25話 変わり者の男
「天野防人って、名前なんですか?」
純たち一行はあれから雨宿りを終えて、信玄コミュニティに到着していた。小さいコミュニティであるが、畑を持っており、治安も他のコミュニティと比べて良さそうだ。ここを支配している信玄がしっかりとした支配をしているらしい。
そこで半月かけて製作したナイフを純は食べ物と交換しに来ていた。居酒屋風林火山の脇にあり、物々交換をしてくれる。鍛造した鉄製のナイフとかではなく、たんにそこらへんに落ちていた鉄の破片を『金属加工』スキルで切れ味鋭いナイフに加工しただけだ。耐久性もなく錆びやすいし切れ味もすぐに悪くなる。だが、それでもこの廃墟街では貴重なナイフだ。
交換所の店主の後ろには、所々錆びた缶詰や、痩せ衰えて萎びた野菜、燻製肉などが置いてある。量も種類も少ないが、用心棒がその横で目を光らせて、手癖の悪いやつがいないか見張っていた。
その中で純は、ナイフを3本並べて店主へと見せていた。糸加工や裁縫により、柄もしっかりと作られており、いっぱしのナイフだ。
店主はナイフを手にして、指先で先端をつつきながら、鑑定をしており、待つ間に先日出会ったビルの住人の話を聞かせてくれた。
「あぁ、容赦のない男だからな。幸運だったな、普通なら殺されているぞ? 子供たちだから助かったのか。いっつも魔物を倒している野郎だ。スキルレベルを上げるために、な。一人で暮らしていて……それでも生き残っている」
目を細めてナイフを見ている店主が、つまらなそうに教えてくれるが、ヤバい男だったらしい。
「でも、仲間が……いえ、なんでもないです」
咳が止まった仲間の幼女。薬をくれたのだろうが、それを口にするのはやめておいた。下手なことを口にする者は廃墟街では長生きできないと、純は子供ながらに理解していた。
「配給券2枚ってところだな。見かけは鋭そうだが、すぐに駄目になるだろこれ」
「え〜っ。おっちゃんもう少し色をつけてよ、5枚!」
「3枚だ。これ以上の価値はないぜ」
ケッと、せせら笑いナイフを取り上げる店主に、ため息をつきたくなるが仕方ない。何も渡さずに取り上げようとする大人はいくらでもいる。交渉できるだけマシだ。
「なるほどな。器用なもんだ」
後ろから聞き覚えのある男の声が聞こえてきて、ギクリと身体を震わせてしまう。見ると、店主は明後日の方向に顔を背けていた。用心棒は壁の汚れを確認していて、こちらを見てこない。
後ろを恐る恐る振り返ると、黒ずくめの男が立っていた。フードを被り、口元を布で覆っている。本当に真っ黒だ。上から下まで、漆黒のスタイルだ。昼間なのに、反対に目立っている。凄い目立っている。誰もツッコまないのだろうか。
「沈黙は金なり。いい言葉だよな。そう思わないか、な?」
俺の肩をぽんと叩いて、男、たしか天野防人は冷たい視線を向けてくるので、ガクガクと首を縦に振る。
怖い。やはりさっき言わなかったことは正しかったと、純は内心で安堵した。口にしていたらどうなっていたのだろうか……。
「金属加工ねぇ。素晴らしい。俺の家の包丁の切れ味悪くなっているんだよな、そのスキルで砥げるか?」
「あ、はい。包丁を砥ぐ程度なら、たぶん」
「そうか。なら、缶詰3個でどうだ?」
破格の報酬に純は聞き間違いかと、天野防人を見返すと
「缶詰3個だ。嫌なら別に良いぞ?」
「はい! 引き受けます!」
簡単な仕事だ。それで缶詰3個は美味しい。なので、二つ返事で引き受けた。
それが危険と言われている黒ずくめの男からの依頼でも。
純は過去のことを思い出す。防人さんは見かけによらず、優しかった。俺たちがたびたび防人さんのビルの一階に行っても、特に姿を現すことはなかったけど、追い出されることもなかった。かなりの広さを持つビルなので、他にも時折子供たちが出入りしていたりしたけど、争いはなかった。黒猫が見張るこのビルは争い厳禁であったから。
時折、黒猫が倒した大鼠の死体。捨てようと引き摺っているのを仲良く分配したり、防人さんが出掛けるときは見張りを申し出て配給券を貰ったり……見張りなんか黒猫よりも役に立たないと知っているはずなのに、防人さんは報酬をくれた。
一つの土地で暮らすことはできないと思っていたのに、信玄コミュニティは他所より暮らしやすく、防人さんのおかげで緊急事態の時の逃げ場所もできたので、この土地に住むことに決めた。
ゴブリンが現れたときや、リザードの行進の時も助けられた。あのビルは鉄壁のシェルターだったのだ。入り込む魔物は防人さんが倒してくれたし。他の土地なら死んでいてもおかしくない。
どんどん畑からじゃが芋は掘り出されて積み重ねられている。汗が流れて腰が痛いけど、今までのお礼を込めて頑張るのだ。
「さきもりしゃん」
仲間の幼女が防人さんの肩によじよじと登り、キャッキャッと楽しそうだ。社員になって庇護されるようになってから、前にも増して懐いている。
防人さんにあれほどくっつけるのは、あの娘しかいないので感心するしかない。ペチペチと防人さんの頭を叩いてご機嫌そうな幼女を、防人さんは気にせずに畑の様子を見ていた。
