247話 新年
新たなる年。なにが変わったというわけではないが、新たなる気持ちを持って目標を……。目標は常に持っているから、別に良いか。
寒風吹きすさび、外は一面の雪化粧となっている今年の始まり。50センチほど積もっているだろうか。雪かきが大変そうだと、天津ヶ原コーポレーション本社の屋上にあるペントハウスにて、防人は外を見ながら思う。
「正月にはお年玉か。昔は大人になったら子供たちにあげるようになると思ったもんだ。金を渡すのって嫌だなと。だが、あげることができるのは余裕の表れだよな。後で純たちにあげるとするか」
ナイフのように鋭い目つき、無精髭を生やした狡猾そうな顔立ち、中肉中背の体躯はよく鍛えられており、その醸し出す空気は強者のものだ。名は天野防人、関東北東部を支配する特区のトップ。闇の魔法を扱うどこにでもいる平凡な魔法使いである。
「なんで雫さんはモノローグみたいなことを口にしているのかな? というか、さすがに平凡な魔法使いは無理があるぜ」
「もぉ〜、いつだって主人公は平凡な、が頭文字につくんです。俺はエリートとか、天才だというキャラは主人公にやられちゃうんですよ?」
俺に訳のわからない……いや、わかるな、この話は。たしかにそのとおりかもな。
煌めく艷やかなセミロングの黒髪、おとなしそうな目つきと、ちょこんと小さな形の良いお鼻、桜のような色の可愛らしい唇、可愛らしい顔立ちの小柄な少女、隣に座る俺のパートナーの天野雫が振り袖の裾をふわりと翼のように羽ばたかせて、口を尖らせて言ってくる。今日は振り袖を俺に見せるために、全機召喚中だ。
「ぶふっ。たしかに闇の魔法を使い、日本の特区の支配者。見た目も危険な匂いをさせておるし、漫画なら熱血正義感の主人公に倒されそうなキャラじゃの、主様よ」
ゲラゲラと腹を抱えて笑うのは、烏の羽根のように艷やかな黒髪を腰まで流して、やんちゃそうな瞳と活発そうに微笑む口元、真っ白の雪の結晶が描かれている透き通るような蒼で染められている着物を着ている、モデルのような体型の160センチぐらいの背丈の美少女、天野雪花だ。
「でも、防人だと主人公の最初の負けイベントで確実に殺しちゃいそうだよね。プロローグ、完! とかさ。あ、その場合、防人のそばにいる忠実な愛人役は科学者の僕だよね。防人、新たなる強化人間を作ったよ、あなたの為に! とか」
コテンと俺の肩に頭を乗せて、ふふっと笑うのは幼い顔立ちだがモデルのようにスタイルはよく、腰まで届く長い髪に煌めくルビーのような瞳。白い肌のアルビノの少女、神代セリカだ。プロローグで完とか斬新すぎだろ。
「ふっ。自ら愛人と名乗るとは、正妻は譲るという意思表明ですね、セリカちゃん」
「だいたいのボスキャラって、過去に悲惨な出来事があるんだ。ほら、正妻が死んだとかさ」
「私は死んでも死なないので安心してください。ところでマッドサイエンティストって、確実に主人公に殺されますよね?」
2人が俺を挟んで、素敵な笑みで睨み合う。不敵な笑みとは言わないでおくぜ。ふたりとも可愛らしい美少女だしな。
「さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
俺の膝の上には幼女が座っており、ふんすふんすと鼻を鳴らして、小さな手を振ってふたりを宥めようとする。たぶん宥めようとしていると思う。とりあえず癒やされるので、頭を撫でておく。
「全員振り袖とは気合が入っているな。似合っているぞ」
「そこは頬を赤らめながら顔を背けて、ボソッと呟くように褒めてくださいよ。なんでいつも平然と言うんですか!」
「おっさんには似合わないだろ」
誰得だと、雫の抗議に口端を吊り上げながら答えて、パンと手を打つ。
「お遊びはここまでだ。さて、今年初の等価交換ストアを使うぞ」
人差し指を立たせて、宙で振るう。半透明のモノリスのようなボードが現れて、文字の羅列が表示された。俺の固有スキル『等価交換ストア』。
世界が滅んだ理由の1つ。魔物が金にならない、といった原因を解消するスキル。魔物が持つモンスターコアをスキルやアイテムに交換する驚異のスキルだ。最近は俺が独立したので、デメリットのない健全な物を作り出せるようにもなっている。
「悪魔を退治した際に手に入れたスペシャル4個。これを交換しようと思う。狙いは俺たちがパワーアップできるスキルの取得だな」
「……私の知識はあまり役に立ちません。これから先は手探りになると思います。既存のスキル取得は防人さんには必要なくなりましたからね」
これまで俺を的確に導いてきたパートナーが顔を俯けて落ち込む様子を見せるので、優しく頭をポンポンと叩いて微笑んでやる。
「演技はいらないから。そんなことで落ち込む雫さんじゃないだろ?」
「むぅ……バレましたか。まぁ、撫でぽをしてくれたので良しとします。ポッポ〜」
顔をあげると、悪戯そうに笑う野鳩の雫さん。頬を赤らめることもなく、腕をパタパタと振って嬉しそうだ。幼女もそれを見て、真似をして腕をぶんぶん振り始めた。まったく愛らしい娘たちだ。
苦笑しつつ、等価交換ストアの表示を確認すると、雫が素早く一覧を眺めていく。数万ものスキル一覧をフィルターしていき、一覧を流し読みしながら有用な物を探していく。さっきまで役に立たないとか言ってなかったっけ。それと、いつの間にか俺のボードを触れるようになったんだっけ?
