254話 博多防衛後
スタンピードから数日後、博多都市は一気に態勢を立て直した。道化の騎士団の団長。凄腕魔法使いの平コノハが大魔法で周辺の敵を殲滅したからだ。
魔物との戦闘が続き、しばらくほそぼそとした貿易しか無かったために、薄汚れて寂れていた埠頭には、東京からやって来た艦隊が停泊し、輸送してきた荷物が降ろされていた。トラックが運ばれてきた物資を満載してどんどん都市内へと運んでいっている。
博多の人々は喜びの笑顔を浮かべて、寒空の下でも寒さなど気にならないと、忙しく働いていた。なにしろ、先程までは外に出ることも叶わない、それどころかいつ陥落してもおかしくない状態であったのだ。だが、今や外は静かなもので、魔物の姿はない。
運ばれた物資は足りていない地区へと補充されていき、久しぶりに活気が博多に戻り、暗かった空気が薄れ始めている。
スタンピードの終わった廃墟も同様に多くの人々が出歩いており、モンスターコアを回収していた。
「モンスターコアの採取を急げ! ネコババするんじゃないぞ。天津ヶ原コーポレーションが買い取るらしい」
兵士を指揮する隊長が山のように落ちているモンスターコアを拾うように兵士たちに指示を出す。Bランクのモンスターコアもある。キラキラと輝いており、財宝の山のようだ。
「なぁ、これっていくらで売れるんだ?」
「たしかCが3万円。Bランク300万円らしいぞ」
モンスターコアを買い取るなどと、そんなシステムは知らないために、拾い集めながら兵士の一人が不思議そうに首を傾げて、情報通の仲間が臨時に作られた冒険者ギルドの値段表の価格を思い出して答える。
「うへぇ。こんな石が300万かよ。数個ネコババすれば年収を簡単に上回るぞ」
「どうやって売るんだよ。高レベルのコアなんて、絶対に目立つぞ」
「それにバレた時が怖い。あの道化の女王を怒らせることになるんだぞ」
「くわばらくわばら。真面目に拾い集めよう」
そうだなと、兵士たちはコアを拾い集めていく。大量にあるために、しばらく黙々と拾っていき、その中で一人の兵士が指を指し声をあげる。
「見ろよ。ダンジョンがまた攻略されたみたいだぞ」
指を指し示す方向へと兵士たちは顔を向ける。そこは炎の火炎花が咲き乱れる人間は入れない場所のはずであった。
だが、ダンジョンは虹色に変わって、シャボン玉が弾けるように消えていくと、その中心に二人の人影が現れる。
ダンジョンが消えても、火炎花の花畑は消えてなくなりはしない。現れた人影に火炎花は火炎放射器のように業火を放つ。二人の人影は炎に包まれて燃え尽きるかと思ったが、一人が片手を振る。
『生命吸収』
振ったその手から闇が生み出されて、花畑を覆う。と、火炎花は闇に触れた箇所から灰色に変わり枯れ果ててしまう。灰色の花びらが宙を舞い、死の世界へと変わって、炎がかき消える。
その後には黒ずくめの男と、やけに扇情的な和服を着込む少女が立っていた。人間を一瞬のうちに焼き尽くす威力の炎に包まれながら、焦げ跡一つなく。
「今日は何個目だ? ダンジョンを攻略するのは」
「さっき、猫娘と狐娘がダンジョンを攻略してたぞ。水でできた蛇を連れて」
「全身鎧の男が黒い虎に引きずられて攻略を終えたのを見たぞ」
「あれが道化の騎士団の団員たちか……化け物揃いだな」
兵士たちは、この数日で博多周辺に発生していたダンジョンを次々と攻略していく、東京から来た道化の騎士団という騎士団員たちの力をまざまざと見せつけられて驚いていた。厄介なダンジョンばかりなのに、あっさりと片付けていく。
特に人間は入れないはずの、火炎花や氷結花などが繁茂する魔法の土地にあるダンジョンを攻略していく黒ずくめの男と和服姿の少女。桁違いの力を見せており、驚きと共に畏れを抱いていた。
