253話 神級
博多。若い頃、観光に行きたかった場所だ。沖縄、北海道、九州、四国。観光に行きたかったというか、食べ物に興味があった。様々なその土地の食べ物に。観光にも興味はあったんだけどな。
もう観光とか無理な世界となっていると、空飛ぶ空母のように巨大化した大烏の上に乗りながら、防人は眼下の都市を見て思う。聳え立つ都市を守る2重の防壁。内街は綺麗な建物で、外街はバラックが目立つ。
魔物との戦争により、かなり被害を受けているのだろう。倒壊したビルや家屋がちらほらとあり、不自然な更地が点在する。恐らくはダンジョンの発生により出現した魔物たちが破壊したのだろう。東京よりも被害は大きい。防壁すらも瓦礫になっている箇所があり、博多の厳しさを見ただけで理解させてくる。反対に言うと、それ以外はほとんど東京と博多は変わらない。
どこもかしこも同じだ。東京でも博多でも都市の有り様は少しは違うだろうが、それは誤差レベル。驚くようなものはない。
そんな都市の上空にて、防人は手をわきわきと動かして、目の前の光景に冷や汗を浮かべた。
「平コノハ団長。さすが道化の騎士団の団長なだけはあるよな。あれだけの威力の魔法を使うとは驚いたぜ」
ウンウンと頷いて、気を取り直して精神安定アイテムを握りしめながら呟く。本当に驚いたぜ。
「防人! お前、今の魔法をコノハのせいにするにゃ? 明らかに邪悪なオーラを纏ってい、うにゃにゃ。耳穴に指をつっこむにゃんんん〜」
精神安定アイテムがなんだかにゃあにゃあとうるさいがそういうアイテムなので仕方ないよな。耳毛が気持ち良いんだよ。サワサワすると気持ち良い。細かい毛先がサワサワすると感触が良いんだよな。
「触った時の花梨の真っ赤になる顔も見ていて面白いんだ」
それに、触ると花梨がくねくねと身体をくねらせてくすぐったそうにするのを見るのも好きなんだ。尻尾もゆらゆらと揺れて見ていて飽きない。
「サディストにゃ。あちしはペットじゃないにゃんこ! あちしの部下にするにゃ。もふもふにゃん!」
じたばたと暴れて、逃げようとするので、尻尾もぎゅうと握っておく。この子猫は暴れん坊だなぁ。あと、部下とやらのもふもふ度はわかっている。
「もふもふはわかっている。寒いから温かいしな」
さすがに冬の高空を飛んでいると凍えてしまうので、今日は影法師の下に厚手の毛糸のセーターや、マフラーを着込んでいる。新しく買った狐のマフラーはもふもふで温かいし気に入っているんだ。たまに動くような気がするが、風に揺られているんだろう。
「にゃぅ〜。あちしの部下にしたのはこんな時のためなのに、防人に奪われるとは思わなかったにゃ」
なぜか俺の狐のマフラーを睨みながら悔しがる猫娘だが、俺は猫耳を放すつもりはないぜ。少しだけ落ち着かせてくれ。尻尾も撫でてやるから。
「逆毛になるように触ったらだめにゃん! ぞわぞわするにゃ〜」
ふにゃふにゃと腰砕けになり倒れ込みそうになるフリをするので、そっと腰を支えてやる。ちょっと俺も混乱しているんだ、我慢してくれ。
「まぁ、俺が落ち着くまで待ってくれ。さっきも言ったが、コノハの魔法の威力に動揺しているんだ」
ダークモードを解除して深呼吸をする。倒した全ての敵の魔力を自分が呼吸するように吸収するのがわかる。魔物になる気配はまったくない。大海にコップに入れた水を流していくような感じだ。レベルが低い敵ばかりだったので8レベルには上がらないが、この勢いならあっという間に8に上がるだろう。
そして、神級ってのは恐ろしい威力だと、俺は少し動揺しています。まさか、目に入る一帯の魔物だけを選別して倒せるなんてな。
「お前さんのその姿はスキルだったのか? 防人、魔王とか絶対に後で言われるぞ?」
俺が猫娘をもふもふしていると、同じくクーに乗っている武者姿の信玄がドン引きした表情で言ってくる。たしかにダークモードは少しだけあれだった。神級の威力を早めに確かめたかったんだ。仕方ないだろ。他者から見た俺の姿……きっと善良な男に見えるに違いない。そういうことにしておこう。
