259話 立花
華は男たちを観察する。雪花さんの教えだ。どれぐらい敵が強いか、その佇まいで予想をする。立ち方、構え方、歩き方などなど。たくさん教わった。
まだまだ未熟な私だけど、男たちの強さをだいたい想像するに
「見かけだけなんですね〜」
あまり強くないなぁと、華は男たちを見て冷徹に判断した。怖いのは銃を持っているかだが、たぶん持っていない。腰に下げておらず、脇の下も特に膨らんではいないし。
雪花のエリート教育を受けた戦士がここにいた。見かけによらず、達人の女戦士がここにいた。
男たちは少女の呟きを耳にして、頭にきたらしく容赦なくパンチを繰り出してくる。喧嘩慣れしているのか、そこそこ腰の入ったパンチだなぁと考えながら、スイッと足を踏み出す。首をコテリと傾ると、突き出された拳が顔に触れるぎりぎりを通り過ぎていく。
ひょいと伸ばされた相手の肘を軽く叩くと、懐に入り込み、支点となっている足を払う。華よりも遥かに背丈もあり、体格も良い男は華の軽そうな攻撃でバランスを崩して転倒した。
「たぁっ」
「ぐふっ」
バタンと大きな音を立てて、仰向けに倒れ込む男の鳩尾へ容赦なく蹴りを入れてとどめを刺す。確実に倒せと雪花さんからは教えを受けている。
「な! 小娘が!」
「こいつ!」
ニヤニヤと嘲笑って、少女が殴られるのを見ていた残りの男たちが、まさか仲間が倒されるとはと、激昂して殴りかかってくる。
「やあっ」
二人目の男の繰り出してきた拳を、華は僅かに前傾して、両手で軽やかに受け流す。そのまま体勢を崩した相手の懐に大きく踏み込んで、横から体当たりをする。
ダンと床を叩く音がして、体当たりをされた男は浮き上がり、華を攻撃しようとしていた3人目の男を巻き込むと、床に勢いよく転がった。
「こ、このガキ」
「なにが起こったんだ?」
ふらふらとしながら、男たちは立ち上がり華を睨んでくる。なにが起こったのか、あまりにも鮮やかな動きであったために、理解できていなかったようであった。
ツイッと拳を胸の前に掲げて、華が構えて
「この悪人めがっ!」
華の横を陽子が通り過ぎると、立ち上がってきた男たちの鳩尾へと鞘で突き入れる。あっという間に男たちは、くの字に身体を折ってうめき声をあげて倒れ伏す。
「ふ。この『剣聖』織田陽子の前で、このような悪逆無道は許すことはできん!」
凛とした態度で、陽子さんが厳しい声音で警告をする。手加減をしていたので、3人とも気絶することもなく、うめき声をあげて、私たちを怯えた様子で見てくるのみだった。
周りの人々も華たちを見てくる。華と言うか、陽子さんを主に見ているけど。かっこいい人だから無理もないなぁ。
「点数稼ぎだけは得意にゃんなね」
花梨さんがジト目になって、近寄ってくる。戦闘服を着込んだ猫人と狐人の2人を見て、倒された3人の男たちは、這うようにほうほうのていで逃げ出すのであった。
「酷い奴らだな。ああいうのは私は許せんのだ。今度同じようなことをしたら、とっ捕まえてくれるわ!」
「『剣聖』織田陽子がにゃ、とアピールするのにゃ」
呆れた様子の花梨さんがため息を吐く。たしかに周りの人々は剣聖なのかと、ヒソヒソ話を始めている。たしかに噂にされるだろうなぁと、苦笑してしまう。
男たちが逃げていって、落ち着いた様子になってきたのだけど、もう一度並ばないといけないのかなぁと、ズラリと並ぶ行列を見て嘆息してしまう。
それよりも、蹴られていた廃墟街の子供たちは大丈夫かなと、すぐに思い直して顔を向けると、立花という名の男の子が興奮して、私に詰め寄ってきた。
「お前強いんだな! あんなに強いなんて、何かのスキル持ちか?」
私が男の人たちを倒したのを見て、キラキラと尊敬の目を向けてくる立花君。少し照れちゃう。私のステータスは1000を超えているから、手加減の方が大変だったことは秘密にしておいた方が良さそう。
「えっと、アハハ。少しだけ鍛えているからね」
頭をかいて立花君へと答えると、後ろにいる子供たちへと話しかける。
