268話 再防衛
迫りくる無数の溶岩弾。世界の終わりに降り注ぐ隕石の雨のようにも見える、人の心に恐怖を与える攻撃だ。きっと目にした者は自身が溶岩弾に押し潰される姿を想像するに難くない。そんな無数の溶岩弾が飛来し、風斬り音をたてて、火の粉を散らし、大量に降ってくる。
しかしながら、酷く現実感のない光景でもあったために、兵士たちのほとんどは空を仰いで、ぼんやりと立っていた。
それ以上に、城壁に立つ一人の男が撒き散らす漆黒のオーラに心が恐怖と畏れで縛られていたためかもしれない。逃げなくてはならないのに、心は痺れて危険を察知する勘が鈍くなっていた。
だが、一人の兵士がノロノロと動き、ようやく気を取り直すと、小声で呟く。
「に、逃げなくては」
ようやく命の危険を察知して、カタツムリのようにノロノロと動き逃げ出そうとする兵士。一人が逃げ出そうとして、ようやく周りの人間も逃げようと動き出す。さざめきのようにそれは広がっていき
「逃げろ、逃げるんだ!」
「目の前まで来てるぞ!」
「安全な場所に、建物の中に」
慌てふためく人々の叫びが木霊して、総崩れとなって逃げだそうとする。
「逃げるな」
兵士たちが逃げようとする中で、小さな呟きが辺りに響いた。小さな呟きであるのに、なぜかその場にいる全員が耳にして、身体を硬直させてしまう。
誰の呟きかは皆理解していた。漆黒のオーラを吐き出して、見たこともない複雑な魔法陣を描いている男、天野防人の呟きであり、その声は魂を鷲掴みにし、身体を凍らせた。
あれほど混乱のさなかにあり、うるさかった街壁は、シンと静寂が支配して静まりかえる。
「武器を構えて、敵に備えろ」
目を細めて、極度の集中をしている防人に、皆はゴクリとつばを飲み込み、言われたとおりに、銃を構えて街壁に残った。それは恐怖からか畏れからかはわからない。だが、この声に従わなくては、命がなさそうだと、確信からの予想をして、防衛にあたることにした。
「大丈夫じゃ、主様はあっさりと敵の攻撃を防いでみせるのじゃよ」
改造和服をひらひらとなびかせて、雪花が微笑みで兵士たちを鼓舞する。そうして、その証拠に漆黒の虎が動き出していた。
「みゃんみゃん」
その図体に似使わない可愛らしい子猫のような鳴き声をあげるミケ。ぞろぞろと影からミケに似た虎たちが現れて、にゃんにゃんと整列する。
もはや目の前に迫りくる溶岩弾を前に、ミケたちは恐怖で慌てることもなく、紅く光る双眸を天に向けて、マナを集中させて、魔法を発動させた。
『爆発反応影帝障壁』
『吸収付与』
ミケが空中に迫る無数の溶岩弾を、全て阻む長大な影の障壁を作り出し、闇虎たちがフォローとしてドレインを付与する。それにより、溶岩弾は障壁に阻まれて弾かれると同時に、エナジードレインにより、多少のマナがミケに吸収される。
多少とはいえ、溶岩弾は無数にある。塵も積もれば山となるの方式で、ミケのマナはかなり回復し、障壁を余裕で維持できていた。
「ビームが来る前に片をつけておく」
溶岩弾とミケの作り出した障壁が拮抗するのを見ながら、敵がやってくるであろう方向を睨むように見る。ボルケーノリザードの攻撃ではミケの障壁は破れないと悟れば、次はキングベヒモスのホーミングビームが飛んでくるはず。
万が一にも神級魔法を止められるわけにはいかない。が、それは敵もよくわかっているはず。人並みに頭が回るなら、確実にキングベヒモスを前に出してくるだろう。
魔法が発動するまでの時間が長く感じる。魔法陣が描かれていくのを見ながら、ジリジリと焦燥感が俺の心を襲う。嫌な気分だと思いながら、口元を歪めて微かに笑ってしまった。
「瞬時に発動しない魔法か……。こういう焦燥感は久しぶりだ」
足の遅い魔物はコウたちが駆逐したので、大型の魔物はそれまで行軍の足並みを揃えるために、遅くしていた速度を元に戻していた。前方を見据えていると、森林の木が倒れていき、遠くから砂煙がもうもうと近づいてきていた。
「あの砂煙の中は訪問客でいっぱいというわけか」
「跳ねるように飛んでくるのは、アーマードトリケラトプスじゃな。恐らくは上位種!」