それと、もっとも頭を悩ましていることがある。
「また拾うコアが増えたぞ……」
ハァと一人がため息を吐く。
「そうだよなぁ……。そろそろ休みが欲しいよ」
黒ずくめの男と和服の少女の周りに現れたザラザラと転がっているモンスターコアを見て、兵士たちは今日も落穂拾いだなと、ダンジョンが無くなるのは喜ばしいのだが、手加減をしてくれないなぁと、うんざりした顔になるのであった。
防人はダンジョンの攻略を終えて、疲れを取るように肩を回す。さすがに連続ダンジョン攻略は疲れたぜ。
「見事じゃな、主様よ。これだけの火炎花を一発の魔法で片付けるとは」
改造和服を着ている美少女、雪花が腕を組みながら枯れ果てた花畑を見て感心する。
「こいつらは所詮Cランクだ。しかもステータスは低いんだろ。Aランクカンストの俺の相手にはならないぜ。セリカの作った装備に加えて、特注の影法師もあるからな」
「影法師……もはや炎すら通さなくなったか。性能良すぎじゃな」
「たしかに。マナだけで作れるし、便利なことは否定しない。だが、寒暖耐性は無いんだよな。寒くなってきた」
火炎花を枯らしたので、急速に冬の空気が流れ込んできて、俺は肩を縮こませて、コートの襟を立てる。う〜、さぶい。狐のマフラーが欲しいが、モンキー族に変身したまま戻らなくなりそうなパートナーがいたので、解放したのだ。あれは本当に暖かったのだが。
「雫は嫉妬心の塊だからの。あまりからかうでない」
「注意しておこう。で、話を変えるが、博多に来てよかったぜ。もう少し来るのが遅かったら、普通に陥落していただろうな。なにしろ郊外にBランクダンジョンがあるぐらいだし」
たった今攻略したダンジョンはBランクであった。街から目と鼻の先の距離にあるのに放置されていたことから、博多の危機的状況がわかるというものだ。陥落を免れていたのは、ここのBランクは植物系統のために、積極的に攻めてこなかっただけにすぎない。博多は少しは運が残っていたわけだ。
さて、Bランクのコアは俺が回収しておくかね。
『影よ、広がれ』
『影転移』
指をパチリと鳴らすと、俺の影が辺りに広がっていき、ダンジョン攻略で魔物が変換されて残ったモンスターコアを全て呑み込み回収した。
その様子に雪花は片眉をピクリと動かして、感嘆して、こちらを見る。
「器用なものじゃな。影を伸ばすことができるようになったか」
「単発でも低レベルの魔法なら自由自在にはなったな。『影縛り』も今なら影を伸ばせるから有効活用できるはずだ。暗黒魔法の叡智ってのは新魔法だけじゃなく、ちょっとしたコツも教えてくれたんだ」
「『影縛り』など弱すぎて、もはや主様が戦うレベルの魔物には通じないじゃろ」
『影縛り』は初級魔法だ。たしかにAランクには効かないだろうよ。だが、どんな魔法でも使い道ってのはあるんだ。
「そこは人間に使うんだ。ハッタリ用としては効果的だ。前に大木君に使った時も驚いていたし」
初めて大木君に会った時の当時を思い出して、クックと笑ってしまう。懐かしいな、俺を殴ろうとしていたっけか。
「それは恐怖に震えていたの間違いではないかの?」
「フレンドリーな出会いではなかったのはたしかだな」
肩をすくめて、疑わしそうな顔の雪花をスルーすると、たった今回収した戦果を等価交換ストアを開き確認する。
『レアモンスターコアB1個を取得しました』
『モンスターコアB2246個を取得しました』
『モンスターコアC4869個を取得しました』
よしよし。充分な数が手に入った。他にもレアBコアは数個手に入っているし、スタンピードで姿を見る前に倒したが、スペシャルコアBも1個手に入れている。Bランクはこれで5個目の攻略だ。入手したモンスターコアBは10000個を超えていた。
