258話 行列
博多シティの冒険者ギルド支店は急遽作られたために、外街でも内側にある比較的まともなビルを使用して開店した。解体用の倉庫に隣のビルを使い、車両の整備工場も隣接してある。
博多外街でも金持ちのみが来る区画であったのだが、今は収入に関係なく多くの人々が訪れている。いや、困窮している人の方が多いだろうと、歩きながら混雑している冒険者ギルドを見て華は思う。
明らかに服装から貧民層だとわかる人たちがいるからだ。薄汚れて継ぎ接ぎだらけの古着のコートを着込み、寒そうに身体を震わせているからだ。
その中でも廃墟街の出身だろう人は華にはすぐにわかった。それらの人は外街で困窮している住民。コートすら着ることができなくて、穴が空いて接ぎもできないペラペラの服を着ている人が廃墟街の出身の人だ。
彼らは寒さに身体を震わせているどころか、お腹を空かせて顔を真っ青にしていた。以前の私を見ているみたいだと、華は悲しく思う。いつだって最悪を超える最悪な状況なのが廃墟街の住民なんだ。
悲しくなって、ため息をつく。廃墟街の住民は魔物に皆殺しにあったと思っていたけど、生き残っていたと聞いて驚いた。外街の住民がよく受け入れたなぁと、首を傾げながら進み、整備工場で聞き慣れた男の子の声が聞こえてきたので、視線を向ける。
「できましたよ。これでこの耕運機は動くはずです」
エンジンの修理を終えたのだ。バタンと錆びている耕運機の蓋を閉めて、オイルで顔を汚した男の子が元気な声をあげている。話しかけているのは、中年の男性だ。男の子の説明を聞いて喜びで顔を綻ばせて、男の子の肩を軽く叩いた。
「ありがとうよ。整備士は全員内街に連れていかれちまってな。それなのに、この冬の寒空の中で田畑の開拓をしろってお上の御達しだ。まぁ、俺達も食い扶持が増えるから文句はないんだが、農業機械はないとな。ガハハ」
「錆取りぐらいはしておかないと。すぐに壊れちゃいますよ」
「そこまで余裕がなかったんだ。それじゃ持っていくよ。ノルマをさっさと終わらせないと。幽霊共はしっかり働いていれば良いんだが。本当にありがとうよ!」
男性は耕運機に乗り、エンジンを動かしてまともに動くとわかると、手を振って去っていく。私は最後の言葉にピンときてムッとするが、男の子がなにも言わないでいたので、唇を少し噛んで深呼吸すると、近寄る。
「純ちゃん、お疲れ様〜。忙しそうだね?」
言外にあんな人ばかりなの? と多少罪悪感にかられて尋ねると、ニカッと元気な笑みで男の子は答えてきた。男の子と言うか、純ちゃんなんだけど。
「あんな人はあまりいないよ。……まぁ、少しだけ」
「私が皆の車両の整備をお願いしちゃったから……。純ちゃんは私の護衛に来てくれたのに」
『金属加工』レベル4と、整備士の技術を持つ純ちゃんはここでは貴重な人材だ。私の護衛にせっかく来てくれたのに、戦いはもう終わっていて、耕運機を始めとする大量の車両が修理を待っていたので、修理をお願いしてしまったのだ。護衛は暇そうな花梨さんに防人さんがお願いしてくれた。
「いや、華の提案は当たり前だよ。動かない車両がたくさんあったからな。だから気にすんなって」
嫌な思いをしたんじゃないかなと、心配と罪悪感を持つが、肩をすくめてやんわりとした口調で純ちゃんは口を開く。
「あんな人間はたくさんいるし、あの耕運機がなければ、もっと大変な目を廃墟街の人々が受けることになる。それを考えればたいしたことないさ」
「純ちゃんは優しいね。えへへ」
最近頼もしくなってきたなぁと微笑む。純ちゃんは考え方が大人びてきた。防人さんの影響だろうなぁ。
「少年、君はなかなか見どころがあるな。たしか天津ヶ原コーポレーションの幹部だったな。名前は純だったか? 技術屋だと聞いている。ああいう奴らには、技術屋では嫌な思いをすることが多い。良ければ、交渉などを担当する文官を紹介しよう。なに、私が信頼する者だ、安心してくれ。私は『剣聖』織田陽子という者だ」
