがある。ティルナノーグの戦闘訓練場だ」
冷静にアレスが周りを見て判断する。枠組みしか残っていない廃墟ビルや、盾にできそうな瓦礫の山が配置されている一見すると廃墟街のような光景だが、銃撃などを防ぎやすい戦闘訓練に適した配置の建物群のために、あっさりとどこを模倣しているか看破した。
「そのとおりだぜっ。ここがお前たちの墓場だっ!」
プラズマサブマシンガンの銃口を向けて、得意げな顔をする少女にアレスはフッと冷笑を浮かべる。
「戦の神アレスの名をその身に刻むが良い」
「フォーチュンの力も見るのですよ」
「おお、神よ。哀れなる子羊を捧げます」
フォーチュンとメタトロンも身構えて、戦闘の火蓋は切られるのであった。




