270話 不通
ダンジョンの要塞部分も破壊して、スタンピードの群れも撃破した。多少の被害は出たとはいえ、あれほどの高ランクの魔物たちのスタンピードを防いだことで、人々は喜びの笑みを浮かべ、歓声をあげていた。
伏兵などもいないようだし、あの雫のパチものっぽい少女はどこかに消えた。とりあえず、再度のスタンピードは迎撃できたようだと、俺は安堵の息を吐いた。が、すぐに顔を険しくして舌打ちをする。
「セリカと幸へ思念が飛ばないな」
こちらのスタンピードは片付いたと連絡をとろうとしたが、届かなかったのだ。あちらで異常が発生しているのだろう。
『むむ……。暗黒拠点転移も不可ですか。敵は仕掛けてきていますね』
「まずいな。ちょっと敵の戦力を見誤っていたぜ。ダンジョンを操るGMではなく、地球連邦軍がキングベヒモスを作れるほどのダンジョンを発生できるのならば、キングベヒモスを抑えることのできる戦力もあるはず。今のセリカと幸では敵わないかもしれないぞ」
俺たちはダンジョンを創り出すストーカーが裏にいるものだと考えていたが、このタイミングでセリカたちに連絡がつかないとすると、地球連邦軍が今回のスタンピードを引き起こした可能性が高い。
「あの雫のパチものの少女。神級を使っていたしの。そうだとすると、いつの間に地球連邦軍はあれほどの機体を作ることができるようになったのか……」
雫と雪花も真剣な表情になる。これは俺のミスだ。地球連邦軍は同等レベルの敵だと勝手に思い込んでしまった。
「セリカたちが気づくのを祈って、唯一の方法をとる」
興奮冷めやらぬ兵士たちを尻目に、暗黒転移で、人気のない場所に移動すると、等価交換ストアを呼び出す。
『どうするんですか?』
「幸い逆境成長でステータスポイントが6000入っている。それに合わせてスペシャルSコアをステータスアップポーションに交換するんだ」
素早く交換一覧を見ると、ステータスを3000ポイント上げられるポーションを見つける。カンスト25000限界のやつだ。予想通りと言えるだろう。
スペシャルSコアを3個使用して、3本取り出すと一気に飲み干す。喉を流れていき、身体に染み込むとポイントが計15000増えた。
『セリカちゃんたちが気づくかは賭けですね』
思わしげに雫が俺を見てくるが、不安な気持ちはわかる。
「あいつらは絶対に気づく。抜け目のない二人だからな」
だが、きっと大丈夫だ。信じているぜ、セリカ、幸。頭脳担当の妖精機なんだから気づくに違いない。そう信じつつ、万が一伏兵が現れた際の備えとして、俺もステータスを上げておく。
こんな感じだ。
天野防人
マナ3000
体力500
筋力500
器用1000
魔力5000→20000
天野雫
マナ1000→5000
体力2000
筋力2000
器用4000→15000
魔力1000
天野雪花
マナ2000→5500
体力2250→5500
筋力2250→5500
器用2500→5500
魔力1000→3000
結城聖
マナ2000→5000
体力1000→4000
筋力4000→7000
器用1000→4000
魔力2000→5000
兵士を治療中の聖にもステータスを上げておくように思念を送り、この場にいる全員がステータスを上げた。俺と雫のステータス割り振りはかなり偏っちまったが。
「二人ともかなり思い切ったステータスにしたんじゃの。主様は魔力特化、雫は器用特化。今までと同じ傾向の割り振りではあるが、もう少し平均的に上げても良いのではないか?」
眉を顰めて、俺たちのステータス割り振りに対して感想を雪花が言う。たしかに普通に考えればそうかもしれない。ゲームならば、雪花の方が重宝されるだろうよ。いくらなんでも特化しすぎだとは、俺も思うんだ。
だがなぁ、ストーカー対策をするにあたり、このステータス割り振りは必要だったんだよ。俺も嫌だったけど。
「俺たちは変身できるからな。ステータスが少し偏っていても、なんとか大丈夫だろう。それよりも、ダンジョンがもう1段階ランクを上げてきたときに困るんだ。たぶん平均的に上げていたら、敵の力に届かない」
神級を簡単に防いだパチもの。あいつはかなりのステータスだと思う。もしも、本当に雫のパチものだとしたら、いや、そうでなくても、俺たちを遥かに上回るステータスを感じ取ったのだ。
『最悪を考えると、私のコピーにして全てのステータスが上、なんて感じのパチものかもしれません。ほら、テンプレであるじゃないですか。主人公のコピー体だけど、ステータスは全て上回っているチートな敵。そして、あの敵は使い魔越しでも強いと感じられました』
パチものですと怒っていた雫だが、冷静に敵の力も測っていたらしい。危険な相手だと悟ったのだろう。
「なるほど、その場合は雫のステータスを平均的に上回っている確率が高いということじゃな? その予想を砕くためにも器用を上げたわけか」
納得したように雪花がコクコクと頷く。もしもそうだとすれば、器用度は上回っている可能性が高い。僅かでも相手を上回るステータスがないと、勝ち目はないからな。
「俺は対ボス戦用だ。これだけの魔力なら、格上相手にも、かなりのダメージが入るだろ」
『防人さんは有名なセリフを使うことができるようになりました。今の魔法は最強火炎魔法ではない。ただの初級火炎魔法だって。まぁ、最強火炎魔法もそれを上回る皇帝火炎魔法が生まれたんで、あのラスボスも弱く感じてしまいますが』
フフンと人差し指を振って、一度言ってみたいセリフトップテンですよねと胸を張る雫さん、そんなセリフをトップテンには入れないと思うんだけど。