「ステータスが上がらないから、もはや旨味はあまりないの、主様」
「次はSランクだろ? そのレベルのダンジョンがゴロゴロと発生されても困る。それにだ、Bランクが大量に手に入ったのは大きいぞ。会社的にはな」
都市へと歩き出すと、後ろ手にしながらつまらなそうに口を尖らせる雪花が言う。雪花らしい感想だと思い、瓦礫を踏みしめて歩きながら、ニヤリと笑ってみせる。
この周辺の高レベルダンジョンはこれで攻略を終えたはずだ。後は花梨や陽子、大木君たちに任せようと思う。なので、俺は会社の社長として仕事をする予定なんだ。
俺は出迎えのジープが近づいてくるのに気づき、歩くのをやめて、これからの話し合いをどうするか考えるのであった。
博多は安全なはずの内街すら魔物により打撃を受けていた。敵の溶岩弾による攻撃で大穴を空けたビルや、なぎ倒された家屋や店舗が目に入る。
ジープの後部座席に座って、周りの様子を見ながら、博多廃墟街の人々は助からなかったかと、少し悲しく思う。まぁ、博多廃墟街の人々は、3年以上前には全滅していたらしいから、悲しむことはあっても悔しがることはしない。
俺は世界の救世主を目指しているが、全ての人間を助けることができると思うほど傲慢でもないし、そのことを悔やむほど力に溺れる青年でもないからな。
「到着しました、天野さん」
「お疲れ様、助かったよ。歩くことになると思ってたんだ。これはタクシー代だ」
ジープが停車して運転手が告げてくるので、感謝の意を込めて、Cランクのモンスターコアを手渡す。運転手はコアを受け取り不思議そうにするので、教えておく。
「臨時の冒険者ギルドの支店が開いているはずだから、そこで売ると3万になると思うぜ」
「おぉ。ありがとうございます、後で換金しにいきます」
3万と聞いて、運転手は嬉しそうにしてポケットにコアを仕舞い頭を下げてくるので、手をひらひらと振って俺は目の前のビルに入る。
無骨なコンクリート製のビルだ。いかにも司令センターという趣ある建物である。窓の全てに鉄格子がつけられており、外壁も塗装するわけでもなく、灰色のセメントの色のまんまであるからして。
入り口には歩哨が立っているが、特に誰何されることもない。ハードボイルドな俺は既に名前を知られているらしい。それか、鼻の下を伸ばして胸元が見えそうな和服を着ている雪花を見ているので、俺が眼中にないかだ。
「冒険者ギルドの宣伝に余念がないの、主様よ」
俺が気前よくモンスターコアをお駄賃代わりにばら撒いている理由を知っているので雪花は苦笑を見せてくる。宣伝ってのは大切なんだ。細かい仕事が後々大きな利益に繋がることもあるんだよ。
「そこらじゅうでモンスターコアをばらまこうぜ。ばら撒き政策ってやつだ。コアが売れると実感すれば、誰も彼も冒険者ギルドに殺到するだろ」
建物内を歩きながら雪花とお喋りをする。カツンカツンとコンクリートの床を歩くと足音が響く。
「冒険者ギルドではなくて、この街の連中がモンスターコアを買い取るのではないかの?」
「そりゃ、こんなに美味しい話はないからな。そう考えるのは当たり前だ。だが、うちは実績が違うだろ。笑顔でモンスターコアの買取は天津ヶ原コーポレーションにお任せくださいと言えば良いんだ。プレゼンには自信ありだぜ」
「相手の弱みを握っての脅迫はプレゼンとは呼ばないじゃろ」
「砲艦外交じゃないだけマシだと思ってほしいね。さて、会社員はお仕事の時間だ」
目的の部屋前に到着したので、影法師を解除しておく。優しそうな俺の顔を見て、まずは安心させないとな。
人間は第一印象が大事だ。この交渉はまとめてみせるぜ。




