263話 決意
汚職とは、職を汚す行為を汚職と言うのだろうかと、防人はビル屋上の柵に座りながら、ぼんやりと考える。そうすると、この世界に住む人間たちの殆どは汚職をしていることになる。権力者であればあるほど。
不正というのは小さなものから大きなものまで、様々なものがあるからなぁと、多少疲れを感じて眼下の光景を見下ろして、フワァとあくびをした。少なくとも、俺は真っ黒だろうなぁと、苦笑する。
寒空の中で、眼下では熱気で空気が揺らいでいた。人々の熱気により冬とは思えない活気を見せていた。
防人が見下ろしているのは、博多シティの外縁部にある避難用の空き地だ。そこには大勢の人々が行列を作り集まっており、山と積まれた段ボール箱から、配給品を取り出した人が、並ぶ人々に毛布や食べ物を渡している。
「汚職をしても、人々が喜ぶ姿は見れる、か」
ハードボイルドにクールな笑いを浮かべて、のんびりと冷たい風に当たりながら、人々を見守るのであった。
大友宗麟の不正がバレてから数日後。急ピッチで元廃墟街の人々へと配給がされると宣伝されて、困窮した大勢の人々が集まっていた。
小さい子供が、机に置かれている紙に、ボールペンでカリカリと文字らしきものを書いて、朱肉に親指を付けると、ペタリと紙に押し付ける。くっきりと指紋が残ったのを見て、もじもじと係員を見上げる。
係員は紙を確認する。文字を知らない子供が書いたので、のたうったミミズにしか見えないが、指紋が残っているので問題はないと、うず高く積まれた紙束の一番上に置くと、子供へと優しい笑顔でニッコリ笑いかける。
指紋があれば、後で本当は戸籍があったとわかった場合、照合できる。そして戸籍が取り消されるので、そんな危険なことになるならと、外街の人々がこの列に並ぶことはない。外街の人間が不正に並ばないようにとの対抗策だ。バレる危険と天秤にかければ、並ぶのをやめるだろうことは間違いない。
「はい、結構です。では、配給品はこれだからね。それと、天津ヶ原コーポレーションの仮宿舎の場所は、あそこの係員に聞いてね」
「はい。ありがとう〜。わぁ、あったかい!」
配給券の束と、毛布や古いコートを子供に手渡しながら説明する。泥だらけでペラペラの薄着を着ている子供は毛布に顔を押しつけて、花咲くような笑みで暖かさを感じ嬉しそうにすると、お礼を言って走り出した。
「転ばないでよ〜」
「うん!」
天津ヶ原コーポレーションの用意した宿舎。よくわからないけど、泊まれるし、シャワーも浴びられるらしい。ご飯も食べられると聞いているので、スキップするかのように足取りは軽かった。
他の人々も同様に配給品を受け取って、宿舎とやらに向かう。
「信じられないよなぁ、突然どうしたんだ?」
「大友都市長が失脚したらしいぞ。何やら不正の証拠が出てきたとか」
骨と皮しかないような痩せている男たちが、小脇に毛布を担いで、突然の配給に驚いていた。そして、なぜこんなことになったのかと話し合っている。
「不正の証拠って、今更じゃないか。揉み消すなんて簡単だろ?」
「関東の連中とやりあったらしい。で、負けたと」
「あぁ、そういうことかぁ。新しい都市長は優しそうで良いな」
苦笑いを浮かべて答える男の言葉に納得する。不正なんて、山程やっているのに、ばれるとはおかしい。いや、ばれても揉み消すのが常套手段だ。それが揉み消せないということは、勢力争いに負けたということなのだ。
元廃墟街の人々に配給品を配ってくれる都市長なら、良かったよと嬉しそうにする相方に、男は頭を振って否定して、ポンポンと小脇に担いだ毛布を叩く。
「これは都市からの配給じゃない。天津ヶ原コーポレーションの配給品だそうだ。これから向かう先にある宿舎も天津ヶ原コーポレーションの建物。お前、知らなかったのか?」
「へぇ〜。なんで配給券を会社が配るんだ?」
1か月分の配給券の綴りを見て、疑問に思い首を傾げる。
「それはよくわからねぇなぁ」
「まぁ、飯を食えて、暖かい毛布を貰えるなら別に良いか」