ついてきていた剣聖さんが、純ちゃんの肩に手をおいて、誠実そうな微笑みで声をかける。たしかに、文官さんは必要かも。
「お前が信頼する文官なんか、まったく信頼できないにゃ。と言うか、お前は護衛じゃなくて営業に来たのかにゃん!」
陽子さんの提案にジト目で花梨さんがツッコミを入れる。駄目らしい。
「ウィンウィンの関係だ。護衛5割、営業5割だな」
誠実そうなのは表情だけみたい。真面目な顔で、陽子さんはとんでもない内容を返してきた。
「それ、陽子が10割にゃんね! 明日から防人のモフラー役を命ずるにゃ」
「わかった、私らしくないな。少し焦っていたのだろう。さぁ、華よ。冒険者ギルドに行くとしよう。いつもは違うのだ、勘違いしないでほしい」
動揺の欠片も見せないで、陽子さんはスタスタと冒険者ギルドに歩き始めるので、冗談だったのかなと戸惑って、花梨さんに視線を送る。
「まぁ、焦っているのは本当にゃん。あいつはあんなにわかりやすい言動はしなかったからにゃ。なにせ、クソ真面目な剣聖さんにゃんだからにゃ」
「はぁ、そうにゃんですか〜」
「真似すんにゃ」
花梨さんはコツンと私の額を笑いながらつつく。テヘヘと笑い返して、真面目な人だから、陽子さんはお金に困って焦っているのかもと思いながら冒険者ギルドへと足を向ける。
「それじゃ純ちゃん。また後でね〜」
「おう、頑張れよな。こっちが終わったらすぐに行くから」
純ちゃんと笑い合って、私は冒険者ギルドに入るのだった。
冒険者ギルド内は多くの人々が受付に並んでいる。皆、冒険者ギルドに登録に来ているのだ。並んでいる人々を見回すと、兵士らしき戦闘服を着込んでいる人たちが多い。行列の後ろに私は並び、花梨さんたちは壁際で待機だ。
「ったく、魔物の脅威がなくなった途端にクビかよ、都市長の野郎」
「本当だ。ふざけやがって。俺たちは命をかけたのに、その礼がこれかよ」
痩せている人たちが、不満を口にして苛立っている。行列は天津ヶ原特区で並ぶ人たちとは違い、期待に目を輝かせている人たちはほとんどおらず、疲れた顔や怒っている人たちが多い。理由は聞いている。たしか、兵士を予備役にかなり回したらしい。
復興資金を確保するために、多くの兵士を抱え込んでいる余裕はないということらしい。酷い話だけど……。先々のことを考えると、その対応は理解できちゃうので、胸がモヤモヤしてため息を吐いてしまう。
兵士一人に支払うお給料で、10人を1か月お腹いっぱいにできる作物が手に入る。と防人社長が言ってた。その10人が農業に勤しめば、100人、その10人が農業に勤しめば……と、合わせて魔法の作物と魔法具を駆使すれば、あっという間に食べ物に困ることはなくなるらしい。
クビになった兵士さんたちは、冒険者ギルドの冒険者として引き取る。そうすれば、兵士たちが泥棒になったり、裏社会を組織したりとか無い予定。
あくまでも予定であるんだが、現実は世知辛いからなぁと、防人社長が一瞬怖い目になったことを覚えている。冗談めかしているけど、その場合の対応は想像つくので、黙ったままでコクリと頷いちゃった。
なので、理屈はわかるけど兵士さんたちは自分に振りかかった不幸に納得はしないだろう。だから、皆は苛立ちながら行列に並んでいるのだ。この状況は安定的に収入が手に入るようになるまで続くに違いない。
つらつらとそんなことを考えながら、なかなか進まない行列でのんびりと自分の順番が来るまで待つ。
フワァとあくびをして、今日のご飯は純ちゃんの好きなものにしようとか、雛たちは元気かなぁとか、幼女ちゃんの不思議な扉で宿舎と自宅を繋げてくれないかなぁと考えていると、前の方が騒がしくなった。怒鳴り声が聞こえてくる。なんだろう?
