262話 不正
夕闇が訪れて、外が闇夜の帳に覆われる。魔物からの攻撃が収まった博多シティだが、電力不足は解消されておらず、節電の指示が出ているために、ほとんどの家屋は真っ暗だ。壁に備え付けられている監視灯だけが灯っているのが見える。ほとんどの家屋、即ち平コノハが滞在している屋敷は例外であるために、煌々と電灯が灯り、外にも明かりが漏れているが。
さすがに歓待しているお客の屋敷にまで節電をしてくれとは言えなかったのであろうと、コノハは生クリームのエスプレッソがけをスプーンで掬い取り、舐めるように口に入れながら思う。
「それで、風魔さん、その話は本当ですの?」
今は急な訪問をしてきた風魔大佐、織田少尉、それと知らない子供たちと、レイ、風香とで夕食をとった後だ。全員、居間に移動して寛いでいる。食後のコーヒーを飲みながら、先程聞いた話を風魔大佐に確認しているところだ。
食後のコーヒー……これはコーヒーと言えるのかしら? 生クリームがメインに見えるんですけど。コーヒーはカップに山盛りにしてある生クリームに申し訳程度にかけられているだけなんですけど。
悔しいことにエスプレッソがかけてあるので、苦味により甘さが控えられて食べられる。いえ、違ったわ。今は風魔大佐の持ってきた情報の確認だ。
「花梨でいいにゃよ、コノハ様。皆、名前呼びにゃんこ」
「私も陽子で良いです。友だちは名前呼びなので」
「それじゃ、わたくしもコノハで良いですわ」
ゆらゆらと猫の尻尾を揺らしながら、花梨がウィンクをして、陽子も真面目な表情で言う。それじゃ、名前呼びするわねと、少し嬉しく思う。名前呼びできる人はなかなかいないからだ。
ニヤリと狐娘が笑ったが、人の良いコノハは気づかなかった。微妙に猫娘と狐娘は言い回しが違ったのだが気づかなかった。これでコノハと友だちですねと、陽子は裏でほくそ笑んでいたりもした。
「で、花梨が持ってきた話。わたくしがお願いをして、元廃墟街の人々へ渡っているはずの支援金が滞っていると?」
先日、コノハは元廃墟街の人々へ支援をするように、大友宗麟に取引をして了承された。それなのに話が違う。
「本来はコートに、毛布。配給券が配布されているはずですのに、まったく渡されている様子はない? 一回目の配布は終わったと聞いています」
陽子が話を引き取って答えてくれる。
元廃墟街の人々の数は少ない。把握しているだけだが、生き残りは3000人程度らしい。悲惨な暮らしをしており、少しでも助けになればと思って提案したのだし、3000人は一見多いが、都市長なら簡単に配布するための物資を揃えられる数である。事実、数日後には配布を終えたと聞いていたのだが……。嘘だったらしい。
「配給の期間が短すぎましたね。配給をするとの連絡から、物資を揃えて人を集めて配布するまで。2週間は必要でした、コノハ様」
「風香様の仰るとおりですわ。あの時は疑問に思いませんでしたけど、たしかにおかしいですわよね。準備期間などなくても、元々あった緊急避難時の食糧その他を流用したと言っていたので、納得してしまいました」
大友宗麟は魔物の危機がなくなったので、緊急避難時用の物資が過剰に余ったために、それを流用して配布したと報告をしてきたのだ。なるほど、たしかにあり得る話であり、それだけ大友宗麟は有能なのだなと納得してしまったが……。
「まったく配給を受けておりませんの?」
「は、はい。えっと……冒険者ギルドならお腹いっぱいになれる仕事を受けられるって聞きました」
生クリームを食べるのは初めてなのか、口元をベタベタにして、夢中になって食べていた子供たちがビクッと身体を震わすと、おずおずとコノハを見てきて答えてくれる。その内容にコノハは舌打ちしてしまう。
「冒険者ギルドに全部押し付ける気でしたのね! 支援金は最初からポケットに入れる気だったのですわ!」
激昂して立ち上がり、フンスと息を吐く。不正は日常茶飯事で当たり前のことであるが、やって悪いことと、絶対にやってはいけないことがあるのだ。今回、大友宗麟は絶対にやってはいけないことをやってしまった。