「最強よりも皇帝の方が強いのかよ。まぁ、言わんとすることは理解できる。今の俺なら影矢でも戦車を倒せる威力を放てるかもな」
それだけ魔力を上げたんだ。威力にはおおいに期待しています。手をわきわきと動かして急成長した魔力に慣れようとしていると、雫がスペシャルSコアと交換できるスキル一覧を確認していた。
そうして、気になるスキルを見つけたのだろう。俺へと見せつけてくる。
『では、ステータスの効果を十全に発揮できるように、スキルを取得しましょう。例のごとく、劣化させて効果を下げてから。はい、これです』
どんなものなんだと、一覧を確認すると
『限定1:スペシャルSコア1個:超活性:細胞を超活性させてステータスを一時的に10倍にする。デメリットは使用後に身体が溶けて死亡する』
これを劣化させて
『限定1:スペシャルSコア1個:活性:細胞を一時的に活性させて健康にする。デメリットなし』
と、変えるみたいだ。もう一つはこれ。
『限定1:スペシャルSコア1個:致命変換:急所にダメージを受けても、身体全体にそのダメージを変換して移す。デメリットはスライムの身体になる』
どう見ても嫌なスキルだが、劣化させて
『限定1:スペシャルSコア1個:マナ変換:急所にダメージを受けても、自身のマナにダメージを移す。デメリットなし』
と、変わっていた。
「よく劣化後まで調べたな」
今調べたばかりなのに、本当にこういう戦闘関連は鼻が利くパートナーだと感心で唸ってしまう。
『ダンジョンコアではないので、そこまで良いスキルは無いのではと思っていましたが、予想外にありました。劣化前提でなければ、絶対に取得しないスキルというのがキーですね』
「これを素で覚えたら、スライムになったり、いきなり死んだりするのか……恐ろしい。だが、活性は効果があると思うか? 健康は俺たちには必要なさそうだけど」
お互いに待機モードになれば、身体は回復する。このスキルは一見無駄にも思えるスキルだ。
『これは限界を超えても大丈夫なスキルだと予想をします。ダメージ限界突破、ステータス上昇効果を期待できます。もちろんそこまで良いスキルではないと思いますが、今の私たちには少しの効果でも必要ですよね? 活性化は私が使うことになると予想をします』
「雫さんの仰るとおりだな」
真剣な表情となる雫。真面目な顔をして俺を見てくるその姿は頼りになる面持ちだ。現在の俺たちは敵に対抗するために、能力向上は必須だ。裏の仕様に期待して覚えるしかない。
取得をしようと、ボタンを押下する。漆黒の粒子が俺の体内に入り込み、スキルを記憶させる。活性といいながら、身体に悪そうな粒子であるがいまさらだ。
小さく息を吐き、身体がスキルに慣れるように意識する。活性化は健康体にするスキルだが、怪我は治らないと理解した。たしかに健康体という定義は難しい。この場合は病気などを癒やす効果なのだろうか?
だが、精神がスッと楽になり、疲れがとれた感じを受けた。疲れているときに甘いハッカ飴を食べた感じで頭がスッキリとした。
………これなら魔法による負荷を軽減できるかもしれない。もっと効率よく、さらに強力に自身の力を上げることが可能かもな。
「なにやら、ますます主様が変態になった気がするのじゃ」
「襲ってほしいなら、いつでも言って良いんだぜ」
俺の様子を眺めていた雪花の頭を拳でぐりぐりとしてやる。わざと魔法の部分を言わない雪花は、クスクスと可笑しそうに笑い、雫さんが挙手をする。
いつもの雫さんだが、居住まいを正すと俺をジッと見つめてきて、ポツリと呟くように口にする。
『私の最高総合ステータスは12000なんです。あっさりと追い越しましたね、防人さん』
可憐な笑みを浮かべる雫だが、そこには僅かに寂しさと悲しさが見えた。なにかしら思うところがあるんだろう。元の世界のことを思い出しているかもしれない。聞く気はないが。
俺は優しいから、相手が口にしない以上は聞かないのさ。廃墟街の住人ってのは、過去の辛い思い出を気にしない奴らばかりだから。
「ふむ……なにやら妖しい雰囲気じゃ。もしかして雪花ちゃんはお邪魔かの?」
俺と雫に漂う空気に、肩をすくめる雪花。珍しくへんてこな空気だから気にしたのだろう。
『問題はありません。次は等価交換ストアのレベルアップに期待したいです。で、あのダンジョンはどうしますか?』
すぐにへんてこな空気を霧散させて、雫が俺へと聞いてくる。たしかにあのダンジョンは気になるところだ。放置はまずいだろう。
「死傷者も出たことだし、後回しにして、混乱を収めるのが先になる。コノハには頑張ってもらいたいところだが、俺を探していないか?」
ビルの陰からこっそりと顔を出して覗くと、コノハは地団駄を踏んでいた。なにやら悔しそうである。
「天野防人! 天野防人はどこですの〜! わたくしばかり大変な目に遭わせるなんて許せませんわ。それにレイはどこに行きましたの〜」
道化の姿をしたコノハは兵士たちにお礼を言われて敬われながら、泣きそうな顔で、いや、怒っているのか、どちらかわからないが、地団駄ダンスを踏んでいた。道化のタップダンスはなかなか見ていて面白いが、さすがにまずかったか。少しだけ罪悪感を覚えてしまうぜ。
『私が現れなかったことを気にしているみたいですね。どうしましょうか?』
「う〜ん、今回は手加減できなかったから、万が一を考えて雫は出さなかったんだ」
罪悪感の欠片もなさそうな顔で俺へと雫は尋ねてくるが、今回は仕方ないだろ。一旦帰宅していたと言うしかないな。
まぁ、コノハさんマジリスペクトと褒め称えながら、俺も現れるとするかね。誤魔化せれば良いんだが。




