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アースウィズダンジョン 〜世界を救うのは好景気だよね  作者: バッド
12章 芽吹く世界

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241話 浦島太郎

 天津ヶ原特区は大騒ぎであった。師走に入り、あと何日で来年へと変わるのかと、そろそろ指折り数えるほどに今年の残りの日々が少なくなっている休日。


 人々は大通りを練り歩き、道に並ぶ屋台で食べ物を買い、酉の市が開かれて賑やかな場所を覗きに行って、楽しそうに声をあげて笑っていた。


 廃ビルは解体されて更地となり、広い空き地には舞台が作られて、壇上では人が入れ代わり立ち代わり、芸を披露している。


 今は手品師がボールを手にとって、消したり現したりと、手品を披露しているようで、舞台の前で食い入るように子供たちがそれを観ていた。小さな子供がそれを見て、あんなことができるなんてと、興奮して隣で一緒に観ていた両親に話し掛けていた。両親は興奮する子供の頭を優しく撫でて、あれはどうやるのかしらと優しく微笑んでいる。


 騒然とした祭りの雰囲気に、冬の寒風はなぜか吹きすさぶことはなく、春のような陽気であり、薄手の服で人々は楽しんでいる。幸せそうな笑顔で。


 その様子を強張った表情で見つめるやけに浮いた集団があった。


 祭りを楽しむ人々は、なぜそんな顔をしているのかと、佇む人々を見て怪訝に思うが、事情を知っている者がこっそりと伝えると、なるほどと納得して離れていく。


 なぜ祭りで楽しむこともなく、呆然として佇んでいるのかというと、この者たちは要塞戦で悪魔に捕まっていた元自衛隊員だからだ。彼らは20年の時を超えてやってきた者たちであった。


 こんな世界は信じられないと、驚きと戸惑いを持って見ており、そして守る者を、国を、喪ってしまった者たちであった。


 その中でも30代前半の、中肉中背で少し顔立ちが良い男が頭をかいてため息を吐いた。


「なんだよ、これ……俺たちの歓迎会なのか? ちょっと信じられないんだけど」


「だなぁ……なぁ、これは夢じゃないのか? 目が醒めたら元通りの生活に戻っていたりしないか? なぁ、真鍋まなべ


 真鍋と男を呼んだ隣にいる体格の良い男が、顔を強張らせて頬を抓っていた。しかし、いくら抓っても目の前の光景は変わらない。


酢焼すやき、どうやら俺たちはタイムスリップしちゃったらしーぞ。ここは20年後の世界らしい」


「俺たち……悪魔に捕まっていたんだっけか?」


 信じられないと思いながら口籠る酢焼を見て、さもありなんと真鍋も同じ思いを抱く。


 数週間前の話だ。真鍋たちは気がついたらベッドに寝ていた。白い天井が目に入り、薄手のカーテンがベッドを区切っていたので、あぁ、病院に俺はいるのかと真鍋は安堵したものだ。


 真鍋の最後の記憶は唐突に現れたトカゲの化け物を倒しに行くところまでだった。トカゲの化け物というからには数メートルはあるだろうと、仲間たちと笑いながら話したものだ。きっと側溝に落ちた大切なペットなんだろうなと気楽にお喋りをして、きっとテレビのニュースになるぞと、録画をしておくかと考えて目的地に向かった。


 向かって……向かって……その後の記憶がない。看護士が目覚めた俺に気づいて、目が覚めて良かったですと笑顔で言ってくれたので、事故にでもあったかと思いながら、はぁ、目覚めて良かったですと、ぼんやりと答えた記憶がある。


 そして、驚愕の真実を後で検査に来た医者から伝えられた。


 医者は言った。


「貴方は氷漬けとなっていました。最後の記憶はいつですか? 今が西暦何年か答えられますか?」


 と。顔は殊更無表情で、医者は聞いてきた。嫌な予感を感じつつ真鍋は素直に答えた。自分が最後に覚えている記憶の年を。


 その返答を聞いて、医者は言った。


 今の西暦を。


 20年以上未来の西暦を。


 最初は冗談だと思った。身体はいつもどおりだ。自衛隊員として鍛えられた筋肉質な体格に、まだまだ若いと言える黒髪に、シワのない肌。20年以上経過しているにしては、若々しすぎる。きっと医者は冗談を言っているのだと笑い飛ばした。