「使い魔たち! 迫る敵を片付けろ!」
「ミャウン」
整列していた闇虎たちが一声鳴いて、外壁から降りてゆく。遠目にもはっきりと見えるのはアーマードトリケラトプスの群れだ。
漆黒の矢のように闇虎たちが疾走して、ちっぽけな砂粒程度に見えるほど遠ざかっていく。そうして迫る砂煙の前に座り込み迎撃態勢を取り始めた。開拓した田畑よりも前に位置する良い子たちだと、嬉しく思いながら様子を見る。
砂煙を割って駆け出してきたのはアーマードトリケラトプス。しかも前回と違い、その身体は白銀のように輝いていた。明らかにレアリティが高そうな魔物だった。
視認した戦車大隊が先手を打って、一斉に砲撃を開始する。意外と統率がとられているので、司令官は優秀なのだろう。轟音により空間が振動し、アーマードトリケラトプスに砲弾が命中していく。
しかし、残念なことにまったく怯む様子はなく、駆ける速度も緩むことはなく、アーマードトリケラトプスは接近してくる。戦車砲では傷もつけられない強固な体皮を持っているらしい。
「にゃー!」
戦車砲が着弾している中で、気にすることもなく闇虎たちが正面からぶつかり合い、体当たりを敢行する。激しい衝突が起こり、2匹は頭をぶつけ合い一歩も引かぬと押し合う。
前回は闇猫に簡単に押し負けて転がっていたアーマードトリケラトプスとは違う。大幅に身体能力を上げている。体格の差で正面からの戦闘は不利だと悟った闇虎たちは地を蹴って側面に回り込み、首筋を狙い攻撃を始める。速度と小回りの差で勝っており、闇虎たちは後続の魔物も巻き込んで、足止めをしながら有利に戦闘を推し進めていく。
だが敵は砂煙を創り出すほどの大群たち。その数は数千にも及ぶ。対して闇虎たちは300程度にすぎない。いずれは押し負けるのは目に見えていた。
「それじゃ、神級に集中しながらも援護もするか。新スキルをつかってな」
『マナタンク』
己の中にあるマナの貯蔵庫。新たなるスキル。
この間手に入れて放置していたSランクのダンジョンコアから手に入れたスキルだ。本来は違うスキルだった。『魔力の泉』というスキルだったのだが、覚えるのは止めておいた。
『限定1:魔力の泉:自身の10倍までマナを貯蔵できる:限界を超えて貯蔵すると魔物になる:ダンジョンコアS1個』
デメリットが大きすぎる久しぶりのダンジョンスキルの罠だ。もちろん、このままだと使えない危険すぎるスキルだ。なのでアイテム劣化を使用して効果を下げたけど。
『限定1:マナタンク:自身の2倍までマナを貯蔵できる:限界を超えて貯蔵はできない:ダンジョンコアS1個』
残念ながら、名前はしょぼくなり、交換レートは変わらなかったが、このスキルの効能で充分だった。予め2日分のマナは既にストック済みだ。マナタンクは満タンである。
そのマナタンクを使用することに決めた。神級を発動させていても、他のちょっとした魔法ぐらいは扱える。
次元の狭間にでもあるのかわからないが、マナのストックを引っ張り出して、魔法を使用する。
『石帝人形軍団創造』
俺のマナは、漆黒の風となり街壁の下へと降り注ぐ。即ちまだまだ熱さを保つ無数の溶岩弾へと。
溶岩弾を俺のマナで包み込むと、溶岩が手足を生やして立ち上がる。
溶岩の塊である全長5メートルのゴーレムたち。その熱で地面が焦げており、煙が吹き出していた。
『畑を踏まないように突撃。闇虎たちを支援しろ』
「グォォォ!」
雄叫びをあげて、溶岩人形たちは駆け出す。スキルレベル8のゴーレムだ。そんじょそこらの敵には負けはしない。そして、素材は敵が無限に供給してくれると来たもんだ。コストパフォーマンス最高じゃんね。
溶岩人形たちも敵に対抗するように砂煙をあげながら、時速数百kmは出ていると思われる速さで最前線まで辿り着き、闇虎たちの支援に回る。
前線に到着した溶岩人形たちは、その燃える炎の拳をアーマードトリケラトプスへとぶつける。その強烈な一撃でアーマードトリケラトプスの胴体は大きく凹み、巨体を揺るがす。
溶岩の熱と、岩の硬さを併せ持つ溶岩人形は充分に敵を相手にできそうだと安堵した。あっさりとバラバラに砕かれたら、どうしようかと思ったぜ。