「俺のために行列に並んでくれてありがとうよ」
「ぼ、僕たち……並んでるのは冒険者になるため、……なんです」
薄汚れた戦闘服を着込んでいる体格の良い3人の男たちがニヤニヤと下卑た嗤いで、行列から弾き出したのだろう、私と同じか年下だろう子供たちを見ていた。
子供たちはおどおどと、自分よりも背が高い男たちへと抗議しているが、男たちは聞いている様子はない。シッシッと手を振り、非難の目を向けてくる周りにはジロリと強面の顔を顰めさせて睨む。厄介事には関わり合いになりたくないのだろう、非難の目を向けていた人たちは目を逸らす。
その様子にますます調子に乗ったのか、ヘッと笑い飛ばす。
「も、もう何時間も並んでいるんです。ずるいです」
「あぁ〜ん? 廃墟街の連中が外街に入るのはご法度だぜ? なんでここにいるんだ?」
わざとらしく首を傾げて、抗議をしている子供たちを馬鹿にしたように口元を男たちはニヤニヤと嗤う。
「そ、そんなの数年前になくなった! 私たちも住んで良いって」
「わかってねぇなぁ。お前たちが外街に住むことを許されたのは、魔物がいなくなるまでだ。すぐにまた昔のように外に出るようにお達しが出るに決まっているだろうが」
「そうそう。それにお前たちが外街に住むのを許されたのは、俺たちの不満の捌け口になるからだよ。あぁ、それとやりたくない仕事をしてもらうためでもあったな。下水道で大ネズミの死体を持ってきたりとかな」
口を揃えて男たちは子供たちを馬鹿にする。その暴言に子供たちは泣きそうな顔になるが、誰も助けようとはしない。
それを見て、私は足を踏み出そうとして
「やめろよなっ! あんたら恥ずかしくないのかよ、こんな子供たちを馬鹿にして! そんな子供たちから行列に並びたくないからって、奪い取るなんて恥ずかしくないのかよ!」
一人の男の子が行列から飛び出して、男たちに怒鳴って非難した。戦闘服を着込んでいることから、多分元兵士だ。15歳ぐらいだろうか。まだ幼気な童顔の少年。
「立花じゃねぇか。てめえ、幽霊の味方をするのか? こいつらは廃墟街の連中なんだぞ?」
「そんなん、昔の話じゃんか! 3年前の話だろ!」
「この糞餓鬼がっ!」
子供に怒られるのが恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にして怒気を纏わせると、男たちの1人が拳を繰り出す。
ヘッと、立花と呼ばれた少年は合わせるように拳を繰り出して
「グハッ」
そのまま、顔にパンチを受けて倒れ込んだ。リーチの差がわかっていなかったみたいだ。
倒れ込んだ立花さんに、助けられた子供たちが心配げに駆け寄る。その様子をせせら笑いを浮かべて、男たちは見下ろす。
「弱いくせに歯向かうんじゃねぇよ。馬鹿なガキだぜ」
「ほら、見世物じゃねぇ、金取るぞごらぁ!」
周りを威圧するように睨みつける男たちに、荒事となったことを見て、皆は目を逸らすか、面倒くさいと気にせずにお喋りを始める。
「見世物にしては、貴方たちは大根役者すぎですね〜。退場してもらって良いかな?」
「あん? なんだてめえは? また廃墟街のガキか?」
「冒険者として、見逃せないんです。そういうことは」
凄んでくる男たちへとニコリと笑い返す。ここは黄金の冒険者である私が止めなくちゃいけない。
義務ってやつなのだ。防人社長風に言うとそうなると思う。
だから怒っても良いのだと、華はお仕置きをすることに決めたのであった。
 




