243話 クリスマスイブ
雪が降りしきり、道路も建物も白く染まっている。寒さを窓越しに感じて、はぁ〜っと華は息を吐いた。
窓ガラスは白く曇ったので、指でキュッキュッと拭いとり、もう一度外を眺める。外はとっても寒そうだ。道行く人も傘を差して、着込んでいる厚手のコートのポケットに片手を入れて足早に歩いている。
雪。白い雪。降り始めたら、命の危険を感じる。身体は寒さで震えて、手はかじかむし、音を吸収するので、魔物がこっそりと近づいてきてもわからないので、外を歩くことはできない。
暖かい場所なんてない。寒さをしのげる場所を探して、皆で身体を寄せ合って寝るだけだ。お互いの温もりを感じ、明日に起きることができるのを祈る。それが私の生きてきた冬の体験談だ。
だけど、今年は違うらしい。後ろを振り向いて、大掃除が終わって小綺麗となった部屋を眺める。エアコンによりぽかぽかと暖かい部屋、それだけで幸福を感じて、胸がじんわりと温かくなる。
「冬にアイスはサイコーの贅沢なのですよ」
「あちし、目から鱗が落ちたにゃん。ミキサーを使って作れるシェイクも一味違って美味しいにゃんこ」
「あたちもつくりゅの。シェイクつくりゅの」
なのに、もっと贅沢を求める人たちがこたつに入りながらミキサーを弄っていた。最近暇なのか、ちょくちょくやってくる花梨さんと、私と一緒に住んでいる幼女ちゃんと命ちゃんだ。
花梨さんは尻尾をくねくねと動かして、にゃふふと笑っており、幼女ちゃんは小さなおててをぶんぶん振って頬を紅膨させている。命ちゃんは贅沢を知っているらしい。まさか冬にアイスを食べるとは思いもよらなかった。その発想に目から鱗が落ちたよ。
ガラガラと氷を入れて、その後にバニラアイスを突っ込んでいる。限界までアイスを突っ込んでいるので、壊れないか心配になっちゃう。
「スイッチオンなのです」
「待つにゃ! まだ蓋してにゃーよ!」
ムフンと鼻を鳴らして、ワクワクした顔で命ちゃんが人差し指をピンとたてて、ミキサーのスイッチを押す。しかし、それを見た花梨さんが尻尾の毛を逆立てて、慌てて止めようとする。が、遅かった。
「大失敗なのです」
命ちゃんが聞き慣れた口癖を口にするが、そのとおりだった。
ギュイーンとミキサーが音を立てて回転すると、氷やアイスがミキサーに蓋をされていないので、バシャバシャ飛び出てくる。激しい回転なので、撒き散らさせたというのが正しい表現だろう。
3人は氷の欠片がバシバシと当たり、アイス塗れとなってしまった。髪も顔も洋服もビシャビシャ。もちろんせっかく掃除を終えた部屋もとんでもないことになってしまった。
「もぉ〜。何をしているの〜!」
さすがにこれは笑って許すことはできない。目を釣り上げて、3人に怒る。
「普通、ミキサーは蓋が閉まらないと、スイッチが入らにゃいようになっているのにゃ? なんで動いたんにゃん?」
「ふ。命の力は理を壊す。具体的には、さっきミキサーから変な音がしたのが原因?」
花梨さんも命ちゃんもふたりとも不思議そうに首を傾げる。顔も髪の毛もベタベタとなっており、顔に付いたアイスを舐めて甘いとも呟いていた。その顔にはまったく反省の色はない。私の怒り方は甘いらしい。
「花梨さんも命ちゃんも掃除! 雑巾持ってきて部屋を拭いてください! 花梨さん、防人さんに言いつけますよ? 命ちゃんは夕ご飯抜きにしちゃうからね!」
