256話 博多市場
俺がここに来たのはもちろん九州地方を救いに来たためであるが、2番目の理由は冒険者ギルドの支店開設と、天津ヶ原コーポレーションの支店を開設することだ。地球連邦軍? あれはついでだ。現在使い魔による探索中。見つけたら消滅させてやる所存。
2番目が本当の理由だろとツッコまれたら、建前は重要なんだと答えるつもりです。
そろそろ関東から各地へと支店を広げてよい時期だ。博多を試金石にして、他の都市にも同様に支店を設置する。博多を前例にして、他の都市への説得材料としたいわけ。
なにしろコアの独占買い取りは、昔なら間違いなく独占禁止法に抵触する。無理を通すためには、少しでも実績が欲しい。日本の役人は前例に唯々諾々と従う素晴らしい慣習があるからな。東京、博多、そして他いくつかの都市が冒険者ギルドを容認すれば、他の都市も右へ倣えと従うだろう。
外国はどうなるかはわからない。認めない国の方が多いだろうが、それは今は考えなくても良い話だ。まだコアストアは外国には設置してないからな。
地球連邦軍の企みも気になるが、政治と商売は世界を救うために必要なのだ。武力だけで物事を進めても世界は良くならないんだぜ。金が回れば、人々の笑顔も増えるというものだ。好景気は人々に余裕を作るのだよ。まぁ、金が全てとは言わないが。
なので、人々のためにも冒険者ギルドのコア独占は容認してもらうぜ。使う分には自由で良いが、おおっぴらな買い付けは冒険者ギルドでやらせてもらう。裏で買い取る奴らももちろんでるだろうが、そこは大手の力を見せつけるだけだ。個人の古本屋では、大手チェーンの古本屋に太刀打ちできないのと同じ感じ。
それに切り札はもちろんある。大友宗麟たちは俺の提供するコアの数を聞いて、なお躊躇いを見せている。そりゃ、そうだろう。ダンジョンとの戦争が終われば正常な流通が可能になるならな。独占させる必要はなく、将来的に良いことではないと猿でもわかる。
だが不平等条約ってのは、こういう時だからこそ結ばれるのさ。俺は大友宗麟たちが顔を見合わせて、戸惑ってるのを見て、机にコトリとモンスターコアを置く。
「冒険者ギルドにコアを独占させたくない気持ち、わかります。これは独占させるには重要すぎる資源であると考えていますね?」
「そのとおりです、天野さん。私たちはコアの取り扱いに慎重にならなければなりません。たとえ1億個のモンスターコアを譲っていただけると言われても、素直に独占を認めます、とは答えられないのです」
大友宗麟は誠実そうな顔で俺へと答えてくるが、腹の中ではコアの齎す利益を考えていることは明らかだ。だが、現状Cランクのコアがなんとか手に入るだけの兵士たちでは、目くじらをたてるほど旨味はないとも考えているはず。
要は自分たちが頷くだけの条件を出してくれということだ。困窮している都市の人々のためを思っての言動、さすがは都市長だよな。感心するぜ。
考えすぎかもしれないが。少し相手の裏を想像しすぎたかもしれない。善良な為政者だったならば失礼だよなと考え直して、大友宗麟の評価を考え直そうとしたところ、話を続けてきた。
「やはり私たちもコアの検分が必要だと思うのです。冒険者ギルドから検分のために渡されるコアの数。それにより対応を考えたいと思います」
前言撤回。やはり考えすぎじゃなかったわ。やはり金か。九鬼少将へのプレゼントを見て、自分たちもくれと口元を緩ませていた。
はいはい、清廉なる川には魚は棲めないというわけか。岩魚や鮎を見習ってほしいところだ。まぁ、俺は田沼時代の方がやりやすいと思う人間だからな。現に歴史では田沼時代の方が良かったという俳句かなにかが有名だったらしいし。
「そうですね。どれぐらいの売上が発生するか? という点が問題になりますね。今の人口はどれぐらいでしたっけ?」
「我が博多シティはダンジョン発生前と違い倍増しております。九州地方全ての生存者が集まりましたからね。50万人に近い人口です。これからモンスターコアを取り扱うとなれば、かなりの金額が見込めるかと予想しますよ。支援のおかげで、ダンジョンも少なくなった模様ですしね」
自慢げにニヤリと大友宗麟は笑う。う〜ん、地方都市の都市長は皆こんな感じなのか? ……どこも変わらないか。まさかの危機を脱してからの立ち直りの早さは驚きだ。普通は「助けていただきありがとうございます。なんでも言ってください、できる限りのことをしますよ」と胸を叩いて保証したりしてくれるもんじゃないのか?
