242話 師走
魔物線要塞が陥落したことにより、関東は平定された。防人は関東北東部を所有する大名としてその地盤を確保したのである。人口3万人。小大名として始まり、天下を目指すのだ。
なんてな。
そんな戦国時代の生活であれば、どれだけ楽であったかと防人は役員用会議室で、うんざりとしながら紙束を読んでいた。きっと戦国大名なら、そろそろ冬だなと、何もせずにのんびりとしていたと思うんだ。
あ〜、そろそろ冬だのう、雫さんや、とか言いながら膝枕をしてもらって、のんびりと昼寝をして過ごすのである。寛ぎの一時ってやつだ。夢だよな。
まぁ、夢は夢で、目の前の現実はむさ苦しい限りなんだけど。
会議室には信玄、勝頼、花梨、純、華、竜子、政宗、お茶汲み係の大木君がいる。他にも雇い入れた事務仕事が得意な数人の部下だ。今回は魔物線要塞攻略戦が終わったので、その後始末とこれからの計画を立てるために集まっている。
正直面倒くさい。分厚い紙束は読んでいて眠たくなるし、目が泳ぐ。俺は睡眠耐性があるはずなのにおかしい。巧妙な罠ではないだろうかと俺は思うんだが、きっと同意してくる人は大勢いると予想するぜ。
外は初雪だ。窓の外はちらちらと白い粉雪が降っており、ガタガタと風で窓ガラスが揺れるのが寒さを感じさせる。役員用会議室はエアコンが利いており、暖かく、特に厚手の服を着る必要はない。この余裕は久しぶりだ。エアコン万歳、電力は素晴らしい。
初雪なので、幼女は満面の笑みで外に遊びに行ってしまった。風邪を引かないように華がもふもふコートを着させて、マフラーを首元に巻いて、毛糸の手袋を着けさせていたので、その光景を見て微笑ましいと癒やされたよ。雪なんて去年までは凍死を引き起こす悪夢の産物だとしか思っていなかったはずだから、特にな。
今は資料を手に、部下がプロジェクターを使い、スクリーンに映し出された内容を説明してくれている。黒ずくめの格好は今は俺はしていないし、にこやかなどこにでもいるおっさんにしか見えないから、特に緊張はしていないだろう。
「今回の魔物線要塞の攻略。やはり内街は攻略する際の支援に巨額の軍費が掛かったと言い張り、鉱山の所有権を求めています。国有にしたい様子でしたが諦めています。株式会社化して鉱山の経営は民営に任せます。その際の株式を売り出すのは国からにして軍費の補填をする模様です」
ちらちらと俺を見て、真剣な表情で説明をしてくるので、肘をついて軽く頷き返す。戦闘機や戦車を失い、兵士も少し死者を出してしまった。それに弾薬代はとんでもない金額となったはず。報酬を求めるのは当たり前だ。
今回の報酬は特区の民を扇動して、日本に組み込むという策略と、俺への貸し1つと考えていたはずだが、予想外の人参畑を見つけたから、ヒヒーンとアイツらは煩く鳴き始めたわけだ。目の前の人参は放置するにはでかすぎるからな。
御三家は元より、他の家門もこんな美味しい人参を食べないという選択肢はない。もちろん国有なぞさせるわけがないのであるからして。
そこで反対に俺は貸付をすることにした。反対に借りを作ることになった日本は、俺程度から借りても問題はないと考えた模様。
「天津ヶ原コーポレーションは株式の5%を無料で譲ってもらえるということで、裏で取り決めされている。後ほど政府から発表があるだろう」
一応俺たちも頑張っていたし、ダンジョンの攻略は俺たちの成果だから、少しだけ株式を分けてもらった。貸した利息というやつだ。しばらくはこちらの言い分は有利に進めることができるだろう。
「採掘権の5%は良い妥協点だと思います。精製施設への投資はどうしますか?」
「それも多少だな。10%を超えないところで良いんじゃないか? ゼロだと影響度が完全に無くなるから怖いが、そもそも俺たちは元自衛隊員を引き取ったばかりだ。金が無いんだよ」
もう最近はエリートサラリーマンとなった勝頼が資料を見ながら問いかけてくるので、げんなりしながら答える。
5000人近い元自衛隊員たち。俺が蘇らせた人々だ。驚くなかれ、マナ1で蘇生できたのだ。たぶんスキルを持たない旧人類だったからだろうが……。