元廃墟街の人々の暮らしが大変なことは目の前でコーヒーもどきを食べる子供たちを見ればわかる。この冬のさなかに、夏服のような薄着なのだから。
「どうやら廃墟街の人々を都市長が受け入れたのは、不満のはけ口にするためだったようですね。都市の危機に際して、住民が八つ当たりできるスケープゴートとして元廃墟街の人々を受け入れたのでしょう」
下調べは終えていた風香が、冷静な声音で教えてくれる。が、それを聞いてコノハは冷静ではいられなかった。
「そんな……。酷いですわ! 関東での廃墟街の人々の扱いも酷かったですが、ここも酷い……酷すぎます! 痛い目に遭ってもらいましょう! レイ、何か妙案はありませんの?」
おとなしくコーヒーもどきを食べているレイへと話しかける。実際に痛い目に遭わせる気だが、どうやれば良いか思いつかない。こんな時は副団長の出番なのである。
「ふっ。奇跡の軍師、レイに任せるが良い。今回は防人からも共同提案が来ている」
「天野社長から? いつの間に?」
「冒険者ギルドの経営に対して、さらなる不正をし私腹を肥やそうと提案されたとか。二重帳簿を作って、今夜早くも大友宗麟に渡すそうなので、我らは明日の昼に大友宗麟の家に突撃取材すれば良い。アポイントメントなしで訪れれば、驚くこと請け合いだ」
あっさりとレイは解決策を伝えてくる。が、少し変な提案だ。
「冒険者ギルドの二重帳簿を証拠にしますの? 冒険者ギルドも責められますわよ。それに廃墟街の人々への配給をしていない証拠にはなりませんわ」
「そこは防人に任せよう。不正の証拠というものは、防人曰く、1つに纏めて隠してあるようなのでな」
クククと仮面の少女は楽しげにする。それならば大丈夫なのだろうかと、小首をコテンと傾げるコノハだが、信頼するレイの作戦だ。納得をして、明日の昼に大友宗麟の家へと訪問することに決めるのであった。
そして、次の日である。内街の兵士たちも数人連れて、大友宗麟の屋敷に訪れた。博多を支配する権力者に相応しく、広々とした敷地に整えられた庭園と、西洋風の屋敷。中世ヨーロッパの貴族が住むような屋敷である。
「こんにちは、大友都市長。今日はお伺いしたいことがありまして、失礼かと思いましたが、急な訪問となりましたの」
「お気になさらずに、平様。都市の救世主のご訪問はいつでも歓迎いたします」
屋敷には意外なことに大友宗麟がいた。仕事で出掛けているのではと思っていたのだが、この忙しいさなかに、屋敷でのんびりとしているようだ。
気を取り直して、出迎えてくれた大友宗麟へと挨拶をする。昼にアポイントメントなく訪れたコノハたちに驚くかと思ったが、予想外にニコニコとスキンヘッドの男は笑顔を浮かべていた。
不気味な笑顔である。普通は少なからず戸惑うはずなのに、まったく動じておらず、余裕を見せている。
作戦どおりにいくか、少し不安に思ったが、レイを信じて、大友宗麟の不正を追及することにして、コノハは険しい口調で問いただした。
「実は元廃墟街の人々に渡すはずの配給が、まったく渡されていないと耳にしましたの。証人もいますわ」
連れてきた子供たちへとちらりと視線を向ける。コートを着て暖かそうにしているが、戸籍などを調べればすぐに元廃墟街の住民だとわかるだろう。
大友宗麟はコノハの追及に、しかしながら肩をすくめて薄笑いを返すのみだった。
「実は謝罪しなければならないことがあるのですよ、平様。恐らくは手続き中の混乱で、配給を終えたとご報告が行ったかと思いますが、それは誤りでして。謝罪に行くところだったのですよ」
「……謝罪とは?」
警戒して大友宗麟を睨むように尋ね返す。なんだか予想と違う。ここで慌てふためくはずだったのに、大友宗麟は余裕の表情を崩さない。
「配給の準備ができたとの報告だったのです。倉庫をご覧に入れましょう。3000人が1か月暮らせる物資を揃えてありますので」
「な、物資がありますの?」
「はい。こちらへご案内致します。どうぞ平様」
倉庫とやらに案内をすると、大友宗麟は手を振って歩き出す。本当かしらと、動揺しながらレイを見るが、薄笑いを浮かべているので、少し不安が解消される。想定内だったらしい。
