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26話 ダンジョン

 ダンジョン。世界を崩壊させた天災、それとも人災か。突如として現れたダンジョンは人の世界にじわじわと侵食してきた。絶え間ない戦争と、失われる資源。税金を高くして、当初資金提供を行い、ダンジョンの殲滅に名乗りを上げていた企業、投資家たちも、終わりのないダンジョンとの戦いに保身に走り、人々は政治に不満を訴えて、政権は何度も入れ替わった。

 

 各国が手を携えて、敢然と協力して戦いを挑めば、スキル保持者の育成に力を注ぎ、後々に続くダンジョンの発生にも耐えられる人間を大勢揃えればなんとかなったかもしれない。


 しかし、なまじ軍で対抗できたのがまずかった。企業が検体を手に入れたあとは資金の提供を止めたのもまずかった。不満を口にして政権を何度も交代させる人々もまずかった。そして、各国は自国の保身ばかりに走って、他国と手を取り合おうとしなかったのがまずかった。


 当初はすぐにダンジョンは破壊できると考えて、終わりなく発生してくるとは考えていなかった各国は軍事の見本市とでも思っていたのだろう。ダンジョンは終わりなく、湯水のように兵器や銃弾が失われていくことに気づいた時には遅かったのだ。


 もはや手元にいくら金があっても、このままでは資源が失われて、最後には人類は負けると軍事企業は慌てて、自分たちの勢力を広げることのみに腐心していた政治家たちや、軍部の者たちはようやく滅亡する可能性があると判断したが、その時には全世界にダンジョンは発生しており、全ての地域をカバーできるほどの軍もなく、遂に人類は大都市以外を放棄して、身を固めることに決めたのである。だいたい10年程前の話だ。


 そんなダンジョンを前に少女は立っていた。煌めく艷やかなセミロングの黒髪、おとなしそうな目つきと、ちょこんと小さな形の良いお鼻、桜のような色の可愛らしい唇、可愛らしい顔立ちの小柄な美少女だ。


 のんびり眼で、森林の中にあるダンジョンを見ていた。この周辺にいたゴブリンなどは姿がない。狩りの成果である。信玄たちが頑張ったおかげで奥地のゴブリンたちも既に狩られていた。


 狩場のそばのダンジョンは手を付けないことにして、その奥に雫は辿り着いている。傍らには影虎や影蛇が3体ずつ待機しており、時折現れる魔物を退治していた。


「ゴブリンダンジョン。危険度D。完全フル装備の軍なら一個歩兵中隊で攻略可能。5階層からなり、マップパターンは18種類、地形種類草原、洞窟、古代神殿の3種類。ダンジョンボスはゴブリンキング」


 そっと可愛らしい声音で、呟くように淡々とダンジョンの詳細を口にしていく。3メートル程度の高さと横幅10メートル程度の広さを持つ穴がポッカリと空いている。


『雫さんや? なんで、そんなに詳細を知っている? それって、内街の連中は知っているのかな?』


 フヨフヨとおっさんの幽体である防人が雫の目の前に浮きながらジト目で尋ねてくるが、フッフッフッと小さな膨らみの胸を張り、得意げにそっと唇に人差し指をつける。


「私はなんでも知っているわけではありません。知っていることだけだよ」


『へー』


「にゃあー!」


 猫の真似をして、ぽかぽかと拳を繰り出してくる雫である。またいつもの変な病気が出てきたらしい。


 ふぅふぅと猫背になって、猫のように威嚇してきたが、溜息を吐くと髪をかきあげて、腕を組みポーズをとる。その傍らに地面に刺してある鉄の塊のような3メートルはある大剣に柱代わりに寄りかかって。背中には猟銃を担いでいる。腰にはベルトに何本ものナイフを差してある。