 頭の片隅では、医者は誤魔化すためにそんなことは言わないと理解していたが。信じたくはなかった。


 だが、最悪の形で未来だと理解させられた。看護士の付き添いを受けながら屋上に行き、外の光景を見ることによって。


 屋上には大勢の仲間らしき人々がいた。覚えている仲間もいた。一緒に任務に行くことになった仲間だ。他にも大勢の人々が屋上に立ち、外の様子を呆然として眺めていた。今思えば、看護士は俺たちが発作的に飛び降りないか警戒していたとわかる。


 それだけ衝撃的であった。高い塀が街を囲み、都内ではあり得ない多くの古びたビルや家屋が目に入った。それ以上にショックだったのが、壁向こうに見える廃墟であった。


 もはや住むものなどいないのだろう。窓ガラスは割れており、ビルの壁は黒ずんで苔や蔦がその外壁を覆っていた。まだビルの外観を保っているのはマシな方で、途中から崩れ落ちているビルや、他にも焼け落ちた家屋や半壊した店舗などが目に入った。外はまともな建物が見えなかった。


 世紀末。そんな言葉を思い出すほどに、その光景は殺伐としており、荒廃した世界がそこには存在した。誤魔化しの利かない現実が俺たちを襲った。


 皆、未来だと理解できた。涙を流す者はおらず、ただあまりにも悲惨な光景に、呆然として哀しみを胸にその光景を眺めていた。


 聞けば、この病院は外街という場所にあるらしい。外街とはなんだと尋ねると、そんなことも知らないなんてと、看護士は気の毒そうな表情で、いっそ教えてくれない方が感謝できたと思う内容を伝えてきた。


 ダンジョンが大量発生し、日本は魔物の被害を受けて、大勢の人々が亡くなったこと。


 日本で軍事クーデターが起きたこと。しかも庶民と金持ちとの格差を壁という物理的な物で区別するとは信じられない内容であった。


 そして、信じようと信じまいと関係なく、俺たちは兵舎に閉じ込められて、あれよあれよと言う間に捨てられた。軍事クーデターを起こした権力者側としては、俺たち正規の自衛隊員が邪魔であったのだろう。


 そうして、天津ヶ原特区という、今いる場所に俺たちはいる。およそ5000人近くが、天津ヶ原特区を支配する天津ヶ原コーポレーションの保護下となった。

 

 特区という聞き慣れない言葉もそうだが、この場所は今は内街と呼ばれる金持ちたちに捨てられた人々が作り上げた街らしい。


 今は少しばかり時代遅れの街並みに見える。スマホを持って暇潰しに遊んでいる者もおらず、もちろん連絡を取り合うために使う人もいない。


 祭りの期間中、車両は通行禁止になっているのかと思いきや、業務用以外に車はほとんど使われていないそうな。それどころか、食べるものにも事欠く有様で、悲惨な暮らしをしていたと噂では聞いている。迂闊に弱みを見せれば殺されるか、財産を奪われる弱肉強食の、強者のみが生き残れる世紀末の世界があったらしい。


 話半分に聞いていたが……。どうやら本当のようだ。子供たちがたいしたことのない手品に喜び、目を輝かせて紙芝居をやっている男の周りに屯している。


 誰もが古着とひと目でわかる継ぎ接ぎの服を当然のように着込み、恥ずかしがる様子もない。そこには、はっきりと昔とは違う世界があった。困窮しているからこそ、祭りをめいっぱい楽しむ人々の姿がそこにはあった。未来を、希望を持っているバイタリティ溢れる人々だ。