「そうだな」
ワハハと笑いあうと男たちは宿舎に向かう。元廃墟街の人々にとっては、なにがどうなっているか経緯なんて関係ない。食べ物と服が貰えれば何でも良いのだから。
大友宗麟が先日失脚した。簡単な話で不正がバレたからだ。二重帳簿が見つかった。ただそれだけのことだ。本来なら、ただそれだけの話。都市長として、トップに立つ大友宗麟なら簡単に揉み消すことができたのだが、喧嘩を売った相手が、コノハと防人であったためにもみ消すことは不可能となった。
都市長から引きずり落とされて、大友一族が独占していた市議員も6割が関東から来た御三家の一族に入れ替わった。あっという間の出来事であり、平家も源家も大友宗麟の隙を逃さなかったのである。
大友宗麟は現在非常勤のアドバイザーとなっている。都市経営に際して、大友宗麟の能力は必要であったのだが、数年もすれば引き継ぎは終わり、大友宗麟の家門は力を失うだろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとう! 助かるよ」
コノハは配給品を並んでいる人へと笑顔で渡す。相手も笑顔で返してくるので、その笑顔を見ると嬉しいし、やる気がでる。だが、疑問もある。
「ねぇ、レイ。この配給品は天津ヶ原コーポレーションが用意したものですわね?」
隣で同じように人々に配給品を配るレイへと尋ねる。配布している中身に配給券があるなんておかしくないかしら?
「天津ヶ原コーポレーションが用意したものだな。奇跡を齎す副団長レイに不可能はない」
フッと口元を笑みに変えて、レイは動じずに答える。そこに罪悪感とか、後ろめたさはまったくない。
「奇跡を齎すというか、これは本来用意されていた……まぁ、良いですわ。選択肢を選ぶとすれば、わたくしは常にこちらを選びますし」
毛布を次に並ぶ人に渡しながら苦笑いをする。権力者たちは皆多かれ少なかれ不正を働いている。それならばマシな方を選ぶだけですわ。
「天津ヶ原コーポレーションは、常に廃墟街の人々の目線で活動をしていますものね」
ポツリと呟き、元廃墟街の人々を見る。離れた場所で、折角手に入れた配給券を誰かに手渡している人や、毛布やコートを奪われている人がいる。おとなしく引き下がり、文句を言わないところを見ると借金でもあるのか……。博多外街にここ数年住んでいたのだ。色々とあるのだろう。
「皆に配給品を配って、めでたしめでたしとはならないものですわね」
その光景を目に入れて、哀しく思いため息を吐く。物語のように勧善懲悪の世界ではない、現実の世界はこんなものだ。だが、胸がモヤモヤする。
「現実は世知辛いという防人の言葉だな。致し方あるまい」
ニヒルな口調を演じて、レイが肩をすくめるが、たしかにそのとおりだ。現実はそうそううまくはいかない。それにこの配給品を配っている天津ヶ原コーポレーションも完全に善意からというわけではない。
「今回の騒動で博多東部の土地は天津ヶ原コーポレーションが買い取るのですわよね?」
「はい。そう聞いています。それに救済用特別耕作地という名の土地になって、収穫される作物などは安く売るらしいですよ」
いつもの口調に戻ったレイの言うとおり、天津ヶ原コーポレーションは博多東部を買い取った。そのまま南下して九州海沿いの東部を全て買い占めるらしい。ダンジョンからの解放が続けば、九州の支配者として名を馳せるはずだった。
「安く売る分、税金も3%と格安ですものね。救済用ということで、特別な税率となっていますから」
救済用特別耕作地との名前のとおり、困窮した人々を救うための、ダンジョン発生からしばらくして作られた法律だ。過去に適用されることは殆どなかったのだが、困窮した人々を助けるために税率は特別に低い。
権力者たちもこの法律を適用した田畑を手に入れようとしたが、そもそも内街にしか収穫される作物は売らなかったことと、それを弱みと考える他の権力者がいたことから、利用はしなかった。