そうなのだ、彼らはスキルを持たない人間たちであった。復活する際に『ステータスがありません』とボードに映し出されたから俺はかなり驚いたぜ。復活後はこの世界の影響を受けてステータスを手に入れたはずだろう。スキルは無いだろうが。
元自衛隊員の住居から一時金による生活の支援。廃墟街の連中は文無しから始まっても問題はない。いや、問題はあるんだが、彼らはハングリー精神が宿っており、生き抜こうという強い意思があるので、支援金がなくても暮らしていける。
元自衛隊員はメンタルもやられて、突如として崩壊した世界に突き落とされたことにより、自分たちのアイデンティティも喪われかけている。少しばかり肩を貸してやらないといけないのだ。
なので、莫大な金額が動いている。俺の夕飯を一品抜こうかと迷うレベルなんだぜ。
「あの、突貫工事で兵舎は完成しました。冬になる前で良かったです」
おずおずと竜子が手を挙げて発言してくる。突貫工事にさらに特別予算がドーンと必要となったが、間に合って良かったよ。
ふふ、と竜子は満足そうな笑みを浮かべている。自分の仕事に誇りを持って、やりきった表情だ。竜子は任された仕事をきっちりとこなしている。優秀な建築家で安心だ。
「スキル結晶で『見習い大工』を大勢の人が取得しています。意外なことに、一番人気は『見習い大工』、2番目が『見習い農家』ですね」
「そりゃ意外だな。戦闘系のスキル結晶が売れると思ったんだが?」
勝頼は現状のスキル結晶の売り上げを説明し、信玄が意外な結果に顎をさすって椅子に凭れかかる。
見習い系統のスキル結晶は大量に等価交換ストアから買い込んでいる。元値1万円分のFランクモンスターコアを10万円で販売しているので、大儲けであるが、意外な売れ筋だ。
「見習い大工って、便利らしいですよ、兄貴。なんというか、ほんの少しコツがわかるらしいですけど、そのコツの有無で大きく変わるらしいです。力仕事ですからね。疲労感とか違うらしいです」
ホットコーヒーを配りながら大木君が仲間から聞いたことを教えてくれると、華がその話に乗っかってきた。へー、と俺は熱々のコーヒーをすすりながら話を聞く。少し砂糖が欲しいところだが、大木君、砂糖はどこかな?
「あ、それ私も聞きました〜。見習い農家を取得すると、全然違うんですって、覚えた人が喜んでました」
収穫とかの速度も全然違うんですと、身振り手振りで教えてくれる。なるほどなぁ、そんなに違うのか。
「方程式を知る人間と知らない人間という感じかもな。やり方を知っていれば、全然効率は違うってやつだろ」
見習いはその程度のスキルだ。何しろゼロレベルだからな。気づきを人に与えるだけだ。それが一番人間にとっては必要なスキルだと思うので、売れるのも納得だ。
だが、廃墟街の住民だ。10万円はかなり無理をしたんだろうぜ。
「カカアにしばらく晩酌禁止って言われたとか」
「そりゃ気の毒な。見習いが人気か。軍隊を簡単に作れそうじゃねぇか」
ゲラゲラと笑う大木君に、政宗が冷ややかに言う。
「そんなに簡単に兵士はできないだろ。コツが少しばかりわかっても、訓練しないと意味がない」
「まぁ、実地訓練も加えていく予定だ。元自衛隊員は希望者は全員冒険者にして良いのか?」
政宗が元同僚を見て、迷うように尋ねてくる。全員となると膨大な数だから少し戸惑っている。
元自衛隊員は5000人。全員を冒険者にすれば、ダンジョン攻略はどんどん進むだろう。が、私兵も必要だ。黄金冒険者ではなく、普通の兵士。これまでもグレーな形で存在したが、全員冒険者でもあったからな。そろそろ常備兵も必要だと思うんだ。
「優秀な奴らは兵士として引き立てよう。うちの私兵が猫やカラス、ヘビばかりだと困るから」
にゃんにゃん隊はもはや戦車に勝てる。てしてしと猫パンチでひっくり返すことができるし、砲弾は躱せる速度を持つ。多分一匹で完全武装の兵士100人と正面から戦えるはず。しかも餌は魔力とカリカリ。
でもなぁ、ハードボイルドじゃないよな? 戦闘時ににゃんにゃん隊を引き連れて戦うと、俺はハードボイルドな男ではなくて、ジャングルの王者に見えちゃうだろ。それか、ペットショップの店員。