 皮肉なことに、幸せそうに祭りを楽しむ人々の姿こそが、今までの困窮ぶりを教えてくれていた。


「悪魔から解放されて、俺たちは現実に捕まっちまったんだな……」


「なんだよ、詩人だな。だが、まぁ、気持ちはわかる。俺たち天涯孤独だもんなぁ」


「あぁ……全てを失っちまった。もう生きる意味もないのかもなぁ」


 酢焼がどうしたもんかと疲れたようにため息を吐く。気持ちはわかる、俺も同じ思いだ。もう俺たちの手にはなにもない。


 自衛隊員の中には、内街や外街に親戚がいた者が、少ないが存在した。なので、全員ではないが、ほとんどがこの天津ヶ原特区に流れてきている。


 家族も親戚もおらず、ただ元自衛隊員という肩書だけが残った面子だ。他の者も歓迎会という名の祭りを前にどうしたら良いか戸惑っていた。真鍋も何をすれば良いかわからない。世界は想像もつかない変貌を遂げたらしいが。


「おじちゃんたちは、お祭りを楽しまないの?」


 戸惑っている俺たちに、近くにいた少女が不思議そうに声をかけてきた。俺たちが何者か知らない子なのだろう。無邪気そうな笑顔で、俺たちを見つめてくる。


 真鍋は酢焼と顔を見合わせると、どう答えようか迷う。正直、祭りを楽しむ気力はない。なにも残っていない自分は明日生きる気力もわかないかもしれないのだから。


「あ〜。おじちゃんたちは良いんだ。気にすることはない。パーッと遊んできなよ、お嬢さん」


 軽い口調になるように演技をしながら言うと、少女はコテリと首を傾げてきた。


「こんなにたくさんの屋台が出ているんだよ? あ、市場内にもた〜くさんお店がやっているんだって! 今日はだいせーる、とか言うらしいよ? あたし、貯金を持ってきちゃった! これは秘密だった! 盗っちゃ駄目だよ?」


 頬を赤くして興奮気味に少女が嬉しそうに語るので、ますます今の自分たちの境遇を考えて暗くなる。周りの仲間も快活な少女の様子を見て、苦痛に耐えるような悲しい表情となっていた。


 皆が同じ思いなのだろうと思いながら、話を絶ち切るために、真鍋は戯けながら笑いかける。


「大事なお小遣いを持ってきたなら大事に使わないとな。あんまり無駄遣いをすると、お母さんに怒られるから気をつけてな」


 そうして、予想では、少女はうん、わかったと、笑顔で頷き去っていくだろうと考えていた。周りの仲間もそう考えただろう。


 だが、自分たちはまだまだこの世界を知らなかった。


 キョトンと首を傾げると、少女はクスクスと口元に手を当てて笑って答えた。


「もぉ〜。私は両親はいないよ。これは私が稼いだお金だもん。美味しい物をたくさん食べるために貯めておいたの」


 皮肉ではなく、自然な声音で少女は答えてきた。影が差しているような暗い笑みではなく、あっけらかんと、さも当然という感じで。


 気を悪くした様子も少女はなかったのに、真鍋たちはそのごく自然な少女の態度に息を呑み、反対に狼狽えた。


「す、すまない。えっとだな、ほら、あれだ。クリスマス、そう、クリスマスのためにもお金を貯めておいた方が良いんじゃないかな?」


 自分たちが狼狽えていることを隠すように、少女へと引きつった笑いで言うと、不思議そうな顔で真鍋を見返してきた。


「クリスマスって、なぁに?」


 初めて聞く言葉だと、少女の表情は語っていた。本当に聞いたことがないのだろう。自分たちが暮らしていた日本では考えられない。


 11月にはモミの木が立てられて、イルミネーションが夜に煌めき輝く、日本では宗教とはもはや無縁とも言える一大イベント、クリスマス。


 その言葉自体を少女は知らなかった。


「なんといえば良いかな……。クリスマスって文字が書かれた幟とか広告とか見たことないかい?」


「むぅ……私まだ文字を読めないの。でも今度友だちが教えてくれるって! 頑張って文字も覚えるんだ! その時にどう書くか教えてよ、おじちゃん!」


「あ、あぁそうだな。うん、その時になったら教えてあげるよ」


 小さな拳を握りしめて少女はフンフンと鼻を鳴らし得意げに言ってくる。少女は見る限り12歳ぐらいだろう。だが、文字を知らず、学ぼうと瞳を輝かせていた。真鍋はその明るい微笑みに、言葉につまりながら、なんとか答える。


