255話 博多会談
部屋には既に大勢の人々が長机を囲んで座っていた。俺が来るまで、何やら話し合っていたようだが、部屋に入るとピタリとお喋りをやめて、俺たちを見てくる。
お互いの勢力が対面になるように座っており、博多側と東京側に分かれている。なぜかお誕生日席と言われる上座に座っているのは、平コノハだ。
「遅れて申し訳ない。皆様は既に話し合いを始めているのですね」
ひらひらとした、黒いドレスを着込むコノハだが、レースのような布地で、胸元も襟ぐりも深く、妖艶な感じを見せていた。化粧と服装により妖艶な姿になっているが、顔が羞恥で真っ赤になっているので、可哀想に思えてしまう。誰かに無理矢理着させられたんだろう。
斜め左前には目元を隠す銀の仮面をつけて、貴族のような服を着込む自称奇跡の軍師レイと、今回の軍を纏める九鬼少将とその部下が座っていた。軍師レイは俺を見て、いい仕事をしましたよねと、こっそりと頷いてくるので、コノハのドレスを誰が選んだかわかった感じがします。
反対側にはこの博多のトップ、大友宗麟という名のスキンヘッドの老年に入った男と、有力者たちが座っている。事前にメンバーは調査済みだ。
そして、壁際には護衛役のつもりなのだろう、花梨と陽子が立っている。猫娘の花梨は眠そうな顔で、狐娘の陽子は静謐な空気を醸し出す、いかにも清く正しく美しい剣聖という感じを見せており、凛としたその顔に狡猾そうな様子はまったく見られない。狐娘の面の皮はどれぐらい分厚いんだか。
たった今までなにを話していたのか、少し険悪な空気を漂わせている。強欲さを見せたのはどっちだろうかと思いながら、飄々とした足取りで九鬼少将の後ろに近づくとその肩を叩く。
「九鬼少将、お疲れ様でした。ダンジョンの攻略は上手く行っています。サンプルとして100個ほどBランクのモンスターコアを検分していただきたいと、兵士から報告がありましたよ」
「うむ。そうか、それなら軍を纏める責任者として確認しなければなるまい。話し合いは政治家に任せて、私は中座させてもらおう」
口元を僅かにニヤけさせながら、九鬼少将は立ち上がり、この場を去ることに決めた。九鬼は少将となったが、平家の配下の家門。たいした稼ぎはない。末端価格にして10億円の価値のモンスターコアを検分できるとなれば、あっさりと引き下がる。
「残りの武官の方々も検分のお手伝いをしていただければと思います。同じくモンスターコアB10個ずつ」
「そうですな。少将の手伝いは必要でしょうし、私たちも失礼致します」
ニヤニヤと笑って、武官たちも同じく去っていく。立ち去っても、平家からは睨まれないとも思っているからだ。俺のお願いだからな。
こちらの交渉役は7割減ったので、だいぶガラガラとなったが、武官は政治に口を挟まないと決めている立派な人々たちなので仕方ない。
「武官の方々の仕事熱心な様子は頭が下がりますね」
ガランとなった椅子に座り、隣になぜか呆れた様子で雪花が座る。なにか呆れるようなことがあったか? 俺はわからんけど。
「素晴らしい武官たちばかりで、私は感激で涙が止まらないですよ」
「まったく信じられません。もう少し人の目を気にしていただけませんか?」
苦言を呈するのは文官の二人だ。見たことがある二人だ。平清と源風香である。こいつらは文官になったのか。足利家の文官は名前がわからないな。取り分を確保するために送られてきたか。
「俺としては問題ないと思いますが? どうせ数合わせでしょう」
糸目の青年、平清へと飄々と告げる。賑やかしだろ、俺は無駄にうるさいのは嫌いなんだ。どうせ話をかき混ぜるための要員に過ぎないんだろうからな。
「天野様の行動は直接すぎて言葉もありません。まぁ、平家の配下が少なくなって楽な交渉となりましたので、私は感謝致します」
エルフの風香は澄ました表情で言ってくるが、声音に呆れが混ざっている。全く感謝しているような感じを受けないんだが、もう少し感謝を示してほしいぜ。
