27話 ダンジョンの中で
疾風の如く、立ち止まることなく、雫は迷うことなくダンジョンを走り抜けていた。マップを把握しているとは本当らしく、現れるゴブリンやホブゴブリンをすれ違いざまに切り伏せると、階段を見つけては、数段飛ばしで降りてゆく。
「4階からはゴブリンナイト、ゴブリンシャーマンだけとなります。ここからは全てを殲滅しながら進みます」
雫は冷酷なる視線で、クスリと獣のように微笑む。
『出会い頭の戦闘のみじゃなくて?』
これまでは出会った敵だけ倒してきた雫の言葉に防人が確認をとると、コクリと頷く。
「そうです。ゴブリンたちは倒しても意味はないですが、ナイト、シャーマンたちは私たちよりもステータスは高い。逆境成長を狙うチャンスです。200匹は倒したいところです。ゴブリンキングに遭う前に」
『ふむ……時折ステータスポイントが手に入るんだったよな? どれぐらい?』
おっさんとしては興味津々だ。ステータスアップポーションを必要としないのであれば、このスキルは有用どころではない。チートレベルだ。
「敵の強さによります。これは推測にしかなりませんが、ステータスの格差が少し離れているだけでも、ステータスポイントが手に入る可能性はあります。逆境成長はそれだけ強力なスキルなのです。ちまちまと低レベルダンジョンを攻略する私たちを尻目に、高ランクダンジョンを攻略できるんです。嫌な奴だったので、あんな奴酷い目に遭えば良いのにと思っていたら死んじゃいました。高ランクのダンジョンは高ステータスだけでは勝てない証明になりましたので、その死は無駄になりませんでしたね」
『謎が謎を呼ぶ発言どーも』
どうせ教えてくれないんでしょと、防人が諦めた声で応じるので、サラッと流すと雫はこの階層のマップを思い出す。外へと魔物が溢れているダンジョンだ。敵はそこらじゅうにいるだろうが、効率的に狩りたい。
「では、参ります」
ダンッと床を蹴りながら、大剣をガラガラと地面に引き摺りながら駆けていく。その物音は洞窟に響き渡り、薄暗い通路を進む。
金属音をたてながら走る少女に、すぐに魔物は気づいて、ゴブリンナイトたちがワラワラと通路の角から姿を現す。仄暗い中で不気味に嗤う魔物たちを見て、雫は臆することはなく接近していく。
「ぎゃぎゃ」
継ぎ接ぎだらけの鉄板を鎧として着込むゴブリンナイトたち。接近してくる雫を前に、右からの袈裟斬りを繰り出す。その速度は重量のある剣を振るう速さではない。が、雫は薄笑いを消さずに止まることなく突き進む。
ブンと音がして、風を巻き起こし振り下ろされた剣を前に雫は足に力を込めて、瞬間加速する。僅かな加速であったが、剣の基本を知るゴブリンナイトの正確すぎる振り下ろしは目算をずらされて、雫には命中せずに、地面を叩く音が響く。
「フッ」
横薙ぎに大剣を打ちつけると、胴体へとめり込ませる。ステータスの低い雫では大剣で叩き斬ることはできないはずであったが、軋む鎧の隙間にその剣撃は狙い違わずねじ込まれた。
隙間にねじ込まれたことにより、繋ぎ合わされた鉄板がバラバラとなり、その巨体は分断された。雫は身体を回転させて、それを蹴り飛ばす。
人間を超えた膂力は、砲弾のようにゴブリンナイトの肉体を吹き飛ばし、その奥にいるシャーマンへとぶつけてなぎ倒す。
「ギャウッ」
「はっ!」
一気に踏み込み、ナイトたちを無視して後列のシャーマンたちへと駆け寄る。その勢いのまま唐竹割りに振り下ろし正面のシャーマンを一撃で倒すと、身体を右足を支点に回転させて、竜巻のように大剣を振るう。
『円陣剣』
1回転、2回転、3回転と回転は止まることなく、残るシャーマンをバラバラに切り裂き、慌てて戻ってきた前衛のナイトたちをもその回転により速度をあげた剣撃により、今度は鉄板ごと断ち切る。
ゴブリンナイト5体、ゴブリンシャーマン2体。その全てを僅かな間に倒し尽くすのであった。
雫は髪をかきあげると、ステータスを見て、機嫌良く微笑む。可愛らしく微笑む視線の先には、今の戦闘結果が表示されている。
『ステータスポイントを10取得』
「確率的には3匹倒して、5……なるほど、初めてこの効果を知りました。死んだ奴は自分の持っているスキルの効果の詳細を分析させなかったのです」
雫自身、このスキルが有用であるとは考えていたが、予想以上に簡単にステータスポイントが取得されたことに驚いていた。そして、だからこそこのスキルの持ち主が死んだことから、推測していることも当たっていると。
このスキルも一見するとチートに思えるが罠だ。あまりにも簡単にステータスが上がることにより、スキルレベルが追いつけなくなり、あっさりと高ランクダンジョンでは死ぬだろうから。
『ねーねー、雫さんは、いつどこで戦っていたのかな? おっさんに思わせぶりな言葉だけを言うの止めてくれないかな?』
聞こえるように呟く雫に、幽体の防人は教えてほしいなぁと、おっさんと秘密を共有しようぜと、問うてくるが、まだ教える必要はないので、愛らしく口元をニヨニヨとさせて微笑む。
「ふっふっふっ。ナイショです。謎めいた少女は主語を入れないんです」
謎の少女の方が神秘的で良いでしょうと、少女は胸を張る。私にどんどん興味を持ってください。
『やれやれ秘密主義も多すぎると嫌われるぞ?』
「防人さんは嫌わないと信じています。なぜならば私の力は絶対に必要だからです。私が貴方を必要としているように」