 どう話せば良いのだろうか? 何を口にしても、地雷を踏みそうで怖い。いや、自分たちがそう思っているだけで、少女はまったく気にしていないのだが。


 どうしようかと、身体を硬直させて、周りの仲間も固唾をのんで見つめてくる中で、少女へと少し離れた場所から声をかけてくる少女がいた。


「おでん屋っていうの見つけましたよ、ねぇ、おでん屋です。なんか全部10円らしいです。大セール中らしいですよ」


「おでん? なにそれ? 食べ物? 美味しそう?」


「わかりません。わかりませんが美味しそうな響きですよね。私はこれからおでん屋というお店に突撃しちゃいます。一緒に行きませんか?」


「うん! 私も行く! あ、それじゃおじちゃんたちバイバーイ。今度クリスマスの文字を教えてね」


 腕を振って、またねと言うと、元気よくぴょんぴょんと飛び跳ねて、少女は声をかけてきた少女へと駆けていき、一緒に雑踏の中にと消えていった。


「なんか元気な少女だったな……」


「そうだな……これはジェネレーションギャップとかいうやつか?」


「違うと思うぞ。……あの娘、なにを持っているんだろうな」


「どうだろう。もしかしたら、あの手に持つ財布だけかもしれない」


 貯めていたお金とやらが全てではないかと、真鍋は明るく去っていった少女を見て、そう思った。たったそれだけなのに、年端もいかない少女は元気に暮らしているようだった。両親を知らず、文字を知らず、クリスマスを知らず……。それでも元気いっぱいに生きているようだった。


 全てを失ったと真鍋たちは考えていた。実際そのとおりだ、失っちまった物は多く、そしてでかい。


 だが、この特区ではなにも持っていないのが当たり前らしい。廃墟街で暮らしていたということは本当なのだと痛感し、自分たちはそれに比べると……。


「1つ言えることは、大人なんだから、もう少し頑張ってみるかということだな」


「違いねえな。俺たちも命はあるんだから、いっちょ仕事を探しますか。いや、その前に祭りを楽しむかね」


「だな。天津ヶ原コーポレーションには支度金を貰っているからな。その金でパーッと遊ぶとするか」


「しょうがねぇなぁ」

「了解だ」

「まずは生き残ることだな」


 仲間たちもようやく動き出し、祭りを楽しむために屋台へと向かい始めた。


「命があれば、なんとかなるかぁ〜」


 少女が頑張って生きているのだ。自分たちも少しばかり頑張って生きていこう。今だけの空元気かもしれないが生きていけば、本当の元気になるかもしれない。


「クリスマスの意味も教えないといけないしな」


「サンタになって、子供たちにプレゼントをあげることをとりあえずの目標にしようや」


「それはきっと面白そうだなぁ。パーッと目指してみますか」


 笑いながら真鍋たちも祭りの喧騒の中へと消えてゆく。楽しそうに笑う人々たちの中へと。

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― 新着の感想 ―
[一言] アースウィズダンジョン241話を読んで、少女と自衛隊のおっさんの会話がなんとも刺さりました。楽しく読ませていただいてます。応援してます(*^▽^*)
[良い点] いつも机の上にはミニタオルがあるんですよ。 こうやって不意に画面が滲むし、ほこりっぽいのか鼻水も流れてきちゃいますからね。 喋ると声も震えちゃうんで外では読めないんですよね~ ぐずっ(´;…
[一言] 5000人ほどの自衛隊員 将来の白金ランク候補や幹部候補ですね
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