267話 再迎撃
博多シティは騒然となっていた。魔物の襲撃を知らせる放送が繰り返し行われており、郊外で田畑を耕していたり、瓦礫を片付けていた人々は足早に街へと戻っている。入れ替わりに戦車隊が外へと出てきて戦列を作り始める。
「魔物によるスタンピードを確認しました。住民の皆様は慌てずに最寄りの避難所に向かってください。繰り返します。魔物によるスタンピードを確認しました。住民の皆様は慌てずに最寄りの避難所に向かってください」
大音量の放送は嫌でも耳に入り、驚いた人々は顔を見合わせて戸惑っていた。
「またスタンピード?」
「小規模だろ、この間倒したばかりじゃないか」
素直に避難用具を入れてあるのであろうリュック一つを担いで避難所に向かう者もいれば
「荷物を置いていけるか!」
「そうよ、シャッターを閉めておけば逃げなくてもいいわよね」
「家に閉じこもっていれば大丈夫よ」
「空き巣に入られたら敵わないですものねぇ」
楽観的な予想をして、避難所に逃げるつもりはない人たちもいる。店のシャッターを閉めて、雨戸を立て掛けている危機感のなさそうな人々。火事場泥棒を恐れて、今回のスタンピードは大したことがあるまいと、高を括っている人たちだ。
「いわんこっちゃねぇ! 魔物ってのはすぐ現れるんだよ、儂はわかっていた!」
「おじいちゃん! 銃なんか持ってどこに行く気!」
血気盛んなおじいちゃんが、銃を片手に城壁に登ろうとして、娘が止めていたりと、三者三様の姿を見せている。
スタンピードなんだから、おとなしく避難所に行けと怒鳴るのは簡単だが、人々にも暮らしがある。特に自営業は火事場泥棒を恐れるのはわかるぜと、防人は城壁の上から街の様子を見て、小さく疲れたように息を吐いた。
「3羽目」
ポツリと呟き、苦々しい表情になると、隣にいる雪花が俺の言葉を聞いて、顔を険しくする。
「そんなに簡単に『闇鴉』が撃墜されたのかの? 主様」
「あぁ、偵察に行った鴉は敵の対空網を越えることができないな、まいったぞ、これは」
『鴉のレベルは6……そんなに簡単に倒されるわけがないのにあっさりと撃墜されるとは……あのベヒモスは普通ではありません。未知の新種ですよ、防人さん』
俺の目の前にフヨフヨと幽体モードで浮きながら、戸惑った口調で思念を送る雫の言うとおりであろうと頷く。時速にして600kmは出して飛行していたはずなのに、ベヒモスが放つ雷撃の雨から逃れられない。ホーミング性能付きの強力な魔法をバカスカ撃ってくるのだ。危険すぎる魔物である。
「上位種ってやつだよな。ということはSランクか? 待てよ、この間片付けたばかりじゃね?」
サタンを倒したばかりだよな、なんで俺の成長に合わせたように敵も成長しているわけ? ダンジョンの管理者をぶん殴りたいぜ。
「同じような事象は、元の世界でもあったのじゃ。主様の存在が敵の平均レベルを上げているのじゃろう」
『たしかに突出した高レベルの味方に合わせて、出現する敵が強くなることはありました。雪花の言うとおりかもしれません。私はこれをロマンたっぷり佐賀方式と名付けます。ちょうど九州にいますし』
「敵から逃げても、相手が強くなる方式じゃな」
フンスと雫が怪しげなネーミングをして、雪花が納得したように頷く。俺は納得できないんだけど。元の世界のネタを含んでいるんだろう。というか、俺に合わせて強くなるなんてことはないと思いたいんだが。
「二人とも、それ以上の考えは口にするな。首を絞めることになる」
「了解じゃ」
『後で私の口を塞いでください。方法はお任せします。むふふ』
雫さんが照れるふりをして口元を押さえているので、肩をすくめておく。とりあえず、そんな噂が流れたら、俺は致命的だぜ。街を追い出されてもおかしくない。
まぁ、俺がいないとダンジョンの魔物を倒せないことを考えると、一概に追い出すのが正しい選択かわからんけど。目先の危機に対して人間は後先考えない対処方法を選択する時があるからなぁ。この予想は絶対に口にしないでくれ。
