257話 博多田畑
「それでどうなったんですか?」
冒険者ギルドがコアの独占をすることになったらしいと聞いて、華は瓦礫の上にあぐらをかいて座っている花梨へとそんなにうまく行くものなのかと疑問をぶつける。その質問に対して、ゆらゆらと花梨さんは尻尾を揺らめかせて、フワァとあくびを返した。その態度で最近勉強している私は理解した。
「独占できたんですか! でも税金って高いんですね。皆そんなに払ってるんですか」
内街の人が独占を許すのは驚きだ。それに税金って、噂に聞いたけど、国に払うものなんだよね? 高いなぁ。
華としては、税金なんか払ったことがない。というか、廃墟街の人たちは戸籍っていうのが無いから、国に税金を支払う必要はないらしいって聞いたんだけど? なんで支払うのかな?
「法人税は戸籍に関係ないのだ。会社として登記すれば税金が発生する。まぁ、特区に本社を持つから、いくらでも売上は誤魔化せるし、法人税であるのに特別に安く一律にしてもらっているし、賄賂の分、相手の弱みを握っている。良い取引だったと思うぞ」
花梨さんの隣に座る狐人の陽子さんが厳しそうな表情で教えてくれる。だけど、なにを言っているのかわからないや。賄賂って聞こえたから、きっとまたお金を渡したんだろうなぁとは思うけど。防人社長らしいよね。
織田陽子さん。なんと『剣聖』スキルを持つ立派な人らしいけど、今は少尉らしい。いつ働いているかわからない花梨さんの部下になったらしいけど、こんなところにいて良いのかなぁ? 軍人って戦闘の時以外は自由にしていていいのかしらん。
華は座っているだけでも凛とした空気を放つ陽子を見て勘違いをした。真面目な人が仕事をサボるわけはないと。ならば自由にして良いのだろうと。
花梨を見ていれば、そう考えるのは当たり前だが、花梨は一応工作員という立場なので、自由にしているだけである。その部下の陽子も同じである、ということにしている。工作員という名にかこつけて、好き放題サボり放題な花梨である。
神代コーポレーションと天津ヶ原コーポレーションの後ろ盾があるから花梨は自由であるのだが、まだまだ華にはそれはわからなかった。
少女の教育に悪そうな二人を見て、勘違いをした華は向き直り元ダンジョンのあった空地にしゃがみ込む。
「火炎花とフレイムプラントですね。灰になっています」
地面に積もった枯れ葉をそっと触ると、サラサラと崩れて指先が黒くなる。ゴシゴシと指で擦って魔法を使う。新たに手に入れた植物魔法を。
『植物解析』
枯れ葉でも元は植物だ。枯れ果てているだけであるので、すぐに解析結果はわかった。フレイムプラントは蔦の魔物だ。空き地に火炎花の種を植えて花を咲かせて、寄生する。そうして、テリトリーに入ってきた獲物を焼き殺して養分にするCランクの魔物であると聞いていた。
その能力は失われていたが、枯れ葉に栄養はたっぷりと残っていた。畑の養分にするにはちょうど良いだろう。それに肥料も撒く予定だし。
「うん、これなら大丈夫そうです。豊穣の案山子を中心に置いて、畑を耕しましょう〜」
のんびりとした口調で、周りに伝えると
「おぉ〜。了解だ」
「畑仕事は久しぶりだな」
「最初はカブだっけ?」
周りで待機していた人々が手に持つ鍬を掲げて、耕運機がガタガタとエンジン音を立て始めて、畑作りが始まる。
華はただいま博多都市の郊外にいた。瓦礫の中に作られた元ダンジョンのあった花畑を畑にするべく指導者として。
冬の風はまだまだ厳しい。冷たい風を肌に受けて、ブルッと身体を寒さで震わすが、身体を動かせばすぐに温かくなる。自分も鍬を手に持ち、花畑へと突撃するのであった。
ビルや家屋が崩れて瓦礫と化した博多都市郊外。今は軍人が各所で魔物が発生しないか見張りを続けている中で、ブルドーザーが瓦礫を片付けて、廃ビルの壁や潰れている家屋を石人形が取り除いている。
石人形のそばには杖を翳して操作している兵士の姿も見える。結構簡単に操れるようだが、時折石人形の動きが変になるので、集中力はある程度必要らしい。手探りで使用している模様。
1体だけではなく、既に100体も稼働している。トラックへと瓦礫をどんどん積んでおり、放棄された廃車なども上手に積み重ねて運んでいた。
多くの人々がある程度安全となった郊外に出てきており、汗を垂らして働いている。
「博多シティは食糧自給率が低いんですか?」
