265話 少女
サンダルフォンは目の前の小さな体躯の人間もどきと対峙しながら、思念を繰り返し送ろうとしていた。この人間もどきが危険な敵だと考えたためだ。だが、どんなに出力を上げても、フォーチュンと連絡が取れることはなかった。
「図体は大きいのに、小心者だね〜。もしかしてあそこも小さいんすか。クフフ。無駄だよ〜、『風神雑音』を使っているから、思念、テレポートは使用禁止で〜す」
チッチと、人差し指を裾から覗かせて、フリフリと振りながら少女はネタバラシをしてくる。その内容に舌打ちをする。どうやら、この人間もどきを倒さねばならないらしいと、戦闘する覚悟を決めて、目に力を込めて見据える。
「本気になったんだね? なっちゃいました? うふふふ。なっちゃいましたか〜」
『天帝乱撃』
ケラケラと可笑しそうに笑う少女に、サンダルフォンは躊躇いなく自身の持つ最強の闘技を放つ。巨人が放つ雷の拳による連撃。空気が高熱により揺らめき、風圧により爆発し、衝撃波が周囲へと広がる。雷撃を纏わせて無数に分裂するかの如く、少女へとサンダルフォンの拳は迫る。
『風神体』
少女は余裕の笑みで、先程と同じ闘技を使用すると、その身体が空気に溶け込むように風が巻き起こり、薄っすらと半透明になった。
絨毯爆撃のように、鼓膜を簡単に破る大きな爆発音が連続で響き渡り、木々が砕けて空中へと飛んでいく。バラバラと木片と土埃が周囲へと舞う中で、都市をもあっさりと陥落できるであろうサンダルフォンの天拳は、だが少女へと掠ることもない。いくら拳を繰り出しても半ば風と化している少女は命中する寸前にかき消えて、腕をかいくぐってしまう。
雷すらもその軌道を少女は歪めて命中させることはなく、余裕の笑みでサンダルフォンの闘技をいなしていく。
「ねぇねぇ、なんで雷なんですか〜? サンダ繋がりで雷属性を持っているんすか? まさかサンタ属性も持っているのかな〜? 白髭を生やして、真っ赤な服のメタボおじさんに変身とか〜。『概念』って面白いよね〜。名前からでも面白い力を得ることができちゃうんだから」
「その余裕が命取りだ」
余裕を見せて、ペラペラと喋る少女に対して、サンダルフォンは動揺しなかった。天拳が回避された時点でこの結果は予想できていた。わかっていて繰り出した。
なぜならば、見通したところ、風と半ば化す闘技は強力な回避技であるが、それ故に他の行動をとれないと推測できたからだ。そして、このような回避技を使う敵を捉える手段は知っている。
『魔法破壊』
サンダルフォンは天帝乱撃が終了する瞬間に、マナを込めて腕を横薙ぎに振るう。突風が巻き起こり、少女の身体が初めて揺らぐと、元の肉体へと変わる。
「お、おろろ?」
自分の闘技があっさりと打ち破られたことに、不思議そうな表情になり、身体を揺らがせる。
たんに純粋なマナをぶつければ良い。攻撃力は無くとも、敵の闘技や魔法を破壊できる手段をとれば良いのだ。
『天帝監獄』
両手を広げて、少女を包み込むように闘技を使用する。サンダルフォンの封印系統最強の魔法。『サンダルフォン』との名前通りの固有スキルを持ち、その力は封印の効力を大幅に高める。
バチバチと紫電が奔り、体勢を崩していた少女は躱すことができずに、サンダルフォンの魔法に捕らわれた。少女の周りに水晶のような壁が生み出されて、完全に封印がされる。
空中に少女を封印したクリスタルの結晶体が浮き、サンダルフォンは自身の作戦が上手くいったことに満足そうに微笑む。
「その封印は決して中からは逃れることはできぬ。貴様はそのまま朽ち果てるのみ」
中からは音も漏れないために、少女が何かを口にしているが、それは口パクにしかならなかった。
空間転移を阻害して、内部と外部との空間を歪めている封印技。見た目と違い、水晶の壁は触れることも叶わない。