「だ、ダンヒョン攻略は上手くいきましたのぉ?」
甲高い声をあげて、緊張でガチガチのコノハが俺に顔を向けて、ブリキのロボットのようにカクカクと動き、俺に聞いてくる。周りのずる賢い奴らの中で、純粋そうなのが目立つ少女だ。少し安心するぜ。
「ふっ。ダンジョン攻略は上手くいったようですよ。我の作戦通り、魔物を集めて床を崩して一斉に倒したようです」
床を崩すってどんな作戦と聞きたいところだ。クククと含み笑いを見せながら、安心できない発言をしてくれるレイさんです。頼むぜパートナー。最近は本当にポンコツだからな。管理者権限を解除した際に常識やその他諸々の必要な理性も解除したんじゃないかと疑っているんだけど。
「この周辺の高レベルダンジョンはほとんど片付けました。中は魔法の地形による妨害が主のダンジョンでして、魔物もフレイムプラントにファイアトレントやフレイムラフレシアなど動きが鈍い植物系統がほとんどで苦戦しませんでした」
「馬鹿なっ! あの炎の花が咲き乱れるダンジョンが楽だったと? 防火服を着込んでも、数分と保たない死のダンジョンなのだぞ!」
俺の言葉を聞いていた大友宗麟が、顔を険しく変えて詰問調に声を荒らげてくる。その顔は俺の言うことをさっぱり信じてなさそうだ。たしかに火炎花を操り火炎放射器に変えてくるフレイムプラントなどは、一般人ならひとたまりもない。が、俺は高ステータスなんだよ。
「フレイムプラントなどは魔法攻撃だ。物理攻撃でも、あの程度なら楽なんだけどな。どちらにしても俺にも雪花にも通じません」
聖を真似して、ニコリと慈愛の笑みを見せてみる。聖女の真似をしているんだから、効果抜群だろう。
大友宗麟たちは俺を疑わしそうな目つきで見てくるが、その表情に僅かに恐怖が混じっている。他の人たちはどういう態度をとればよいか迷って、様子見の模様。
「今は真偽を確認する必要はないのでは? それよりも話し合いを進めた方がよろしいかと」
ガタリと椅子を引いて、さり気なく座る陽子。空き椅子ができたからといって、交渉に陽子が加わって良いということにはならないと思うが、責任はコノハがとるから気にしないことにしよう。花梨も同じように座ってきたし。二人ともちゃっかりすぎる。
どうせ主導権は天津ヶ原コーポレーションが握っているとの、さらなるアピールのつもりだろうが、それを利用して甘い汁を吸おうと考えるとは本当に狐娘は狐娘だ。猫娘はたぶんなにも考えていないと思う。
大友宗麟たちは陽子たちを多少気にする様子を見せるが、すぐに気を取り直して、コノハへと顔を向けて口を開く。
「全員揃ったようです。では、改めて自己紹介を。私は大友宗麟。この九州地方を管轄している都市長です」
地方の都市を管轄する都市長と名乗る大友宗麟。市長ではない。都市長と名乗っていることから、自分が守っているのは九州ではなく、博多都市だけだと宣言していた。
都市だけなのかと、腐っていると非難することは簡単だが、他の都市も同じ感じらしいからな。東京だって同じ感じだから今更だ。文句を言うほど、無邪気じゃない。
俺がいない間に話を進めておこうとするぐらいは腹黒いようだが、どんな人物なのかね。花梨から買った情報によると、野心はありそうだが、保守的な性格らしい。
博多都市が陥落しそうになった時は他都市に支援を求めて、内街の人間を兵士にするぐらいには柔軟な考えができるぐらいだから優秀ではあるのだろう。
「先程も自己紹介をさせていただきましたが、再度ご挨拶を。今回の九州遠征義勇軍を率いる道化の騎士団団長、平家の次女平コノハですわ」
軽く深呼吸をしたコノハは堂々と豊満な胸を張り挨拶をしてくる。その様子に俺は見直した。なかなかの団長ぶりだ。俺たちを前にして、凛とした様子で立派な態度をとれるとは、お飾りでいるつもりはないらしい。