あと、全然相手を威圧できない。闇猫の力を知っていても、目の当たりにしても、人間はすぐに慣れるものだ。いつも見つけたら撫でる人や、餌付けしようと燻製肉をあげる人がいるのだ。
この間なんか、塩は猫に悪いと餌付けをしようとする人に怒る猫好きがいて、それで言い争いになってたんだぞ。その猫は普通の猫じゃないから大丈夫だと説明しても、猫にはあげてはいけない餌があるんだと聞いてくれなかったし。恐るべし、猫好き。俺が睨んでも怯むことなく、言い返してきた。いやはや、驚いたよ。
警官や兵士を餌付けしようとする人間はいないはずだから、そろそろ人間の兵士が欲しいのです。
「あぁ、さすがにそうしないと駄目か。となると、うちの兵士は300人。元自衛隊員からは何人引き取る?」
「警官も欲しいんだよ。法律は日本基準で問題ないが、賄賂をとらない人が望ましい」
特区には警官はいない。ポリスキャットはいるけど、荒事にしか役に立たない。喧嘩の仲裁はもちろんのこと、詐欺やらなにやらを捕まえるには警官も必要なのだ。
そして廃墟街の人々は喜んで警官になるだろう。犯罪者と手は組まなくても、賄賂は喜んで貰うだろうよ。そこに罪悪感はないに違いない。
「はい、はい! 俺は警官って天職かもしれませんぜ兄貴! 警視総監に一度なってみたかったんでさ!」
手を挙げて、社会正義に邁進しようと大木君が立候補する。さすがは大木君、正義の人だ。俺の言葉を聞いていたか? ふむ、でもいい考えかもしれないな。
「そうだな。警視総監に大木君は良いかもな」
え? と、皆が俺の言葉にビックリする。純も華もビックリしているが、何より大木君自身も驚いていた。ボケているつもりだったか?
「えっと、俺が警視総監………うへへ。わかりました、きっとこの特区を治安の良い地区へと変えてみせます! この本多忠勝タイガーの力を見せますぜ!」
「一番上が責任はとらないといけないからな。任せたぜ、大木君」
「介錯はしてやるから安心しろよ、本多忠勝タイガー」
俺の言葉にブフッと吹き出して笑いながら政宗が大木君の肩をポンポンと叩く。俺の言葉に最初は喜んでいたが、その意味することに、あわわと踊り始める大木君。ドスドスと床を踏み鳴らすので、その喜びようがわかるというものだな、ウンウン。
「やっぱり、責任感がある人が良いと思います! 政宗なんかどうですか?」
「政宗は軍のトップになってもらう。兵士は2000人にする。事務官なども雇わないといけないから、2500人ぐらいか? 工兵を多めに用意しておいてくれ。副官は相馬、馬場で良いか? 南部は鉄工所関係で純と組ませるから外す」
「あ〜、まぁ、それしかないか。了解だ」
頬をポリポリとかきながら、あっさりと政宗は了承する。予想していただろうし、問題はなさそうだな。良かった良かった。
「それじゃ、あちしが警察の監査役をやるにゃんね! 大木君が悪さをしておかないように見張っておくにゃ」
にゃんにゃんと猫耳をピクピクと動かして、花梨が良い考えにゃんと、軍との兼業をすることを提案してくる。どうやら誰も彼も社会正義に目覚めたらしい。
「黙れ、この猫娘! お前、俺に罪をかぶせて自分だけ儲けるつもりだろ!」
「監査役の用意する証拠は絶対にゃん!」
珍しく大木君が花梨が立候補した理由に思い当たり怒鳴る。が、猫娘はフフンと狡猾な笑みを見せて胸を張る。
ギャーギャーと二人が不毛な言い争いをしているのをのんびりと見ていると、純が手を挙げる。
「防人さん、本当のところはどうするんですか?」
「うん? 警視総監は雪花だ。雪花もやる気満々みたいだし、あいつの格闘術は警官にぴったりだしな。なぁ、雪花?」
雪花に尋ねると、無言で了承の意を返してくるので問題はないだろう。
「え、雪花さん、いないと……」
「まさか面倒くさい会議だからって、逃げたりはしてないぜ。ほら、そこの段ボール箱の中に隠れているんだ。俺にはわかる」
というわけで、警視総監と軍のトップは決定だ。
問題ないよな?