現実は世知辛い。つくづくそう思う。そう言ってくれたら、笑顔で大したことはしておりませんので、報酬は冒険者ギルドと天津ヶ原コーポレーションを永遠に非課税にするぐらいで良いですよと、控え目にお願いするぐらいだったのに、残念だ。
気を取り直してアピール再開。冒険者ギルドの良いところをさらに伝えることにする。
「冒険者ギルドはこれからのダンジョン攻略もサポートをします。冒険者への武具の供給から、魔物の素材を使用しての新たなる魔法具などがあります」
「それは期待ができるというものです。こういってはなんですが、我が都市はスタンピードに対抗するために集まった志願兵が大勢います。魔物は駆逐できたので、予備役に回す予定ですが、冒険者ギルドへ入会するものも多いかと」
しれっとした顔で多くの兵士たちをクビにすると言う大友宗麟に内心で舌を巻く。一石二鳥というわけだ。俺に人員を紹介して、兵士のリストラを謀るとはな。しかも、冒険者としての経験が入るから、再度スタンピードが発生した際に、優秀な志願兵を得ることも可能だ。
簡単にクビにすると、あまりの扱いの悪さに怒り出し、兵士たちが反乱を起こすのは過去の歴史の1ページに記載されているが、今回は冒険者ギルドが受け皿になるからな。皆さん有能で面倒くさい。
売上に対する正確な数字を出すつもりはないので、のらりくらりと話をそらして、こちらの言い分をどう通そうか考える。相手も似たりよったりのことを考えているはず。ニコニコとお互い笑顔を崩さないが、さて、どうしようかなぁ。
と、思っていたら援護射撃がコノハから飛んできた。
「冒険者ギルドへの課税は普通の15%。検分の数はランクによるんじゃないのかしら? Bランクのコア。価格を安定させて、高騰するのを防ぐためにも、冒険者ギルドに独占させた方がよろしくてよ」
「むぅ……高騰ですか……。昨日コアストアのラインナップが増えましたからな。たしかに高騰はあり得る話です」
堂々とした物言いのコノハに大友宗麟は言葉を濁し顔をしかめてみせる。そうなのだ。コアストアにて、ただいま絶賛発売中の新商品はBランクが主なのだよ。不思議だよな。
昨日、さり気なく聖がコアストアの研究は順調で何よりですと手を合わせて喜んでいたが、特に含む意味合いはありません。
「現在、モンスターコアBは300万円での買い取りを行なっております。昨今のインフレーションを考えましても妥当なところかと考える次第です」
手を組み合わせて、やり手のエリートサラリーマン防人スマイルをみせると、大友宗麟たちは眉根を顰めた。
「新商品のラインナップ。『石人形製作の杖』はいくらで売るつもりですか?」
「1億円で売りに出すつもりです。やはり『石人形製作の杖』が気になりますか、大友様」
「ええ。昨日実物を拝見しました。多様な使い道がある物だと確信しております」
コクリと大友宗麟は頷き、他の者たちも同調してみせる。Bランクのアイテムをアンロックしたのだ。その中でも、やはり『石人形製作の杖』は気に入ったらしい。
全長10メートル。石の塊に手足が生えたようなずんぐりむっくりした図体のゴーレム。『石人形製作の杖』にて作り出せる。細かい作業も可能な細長い指もセットされて、パワーがあり、疲れ知らずの魔法具だ。杖にて指示をだして瓦礫などを片付ける。瓦礫の山が広がる博多シティにはぴったりのアイテムだ。
ちなみに見かけはゴツくて強そうだが、作業用である。時速3kmの速さと、10トンの重さの荷物を軽々と持つ怪力のゴーレムだ。効果時間も破壊されるか劣化が進むまでだから、通常なら3年は保つ。Bランクダンジョンの宝箱で銀箱に稀に入っている当たりのアイテムだ。
期待に目を輝かせて戦闘に使うと、ゴブリンシャーマンの魔法数発で破壊される脆さを持つ嬉しいダンジョン製。さすがダンジョン、戦闘に一見したら使えそうなアイテムが多い。
Bランクのコアを10個で交換できる。他のアイテムも含めて、こんな感じ。ちなみに俺への手数料も3割ほど含めてある。等価交換ストアへの手数料も3割ほど上乗せ済みだ。
『石人形製作の杖:モンスターコアB10個』
『豊穣の案山子:モンスターコアB3個:一年間、案山子の周辺の作物の成長速度を大幅にあげて連作障害を無効化する』