最初に掘られたじゃが芋は水を張った鍋に入れられて茹でられている。グラグラとお湯へと変わり、その中でじゃが芋が踊っている。
「純ちゃん、私たちもお芋食べられるのかな?」
暫くじゃが芋を掘っていたら、隣で同じく芋を掘っている華がゴクリと喉を鳴らして、期待に満ちた表情を浮かべている。たしかに美味しそうだ。そろそろ最初の方が茹であがるのかなと見ていたら、ザルであげられて、シャッシャッとお湯を切っていた。
サッと塩を振りかけると、防人さんはキョロキョロと誰かを探して
「おう、頑張っているな、大木君。一番じゃが芋を掘ったんじゃないか? これは俺からのプレゼントだ。食ってくれ」
「くってくれ〜」
「兄貴、俺は大木という名前じゃ……」
防人さんが茹でたじゃが芋を、一際大柄な体躯の男へとにこやかに声をかけて差し出す。肩に乗っかっている幼女も楽しそうに口真似をしていた。
「あの、これって人体で検証……」
「美味そうだぞ、ほくほくだぞ」
「やったな、大木! 採れたてのじゃが芋だぞ」
「か〜っ、美味そうだなぁ、俺たちも少ししたら食べるよ」
バンバンと肩を叩いて、周りの人たちも集まって勧めている。口元を引きつらせて大木さん? は決心したのか、口をあんぐりと開けて芋にかぶりついた。
「あち、あちち。お、美味えですよ、これ。ほくほくでねっとりとしていて。こんなに美味いじゃが芋は初めて食べました!」
ホフホフと頬張らせて、美味しそうにじゃが芋を食べながら大木さんが感想を言うと、防人さんたちは、その様子を注意深く観察している。
「そうか、そうか。めまい、発熱、気分がだるい、頭痛など体調不良はないか? 幻聴が聞こえたり、腕が生えそうだったり、手に口が生まれそうとかないか?」
「最後の方は極めてやばいですよ! 俺、化け物になっちゃいます!」
何気に酷いと思います。
なんだかんだと騒ぎながら、木箱に収穫したじゃが芋を仕舞って、ひと仕事を終えて地べたに座り込んでしまう。重労働だったと、汗を拭う。
以前は額を拭うと、袖が汚れていたから、真っ黒になってしまったが、今は洗濯しているので綺麗なものだ。
頑張って働いたことにより、お腹がぐぅと鳴る。隣で華が、はにかむように微笑んでいた。
「お腹空いたね」
「そうだなぁ。じゃが芋食べられそうだよな」
そこには以前にあった、今日も食べ物がなくて、お腹が空いたという諦念からの感情はない。お腹が空いても、食べ物があるという、これからの夕ご飯を期待する声音だ。
前はいつもお腹を空かせていたが、今はすいとんを貰えるし、お腹が空いても、食べ物にありつけるので安心できる。
当たり前にご飯を食べることができる幸せを噛み締める。食べることができないで、死んでいった仲間や、餓死した大人たちをたくさん見てきた。
「おーい。じゃが芋、次も茹でたぞ〜。大丈夫そうだから、安心して食べろ〜」
「やっぱり人体実験でしたよね?!」
大丈夫大丈夫と、笑い合う人たちに悪い雰囲気は見られない。防人さんは特に気にせずに後ろで腕を組んで、その様子を見守っている。幼女は、肩から降りて、早くもじゃが芋にかぶりついていた。
皆で並んで、ふかしたじゃが芋を受け取る。一人2個渡されたが熱々なのでお手玉をしながら、齧る。
変に固くゴリゴリとしておらず、痩せて小さくパサパサでもない。口の中に甘みが広がってびっくりしてしまう。
「美味しいね」
「うん! 美味しい美味しい」
「いくらでも食べられちゃう」
夢中になって頬張る。こんなに美味しいじゃが芋は初めてだ。ねっとりとしていて、お腹に溜まる感じが良い。
「これからもたくさんご飯食べられるかなぁ?」
齧りながらおずおずと聞いてくるが、力強く頷く。
「大丈夫だと思うぜ。どんどん俺たちの暮らしは良くなるって信じているよ」
去年にあのビルに迷い込んだ時から、俺たちの運命は変わったんだと思う。幸運なことに。あのビルに迷いこまなかったら、きっと他へと移動していて、この暮らしはなかっただろう。
防人さんのおかげだ。そして……
「さきもりしゃん、おいしーね」
ニコニコと微笑んで、幼女は防人さんにじゃが芋を見せている。
「『幸運』……なるほどね〜」
たぶん意識した途端に効果を失うものではないだろうかと思いながら、純は華たちとお喋りを再開するのであった。知らない方が良いこともあるのだ。
人々がじゃが芋を食べながらお喋りに興じているのを防人は見ながら、この先の計画を思い描き、口元を曲げる。
「さて、これでじゃが芋の収穫は終わりだ。定期的に収穫できるし、あとは花梨を通して取り引きをする。元手ができれば、市場が建設できるぞ」
『そうですね。街と穀物倉庫が揃えば開拓民を使いコストが安く市場が作れます。街を作りましょう』
「ゲームじゃないから無理。とりあえず市場の準備もしなけりゃならないし、そこは信玄にまかせて……」
『ダンジョン攻略に向かいましょう。初めてのダンジョン攻略と行きましょう』
フヨフヨと浮く雫が悪戯そうに笑い、サムズアップをしてみせる。ゴブリンたちの数が減っている今なら、攻略できるかもしれないと、防人は目を細めて、口元を薄く笑いに変えるのであった。