神級の消費マナは2500。なんてことでしょう、一発撃つだけで、ほぼマナが尽きたぜ。これはデフォルトの消費量だ。凝集したり核にするにはこの数倍以上のマナが必要となる。
即ち、手を加えていない普通の威力のはずなのに、一発で数万の魔物を片付けちまったんだよ。神級とはよくいったもんだ。
範囲魔法は時間がかかった。俺でも10分以上発動まで時間がかかったので、通常戦闘では使えない。単体魔法ならそこまで時間はかからないだろうが、範囲魔法は消費量も考慮すると、たしかに神級。滅多なことでは使えないだろう。
「ハッタリ用にこんな姿になれる魔法を使ったんだ。少しは相手も驚くだろう? それよりもコノハ団長は凄いよな。見ろよ、地上を。皆がコノハ団長を喝采しているぜ」
地上ではコノハ団長が博多の兵士たちに喝采されている。わぁわぁと兵士たちは感激と尊敬と、あとなにかよくわからない感情を浮かべて、必死な顔で拍手を懸命にしながら称賛していた。
「どう見てもハッタリには見えんが、それで押し切るつもりなんだな……。お前、あの少女に全部押しつけるつもりかよ。まぁ、その分美味しい思いをしているから別にいいか」
信玄は俺の言葉に肩をすくめて呆れるが、すぐに納得してくれる。コノハはかなり団長として甘い汁を吸っているから、これぐらい良いだろうと。
コノハ団長が聞いたら、猛烈に抗議して訴訟を始めるかもしれないが。
「だよな。有名税は現物でってやつだ。馬場たちもそういうことでよろしく」
俺が周りを見渡すと、素直に頷き返すので、問題はないだろう。
クーに乗っているのは、花梨、信玄、馬場とほか数名の部下たち。嫌な予感がしたので先行して博多に来たのだ。艦隊が後からやって来ている。
九鬼少将を提督として、副官として丸目大佐、その他参謀たちと3000の兵士に、様々な物資。それと華も来ている。
華は植物魔法を覚えさせたので、困窮している博多の田畑で作物を作る予定だ。純がついてくると必死になってお願いしてきたので、純も一緒だ。
華を守りたいんだと、真剣な様子だった。正直、雪花が感心するほどに戦闘センスの塊の華と、戦闘センスは凡人の純だと守られるのはどっちだろうかと思うが、馬に蹴られたくないから止めておいた。
雪花は艦隊にいる。万が一ということもあるから残ってもらった。
深呼吸をして、猫耳を触り、ビクンビクン動くような気がする狐のマフラーの尻尾を触ると、ようやく神級の魔法から受けた衝撃が薄れて、落ち着いてきた。
『ゴゴゴ、防人さん! なんだか獣人へはやけに積極的ではないですか? 私にはトラブルだらけのダークネスなラッキースケベはしてくれないのに! 同じ暗黒魔法使いなんですから、ラッキースケベで奇跡的な口に出せないことをしても良いのに!』
本日も幽体となり、宙をフヨフヨと浮く雫さん。俺の行動に不満がある模様で口を尖らせている。
『よくわからないが、獣人の耳とか尻尾ならもふもふしても良いんじゃないか? ペットを撫でるようなもんだろ?』
サワサワと花梨の猫耳を触りながら首を傾げる。そんなに変かね。
『真っ赤になって息を荒らげている猫なんていませんよ! その娘は猫娘なんです! 猫じゃないんですよ! 絶対にお持ち帰りできちゃいますよ、その娘!』
ムキャーと、雫さんが獣人モンキー族に変身して、口を尖らせて怒ってくる。ふむ……たしかに少し頬を赤らめているかも。狐のマフラーは問題なさそうだけど。
「なにか問題あるか?」
フカフカで暖かい狐のマフラーを触りながら呟くと
「くっ! 私の体は自由にできても心は奪われないからな! 奪うには結婚届を出してくるが良かろう! 天津ヶ原コーポレーションの副社長の座もセットで! それと結納金だ。結納はたっぷり寄越せ! 私の心は高いぞ!」
「全然大丈夫そうだな、うん」
しっかりと甘い汁を吸おうと、狐のマフラーが口を開く。自分の心に値段までつけるので、こいつは政略結婚とか喜んでするんだろう。きっと札束の詰まった風呂を見せれば、喜んで心まで売り渡すに違いない。