「予想よりも早くダンジョン攻略に入れることになりました。さて、等価交換ストアーの能力をフルに活用するためにも侵入開始と行きますか」


 トンと、地面に刺さっている大剣の根本を蹴って、梃子の原理で、回転させると柄を手にする。


 ぬらりと光る鉄の塊。140センチ程度の小柄な体躯の美少女は、肩にゴブリンキングが使用していた巨大な大剣を担いで薄っすらと笑みを浮かべて中へと入るのであった。



 ダンジョンには昔に潜ったことがある。防人が実際に潜ったのは10年以上昔だ。その頃は現れるダンジョンを全て破壊し尽くそうと、軍隊は毎日銃を持ち、銃声は響き渡り、戦闘機や戦闘ヘリはミサイルやランチャーをばら撒いていた。


 なので、比較的楽にダンジョンに潜って敵を倒すことができた。潜入制限はかかっていなかった。


 というか、国は倒せるものなら倒してくれという主人公的英雄を求めていたのか、願望もあったようで、罰則はなかった。入るのを防ぐようにするための軍の余裕もなかったしな。


 もちろん、そんなチートじみた主人公的英雄は現れなかった。現実は世知辛いぜ。


 防人は当初はナイフを付けたスチール製の物干し竿を。5年後にスキルレベルが1になってからは魔法で倒していたが。よくよく思い出してみると、スキルレベルゼロの時はショボい手製の武器でよく戦っていたもんだ。


『そういや、地形が3種類あると言ってたよな? ダンジョンって、どんな風になっているんだ? ダンジョンを破壊して地盤沈下とか聞いたことないんだけど』


 ぴちょんと天井から水が落ちてくる薄暗い洞窟。特殊なヒカリゴケが辺りをぼんやりと照らし、土が剥き出しで、ゴツゴツした小石が転がる坑道みたいなダンジョンである。雫曰く洞窟タイプだとのこと。


「ダンジョンは空間を歪めてその場所に滑り込むように入り込みます。例えると、プールの中に空気の泡の建物ができる感じです。バンカーミサイルでも破壊可能ですが、破壊したあとは水が入り込み元に戻ります。完全に元に戻りますので地盤沈下は起きません」


『雫はなんでも知っているのな。ん? なんだよ?』


 なぜか感動した目で見てくるが、なんだよ?


「いえ、先程のセリフを口にしたいところですが……。そろそろ戦闘開始です」


 雫は目を細めて、大剣を手に持ち剣先を地面に下ろす。その視線の先にはゴブリンたちがいた。いつもどおりに邪悪な笑みを見せながら、棍棒を手に持ちドタバタと走ってきていた。


 5匹、そしてアーチャーが1匹。後ろで矢を既につがえている。こちらへとゴブリンが来る前に、山なりに上手にアーチャーは撃ってきた。


 このような直線的で天井が低い場所で矢を射るとは、その腕の良さに舌打ちするしかないと防人は考えるが、雫は平然として待ち構えていた。


 ヒュッと風斬り音がして、矢が目の前まで来るが、その射線に片手を出すと軽く手のひらを揺らす。揺らした手のひらを矢に添えて、その軌道を変えると顔の横を通りすぎる。髪の毛に矢が掠り、後ろへと力なく落ちていく。


 素早く次の矢をつがえて、アーチャーは放ってくる。ゴブリンの中でも凶悪な魔物で恐れられている奴だ。だが、接近してきたゴブリンたちを見て、攻撃を止めて通路の奥に姿を消す。頭が良すぎて頭にくるぜ。


「さて、スキルレベル3の力を見せてあげます」


 カララと大剣を引き摺り、目前に迫るゴブリンたちへと、凶悪な光を宿して、口元を薄く笑みへと変えて、雫は足を踏み出す。


「ギャッギャッ」

「ギャッ」

「ゴブッ」


 ゴブリンたちが一斉に襲いかかろうと棍棒を振り上げてくる中で、右脚を強く踏み出して、身体を捻り、両手で大剣を強く握り横薙ぎに振る。


 ビュオンと振られた大剣から風が巻き起こり、ゴブリンたちを薙ぐ。その小柄な体躯から生み出されるはずのない勢いで、ブレードは全てのゴブリンの身体をあっさりと断ち切った。分断されたゴブリンの身体が空に飛び散り落ちていく。鮮血が舞い、機嫌が良さそうに雫は嗤う。


