249話 謀
コノハは目の前の魔王へとにこやかな笑みを崩さず見つめ返す。魔王呼ばわりするのは失礼だが、コノハ的には魔王である。
以前、いつも天野防人は黒ずくめの格好をしているらしいと聞いたので、恥ずかしくないのかしらと、一度レイに尋ねてみたら、人に覚えてもらうには、わかりやすい格好をするのが一番簡単なんですと教えてもらった。
魔王的な格好は格好良いですよねと、いつも仮面を付けている少女は自身のセンスの良さを教えてくれるので、とりあえず相槌をうっておいた。道化の騎士団のファッションセンスは一般とは違うらしい。
ともあれ、覚えてもらうためという理由は理解できた。他にも理由はあるのだろうが、廃墟街であの姿をしていれば、皆はひと目で天野防人とわかるから、襲いかかることもしないだろう。天野防人も危険から逃れることができるというわけだ。
天津ヶ原コーポレーションが設立される前の廃墟街は悲惨だったらしい。僅かな食べ物を奪い合う地獄の世界、そこで生き残るための術というわけなのねと。
そんな天野防人だが、服装以外にも信じられないことをしている。いや、服装はそのことに比べると、たいしたことはない。一代でとんでもない成り上がりを見せた。
一代で財を成す人物は過去を見ても、いくらでもいる。日本でもっとも有名なのは豊臣秀吉だが、それ以外にも、自分の会社のある場所を会社名にした者など。
だが、一代だ。一代というのは、数年で成り上がったわけではない。この目の前の男はたった2年足らずで、関東北東部という広大な土地を特区として手に入れて、財を成し、武力を持ち、3万人近くを支配下に置く王となった。信じられないことに。
その功績は人ではとても無理よねと、魔王呼ばわりをするコノハであった。どう考えても2年では無理だと思うので。わたくしでは絶対に無理だ。
そんな魔王がなぜ平家の新年会に出席しているのか、訳がわからない。御三家はそれぞれ新年会を催すが、当然同じ日に行う。誰が派閥に入っているかわかりやすいように。新年会に来なければ、その相手は自分の派閥のものではない。
とはいえ、新年会に来なかっただけで、敵とは判断はされないのだが、それでも最低限、出席した家門寄りということになる。だからこそ、魔王は関わりの深い源家の新年会に出席すると思っていた。平家の新年会に出席するのは想定外だ。
なので、その意図を測るためにもコノハは魔王と対峙しなければならなかった。
「平家の新年会に出席していただいてありがとうございます、天野様」
にこやかな笑みで、魔王へとコノハはその意図を探るために尋ねると、ニヤリと恐ろしさを感じさせる狡猾そうな笑みで答えてくる。
「えぇ、せっかくの平家からのご招待ですから。参加はしませんとね。なにしろ内街きっての御三家の新年会ですからな」
その笑顔に気圧されて僅かに下がってしまう。恐ろしい人だ。周りの人々はますます天野防人から離れて遠巻きにする。そのことに気づいたのか天野防人は鼻を鳴らす。
平家の威厳を保つためにも、コノハは馬鹿にされるわけにはいかないと、勇気を出して一歩前にでて頭を下げる。
「ありがとうございます。他の家門の方々の新年会にもお誘いを受けていたのでは?」
源家や足利家の新年会ではなく、なぜ平家の新年会に出席したのかと確認すると、天野防人は予想外の返答をしてきた。
「御三家の新年会は盛大で、朝から夜まで一昼夜やっていますからね。足利家、源家と順番に出席してきました」
「はぁ? 全部に出席してきましたの? 平家が最後ですの?」
驚いて思わず声を荒らげてしまうが、周りの人間も天野防人のセリフに驚いている。予想外のセリフだったからだ。まさかの新年会全出席。しかも、御三家の中で最後である。
「なんと御三家全てを回るとは……」
「不遜な態度なのか、それだけ顔を売りたいのか」
「廃墟街出身です。欲が張っているのでしょう」
「馬鹿な男ですわね。御三家の不興を買うだけですわ」
周りの人々は本人に聞こえるように、非難の言葉を上げ、馬鹿なことをと蔑む表情を向けている。たしかに、馬鹿げたことをしているとわたくしも思う。いくら力を得て成り上がったとはいえ、御三家には敵わない。天秤にかけるつもりなのか? しかも現在の力関係で一番弱い足利、ナンバー2の源家と来て、最後に筆頭である平家だ。
普通は反対ではなかろうか? 御三家の新年会に顔を出すなら、平家が最初ではないだろうか? 自分が御三家のキーパーソンとして、釣り合いをとっているのだと、天野防人の行動からは読み取れる。
傲岸不遜とは、このことを言うのだろう。まともな精神の者ならば、こんな馬鹿げたことはしないし、それを平家の新年会で、しかもコノハ相手に言うことはない。まじまじと、信じられない人だと、魔王防人の顔を見つめてしまう。
「顔見せさ。防人は有名人になったけど知らない人も多いからね。黒ずくめの格好は知られているけど、素顔はほとんど知られていないから」
真っ白な肌の手をひらひらと振り、紅いルビーのような瞳を輝かせて、美しい顔を微笑みに、神代セリカが魔王の代わりに答える。
「そろそろけっけっけっこっこっ〜」
なぜか滑舌が急にへんてこになり顔を赤らめる神代セリカ。コケッコー?