「実はですな、私も不正を調査しておりまして、新しい企業である冒険者ギルドを調査しておりました。その際に気になることがありましてね」
「気になることとは、なんですの?」
「冒険者ギルドの不正です。くくっ、予想と違っていましたか? 救世主様? 核ミサイルのボタンを持っている相手でも政治家は普通に交渉できるのですよ、冒険者ギルドにはっきりした不正の証拠があった場合、都市長としてその企業を監督しなければならないと考えます」
狡猾そうな笑みの大友宗麟に、なにがどうなったか理解した。コノハが強力な魔法使いだと理解しているにもかかわらず、この男は物怖じせずに、謀略を仕掛けてきていたのだ。コノハたちの力が弱いと勘違いしたのではなく、理解した上で自分たちにその力は振りかざせないと予想して、嵌めてきたのだろう。
「まずは私の潔白を証明してからにいたしましょう。どうぞ、これが用意した物資です」
案内をしながら、思わせぶりなことを口にして、ニヤニヤと嗤う大友宗麟。屋敷の裏にある体育館のような蒲鉾形の倉庫に辿り着くと、分厚い金属製の扉を部下に開けるように指示を出す。
「どうぞ、段ボール箱に積まれた物資が全て配給品です」
扉が開かれると、大友宗麟は演技が入った大袈裟な口調で手を振って倉庫内を指し示す。
「はぁ……なにもないですが?」
だが、倉庫内はガランとしていた。何もなかった。段ボール箱1箱も存在しておらず、広々とした空間があるのみだった。
予想と違って、コテリと不思議に思い、コノハは首を傾げてしまう。予想では物資が大量にあって、大友宗麟は高笑いをするつもりだったのだろう。
「そ、そんなはずは! 私の物資はどこだ? 確かに揃えておいたのに、どこに消えたんだ!」
慌てふためき、部下に怒鳴り散らす大友宗麟へとコノハは冷たい視線を送る。
「物資がない今、不正をしていたということでよろしいでしょうか?」
「帳簿もここにあるな、偶然に手に入れた物だが。二重帳簿とは便利極まりない不正を暴く証拠品だ」
レイが前に出てくると、いつの間にか手にしていた本の束を放り投げてくる。ギョッと大友宗麟は驚愕して目を剥く。なぜそれをレイが持っているのか理解できないに違いない。たぶん強引に魔法で家探ししたのだろうけど。というか、倉庫の物資はどうしたのだろうか。
「馬鹿なっ! しかし冒険者ギルドの不正の証拠となる二重帳簿も手に入れている。おいっ、見せてやれ!」
「は、はい。これとなります」
顔を真っ赤にして、怒号をあげる大友宗麟に、部下が慌てふためきながら、鞄から分厚いノートを取り出す。冒険者ギルドの二重帳簿なのだろう。ん? 二重帳簿? 特区は無課税なのに?
ノートをひったくるように取りながら、大友宗麟は私たちへと鬼の首をとったかのように、ノートを開いて見せてきた。
「これは問題では? 詳細は調査をしなければなりませんが、明らかなる不正。冒険者ギルドへ監督官を……」
怒鳴るように得意げに叫ぶ大友宗麟の真っ赤な顔がみるみるうちに青褪めていき、尻窄みの小声へと変わる。なぜならば……。
「真っ白なノートですわね? それが不正の証拠だと?」
手に持って私たちへと見せてきたノートは真っ白であった。最初からなにも書いていなかったかのように。
「そんなバカな! 昨日、渡された時に確認をした。その時には墨のような文字が書かれていたはずなのに!」
ペラペラと猛烈な勢いでノートを捲る大友宗麟だが、真っ白なノートはどこまでいっても真っ白だった。
たぶん色々と画策してたのに、全て邪魔されたのだろう。なんだか気の毒に思うが、わたくしたちを敵にしたのだから仕方ない。
「では、不正の証拠もありますし、わたくしの要求を聞いてもらえますわね? 少なくとも物資の支出に関しては、東京から監査官を派遣させてもらいますわ」
ニコリと慈悲溢れる笑顔で、肩を落として絶望している大友宗麟へと告げるのであった。
これで元廃墟街の人々は助けることができるに違いない。ホッと安堵で胸をなでおろすコノハであった。