落ちぶれそうな父親を即行裏切って、俺の下に来たからな、こいつ。まったくもって剣聖らしい高潔な心を持っている狐娘だこと。危機感知が高すぎる娘だ。裏切るという語句はこいつの辞書には無いに違いない。
『防人さん! 貴方は今私の怒りを買いました! 私の怒りが逆怒りかどうか、神に判断してもらいましょう! 街灯の上までポップコーンを投げて、落ちてきたポップコーンを口で受け止めることが3回連続でできたら逆怒りということにします!』
『街灯の上によじ登ってから、ポップコーンを食べれば良いんだろ?』
逆怒りって、変じゃね? それにその条件なら簡単な方法だよな。
『トンチ! そこで頭を使わないでください! トンチになっちゃうじゃないですか!』
ムキャームキャーと、宙をぐるぐると飛び回ってお猿さんになる雫さん。そろそろからかうのはやめておくか。
『雫、やけにタイミングが良い襲撃じゃなかったか、今回の襲撃は』
真面目な顔で思念を送ると、悔しがって飛び回っていた雫さんはピタリと動きを止めて、真剣な表情で俺を見てくる。
『それは私も思いました。もしもさっちゃんが、はやくかえってきてほしいでりゅ! と不自然な思念を送ってこなければ、未だに私たちは艦に乗って、ゆらゆらと揺られていましたからね』
『さっさと片付けないといけないのかと、クーに乗って先行することはしなかったからな。先行して来なければ、街は廃墟になっていたかもな。やけに敵は統率がとれていたし、数も種類も多すぎた。普通のスタンピードではない』
目を細めて、瓦礫が広がる廃墟を見る。数万とかあり得ないだろ。しかも包囲するのではなく、一点突破だ。明らかに博多都市を陥落させようという意志を強く感じた。
『………あまり考えたくないのですが、スタンピードは人工的に引き起こせます。エレメントコアを大量に撒き散らせば、無数のダンジョンが発生して、魔物が溢れかえります。多くの多様な魔物が現れた場合は統率するスペシャルの魔物も生まれますからね』
『地球連邦軍が、俺たちを迎撃するために引き起こしたというわけか』
3000人の兵士たちを連れてきているのだ。食糧その他住居を用意するだけでも大変だ。しかもスタンピードにより都市が陥落していたとする。その場合、どうなるか?
陥落しても数十万人の人々は全滅していないだろう。逃げ惑い、バリケードを築き生き残っている人々が大勢いるはず。その人々を救助するために、支援に来た俺たちの軍はてんてこ舞いとなり、地球連邦軍の偽ダンジョンを探索することなどできないに違いない。普通ならな。
『手段を選ばずに、俺を止めようとする。おかしいな、この手段はおかしいぞ』
だが俺は普通じゃないんだ。今回の敵の行動に違和感を覚えて、眉を顰める。
『時間稼ぎにはピッタリなのでは?』
『俺には多くの使い魔がいる。探索ぐらいは任せられるからな。最善は逃げる、次点で息を潜めて隠れる、だ。戦国時代じゃないんだ。兵士たちの食糧が無いからと、軍を引かせることはないんだぜ。雫の言うとおり、これは時間稼ぎにすぎない方法だ』
顎を触りながら考え込む。なぜ時間稼ぎなんだ? 自分たちがいると、バラすようなもんじゃんね。陽子の報告は正直信用できないし、使い魔の報告も完全には信頼できない。なにせ、魔法に弱いのが使い魔だからな。だから、九州に地球連邦軍が本当にいるのか疑問だったが……。これならいると証明しているようなものだ。
なんで隠れ住んでいるのに、自分たちがいると証明するわけ? 矛盾しているじゃんね。
いないな、これは。時間稼ぎをして、俺を天津ヶ原コーポレーション本社から引き離すための策略かなにかか。なにか仕掛けてくるつもりなんだろう。そして、本物は他の地方にいると推測する。
だが、悔しいことに博多をこのまま放置することはできなさそうだ。少なくとも、エレメントコアをばら撒いた奴を片付けておかないといけない。
「着陸するぞ。博多の人々に挨拶をしようぜ」
クーに指示を出して着陸することにする。本社は幸に任せたぜ。俺は博多をなんとかするからな。