『それよりも防人さん。敵ダンジョンを見て少し気になることがあるんですが?』
急に真剣な表情となって雫は俺を見てくる。なにかもなにも、要塞ダンジョンって、もうダンジョンでもなんでもないだろ。
「なにか気になることがあるのか?」
『魔物線要塞を攻略した時、ダンジョンが現れましたよね? なにかあの時のダンジョンと似ている気がするんです。なんとなく戦いの用意をする仕方の癖が同じな感じがします』
「粘着質なストーカーがいるってわけか。前回失敗したから、今回は1から作ったダンジョンを送り込んできたんだな」
雫が訝しげに眉根を顰めて尋ねてくるので、すぐにピンときた。面倒くさいストーカーがそういやいたな。諦めてはくれなかったらしい。
「隠れていないで、出てこいと言いたいが、ダンジョンは世界の概念だからな。なんとかしたいが……だけど、いったいどんな条件下でダンジョンを発生させるんだ? いや、俺に敵対的な知性ある魔物がいた時か」
指をパチリと鳴らして、予想を口にする。前回はサタン。今回は……天使か。雫たちには悪いが妖精機も天使機体も魔物と同じ原理を使っているらしいからな。ダンジョンが天使を魔物と考えてもおかしくない。
マジか、九州に地球連邦軍は隠れていたのか? いや、足止めをするためにいたのかもしれないな。どちらにしても、まずい状況だぜ。
『今週の怪人は〜とかいうやつかもしれません。元の素材を利用しているのかも。フォッフォッフォッフォッ』
私はエビ星人と、両手をチョキにして、へんてこな高笑いをする雫さん。エビだと簡単に倒されそうだなと苦笑しながらも、雫の言いたいことはわかった。
「天使がダンジョンの意思にホイホイ乗ったとしたら、世も末だこと。いや、既に末法の世界だから、あり得る話か」
「雪花ちゃんの主様は敵が多すぎじゃの」
クスクスと妖艶に笑って、雪花が俺の頬を人差し指でつついてくる。ちんまりとした指がくすぐったい。
『もう愛人の役は終わりですよ、雪花ちゃん! 後は正妻に任せてください。なんだか変ですね? シッシッ』
キシャーと嫉妬星人に早変わりした雫が俺と雪花の間に入って、腕をパタパタと振ってくる。可愛らしいパートナーだと笑いつつ、息を吸って俺は気を取り直す。
「幸い敵の行軍速度は遅い。ダンジョン攻略は後で考えることにして、まずはスタンピードを再度片付ける」
『神級を使用するんですね?』
「あぁ。だが敵が学習しているとしたら、きっとなにか妨害をしてくるはずだ。だから、味方を増やす」
人差し指をタクトのように振って、俺は味方を召喚する。
『コウ、ミケ、クー。出番だ』
俺の思念を感じ取り、影から3体の使い魔が飛び出てきた。自我を持つ強力な使い魔たちだ。
「ちー」
ハツカネズミのような可愛らしい鳴き声をあげて、コウが巨大な蛇へと変わる。半透明の胴体が日差しを受けてキラキラと輝く。
「みゃん」
子猫のような愛らしい鳴き声をあげて、ミケがその勇猛な姿を見せる。全長5メートルの漆黒の虎は水晶のような美しい毛先がキラリと輝く。
「カァ」
普通に鴉の鳴き声をあげて、クーが3体の中で一番の巨体を見せて、空へと飛び立つ。全長100メートルの身体を持つ、空の王者だ。
俺の信頼する使い魔たち。少しばかり鳴き声が可愛いのはご愛嬌。
「な、なんだこりゃ!」
「でけえ……」
「魔物じゃないのか?」
スタンピードを終えたばかりで、まさか魔物の大群が近づいているとは欠片も思っていない兵士たちがおっとり刀で街壁に登ってきて、どよめきをあげる。
皆が騒ぐのを横目に、俺は敵の位置を再び放った使い魔から確認する。進軍速度は時速にして50kmといったところだろうか。恐らくは1時間と経たずに魔物たちはこの街へと辿り着くはず。
なので、俺の目標は決まった。
「30分でかたをつける。そうしないと、せっかく耕した田畑が台無しだ」
『なぎ倒せとコウに命令するんですね! 世界を焼き尽くした力を見せろと叫んでください』