合わせて1000体程の溶岩人形。素材があるために、マナ消費が抑えられた。たった2000のマナで作り出せるのだからコストパフォーマンスは良い。まぁ、1時間で元の岩に戻るんだけど。
『さすがは防人さんですね。なんで神級の範囲魔法準備中に、他の魔法を使用することができるのか、魔法操作レベルの高さがもう想像もできません。もしかして多重思考スキルですか?』
「なにかに集中しながらでも、簡単なことはできるだろ? 難しくはない」
ふんふんと鼻息荒く興奮して、俺に可愛らしい顔を近づけてくる雫さんだが、スキルなんかなくても、普通にできるだろ。……多少、人よりも器用だとは思うが。
「帝級魔法を簡単だという主様は本当に変態じゃな」
半眼になって雪花が口元を引きつらせて、信じられないといった表情をしてくるので、苦笑で返す。
「動けないし、頭を使う行動はあまりできない。神級って面倒くさい仕様だよ、まったく」
『普通は目を瞑ったりして、言葉を発せずに集中するものですよ? それでようやく魔法を発動できて、敵を殲滅し終えて目を開くと、命をかけて守ってくれた戦友の亡骸があるんです。天ぷらジュージューな感じで。戦友の亡骸を抱いて……抱くのはやめて棺桶に仕舞って号泣します』
「さり気なく雪花ちゃんを亡き者にしようとする犯人が目の前にいるのじゃ。しかも扱いが酷いの」
なんかそんな話は聞いたことがあるかもなと、雫と雪花がじゃれ合うのを見ていると、マナの流れに違和感を覚えた。空気がピリピリと痺れるように変わり、魔法が街壁の上に発動される。
そこかしこに魔法陣が描かれると、その中から10メートルはある巨大なラフレシアのような花が現れて、その花びらを開き始めた。
そうして花が咲くと中から蜂が飛び出してくる。金属でできたような機械のような1メートル程度の大きさの蜂であり、尻から生やす針はレイピアのように長い。次々に現れる蜂だが、よくよく見るとラフレシアもどきの花弁に魔法陣が発生しており、そこから召喚されてきていた。
『マザーラフレシア。Aランクの魔物です! その能力は単純で延々とCランクのキラービーを召喚するだけの魔物です。ただしキラービーは命を犠牲にして、格上も倒せる『ファイナルストライク』を使用するので、厄介極まる魔物です! 触手の攻撃もありますが、それはたいしたことはありません。金属剥離分身で回避できますし』
難しい顔をして警告を雫が発する。自爆攻撃をする特攻兵器を持ち出してくるとは、泣けてくるぞ。
「マザーラフレシアはテレポートで送られてきたようじゃの。キラービーはその性質上身体は脆いのじゃが、数が多い。雑魚戦を得意とするセリカがいれば簡単に倒せるのじゃが……。それと金属剥離云々は忘れて良いぞ主様」
「セリカは幸と組ませているからな。俺たちはなんとか手持ちでやり繰りするしかない」
キングベヒモスに頼らなくても、神級に対して万全を期していたわけか。敵は手持ちのカードが多すぎだぜ。俺にも少しわけてくれないかね。
『誘引花』
どうするかと迷っていると、少女の声が聞こえて、宙に小さなピンク色の花が咲き乱れる。香りの良い花にキラービーはフラフラと近づき、スズメバチのような強靭な顎で花をむしゃむしゃと食べ始める。
「昆虫なら、この魔法で誘引できます!」
槍を持った華が街壁に登ってきて、花を食べているキラービーを叩き潰す。後ろについてきていた純が同じように長剣でキラービーを切り落とす。
「道化の騎士団参上ですわ! 皆さん戦うのです!」
コノハが現れて、皆を鼓舞するので、俺も兵士たちに伝えておく。
「あの蜂のコアは一匹3万だ。銃で簡単に倒せる」
「うぉー!!」
「やってやる」
その一言がトドメとなったかは不明だが、皆は雄叫びをあげて戦闘を始める。
「うおりゃぁー!」
飛び込むように聖が出てきて、巨大なハンマーをマザーラフレシアに打ち下ろす。粉々になって消えるマザーラフレシアをフフンと鼻を鳴らし聖は見下ろす。
「防人社長。ここは私にお任せを」
どうやら俺にもまだカードが残っていたらしい。さて、急いで神級を発動させないとな。