朝から働いて、日も高くなりお昼休みとなって、華は用意していたお弁当を食べながら、花梨たちへと話しかける。今日は塩おにぎりだ。それとキャベツの酢漬けと蒸かしたお芋。疲れた身体に塩おにぎりは美味しい。でも、もう少しおかずが欲しいかな。
パクパクとおにぎりを食べる華へと、花梨も同じくおにぎりをパクつきながら頷き返す。
「そうにゃ。ここは作物系統の魔法具があまりないからにゃ。郊外に壁で囲んだ農作地を持っていたんだけど、破壊されたからにゃ。きっとコアストアがなければ、崩壊していた都市にゃんね」
「そこまで厳しかったんですか……」
「うむ。スタンピードが終わったとはいえ、郊外に畑を急ぎ作ろうなどとは普通は考えまい? しかし、それを強引に進めるのは、それだけ食糧危機ということだな」
おにぎりを片手に、真面目な表情で陽子さんが花梨さんの後に教えてくれる。たしかになぁと、周りを見て思う。魔物はどこにもおらず、安全になったとはいえ、瓦礫は残り、ダンジョンはいつ発生してもおかしくない。なのに、大勢の人々が働いていた。
指先についたご飯粒をペロリと舐めてから、う〜んと背伸びをして、ニッコリと笑う。
「それじゃ、私も頑張らないとですね! よいせっと」
立ち上がり腰に下げた杖を手に持つ。防人社長から貰った魔法の杖だ。山程ダンジョンからアイテムを手に入れている防人社長だけど、デメリットがあるために配るのが難しいらしい。
なので、セリカさんが多少手を加えてデメリットが無い武具にしてから皆に渡している。そのうちの一つ。魔力を上げる杖である。ちなみに金属の尖端が杖をひねると出てくるので槍にも使える優れ物。
元花畑は魔物が既に火炎花を育てられるように土を耕していたこともあり、多少枯れ葉をかき混ぜておくだけで使えるようになった。畝が並び、その中心に豊穣の案山子が立っている。
一見、木にボロ布とボタンで作った顔を持つただの案山子に見えるが、その能力は栄養分たっぷりの土地へと変える魔法具だ。
「半日で畝まで作るとは……。高ステータスの人間の力は凄まじいものだな。ほとんど一人で作っていたではないか」
「本当にゃん。高ステータスの人間が戦闘以外で働くと、数十人分の働きにゃんね。まるで早送りで動いているように見えたにゃんこ」
凄いものだと頷き合う陽子と花梨。この二人も高ステータスであるのだが、手伝うつもりは欠片もないらしい。瓦礫に座り、華の働きを見守っていただけである。見守っていたという言葉は便利だにゃんと、サボり魔は口にしてもいます。隣の真面目な空気だけは醸し出すことが得意な狐娘もコクコクと頷いていた。
「あははは……ありがとうございます。それじゃ、種蒔きも終えていますし、案山子を起動させますね」
案山子へと近寄り、マナを流す。起動させると周囲へとマナの波紋が広がっていき、土へと染み込んでいく。
「お、これが魔法具かぁ」
「見た目はわからんな」
「育生が早くなるらしいぞ」
魔法具を見守っていた周りの人々が、仄かに光る案山子を見て、興味津々で顔を見合わせてお喋りをする。魔法具なんて滅多に見たことがないのだから当たり前だ。
でも、これだけなら私がここにいる必要はないんだよね。ここからが私のお仕事だ。
地面に膝をつき、手を土に翳す。すぅ、はぁ、と深呼吸をしてから、魔力を集中させてマナを解き放つ。
『大地豊穣』
レベル4まで上げてもらった植物魔法。そのうち、大地に栄養を与え、作物の生長を早める魔法を使う。
ふわりと黄色の粒子が私の手から生み出されて、土へと染み込み広がっていく。
「なんだ、『植物急生長』の魔法ではないのか?」
「よく知ってますね、陽子さん。でも『植物急生長』で育てた作物は栄養がなくてスカスカの中身で美味しくないんです。範囲も狭いですし。『大地豊穣』は範囲も広くて、育生を早めて栄養もある作物にするので、こちらの方が便利なんですよ」
「『豊穣の案山子』による相互作用もあるみたいにゃんよ。ほら、あれ見るにゃ」
花梨さんが指差す先にある畝。その畝が盛り上がり、早くもぴょこんと芽を出していた。少し芽が伸びてもいるので、………少し不気味。
「なんか気持ち悪いな……」
「あ、安全な作物?」
「食べても大丈夫なカブなんだよな?」
ドン引きする周りの人々。うん、気持ちはわかるよ。私も不気味だと思っちゃったし。だ、大丈夫だよね?