『魔法の金粉:モンスターコアB3個:金属に混ぜると魔法耐性を付けて硬度を上昇させ重量を半分にする』
『湧水の蒼石:モンスターコアB10個:一年間湧水を生み出す』
『祝福の飴(24個入り):モンスターコアB3個:食べた者を少しだけ健康にする』
久しぶりのラインナップ大幅アップグレードである。九鬼少将たちはこれを知っていたので、いそいそと去っていったのだ。
この中でも、祝福の飴がたちが悪い。以前手に入れた祝福の銀杯と効果がまるっきり同じなのだ。大友宗麟は効果を知らないのだろうが、東京の内街の権力者たちはピンときているはず。恐らくは躍起になってBランクのモンスターコアを集めようとしているのは想像するに難くない。
昔に流行った仮想コインのように、このままでは急騰して天井知らずの値段になるはず。大友宗麟も直にそのことに気がつく。いや、今の状態でも高騰するとは予想している。
そうなると、どうするか? 高騰を防ぐには? そもそもBランクは入手が難しい。最強の兵士たちを攻略に向かわせても死人が出ることは請け合いだ。敵が強すぎるのだ。戦車を含めた大軍で攻めなければ倒せない。
高騰を防ぎ、かつコンスタントにBランクのコアを手に入れるにはどうしたらよいか? 答えは決まっているはずだ。コアを堅実に手に入れる方法は目の前にあるのだから。
「とりあえず今回入手したコアのうち、Bランクを1000個、検証用にお渡しします。他のアイテムも試す必要があるでしょうし」
最後のひと押しをしておく。大友宗麟はほとんどBランクのコアなど持っていないだろうからな。末端価格100億円なり。なんか小麦粉みたいな値段だな。鼻薬って点は同じなのかね。
「良いでしょう。では課税は19%。どうでしょうか? これで冒険者ギルドのコア独占買い取りを許可します」
「わかりました。良い取引だと思います、助かりました。きっとご期待にそえることでしょう」
ニコリと微笑み、手を差し出して、大友宗麟と握手をする。4%はどこに消えるのかとか、そういう疑問は子供ではないので尋ねない。なんにせよ冒険者ギルドは開設できそうだ。良かった良かった。
『主様よ……悪人同士の取引にしか見えぬぞ?』
『甘いな、雪花。見えぬぞ? ではなくて、悪人同士の取引なんだ。強引に話を通せるほど単純ではないんでな』
むぅ、と頬を膨らませて不満そうな雪花がこっそりと呆れた感じの思念を送ってくるので、クックと含み笑いをして返してやる。
都市の経営ってのは難しいんだ。こんな時代だ。清廉なる政策で皆を救おうと叫んでも破綻するだけだ。大友宗麟は悪党だが、この都市を崩壊から防いでいるからな。廃墟街の人々を救えなかったのは……残念だが。
『たしかにの。必要悪というわけじゃな』
『そういう単純な話に落とし込まない方が良いですよ、雪花ちゃん。物事は大体灰色にしておけば良いんです』
納得しそうな雪花に雫が思念を送ってくる。雫の言うとおりだ。政治において善悪の基準なんて関わらなければ良い。そんな物はないからな。
「冒険者ギルドとの話し合いは一応ついたようですわね。では、道化の騎士団からの要求は、大友様が管轄している軍の役職の譲渡。政治のトップと軍のトップを兼業なさっては駄目ですよ? 軍のトップは東京から派遣させます。陸海空それぞれで分けておきますわ」
全然道化の騎士団と関係ない事柄を要求するコノハ。御三家の話し合いは終わっている模様。
「御三家が出張るというわけですね……。交渉の余地はありますかな?」
「ありませんわ。それと貧困層への支援をお願い致しますわ。聞いておりますわ、だいぶ廃墟街の人々が博多外街に避難しているとか」
ギロリとコノハは大友宗麟を睨む。ふむふむ、廃墟街の人々は避難していたのか。だが、コノハの様子を見るにろくな生活を送ってなさそうだ。
清と風香が動揺で顔色を僅かに変える。どうやらこのことは話し合いになかったらしい。
だが、この話は通るだろう。ふむふむ、この娘はそこそこ善人だな。見直したぜ。
………ちなみに全てコアで支払っているのは、手持ちの現金がないためである。俺はかなりの金持ちになったはずなのだが……解せぬ。