『コウさんは蛟です』
ワクワクと目を輝かす雫さんだけど、コウは水を得意とする蛇なんだけど。火は使えません。とはいえ、敵を殲滅する必要がある。
「クー。コウに合わせろ。俺は同時に神級を発動させる準備を始める」
「ちー」
「かー」
2匹の使い魔はコクリと頷き、マナを練っていく。同時に俺も神級魔法の発動準備を始める。
『ダークモード』
意識を等価交換ストアに接続。貯金してある人々の感情から作り出されたダークなエネルギーを取り出す。漆黒のエネルギーは俺の体内を巡り、ステータスを高めてスキルレベルを引き上げる。
万能感が襲いかかり、周囲へと漆黒のオーラが撒き散らされて、遠巻きに見ていた兵士たちが、恐怖で顔を引きつらせて、さらに後退る。常々思うんだけど、このエフェクトはいらないんだが。善良な防人さんに悪い噂が広がっちまうだろ。要検討案件だな、これは。
空中に立体型の魔法陣が描かれていく。何百もの魔法陣を重ねた複雑で精緻極まる魔法陣だ。漆黒の光を放ちながら徐々に描かれていく。これが10分程度続き、数万もの魔法陣が描かれて発動するのだ。
その間、俺は動けなくなる。極度の集中力を必要とするために、案山子同然になってしまう。しかも発動させた時にマナは消費されてしまうのだ。失敗したら、かなりまずい魔法、神級というだけはある。これで俺のマナはすっからかんだ。
雪花が緊張気味に辺りを警戒して、ミケが睨みを利かす。今の俺は狙い放題の案山子だからな。
その間に、コウとクーが戦闘態勢をとり、魔法を発動させる。2匹は莫大なマナを吹き出して、強力な魔法を使用した。
『氷帝流水砲』
コウが自身の周りに超低温の水を大量に生み出して、空へと間欠泉のように噴き出す。
『旋帝風雲砲』
クーが辺りを包みこむような巨大な翼を広げて、空中に竜巻を作り出す。
コウの生み出した超低温の水が竜巻の中に入っていき、振動を受けて一瞬の内に凍ると、細かい氷の破片となる。
『双帝氷嵐砲』
意識を同調させた2匹の魔法が合わさり、暴風の渦が空へと通路のように作り出されると、氷の破片が渦の中でキラキラと輝きながら飛んでいく。
距離にして40km先。遠く離れた場所へと飛んでいき、爆発音が響いてきた。轟音と共に地面が爆発して、土煙が吹き上がる。遠方からでも余裕で見えるその光景。命中した箇所にいた魔物はただでは済まないに違いない。
氷の舞う竜巻に巻き込まれて、切り刻まれて凍りつき、その身体を砕かれるのだ。
魔物の断末魔は遠く離れたここでは聞こえないが、土煙の中に赤い塊がバラバラとなり飛んでいくのを見れば想像は簡単にできる。
「ちーちー」
「かーかー」
2匹の使い魔は意思疎通ができるのかは不明だが、魔法を止めることはなく、維持をし続けて、攻撃をしている。
『あれでは殲滅できませんね。マナの消費を抑えて、広範囲に打撃を与える。選択は良いですが、生き残りはかなりいるはずです』
冷静に戦況を確認して、目を細めて雫が淡々とした口調で告げてくる。
「細かい雑魚を片付けてくれればそれで良いと思うのじゃ。サラマンダーは倒したかの? うざいコンピーも駆逐したか?」
雪花としては、ちょろちょろと小型魔物が戦闘の邪魔になる方が面倒くさいと考えているので、問題はないと考えていた。
『アーマードトリケラトプス、ボルケーノリザードは残るでしょう。もちろんベヒモス、いえ、キングベヒモスも残っているはずです』
「大型魔物だけになれば、戦いやすいし、狙いやすいのじゃ。数万は倒したかの」
『神級、気づかれましたね』
雫が空を仰ぎ動揺も見せずに言ってくる。視線の先にあるのは、無数の溶岩弾であった。空を引き裂き、真っ赤に燃える岩の塊が飛来してきている。
あれが落下すれば、ただではすまない。大怪我を負うかもしれない。神級も発動を止められてしまう。
だが、俺には頼りになる仲間がいるからな。俺は動けないから任せたぜと、身じろぎすることもなく、魔法へと集中をするのであった。