真剣な表情で探す雫に見惚れていると、数点のスキルを表示させて、満足そうに息を吐く。
「やはり見たことがないスキルがありました。恐らくは私たちの希望を取り入れているかと思います。それと触れるようになったのは真に妖精化したときからです。決定ボタンは押せませんが。たぶん奥さんとして等価交換ストアは私を認めてくれたのでしょう」
「眷属は触れるようになった、ということだね。たぶん防人がダンジョンから独立したからじゃないかな」
セリカが雫のセリフに反応して、素早くボードを触る。チィンとガラスを叩いた音がして、ボードが反応した。なるほど、俺は社員に会社の状況を自由に確認できるように開示しているわけか。
フフンと笑うアルビノの美少女に、むぅむぅと悔しがる悪戯妖精のじゃれ合いをスルーして、選ばれたスキルを確認する。
表示されていたのは、こんなスキルだ。1個は他に使うので3個だ。
『限定1:剣術の叡智:スペシャルモンスターコアA1個:レベルに応じた剣術の叡智を覚える。デメリット無し』
『限定1:暗黒魔法の叡智:スペシャルモンスターコアA1個:レベルに応じた暗黒魔法の叡智を覚える。デメリット無し』
『限定1:幻影族創造:スペシャルモンスターコアA1個:レアコアを使用して自身よりも低いレベルの幻影族を制限なく創造できる。ただし、幻影族は成長しない』
「気づいていたとは思いますが、私たちの使える闘技、魔法は並、王、帝級までです。それ以上は敵が使えるのみ。残りは神級……、この記載内容だと、それ以上がありそうですが、確認されているのは神級までですが、神級は敵専用だったんです」
「たしかにレベル7になっても、ダークモードになっても、帝級までしか頭に浮かばなかったな。後はマナをぶち込んで威力を高めるだけだと考えていたんだよ」
魔法ってのは、技名に王や帝が入る時があるのは気づいていた。その名前が入る魔法は威力が大幅に変わるとも。等級なんだろうなぁとは予想していたが、神級はダンジョン専用か……つくづくダンジョンは悪辣じゃんね。
「どうやっても、神級は使えませんでした。神の名を入れる技を使う仲間もいましたが……なんちゃって神級でした。敵が使うのは威力の次元が違うんです」
「まさしく神級。その発動はかなりの時間がかかるから、使われる前に倒す。倒せなければ、発動を許せば、僕たちの負け。それぐらいの威力だったんだ」
雫の言葉にセリカも加わるが、それほどの威力だったのか……恐ろしいな。
「私たちの知るスキル名はなんとかの知識、までです。叡智はありませんでした。これはオリジナルにして、ダンジョンの敵と対抗できるスキルだと予想します」
「剣術は雫に、魔法は俺にか。クラフト系統や体術、他の仲間もスキルを覚えさせたいところだな。よし、取得する」
内容は理解した。ポチリとスキル取得のためにボタンを押下する。そして、等価交換ストアから発生したいつもの漆黒の粒子が俺を包み込む。
脳内に暗黒魔法の叡智とやらが入ってくる。ダークモードの時に使用できる魔法と、その他色々の隠されていたと思わしき魔法の数々だ。剣術の叡智は雫へと覚えさせておく。
「どうじゃ、主様よ? なにかとんでもない魔法を覚えたかの?」
興味津々の雪花へと頷いて、面白そうな笑みになってしまう。
「神級はレベル8だな。レベル6が帝級とすると、レベル10はなにになるんだ?」
「……私たちの最高レベルは8なんです。それにレベル10クラスの魔物とは戦ったことがないんですよ」
