261話 悪巧み
今日の防人さんは、美味しそうなすき焼きを食べています。どう見ても怪しい肉ではない。霜降り肉、霜降り肉である。雪化粧をしたような真っ白な霜降りではなく、赤身の味もしっかりと舌に残るし、噛むとジワッと旨味が口に残る。
美味い。とっても美味い。語彙が少なく貧しいが、美味いのだ。霜降り肉でのすき焼きは何十年ぶりだろうと、少し感動してしまうぜ。
なぜ、すき焼きを食べているかというと、接待を受けているからだ。誰に接待を受けているかというと、大友宗麟から接待を受けていた。
数時間前……。
俺のために用意された宿舎にて、俺は考え込んでいた。古びたソファのスプリングがギシギシと鳴って、薪式ストーブの炎が揺らめくのを見ながら。
「なんだかボロい宿舎だよな。隅っこに蜘蛛の巣が張っているぜ。顔を出した風香が微妙そうな顔で帰るだけはあるよな」
寒そうに手を擦ってストーブの前に座る雪花と、なにかを思い出しているのか気持ち悪い笑顔を浮かべている大木君に話しかける。信玄や馬場は外で兵士たちの監督をしているので、この場にはいない。
「じゃな。だだっ広い宿舎じゃが、これは修学旅行で生徒が宿泊するような合宿所のような感じじゃ。主様を饗すには、少しばかり格が落ちているの」
雪花がストーブの汚れ具合に眉をひそめて答える。どこから骨董品のような薪式ストーブを持ち出したのか、ある意味感心するもんな。
「ねぇ、兄貴? 聖さんはどこに泊まるんですかね? ここじゃないですよね? 俺、護衛をしようと思うんですがどう思います? 護衛をしますと言ったら、ニコリと微笑んでくれたんですけど、あの優しい微笑みは脈ありってことですかね? 名前呼びで良いと言ってくれましたし。えへへ」
人の話を聞かないで、デヘヘと身体をくねらせて、春を期待している植物怪獣大木君。その様子を見て、親切心で聖のことを教えてやる。俺は優しいのだ。
「まぁ、泊まれればどこでも良いが、たしかに気になるな。冒険者ギルドと俺の会社を切り離されて考えられているのか? それと聖は誰でも名前呼びを許すし、優しい微笑みを見せているぞ」
ガーンと大木君がショックで固まって、いよいよ植物になる前兆を見せていたが、気にすることはなく考え込む。
「博多くんだりまで来たってのに、天津ヶ原コーポレーションは冒険者ギルドを抜かせば美味しい思いをしてないんだ。なにか考えないといけないぜ」
足を組んで、コンクリート打ちっぱなしの壁の様子を見る。殺風景な部屋だこと。広々とした部屋に薪式ストーブ。テーブルも椅子も古びている。ガタつかないので、とりあえずは使える形だから、文句を言いにくい。そんな部屋で、俺は天津ヶ原コーポレーションを博多にどうやって食い込ませるか考えていた。
うちの売りはやはりコア、次に食糧だ。蕎麦にトウモロコシ、じゃが芋をたっぷりと売ることができるからな。確実に関東一の耕作地となっているのである。小麦粉や精米ももうコアストアに入れても良い頃かね。既得利益にうるさい奴らもそろそろ抑えられるはず。
魔法具も販売しているし、コア以外にも社長としては他の都市に売りに出したいわけだ。もちろん天津ヶ原コーポレーションが有利となる不平等契約で。商売は誠実さと信頼? お互いに利益になるように商売をしないといけない?
そういう心得は聞いたことがある。納得できる話だ。将来のことを考えると、それが一番だと俺も思う。だから、その心得で商売を始める人が現れることを切に願うぜ。俺はできるだけ有利に儲けることだけを考えて、後から後悔することにするよ。
というわけで、習志野を別にすれば初めての他都市だ。なんとかして、面白い食い込みをこの都市にしたい。
と、ドアをノックされた。俺たちはなんだろうとドアを注視する。
「入れ」
「はっ。失礼します」
カチンカチンに緊張している戦闘服姿の社員が入ってくる。俺を微妙な表情を浮かべて見てくるので、何かあったらしい。なんだ、なにか言いにくいことが起きたのか?