「大丈夫だった?」
私よりも年下の子供たちだ。男の子2人に女の子1人。冒険者ギルドは暖房がまだついていないので、大勢の人々がいても寒い。
そんな寒い中でも、夏服かと思うほどにペラペラの薄手で、穴が空いていて、汚れている服を着込んだ子供たちは口籠りながらコクコクと頷く。
……怯えている。私の服装は以前と違う。農業用に作業服を着込んでいるけど、真新しいし冬用の厚手の服だ。廃墟街の人々にとっては私はお金持ちに見えるかも。少し寂しさを感じてしまう。
それだけ私の暮らしも変わったんだなぁと思いながら、手を差し伸べる。
「ちょっとひと休みしようか〜?」
ニッコリと微笑んで、奥の部屋に行こうと告げるのであった。黄金冒険者の特権だ。個室が使えるのである。
冒険者ギルドの職員のほとんどは天津ヶ原コーポレーションの冒険者ギルドからの出張だ。なので私の顔は知れ渡っており、顔パスで個室を借りられた。この個室は白銀以上のランクの人が使用できる部屋である。
突貫工事で作った冒険者ギルドなので、結構殺風景な内装だったけど、同じく個室も殺風景だった。大人数での会議を行えるように、広い部屋ではあるけれど、組み立て式の長机が3つがくっつけられて部屋の中心に置かれていて、その周りにたくさんのパイプ椅子が置かれている。それ以外は窓が1つだけあって、他は何もない。エアコンをつけてくれたので、寒さが段々和らいできていた。
華は椅子に座って、ニコリと微笑むと手を振って長机を指し示す。
「食べて食べて〜」
机の上には炙ったコッペパンや茹でたじゃが芋に茹でたトウモロコシ、燻製肉とキャベツを炒めた物が置いてある。個室を用意してもらう間に職員さんに頼んだのだ。お金を払えば軽食も頼めるサービス付きなのです。黄金冒険者って、本当に凄いと感心しちゃうよ。
「い、良いんですか?」
子供の中で、少しだけ背の高い男の子が、私の顔を窺うように、おずおずと聞いてきて、他の子供たちはよだれを垂らしそうに、お腹の空いた顔で料理をじっと見つめている。
「もちろん! わた――」
「安心するが良い。この織田陽子の奢りだ。遠慮なく食べるがよかろう」
陽子さんが口を挟んできて、私のセリフをとっちゃったので、ぽかんとして見つめる。と、陽子さんは軽くウィンクをしてきたので、なにか意味があるんだろうと、黙っておく。
「ありがとう!」
「これ温かいよ!」
「おいひい、おいひいよ〜」
3人とも並ぶ料理に手を伸ばしてかぶりつく。コッペパンを片手に、燻製肉の炒め物を頬張り、顔を綻ばす。トウモロコシに食いついて、甘いと呟いて夢中になって口に入れていく。
脇目も振らず夢中になって、子供たちはご飯を食べているのを、私はニコニコと眺める。昔の自分たちを見ているようで、ちょっぴり懐かしい、助けることができて嬉しい。
「あまり黄金ランクのことと、お金を持っていることを周りに教えるな。ここは天津ヶ原コーポレーションではない。魔王の配下だと知られていないのだから、絶対にちょっかいを出してくる奴がいるぞ」
小声で私に陽子さんが嫌そうに教えてくれるので、そういうことなんだと、コクリと頷いてお礼を言う。陽子さんは良い人だなぁ。
「お前が絡まれたら、それを聞いた魔王が私をモフラーとする時間が長くなる。絶対に自分だけで動くなよ? アクション映画じゃないのだ。スタンドプレーをしても良いことはまったくない」
「そうにゃん。段々防人の触ってくる手が気持ちよくなってきているから、危険なのにゃ。おとなしくしてるにゃんよ」
なんだか二人とも危機感溢れる切実そうな顔で言ってきた。二人の迫力に私はコクコクコクコクと冷や汗をかいて頷き返す。なんでかわからないけど、二人とも大変みたい。
私も1つ食べようかなぁと、コッペパンに手を伸ばして2つに割ると、燻製肉の炒め物を挟む。ふふふ。簡単に食べられる知恵なのだ。
パクリと食べていると、立花君が身を乗り出して私を見てくる。なんだか目を輝かせているよ?