「当時はわけわからないほどに、ダンジョンコアから様々なスキルも取得していたしさ。もうそこで頭打ち。限界だったのさ」
「後から作られた機天部隊や、神機は固定された能力持ちであったが、それでも8が最高じゃった。9からは未知の領域じゃな」
悔しそうに雫が答えて、お手上げとセリカが空笑いをして両手を掲げると、雪花がムスッとした顔で顔を背ける。
どんな級があるかと、疑問に思ったが知らないのか。そして雫たちはレベル8が最高レベルだったと。ランダムでダンジョンコアからはスキルが手に入る。デメリット付きのスキルが。それを考えると、よく8まで上げたもんだ。
「それじゃ、10は後でにとっておくか。よし、それじゃあ次だ。『幻影族の創造』はそのまんまだな。レベルの低い眷属を作れる。ミケやコウのように闘技や魔法を自由に使えるタイプだ」
今までは決まったスキル数個しか使えなかった。影移動とか、吸収系統。だが、他にも使えるようになったので、自由度が大幅にアップ。しかも自我もある。
悪魔たちのレアコアは大量にある。使い捨ての使い魔も必要だからとりあえず使い魔を統率するのを作るか。闇鴉50羽、闇虎200匹、闇蛇50匹。全てレベル6だ。俺のレベルが7だから、Aクラスのレベルそのままになるんだろう。
ポチポチと押下すると、宙に漆黒の立体構造の魔法陣が描かれる。そうしてミケたちと同じ毛先が水晶のように半透明で綺麗な幻影族とやらが宙から次々と飛び出てきた。ニャンニャンカーカーとリビングルームを埋めつくしていく。
「ねこしゃんたち!」
気を利かせて小猫や子鴉になってくれた幻影族。リビングルームがもふもふで埋め尽くされて、幼女が興奮してその中に飛び込んでいった。小猫たちにもみくちゃにされて嬉しそうで良かったよ。
「主様よ……」
いっぺんに創ったのは失敗だったかもしれない。が、ハードボイルドに俺は次に移る。
「最後のスペシャルコアで眷属を創造しておく」
『幻影の楔』
そろそろ空の覇者も欲しいのだ。レベル7ならば、戦闘機と戦えると信じてな。素材はもちろん悪魔王サタンである。悪魔王の鱗や角を放り入れておく。ぽいぽいっとな。
立体構造の魔法陣が先程と同じように描かれると、水晶のような透明な鴉が生み出された。煌めく美しい鴉は僅かに身動ぎすると、漆黒に色が変わる。神々しい姿を感じさせる眷属だ。
「3体目の眷属。その名前は怪鳥ロプ」
雫が嬉しそうに輝く笑みで名前を付けようとするが、もう決めてあるんだ。
「クーにしよう」
わかりやすい名前が良いのだ。悪いな雫。
というわけで、こんな感じ。
クー
幻影闇鴉
マナ3000
体力3000
筋力3000
器用3000
魔力3000
固有スキル:高速鴉機動、闘気法中効率変換、魔法中効率変換
スキル:体術7、闘術7、暗黒魔法7
「これで空陸水は完備だな。よろしくなクー」
テーブルにちょこんと乗っかったクーに手を差し伸べてニヤリと笑う。
「カァ」
クーはひと鳴きすると、俺の手のひらを軽くつつく。うんうん、新年になって、新たなる頼もしい仲間が増えたな。
リビングルームを埋め尽くす猫たちを見て、腕組みする。カァカァ、ニャンニャンと姦しい。
「猫カフェでも始めるつもりかい?」
「影に仕舞って、後で配備する」
セリカが猫を抱えてクスクスと笑い、俺は頭にも肩にも登ってきた猫たちを触りながらそっぽを向く。
ハードボイルドも三が日は休業中なんだ。
「幻影族………素晴らしいです、防人さん。これならばいけるかもですね」
ポツリと呟き、雫は猫たちを見て、薄く微笑んだが、その笑みには防人は残念ながら気づかなかった。