「ふ。私は天上天下唯我独尊、奇跡の軍師、平コノハと契約をし悪を滅する、炎のヘイズ、寿限無寿限無ご、アイダッ。道化の騎士団副団長レイだ、よろしくな」
軽く深呼吸をしたレイは堂々とぺたんこな胸を張り挨拶をしてくる。その様子に俺は呆れた。団長の名乗りの長さに対抗するんじゃない。しかも後半はセリフが思いつかなかったから、適当に長くしようとしただろ。仕方ないので、さり気なくマナの塊を頭にぶつけておいた。
どんな場でも悪戯な態度をとる妖精ピクシーは遊ぶことを最優先にするらしい。まったく困った娘だ。悪戯な妖精も可愛いが、時と場合によるからな。
「俺は天津ヶ原コーポレーションの社長をやらせてもらっている天野防人です。今回は道化の騎士団の支援をするためと、人々を癒やすために、この場にはいませんが、習志野特区の結城聖と共に来ました」
目を細めて大友宗麟たちへと挨拶を返す。空気がピンと張り詰めて、シンと一瞬静寂が支配する。しかしながらそれは一瞬で他の者たちも同様に挨拶を始めて、全員が自己紹介を終えるのであった。
「さて、私としてはまずこちらの提案を聞いていただければと思います」
腕を組んで、大友宗麟たちへと穏やかな表情でお願いをする。コノハたちには話を通してあるので、止める様子はない。
大友宗麟たちはなにを言ってくるのかと警戒をする顔つきとなる。が、警戒されてもこの話は通させてもらうぜ。
「冒険者ギルドの支店の開設。そしてモンスターコアの買い取りの独占を求めます。できれば魔物の素材も独占買い取りを許してほしいところですが、そこは譲ります。一般的な買い取りで我慢しましょう」
「コアストアは我らも持っている。コアストアの使用は独占させぬぞ? となると、コアの独占買い取りなどは意味がないのでは? それに魔物の素材の買い取り? 過去に行われて使い道がないので、すぐに廃れたと覚えているが?」
「もちろんコアストアの使用に関しては特に独占しません。というか、そこらじゅうにありますからね。独占などできませんよ。ただコアは冒険者ギルドが買い取った方が、使い道が多様になります。現金になるとなれば、売りに来る者たちが殺到し、大量にコアが集まるのは東京で既に証明済み。各地を跨ぐ組織があればコアの流通もスムーズになりますよ」
立て板に水と、俺は大友宗麟たちへと説明をする。冒険者ギルド、必要だと思うんだ。俺にとっては必要です。ここは譲るつもりは欠片もない。
「博多はコッペパンと芋を主食にしているとか。ですが、コッペパンを手に入れるためのコアの確保も大変なのでは? うちなら格安で用意できます」
買い取りというか、コアストアで使われたコアが大量に俺の等価交換ストアにストックされているのだが。
現在Fランクは買い取り額は1個30円。コッペパンはコアが5個必要だから150円。売値としては300円といったところか。儲けが少ないが、安いコアは薄利多売でいこうと考えているから、これぐらいで良いだろう。
「どれぐらい用意できるのだ? こちらはコッペパンの配給も滞るレベルなのだが」
「すぐに用意できるのはFランクのコアを1千万個。冒険者ギルドからの支援なので初回は無料で大丈夫です。後に1億個は用意できます。こちらは買い取り額と同額で大丈夫です」
「1千万個! それほどか……。しかも1億個を追加で……」
大友宗麟たちは俺の提案を聞いて、どよめきの声をあげる。予想外の提案だったのだろう。
そうだろうそうだろう。買い取ったコアは大量にあるんだ。というか、等価交換ストアに大量にありすぎなんだよ。ぜひ使ってくれ。コアストアで使うと、俺にまた3割ほど戻ってくるんだけどな。
「さて、これで多少なりとも冒険者ギルドの有用性をお分かりいただけたかと思いますので、話を続けましょうか」
さてさて、話し合いはどう転がるかね。ニヤリと俺は笑ってみせて、椅子にもたれかかるのであった。