「博多都市長の大友宗麟様の部下がいらっしゃいました!」
「大友宗麟の? なんの用でだ? なにか言っていたか?」
敬礼をして報告をしてくる社員のセリフに首を傾げる。なにか用があったかなぁ。
「それがご用件をお伺いしたところ、直接社長に伝えるとの一点張りでして……」
「ほ〜ん……なんだろうな、いったい? そんなに重要な用件なのか?」
もう冒険者ギルドの話は終わっているはずだ。もっと賄賂を寄越せと言ってきたら困るんだが。主に大友宗麟が困ると思う。事故死とか病死とか。
「まぁ、話してみたらわかるか」
ここは寒いし、少しは動かないとなとソファから立ちあがる。雪花たちも暇なので、一緒についてきて、応接間に向かう。この合宿所、無駄に広いんだよ、寒い。
「あ〜、主様。少し寒いから魔法を使わないかのぅ?」
「胸元に手を突っ込んでやれば暖かくなるか? 厚着しろ、厚着」
雪花が寒そうに身体を抱きながら隣を歩くが、胸元をちらつかせて、短い裾の改造和服だから寒いんだろ。セーター着ろ、セーター。
「聖さんにプレゼントとかどうですかね? 俺からのプレゼントで印象深くなるやつなんですが」
大木君が難しい顔をして、俺へと聖の気に入る物を尋ねてくるが、そんなの一択だ。即答してやる。
「現金だな、現金。トランクケースにぎっしりと札束詰め込んだやつを渡したら喜ぶだろうよ」
「トランクケースいっぱいですか……小さめのトランクケースでも良いですかね?」
「小さなやつなら数千万円ぐらいで大丈夫なんじゃないか?」
「そなたら………ボケているわけじゃなくて、本気なのじゃな……」
雪花が呆れた表情で半眼になるが、お金のプレゼントなら、後から欲しい物なら何でも買える。万能のプレゼントじゃないか。今の世界なら最高のプレゼントじゃんね。
アホかと、雪花が怒って、俺たちにプレゼントとはどういう意味を持つか、コンコンと説教してくる。もちろん俺もわかっているが、プレゼントを貰ってから部屋で見直した場合、小さなぬいぐるみとかよりも、トランクケースに入った札束の方が嬉しいと貰った当人は最終的には喜ぶはずなんだ。
ドラマとかでも、部屋で恋人から貰ったぬいぐるみを、指でツンとつついて幸せそうに笑うシーンより、札束をツンとつついて幸せそうに笑うシーンの方が幸せそうに見えると思うんだがなぁ。駄目かね?
言い返すと、ますます激昂してくるので、からかいながら応接間に到着する。古ぼけて色が落ちたドアを開けると、スーツ姿の男たちが数人ソファに座って待っていた。
俺らが部屋に入ると、ようやく来たかと、わざとらしくため息を吐いてきた。待っていた男たち全員、俺たちを見てくる視線がおかしい。明らかに見下してきている。なんだろうね?
「遅れて申し訳ない。何かご用件があるとかで」
「そのとおりだ。ったく、都市長の使いが訪れたら急いでやってくるのが、普通ではないかね? 君は礼儀という言葉を知っているか?」
僅かに胸をそらして、威張った様子を見せる男たち。ほ〜ん? は〜ん?
なんで男たちが偉そうにしているかわからない。俺の力はダンジョン攻略時でも見せているはずだし、話半分でも、関東での俺の勢力は大きいと理解できるはずだが……。
ふむ……。ソファにゆっくりと座りながら、どうしてか考える。で、ピンときた。俺の話が嘘くさいと思ったのか。凄まじい威力の神級を使ったことと、ダンジョン攻略での活躍。神級はコノハが使用していたとはいえ、ダンジョン攻略で俺の力はわかっているはず。
………だが、大友宗麟との会談時の俺の態度はどうだった? 力ある者としての態度ではなかった。賄賂で九鬼を除き、大友宗麟へとつけ届けをすることで、話を通した。
なるほどねと、事態を理解して、口元がニヤけてしまう。なるほどねと。なるほど、なるほどねと。
「あ〜、コホン。すみませんね。私も忙しくて。大友様の使いの方と聞いて急いでやって来たのですが、なにぶんこの場所も広くて」
うへへと揉み手をして、ソファに浅く座りペコペコと頭を下げる。傍目から見たら、弱気の男の出来上がり。雪花が、また何か仕掛けているなと、ジト目で見てくるが気づかない風を装う。
俺の態度に満足したのか、フンと相手は鼻を鳴らして、見下してきた。
「大友様が貴様をお呼びだ。話をしたいとのおおせだ。17時に料亭博多まで来るように。内街の料亭だ」
男は偉そうに名前も名乗らずに、一方的に告げてくると、用件は伝え終えたと立ちあがる。
「はい。お約束の時間に必ずお伺いいたしますね」
そんな男たちにペコペコと頭を下げて、俺は了承する。なかなか楽しそうな食事会になりそうだと、僅かに口元を歪めながら。
で、大友宗麟との食事会となったわけだ。すき焼きを奢ってもらっているのだ。奢りだよな、これ?