部屋中がアイスの甘い香りで包まれている中で、もう一度怒ってみせる。
「それはなしにゃ! 防人、きっとあちしの耳毛を罰と称して触ってくるにゃ! ふわふわで気持ちいいって味をしめたみたいにゃんよ。あちしは耳穴に指を突っ込まれると、ぞわぞわして気持ち悪いのに! 乙女の貞操の危機にゃんこ!」
「ふぉぉぉ〜。命の掃除スキルを見せる時! 夕ご飯は抜きにしないでほしいのです」
今度の怒り方は効果があったようで、ふたりとも慌ててこたつから出て掃除をしようとする。
『部屋掃除』
だけど、その行動は遅かった。部屋が仄かな光に覆われると、あっという間に氷の欠片も、アイスが飛び散ってシミになっている壁もベトベトの床も綺麗になっていった。大掃除後よりもピカピカになっちゃった。ホコリ一つなく、窓ガラスは透明すぎて外がはっきりと見えるし、壁の汚れもなくなり、床はツルツルになっていた。
「だめだよ、幼女ちゃん。魔法を使ったら」
「あたちはほのーのだいまほーつかいりゅ」
紅葉のような手を振って、エヘンと平坦なお胸を張って、ニコリと無邪気な笑みを浮かべる幼女ちゃん。幼女ちゃんの炎魔法だ。炎の魔法にはちっとも見えないけど、本人曰く炎の魔法らしい。これじゃ、ふたりともさっぱり反省しないよ。
便利極まる幼女ちゃんの魔法だけど、彼女は気まぐれにしか魔法を使わない。便利すぎる魔法だから、頼るのはあまり良くないと思って、雛ちゃんの『浄化』と同じく、家ではあまり使わないように言い聞かせているのにあまり効果はない。幼女ちゃん自身も使おうと意識していない時がほとんどみたいだし。
「いや〜。持つべき友は頼りになる魔法使いにゃね」
「そのとおり。寒いのでこたつに緊急避難するのです」
いや〜、良かった良かったと、こたつに潜り込む、まったく反省していない2人。花梨さんたちは今日の夕ご飯少なめにしてあげるんだから! ため息を深く吐いて、私はジト目になっちゃうよ。ジト目で見ても、2人ともまったく気にしないけど。
幼女ちゃんにも怒らないといけないと思って、顔を向けると、ミキサーに残っていた僅かなシェイクをコップに移していた。少しでも飲むのかと、苦笑してしまったら、幼女ちゃんは半分ほどしかシェイクが入っていないコップを大事そうに持ち上げて、私へと差し出してきた。
「シェイクあげりゅ! たべたことないりゅ?」
コテンと首を傾げて、コップを手渡してきたので驚いちゃった。
「私にくれるために作っていたの? たしかに飲んだことないけど」
言われてみれば、たしかに飲んだことがない。アイスは食べたことがあるけど、シェイクはまだだ。でも私のために?
「そうりゅ。きょうはだいじなひとにおくりものをすりゅひって、きいたりゅ」
「今日って、なにか記念日なのかなぁ?」
ふんすふんすと鼻息荒く幼女ちゃんはコップを押し付けてくる。どうやらプレゼントだったらしいけど、なんで?
疑問に思う私だったが、懲りずにもう一度シェイクを作ろうと、アイスをミキサーに入れている花梨が、顔をあげて教えてくれた。
「あ〜、そういえば今日はクリスマスイブにゃんね。廃墟街生まれでそんなイベントをよく知ってたにゃんこ」
今度こそしっかりと蓋をして、ミキサーを動かしながら、花梨さんはなんともない顔で教えてくれるので、常識みたいだけど聞いたことない。なんだろう?