「シッ」


 僅かな呼気をだして、腰からナイフを引き抜いてアンダースローで通路の奥へと投擲すると、ドサリと何かが倒れる音がした。


「使徒は全部俺が倒すっ!」


 ふんすふんすとご機嫌少女。また、なにやらよくわからないセリフを呟いて再び大剣を担いで歩き出す。


『使徒って、なぁに? 雫さんや?』


「大剣を持った戦士は使徒と戦うんです。あれは未完で残念でした」


『さよけ』


 また、意味のわからないことなんだろうなぁと防人は呆れるが、雫は不満そうにぷっくりと頬を膨らませて返すのであった。


 ズリズリと大剣を引き摺り、アーチャーの死体を横目に雫は通路を歩く。角を何回か曲がり、ゴブリンやホブゴブリンに出会う。が、全て大剣を振り回すことで雫は倒していく。大剣の質量と遠心力からの剣撃は等しく敵を切り裂いてゆく。


 ホブゴブリンはその力は雫と同等ではないかと思われたが、雫の攻撃は相手の隙を狙うように、タイミングを見計らって防御をすり抜けて倒していった。


 巨腕をクロスさせて防ごうとしても、身体を沈み込ませて、両足を断ち切り地面に跳ね返すと、くるりと身体を回転させて、返す刀で縦斬りにする。アーチャーはナイフで倒していく。


「攻略者の人数により、魔物はその数を変えるのです。特殊な魔物以外は、ですが。ソロから6人までなら36匹までですね」


 先頭を走るゴブリンへと蹴りを繰り出して、その胴体をくの字に変えて、後ろのゴブリンたちへと押し出すと、身体が浮くほどに大剣を後ろへと下げ、見かけによらない膂力を以て、右からのゴブリンへの切り裂き、地面へとぶつかるとその反動で振り上げて、もう一匹。体を翻し横回転にて竜巻の如く残りのゴブリンをバラバラにする。


『ソロと6人で出現数が同じなら6人が良いじゃん』


 バラバラ惨殺となった現場を見ながら防人は出る幕ねぇなと暇つぶしに尋ねる。ゲームのような仕様だ。


「明らかにそのような仕様を意識されてダンジョンは作り上げられていますが、これはダンジョンからゲームを意識するだろう人類側への罠です。6人で攻略が良さそうに聞こえますが、実際は休憩時の見張り、大規模戦闘を考えると一個中隊が良いと想定されています。6人で攻略するのは罠ですね。だいたい全滅します」


『俺たち、現在何名で攻略中だっけ? 100人ぐらい?』


 思い切り今の人数はまずいんじゃね? 雫さんや?


「私たちのような存在なら攻略可能です。まぁ、それで貴重な強者が全滅するから6人は推奨されないのですが。精鋭から先に死んでいく、という言葉通りですね」


 防人の言葉にふふっと微笑み返す雫。


「ですが、この罠をくぐり抜けるほどの力を持たなくては、将来的には先に進めません」


 また腰から早撃ちガンマンのように目にも止まらぬ速さでナイフを引き抜くと通路の奥へと投擲する。


 先って、どれぐらいの先を見据えているのかな? 回答はしてくれないだろうけど。


「さて、わかりました」


『わかりました?』


 ザラリとした土の壁を雫は手のひらでなぞりながら頷く。


「はい、このマップのパターンがわかりました。あとはボスまで駆け抜けます。だいたい30分ぐらいでしょうか。今度は普通にゴブリンキングと戦いますよ、防人さん」


 可愛らしい微笑みで、謎しかない美少女はクスリと笑うのであった。どうやら数十分このダンジョンを歩いただけでマップを把握したらしい。恐ろしい娘だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ???『私は何でも知っている』 ???『私は何も知りませんよ。あなたが知っているんです。』
[一言] 「大剣を持った戦士は使徒と戦うんです。あれは未完で残念でした」 ↑ ワロタwww 最近、後を継いだ人が連載再開したそうですな
[一言] バサ姉!?
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