外街や廃墟街の人々にも作物を売り払う天津ヶ原コーポレーションだからこそ、適用された法律であった。そのため、天津ヶ原コーポレーションは田畑の開墾を一気に推し進める予定だ。
幸いにして、人手は足りそうだ。配給品を貰った元廃墟街の人々は、喜んで天津ヶ原コーポレーションの田畑を耕してくれるだろうから。
「凄いです。まさかこんなにたくさんの人たちを助けることができるなんて〜」
「そうにゃんね。これが立場を利用した正しい救済方法にゃーよ」
「そのとおりだ。私が働いたことは防人にアピールしなければなるまい。失職している親戚が大勢いるのだ。これから多くの人材が必要だと思うのだ」
はしゃいだ声で華が段ボール箱を開いて、配給品をどんどん取り出して人々に手渡す。その様子を見て、花梨と陽子は偉そうに胸を張っていた。二人は先程から働く様子はない。護衛をしているのでと、仕事を断っていた。相変わらずの二人であった。
ざわざわと、皆が楽しそうにお喋りをしながら働いている中で、コノハは小さな子供が嬉しそうに毛布を頭からかぶって、暖かいと笑顔になるのを見ていた。
「あたたかーい」
キャッキャッとはしゃいで、あんなペラペラの薄い毛布でも嬉しそうな笑顔に胸を打たれる。
「立場を利用した救済……。天野防人は悪党ですが、考えさせられます」
出処が怪しすぎる品物だ。だが、人々は喜んでいる。不正である証拠はどんどん配られて無くなっていく。
「防人が悪党なのは否定しません。こんな世の中ですからね」
レイがあっけらかんと言ってくる。う〜んと、コノハはレイの言葉に俯いて再び考え込む。ずっと考えていたことがあるのだ。
「レイ。わたくしは多少善に天秤が揺れるように人々を救いたいと思います」
「ん? なんですか?」
顔を上げて決意に満ちた瞳でレイを見ると、不思議そうに見返してくるので、話を続ける。
「わたくし、人々を救う営利団体『道化の騎士団』を設立いたしますわ」
「非営利ではなく?」
普通は非営利団体ですよねと、怪訝な表情になるレイにニコリと微笑み返す。
「こんな世界で非営利なんて、無理ですもの。権力を持ち、財力を持ち、武力を持って、稼ぎながら人々を救います。幸いにして、今回の功績がありますし、お母様にお金を報酬として貰って、団体を設立しますわ」
「それはただの会社では? いったい何を扱う会社ですか?」
「それはですね、これから検討しますわ! とりあえず、冒険者が簡単に食べられる保存食! 困窮している人も食べられる安くて栄養がある物を取り扱います!」
「人手はどうするのですか?」
「目の前に大勢いるではありませんの。ノウハウを持つ人材は平家の家門から用意しますわ」
コテリと首を傾げるレイに、フンスと鼻を鳴らして答える。雇用をすれば良いのだ。困窮した人々を助ける一番の良策であるからして。天津ヶ原コーポレーションとは違う形で救済をするつもりだ。
勝算もある。天津ヶ原コーポレーションと組めば冒険者ギルドへ保存食を卸せるはずですし。ここまで道化をしたのだから、レイもそれぐらいは口を利いてくれるはずですわよね。
「ずっと考えていたのです。名前だけ売れても仕方ない。なにか人々のためにしたいと! 保存食の作成が1番。2番目は、各地の支援ですわ」
「支援の依頼が一番来そうです。まぁ、コノハさんのコネを使えばなんとかできるのかもしれないですね」
「コネも武器ですもの。会社を設立して人々を救います! まずは目の前の人材をスカウトにいきますわ!」
熱い炎の瞳となり、コノハはチンピラたちに配給品を奪われて、肩を落とす家族に近寄る。
「わたくし、現実は世知辛いと切って捨てるのではなく、拾い集めようと思います。そこの家族! わたくしに事情を話してご覧なさい!」
コノハは決意を胸に、人々を救おうと考えるのであった。金稼ぎと救済を両方行う自分を人々は無理だと笑うかもしれない。だからこそ、今日から始めるのは人々が『道化』と謳う救済の道なのですと、目を輝かせていた。