「鶏化したセリカは放置して、俺も皆さんに顔を憶えてもらう時期だと思いましてね。新年会はちょうど良かったんです」
「結婚も近いからね。そうなんだ、顔見せをしにきたんだよ」
立ち直ったらしい神代セリカが、うふふと微笑むがその頭を魔王が叩く。魔王はまったく顔を赤らめることもなく照れていないので、冗談だったのだろうか。神代セリカは口を尖らせて不満そうなので、冗談か判断がつきにくい。
「セリカの言葉はともかくとして、積極的に顔を見せることができるぐらいには余裕ができたということだ。で、コノハさんにはこれからの道化の騎士団の目標も聞いておきたいと思いましてね」
僅かに目を細めて見てくる魔王の言葉に慌ててしまう。道化の騎士団の目標? レイはいないし、目標などない。
内心で慌てて、なんと答えようかと迷う。どう答えようか、まずは整理整頓をしっかりする、5分前行動の徹底、無遅刻無欠席?
それは目標ではないとツッコまれそうな考えをするコノハだが、魔王が先に答えてきた。
「話に聞いただけなのですが、九州地方に遠征に行くつもりだとか。あの地は今ダンジョンの猛威に晒されて、崩壊寸前と聞いておりますので、道化の騎士団が向かうとは、英雄譚ですな。さすがは勇猛果敢なる道化の騎士団と、その団長の平家のコノハさん」
「は、はぁ? 九州地方?」
予想外の言葉に狼狽えて、思わずお母様がいる場所へと顔を向ける。九州地方が厳しい状況であることは聞いているが、自分たちが遠征に行くとは聞いていない。寝耳に水というやつである。
お母様なら助けてくれるとの期待は、されど失われた。少し離れた場所で様子を見ているお母様は、あらあらまあまあと頬に手を当てて、わたくしの助けに入る様子はない。
それどころか、この話に乗れとその目が語っている。ここで乗れば平家の、道化の騎士団の力をますます上げることができると期待の目だ。
「……そ、そのとおりですわ、今年の最初の目標は九州地方への遠征。九州地方を救援して、人々を救う予定ですのよ」
オホホと高笑いをするところなのだろうが、小さな声でオホホと呟くのみに留まってしまう。九州地方への遠征……新学期から休学しなくてはならないのかと、コノハは遠い目になってしまうのであった。
「おぉ、今年の道化の騎士団は九州地方に!」
「あの地方はかなり厳しいらしいですぞ」
「魔法の支配する土地ですからな」
遠巻きにコノハたちの話を聞いていた人々は、面白い話を聞いたと、大騒ぎになる。もはや否定することはできないだろう。お母様には最大の支援を得なければなるまい。
新年会は驚きのニュースに騒ぎになり、九州地方の話で一色になる。何しろ天野防人が九州地方に道化の騎士団を遠征させるつもりなのだ。きっとなにか金になる話があると予想して。
早くも支援をしましょうと、手を挙げる人も次々と現れて、魔王がニヤニヤと悪どそうな笑みを浮かべていたのが印象的であった。
織田信広は慌ただしく平家の新年会を後にしていた。停めてあるリムジンが来るのを家の前で待ちながら、イライラと足を揺する。
外は既に日は落ちて、真っ暗だ。街灯が道を照らし、出てきた平家の屋敷から光が漏れている。
「くそっ。なぜレイが出てこない? まさか天野防人が来るとは……」
予想では平家の新年会にはレイが来ると睨んでいた。だが、予想とは違い天野防人がやってきたのだ。
『いかがなさいますか、信広様?』
思念で男の声が聞こえてくるので、苛立ちを隠すこともなく、思念を返す。
『作戦は中止だ。問題はない』
作戦ではレイに機天部隊を当てるつもりであった。新年会でコノハを襲わせて、レイが防ぐ。隠蔽能力に長けているだけで、たいしたことのない力しか持っていない者たちを借りた。
元から防がれる作戦であった。レイに殺された後に、九州地方に隠れている地球連邦軍の手のものだと、それとなく伝える予定であったのだが……。取り引きをした地球連邦軍が隠れている九州地方のニセダンジョン。その場所を伝えれば、道化の騎士団は必ず向かうと考えていた。
天野防人が出てきたのは予想外だった。しかもあの下っ端研究員のような男の隠れる九州地方の偽ダンジョンの場所を看破しているかのように、道化の騎士団を向かわせるつもりだ。
「いや……恐らくは気づいている。なぜだ? どうやって気づいたのだ?」
首を傾げて、疑問に思いながらも、計画に多少の変更があっただけだと思い直すことにする。織田家との関わりがバレにくくなり、良い展開のはずだが……。
新年会の場で、九州地方に向かうと宣言されたので、内街の家門の多くは考えなしに支援を申し出ている。こうなれば御三家も支援をするだろう。想定と違い、天津ヶ原コーポレーションの兵士だけで、地球連邦軍と戦争をすることにはなるまい。
「仕方あるまい………予想よりも天野防人は長い手であったか。地球連邦軍だけを吸収するだけで満足することにするしかないだろう」
作戦が読まれていたのだから仕方ない。ここは片方だけでも吸収できるように立ち回るべきだと、信広は考え直す。
リムジンが目の前に停車して、運転手がドアを開ける。車内に乗り込み、椅子にもたれかかり、フト気づく。
地球連邦軍……。たしかに九州地方の偽ダンジョンに籠もっているところを見た。だが、なにか違和感がある。なにか変な感じだ。
「いや、なんでもない。きっと気のせいであろう。それよりも、天津ヶ原コーポレーションの兵士をどうやって前面に立たせるか、それを考えねばなるまい」
御三家ならば、さり気なく見えるように、天津ヶ原コーポレーションの兵士を削る方法を考えるはず。恐らくはそう考えるはず。
首にかけた精神耐性の護符を握りしめて、これからの行動を考える。織田家にどう利益を齎すかを。そうして織田信広は帰宅するのであった。
『運命変転』
「大成功なのです」
どこか暗闇の中で黄金の糸が光り輝くのを見て、少女が得意げに呟いたが、その呟きは誰の耳にも入らなかった。