「このままアイテムボックスへと仕舞えば終わりだ。後は貴様の正体を調べるだけだ」
この少女は不気味な存在であり、高レベルの力を持っている。まともに戦えば苦戦は免れなかったと、相手の戦闘経験の無さに安堵をして、アイテムボックスへと仕舞おうと喚び出し始める。
アイテムボックスは召喚に時間が必要だ。ゆっくりと空間を裂いて現れ始めるのを眺めながら、フォーチュンへと思念を送ろうかと考えていると
「おぉ〜、私の大ピンチだね〜。これが戦闘経験の差というやつだ。びっくり!」
「ぬ! 音が伝わるはずが?」
両手を小さく持ち上げて、驚いたとわざとらしい演技を見せて、口を開けて笑う少女に、サンダルフォンは動揺を見せてしまう。この封印を内部から破壊することは不可能。そして、音も漏れるはずもないのに、少女の声が聞こえてくるのだから。
『魔法破壊』
少女の体から膨大なマナが吹きでて水晶内を充満させていた。ニヤニヤと悪戯そうな笑みで、少女はサンダルフォンを見つめている。
「封印系統も同じマナで破壊できるんだよね、知らなかったのかな〜?」
「馬鹿な! 封印系統はそう簡単には破壊できぬ! 『魔法破壊』では数十倍のマナが必要となるのだぞ!」
「空間破壊系統のスキルは持っていないから仕方ないの。たくさんスキルを持ったチートなボディなら良かったんすけど、うふふふ」
クフフと微笑みながら、マナを放つ出力を少女は高めていく。苦しそうな表情を見せずに、その表情は余裕を見せている。
ピシリピシリと水晶にヒビが入っていき、封印が砕けていく。天帝監獄が保たないことは理解できた。信じられないことだが、この少女の持つマナは膨大だ。その体内にどれほどのマナが備わっているか、想像もつかない。
先程のマナ感知ではこれほどのマナを持っているはずはなかったのに、これはサンダルフォンの想像の埒外であった。
「ちっ。いったい何者だ!」
封印を諦めて、サンダルフォンは戦闘継続へと思考を切り替えて、手のひらにマナを込めて少女へと向ける。
ヒビだらけとなって蜘蛛の巣のようになっていた水晶体は遂に崩壊し、パリンと砕けると宙に舞い散っていき、少女が封印を破って姿を現す。地に落ちることもなく、その身体は宙に浮かんでいる。
「化け物めが!」
『天帝雷剣創造』
その手に柱のような太さを持つ雷でできた剣を生み出して、サンダルフォンは身構える。
「今度は剣での対戦。私も喚びだすことにするから」
『召喚不壊剣』
少女が空へと手を翳すと、天に黄金に光り輝く魔法陣が描かれて、光の剣が舞い降りる。その手に光の剣が納まると、爆発するようにマナの波動が周囲へと広がり、風が少女の服をなびかせる。
「凄そうだよね。ド派手な演出! う〜ん、私って今ヒーロー、いや、ヒロイン。正義のヒロインだよ。ワクワクしちゃうね」
無骨な剣である。光の水晶で創られたような半透明の剣ではあるが、意匠もなく剣身と柄だけの長剣であった。だが、その神々しさは隠すことなく、圧倒的な力を宿していると、一目見ればどんな人間も感じるだろう。
光の剣を持ち、はしゃいだ声音で、少女は素振りをする。一振りごとに黄金の粒子が剣から舞い散り、美しさを魅せていた。
「不壊の聖剣デュランダル。切れ味は実はあまり良くないし、攻撃属性もないんだけど〜。実は残念武器。レジェンド引いたよと喜んだけど、デュランダルかよとがっかりしちゃうぶ・き」
ニヒヒと笑いを見せて、肩をすくめる少女。
「ならばどうする? 我が身体は『サンダルフォン』のスキルにより護られている」
天雷の剣を構えて、サンダルフォンは自身に比べるとちっぽけなアリのような少女へと、油断なく険しい表情で問いかけながら睨む。