「クリスマスイブって、なんですか花梨さん?」
「大事な人と贈り物を渡し合う日にゃね。えっと、たしか男は櫛を、女は懐中時計の鎖をプレゼントするのが始まりだったかにゃあ。なんか謂れがあったけど、たしかそんな感じだったにゃん」
「クリスマスはケーキを食べて、七面鳥の丸焼きを作る。たしか七面鳥の丸焼きを作る1年に1度のイベント」
花梨さんと命ちゃんが教えてくれるが、そんなイベントがあったんだ。へぇ〜。要はご馳走を食べて贈り物を大事な人と贈り合うんだね。1つ勉強になった。
「のんでのんで」
幼女ちゃんが、手渡してきたシェイクを見ながら私に言ってくる。その口の端からヨダレが出ているので、自分でも飲みたいのに我慢をしているのだ。
我慢をするほど飲みたいのに、私にくれたことに嬉しく思ってしまう。ここは遠慮なく全部を飲もうと、コップに口をつける。
シャリッとした粘度の高いアイスとシャーベットの中間のような味だ。こんな感触は初めてだと、私は口内で甘さが広がり、幸せいっぱいになりながらコクコクと飲む。
やっぱり甘さは幸せを感じてしまう。でも、それ以上に幸せなのが、幼女ちゃんが私にくれたことだ。
冷たいシェイクを飲んだのに、胸がぽかぽかと暖かくなり、自然と笑みが溢れる。贈り物は初めてだ。今までご飯とかを皆で分けたことはある。だけど、あれは贈り物というわけではない。自分たちが生き抜くために、共同で物を分けていただけだった。
「あとね、ドライフラワーもつくったりゅ」
ポケットから小さな紙を取り出して、幼女ちゃんはてれてれと身体をくねらせながら私に渡してくれる。見ると春の花が貼られている綺麗な紙だった。
「ありがとう!」
幼女ちゃんを抱きしめて、頭を優しく撫でながら、幸せいっぱいになる。贈り物を貰えたこともそうだけど、贈り物ができるようになったと、そんな余裕ができたことが嬉しい。何より幼女ちゃんの優しさが嬉しい。
シェイクの失敗は花梨さんと、命の夕飯のおかずを減らすことに決めて、私もなにかしてあげないとと考える。なにが良いだろうか? 贈り物、贈り物……。
「七麺の丸焼きを作ってご馳走にしよう! えっと、花梨さん、七麺ってどうやって作るんですか? 蕎麦粉はどれぐらい必要?」
「あ〜、防人にも持っていくにゃん? それならあちしにもよろしくにゃ。作り方は簡単にゃ、質の良い蕎麦粉を用意して、ガレットにして焼くだけにゃ。中身はお好みだけど、ピザ風が良いかもにゃ〜。なんでも麺ならオーケーだから七麺にゃんこ」
「ガレットなら作ったことがあります! それじゃ、幼女ちゃん一緒に蕎麦粉を買いに行こうか?」
さすがは花梨さん。物知りで良かった。ガレットはかさ増しできるから何回も作ったことがあるよ。
「あ、クレープも良いかもにゃ。七麺調の丸焼きって、粉物全般を焼いて食べることにゃ」
「それじゃ、お好み焼きでも良いですね!」
たくさんの粉物を作ろう。忙しくなってきた! 外は雪が降っているし寒そうだけど、頑張ろう。
「あたち、さきもりしゃんたちにもプレゼントしてくりゅの!」
栞をたくさん手に持って見せてくる幼女ちゃん。ちゃんとみんなの分もあるようだ。行ってきまりゅと舌足らずに言いながら、幼女ちゃんは壁にある小さなサイズの扉を潜って、とてちたと走っていった。扉越しになぜか防人さんのリビングルームが目に入ったけど、気にしないことにしておく。
「それじゃ命ちゃん、一緒に行く? 一緒に行ってくれるなら、ご飯の少なめの罰はなしにしておくよ」
「わかったのです。自然な顔で嘘をつく猫娘のそばに残るよりはいいのです。あ、私のポケットにもいつの間にか栞が入っていたのです。……少し嬉しいのです」
はにかみながら嬉しそうにする命ちゃん。そうだよね、嬉しいよね。張り切ってお料理を作ろうっと。粉物が大丈夫なら、たこ焼きとかも大丈夫かな? えへへ、楽しくなってきたよ。
テーブルにずらっと並べるのだ。純ちゃんたちも驚くに違いない。ご馳走が用意できるほど、自分たちは余裕がいつの間にかできていたと、華はクスリと笑うと外へとお出かけするのであった。
帰宅した純たちが、粉物ばかりのテーブル見て驚くが、驚いた理由を聞いて、華が花梨に怒るのは少し後の話である。