真剣な表情となり、答える。このダンジョン溢れる世界でお互いに力は必要だ。
『ま、そのとおりだ。俺はお前の力が必要だ』
「ふふっ。心も必要だとプロポーズをしてくれても良いのですが。そこは後々に期待します」
早くも次の魔物の群れが近づく足音が聞こえてくる。今度は今よりも数が多い。
「最速で最短で攻略を開始します」
ぎゅうと大剣を強く握りしめて、気を取り直して、前方へと駆け出しながら呟く。
「器用にステータスポイントを割り振り実行」
己のステータスポイントを使用しながら。
そうして、ダンジョンの中ではゴブリンたちの阿鼻叫喚の声が木霊して、暫く後に静寂となるのであった。
暫く後に、雫はあっさりとダンジョンの最奥、ボスが待つ扉の前に立っていた。鉄の分厚い扉には冠を抱くゴブリンのレリーフが彫られており、その周辺にゴブリンたちが這いつくばっている構図だ。
『初めてダンジョン最奥に来たんだが………早すぎるぜ』
本当に雫はあれから30分程度の時間で最奥までやってきたことに、防人は驚きを隠せない。ダンジョンはそんな簡単な場所ではないはずなのだからして。
「くっ。想定よりも時間が遅れているな」
『何分ぐらい?』
「……なんでもないでーす。嘘だと言ってよ、防人さん」
またなにか防人にはわからないことだったらしく、そっぽを向いて不機嫌を装う雫に苦笑してしまうが、可愛らしい美少女なので、そんな姿も絵になると思ってしまう。
「真面目に言いますと、ゴブリンダンジョンは一辺が距離にして5kmの正方形のダンジョンなんです。地形が変わってもそれは変わらず、階段の位置さえわかれば、今のステータスなら30分で攻略可能なんですよ。今回はナイトやシャーマンを倒すのに回り道をしましたから、1時間程度かかりましたけど」
『あっさりとステータスポイントが手に入ったよな。220か……』
ナイトやシャーマンを殲滅したことにより、ステータスポイントが大量に手に入ったことに防人は目を細めて驚きを隠せない。こんなに簡単にステータスが上がるなら、敵なんかいないだろうと考えてしまうが、顔をしかめる。
『そうか、こりゃ罠だな。ステータスはこのスキルの特性上チャレンジするダンジョンの雑魚以上のステータスを持てない。しかも戦闘スキルレベルは上がらないとなったら……』
人間としては破格のステータスとなるのだ。調子に乗らないわけがない。そして、その末路も簡単に予想できる。
「人類が持つ固有スキルは強力であればあるほど、致命的な弱点があるんです。私の戦闘の才能は、それのみでは役に立たない。防人さんの等価交換ストアは、無手で魔物を延々と長い間倒さなければレベルすら上げられない。平凡なスキルの方が使いやすい」
『酷い話だ。もしかして、ステータスにも罠がある? 器用に振っているのには理由があるのか?』
ピコンとモニターが表示されて、現在の雫のステータスが表示される。防人さんの鋭い指摘に、雫はふふっと微笑む。相変わらず頭の回りが速い。
天野雫
マナ100
体力100
筋力100
器用100→300
魔力30→50
「体力が筋力を上回りすぎると、肥満となり動けなくなります。筋力が器用を上回ると自らの身体を操りきれなくなり、筋肉破断が。影響がないのはマナと器用と魔力だけなんです。本来人間のステータスなどは数値化できません。なのでこれは数値の罠です。数値化されたことにより、デメリットが発生しているのです」
『ダンジョン発生は見かけだけの影響じゃなかったってことか。酷え話だなぁ。なら、俺はこうするか』
防人はその話に呆れてしまう。怖い話だ。あらゆる事柄で罠が仕掛けられている。普通に行動をしていたら詰む。攻略サイトが欲しいところだ。というわけで、魔力に振っておく。
天野防人
マナ300
体力30
筋力30
器用30→40
魔力40→250
『ステータスポイントの割り振りねぇ……スキルも酷い罠ばかり。人間は敗北を決定されていたのか』
「そのとおりです。スキルの罠に気づいてもどうしようもないこともあったのですが……。それは防人さんと出会ったことで解決しました」
『ふ〜ん? っと、ステータスが反映されたか?』
幽体ながら、自らの魔力が跳ね上がったことを防人は理解する。雫は慣れているのか、気にしていない。
『ゴブリンキングの総合ステータスが予想値1000だとすると、ステータスはどれぐらいだ?』
「恐らくは体力筋力器用平均200、マナは300前後、魔力100の前衛特化タイプと予測されます」
『雫さんは魔物図鑑かな?』
「私の頭は10万3000種の知識を持っているんだよ!」
やけに可愛らしい声音で、むふーむふーっと雫が息を吐いて愛らしい表情となる。
『へー。凄いんだな』
「ぶーぶー。記憶なくしても良いんですよ? まったくもぉ〜」
ふん、と鼻を鳴らすと雫は鉄の扉に手をかけて真剣な表情となる。
「お遊びはここまでです。敵はゴブリンキング。その配下は35体。全力でいきましょう」
『危険は承知のダンジョン攻略だからなぁ。了解だ』
覚悟はできている。死の覚悟なくして、ダンジョン攻略はできない。
「ではではとっておきのスキルを使いますか」
雫はその平然としたいつもの防人に嬉しそうに顔を綻ばせる。防人さんと出会えて良かったと。ここで怖じ気づくパートナーはいらない。
『全機召喚』
そう呟くと、鉄の扉を開くのであった。