「素晴らしい! これほどの早さで作物を育てることができるとは、『緑の聖女』と呼ばれることはあるな、華よ」
周りの不安な声を打ち消すように、大声をあげて陽子さんが、輝く笑顔で私の肩をポンと叩く。『緑の聖女』って、何かな? 初耳なんだけど。
「緑の聖女だってよ」
「そんな凄い方だったのか?」
「それじゃ、食べても安全な作物なんだな」
陽子さんの言葉に、人々は安心の表情へと変わる。わざと『緑の聖女』なんて名前を作って、周りの人々を安心させたんだと、私は理解した。頭が良い人だなぁ。でも『緑の聖女』なんて照れちゃうな、えへへ。
「えっと、まだあるんです。えっとこれを……」
顔を赤らめて照れちゃうけど、セリカさんから貰った魔法具がまだあるんだ。腰に付けたポシェットから、透き通った緑色の水晶を取り出す。
「それはなんだにゃん?」
「『大地豊穣』は一週間程度しか効果がないんです。なので、その効果を延ばす必要があります。それがこの魔法具なんですよ」
ぎゅうと水晶を握りしめると、魔法をもう一度使う。
『植物付与』
ピカリと水晶が光り、私の魔法を吸収する。植物付与の魔法が籠もった水晶を強く握りしめると、パラパラと水晶が砕けて砂と化す。それを土地に撒いておく。
「この水晶を通して付与すると、一ヶ月程度に効果が延びるらしいです」
この水晶がなにかは知らないけど。神代コーポレーションの作った付与専用水晶らしい。セリカさんは本当に凄い人だよね。尊敬しちゃうよ。
「これでしばらくはこの土地で短期間で作物は育ちます。短期間で育つ作物をメインにすれば、皆お腹いっぱいになりますよ」
えっへんと胸を張り周りの人々に告げる。この土地なら簡単に育てることができる作物はたくさんある。数日でたくさんじゃが芋を採れちゃうはず。
周囲の人々は痩せた頬を緩ませて、微かに笑みになり期待の籠もった顔になる。収穫できたら、もっと笑顔になるはずだ。
「よし! 私の想像以上だ。華よ、困窮した人々を助けるためにも頑張ろうではないか。貧民たちの地区にも作ろう。土地は小さくても良い。皆がお腹いっぱいになり、笑顔となるだろうよ。貧民までは配給もなかなか回らないだろうからな。きっと盲信して敬ってくれるぞ。いろいろな雑用は私に任せておくが良い。こういったことは経験豊富だからな」
「はい、頑張ります! とりあえずお仕事終了の報告をしに冒険者ギルドに行きますね」
給与以外に報酬を受け取るようにと、防人社長から言われて冒険者ギルドの依頼を受けた形をとっているのだ。なので、報告に戻らなければならない。
皆のためにも頑張ろうと帰途につく。その後ろから花梨さんたちもついてくる。
「なんで護衛についてきたか理解したにゃん! 目先の金を求めないのが、またたちが悪いにゃんこ」
「ふ。織田家は見逃された条件として、6割の資産を失ったのだ。復興するためには、まずは名声、人望、人脈。それ等を揃えないとな」
花梨さんが陽子さんへとなにか怒鳴っているけど、なんだろう? とにかく博多の人々を助けなきゃと、華はフンスと息を吐いて冒険者ギルドへと向かうのであった。