畳敷きの上品な和室にて、対面に座る大友宗麟たちは余裕の笑みで悠々と食事をしている。
対して俺たちはというと、
「あ、俺は肉だけ入れてもらえますか? 兄貴、こんなに良い肉は初めて食べました!」
鍋を取り仕切る女将へと、大木君が遠慮なくお願いを口にしていた。いかにもチンピラの弟分という感じだ。演技をしろと伝えたが、素に見えるな。
むしゃむしゃと肉を頬張る大木君を見て、薄笑いを浮かべる大友宗麟たち。その目はチンピラ風情がと語っていた。
「主様よ。なかなかこの肉は美味しいの。ほれ、あ〜ん」
俺にしなだれかかり、箸で摘んだ肉を差し出してくる雪花。和服は完全に着崩れており、チラチラと胸元を見せつけるように、俺へと身体を押し付けてくる色気のある姿は、どこからどう見ても、チンピラの親分の愛人だ。
素晴らしい演技だ、雪花。雫がいなくて良かったよ。雫だと愛人には見えないしな。じゃれてくる子供にしか見えない。どこがとは言わないが、少し装甲が薄いところがあるし。
そして俺は全力で、チンピラの親分みたいな態度をとる。全力でマナを押さえて、目元を緩ませて胸を張る。小悪党が部下には威張っているように見えるように。
大友宗麟は、そんな俺たちを見て、世間話から入ってくる。大物が小物に気遣う風で、徳利を差し出して、俺に酒を注いできた。
「この間の冒険者ギルドの取引。上手くいったようで何よりだ。君の立場も良くなったのではないかね?」
にこやかな笑顔で聞いてくるので、俺は大友宗麟の蔑みを隠さない目を見て、ニヤニヤと笑いを見せて頷く。
「御三家の方々には喜んでもらえましたよ。なぁ、雪花? 俺の仕事ぶりに満足していたよな?」
「そうじゃな、主様は素晴らしい能力を持っておる。元廃墟街出身だとは、もはや誰も思うまいて」
ふふっと、俺の胸を指先でなぞりながら、女優賞取得確実な雪花さんは妖艶に微笑む。だが、廃墟街出身と聞いて、大友宗麟たちはますます見下す様子を見せてくる。
「たしかに君は有能なのだろうな。どうだろう、天津ヶ原コーポレーションというトンネル会社ももっていると聞いた。コアの件も含めて私と組まないかね?」
「組むとは?」
「この都市にも色々な商品を売るつもりだろ? 冒険者ギルドのコアだってそうだ。だが、御三家を通してだと、あれだ、取り分が少ないのではないか?」
「そうですねぇ……。ですが、売上は書類として残りますからね」
「この都市での仕事ぶりは関東ではわからないのでは? 私は都市長だよ? ん、どうしたのかね?」
堂々と不正をやろうと、ニヤニヤ笑いを崩さない大友宗麟。博多に作る農地や、コアの売上には手を加えることができると。税務署の監査やなんだと理由を付けるつもりなんだろう。
だが、俺が黙り込んだので怪訝な様子となる。俺は慌てて首を横に振るとにこやかな笑みを浮かべる。
「いえ、それは良い方法かと。そうですね、大友様が後ろ盾なら心強い。どうでしょう、まずは今回の農地開拓とコアの売上の書類。こちらでは盗まれたことにするので、保管していただけませんか? 大友様7割で」
売上を隠しての二重帳簿だ。そのお金を分けようぜと、交渉を持ちかける。大友宗麟は俺の提案に、話がわかるやつだとニヤリと笑う。
「良いだろう。だが私が8割だ」
「わかりました。私は2割でも充分ですので。すぐに書類とお金をお渡しします」
「お前は本当に有能なのだな。あぁ、わかった。小物から成り上がれるぞ、いつかはな」
偉そうに大友宗麟は笑う。その取り巻きもニヤニヤと下卑た嗤いを見せてくれる。
その様子を見て、俺は交渉成立ですねと握手を交わす。ちょうど面白い情報が雫から送られてきたし。
この取引。とっても美味しい取引だよな。わかりやすい悪人か、裏がある悪人か、どちらかは知らないけど。