サンダルフォンの言葉に素振りを止めて、少女はかぶっているフードを取り払い、嘲笑で口元を歪める。フードが取り払われて、少女の灰色の髪が覗かせる。セミロングで肩まで伸びる美しい髪の毛であった。
「『仁王』スキルの上位互換。『サンダルフォン』はよく考えていますよね。元からサンダルフォンは巨体であるという概念から生まれたスキル。その巨体へと変身しても、闘技も魔法も使用可能。無敵と言えるチートスキル。かっこいい〜、憧れちゃうよ、パチパチ〜」
ニタリと嗤い、目を細めて、少女は冷酷なる光を宿す。
「でも私には関係ないんだ。デュランダルがあれば問題ない。そう問題ないんだよ」
トンと空を蹴り、少女はサンダルフォンへと向かってくる。サンダルフォンも迎え撃つために、剣を構えて立ち向かう。
「必殺一撃、う〜ん、なんちゃらデュランダル!」
「ふざけた奴め!」
『風神剣舞』
『天帝剣舞』
少女の手がかき消える。超高速での剣舞に、サンダルフォンも剣舞で対抗する。空中にガンガンと衝撃波が生み出されて、二人の剣がぶつかり合う。
少女もサンダルフォンも舞うように剣を振るい、敵を斬り倒さんとする。
サンダルフォンの剣に比べると、マッチ棒よりも小さい剣であるはずなのに、信じられないことに少女の剣は天雷の剣を受け止めて弾き返す。
それどころか、サンダルフォンの剣をかいくぐり、その身体に切り傷をつけてきていた。
「我より速度が上回っているのか! だが、その剣、たしかになんの力もなさそうだな。その程度の攻撃力では、我の身体に浅い切り傷をつけるだけだ!」
「たしかに、デュランダルは普通に考えれば残念武器だよ。私以外には。でもね〜」
サンダルフォンの周りを素早く動く少女と激しく切り結びながら言うと、相手はフッと笑う。
「死亡フラグばかり立てる天使さん。お疲れ様」
剣に急速にマナを篭める少女は、浅く息を吐くと、腰を落として身体を前傾姿勢にして呟く。
「参ります」
『超加速脚』
残像を残して、かき消えるように少女の姿が見えなくなる。
『対抗加速脚』
だが、サンダルフォンは敵が加速系統を使用することを予想しており、相手の『加速脚』が使用された瞬間に自身も『加速脚』が自動発動する闘技を密かに使用していた。
『超加速脚』には及ばないが、速度で劣っても、耐久力は自身が遥かに上だ。防御闘技にて防ぎつつ、『超加速脚』の効果時間が切れるのを待とうと剣を横に構える。
『天雷防剣』
サンダルフォンの身体を雷の防壁が覆う。これで時間稼ぎをしようとサンダルフォンは考えて、どこに行ったのかと少女を探す。
「これで終わりだぁ〜。ププ」
サンダルフォンの頭上に移動して、剣を振り上げていた少女が笑いながら叫ぶ。巫山戯た態度だが、その剣からは身体が震えるほどの力を見せている。
『妖精剣一閃』
少女の振り下ろした一撃は、その剣撃から一条の光が放たれてサンダルフォンを通り過ぎた。雷の防壁を通り過ぎて、その身体を輝線が奔っていった。
「な!」
目を見開くサンダルフォンの驚きの声と共に、その胴体はズルリとずれて分割されて、地に落ちていく。
天使の巨体が地へと落ち、ズズンと轟音を奏でて、土埃を吹き上げる中で、トンと軽やかに少女は地へ降り立つ。
「妖精の剣は妖かしの剣。切れるものはなく、切りたいものを斬る。……あれ、なにか変かなぁ? 私間違えたかな?」
テヘヘと舌を小さく突き出して、花咲くような笑みで、手に持つデュランダルを見る。ヒビだらけとなっており、今にも砕けそうな剣身であったが、スゥッとそのひび割れは時間が巻き戻るように消えていき、元の綺麗な剣に戻っていった。
「デュランダルは不壊属性。これほど、私に相応しい剣はないよね。まさにチートな武器」
アハハと楽しそうに笑う少女の声が森林に響き渡り、戦いはサンダルフォンの死による少女の勝利で終わるのであった。