「なぁ、えっとお前は名前なんて言うんだ?」
「私は華。名字は、……う〜ん、考え中」
なんていう名字にしようか迷っているんだ。純ちゃんたちと話し合っているけど決まらない。戦国武将が流行りらしいけど、なんだかなぁと思う。自分たちにぴったりの名字にしたい。幼女ちゃんは天野にしたらしい。名前はなんだっけ……まぁ、いっか。
有名な武将の名字を名乗れば、前世の人が輪廻転生をしたんだとか言われているけど、そんなことは信じられない。縁起担ぎで名字は決めたくないよね。
「そっか。俺は立花宗茂! へへっ、いい名前だろ?」
鼻をこすって得意げな表情の少年。なんと、縁起担ぎで名字を決めた人が目の前にいたや。
「なあなあ、お前はどこで鍛えたんだ? 大人相手に強かったよな。俺とパーティー組まないか? ゴブリンぐらいなら倒せると思うんだ」
身を乗り出して、グイグイと来る立花君に、目を白黒させちゃう。立花君としては、強い人を仲間に入れたいんだろう。
「ごめんね。私はパーティーを組めないんだ。仕事がたくさんあるの」
「そうなのか? なんの仕事を……、あ、いや、良いや。助けてもらったのに、ちょっと強引だよな、ごめん」
意外と素直に身を引いてくれたので、ホッと安堵する。なので、助言をしておくことにする。
「あの、立花君。ゴブリンは強いから止めておいた方が良いよ。元兵士だから、大勢のグループで銃を使って簡単に倒していたんでしょ? でも、冒険者は銃は持たないんだよ。少数での行動も多いし簡単に殺されちゃう。ダンジョンツアーがこの先開催されると思うから、そこで経験を積んでね」
しっかりと言い聞かせておかないと、勘違いをしている立花君はあっさりと死ぬだろう。特区でもいたのだ。ツアーでゴブリンを簡単に倒せたから、自分たちだけで倒しに行って戻ってこなかった人たち。それと同じことになってほしくない。
私の真剣な表情を見て、立花君は動揺した。どうやら思い当たることがあるらしい。
「あ、あぁ。わかった。華は詳しいんだな。もしかして博多出身じゃないのか?」
「うん。私は関東から支援に来たんだ〜」
「そうなのか………関東から来たのか。エリートだったんだな」
立花君は俯いて、ポツリと呟き、なんだか悲しそうな表情になるけど、どうしたのかな? 少し不思議に思うけど、それよりも優先することがある。
「ねぇ、君たちは元廃墟街の住民?」
ご飯を食べている子供たちへと問いかけると、コクリと頷き返してくる。
「うん、そうだよ。……ねぇねぇお姉ちゃん。このパン、持っていっても良い?」
よく見ると、食べながらも残りを気にしているようで、チラチラとお皿の上の料理を見ている。私と同じようにコッペパンに燻製肉の炒め物を挟んでいても、パンを大事に手に持って食べる様子を見せない子もいる。
どうしてかはすぐにわかる。今お腹いっぱいになるより、明日のご飯も確保したいんだ。
「お姉ちゃんに任せなさい! お腹いっぱいご飯を食べても大丈夫。お土産もたくさん用意するし、暖かい服も買おう!」
今の私なら100人分だって、古着であればコートも買えるし、ご飯だって用意できる。私と同じ境遇の子供たちを助けるんだ。
フンスと胸を張り、私は子供たちへと告げる。
「わだだ」
ムギュッと私の頬を花梨さんと陽子さんが押さえてきた。
ご飯とかを用意すると言おうとしたら、止められたのでワタワタしてしまう。お金を他人のために使うなと言うつもりだろうかと、二人を睨もうとして、
「えっと、なんで二人ともニヤニヤとしているんですか〜?」
「華よ。教えてやろう。この場で金を使って子供たちを救うのは二流の偽善だ。貴様の立場ならば、懐を傷めずにもっと大きなことができるのだ。この子供たちを助ける金を使って、より多くの人々を助けることができる。無論、この子供たちも助ける人々の中に含まれるぞ」
「元廃墟街の子供たちって、言ったにゃんね。それにしてはおかしいにゃん。これはお高い情報にゃ」
陽子さんと花梨さんがニフフと口元を緩ませてニヤけていた。……なにか、私にはわからないことがあったらしい。
「まぁ、騙されたと思ってついてくるにゃ。子供たちも一緒ににゃ」
招き猫のように、にゃんにゃんと手招きをして、花梨さんは席を立つ。陽子さんはクククと狡猾な笑みを浮かべている。
なにがなんだかわからないけど、花梨さんは防人社長の信用している人だ。きっと良い方法があるのだろうと、慌てて子供たちと共についていくことに決める。もちろん、残った料理はお土産にして。




