239話 新スキル
要塞の攻略もほとんど終わり、残りのダンジョンや魔物の駆逐は軍隊と冒険者に任せることになって数日後。
窓から覗く曇天の下、そろそろ冬へと季節は移り変わる今日この頃、天津ヶ原コーポレーション本社に俺は戻っていた。いつもどおり、リビングルームでまったりと寛ぎながら、等価交換ストアを表示させて、手に入れた機能を確認していた。
ソファに寝っ転がりながらの、少しお疲れ防人さんである。今いるのは幽体雫に、お茶を入れてくれている雪花と、俺のお腹の上で猫のように丸くなって、すよすよと気持ち良さそうに寝ている幼女だけだ。
「あ〜………設備投資は無しだな。これ、凄く目立つぞ。コアストアから引き出したとは言えねーよ」
設備投資で作れる施設一覧表示を見て、苦笑いを浮かべる。苦笑いを浮かべるしかないとも言う。
『施設一覧……なんでも作れるみたいですね。半導体工場から、石油精製所。ガソリンスタンドから発電所、学校も』
雫がほへー、と口を開けて見ている。性能の良さに感動しているというか、呆れている様子。ま、そうだよな。わかるぜ、その気持ち。
「ははぁ、それはさすがに作れんの。それこそ本物の魔法使いでも無理なことじゃろ?」
雪花がお茶をテーブルに置きながら、やはり苦笑している。ありがとうと答えて、熱いお茶を飲みながら頷き返す。
さすがの種子島博士でも、遂にコアストアの力を解放した! 見よ、学校と交換できるようになったぞ、とか高笑いをしても、周りは納得してくれないだろう。怪しすぎるじゃんね。
『全機召喚』
「とうっ!」
無駄になぜか雫さんが召喚されて、宙で一回転して現れる。なんで召喚?
「私もお茶を飲みたいです。それと防人さんのお腹の上でゴロゴロイチャイチャしたいんです。全機召喚の効果時間が12時間に延びていましたし、良いですよね?」
「断るという選択肢はないな」
コテンと小首を可愛らしく傾げて、ニコリと無邪気そうな笑みを浮かべる甘えん坊な雫に、ハードボイルドに肩をすくめて答える。選択肢が1つしかねーだろ、その問いかけ。
まぁ、たしかに雫の言うとおりレベル7になったら、全機召喚の召喚時間が12時間に延びていた。これ、レベル9か10で24時間になりそうな予感がするぜ。
俺の飲みかけのお茶を雫は奪い取って、フーフーと息で冷ましながら、話を続ける。
「実のところ、これってメリットないですよね? もう1レベルか2レベル上がったら、魔法的な施設とかを建設できるのではないでしょうか?」
「急いで普通の工場とかを建設する必要なんてないしな。工場その他は建設会社が建てれば良い。それだけ金が動くからなぁ。魔法的な施設にはロマンを感じるが」
工場を誘致するだけで莫大な金が動くのだ。即ち、金が巡れば、景気が良くなる。ポンと誰の力も必要とせずに工場を建てても、旨味が全くないのだ。建物建設は簡単に大金が動くものだからな。天津ヶ原コーポレーションは建設会社もやっている多角的経営の会社です。
「ミサイルからブラジャーまで、全部を手に入れることができる企業を目指すにはお金が必要ですものね」
コトリと飲み終えた湯呑を置いて、俺の腹に寄りかかり幼女をずらして寝そべる雫。やけに甘えん坊だな、今日は。俺はふたりの温かい体温でぬくぬくである。
「そういうことだ。ん? 雪花どうした?」
「いや、雫のボケがわかりにくいので、ツッコんで良いのか迷っておるのじゃ」
今の会話のどこにそんな内容があったかわからないが、雪花的にはなにかあったのだろう。実にどうでも良い。雪花はいつの間に漫才芸人になったんだ?
う〜んと、首をひねって迷う雪花と、そんなにわかりにくいボケをするなんてと、ガーンとショックを受ける雫を放置して、俺は考え込む。
この機能。せっかく手に入れたのに、もったいない……。活用方法がないものか……。そうか!
指をパチリと鳴らして、ナイスアイデアだと自画自賛する。
「使用方法がわかったぞ、雫、雪花」
「どんな使い方がわかったんですか?」
雫たちが俺の言葉に興味を持って聞いてくるので、多少得意げに口元を笑みに変えて教える。
「これだ、これ」
『廃鉄工所:モンスターコアD100個』
等価交換ストアの一覧表を見せると、ふたりは頬を寄せ合い覗き込む。そして微妙な表情になるので、いまいち俺のアイデアがわからないのだろう。
「廃鉄工所なぞ建設してどうするのじゃ、主様よ?」
「良いか、鉄工所の中身もこの機能はセットで作ってくれるんだ。とするとだ。古びた機械も手に入るぞ。直せば、まだ使えるやつがな」
旋盤とか、様々な機械。レーザーを使う加工機器でも良い。古びた型落ちの機械でも直せれば使えるのが、ゴロゴロ手に入るのだ。
「なるほど、さすがは私の旦那様ですね。それならば怪しまれることもないはず。廃墟の機械……20年経ってボロボロでも、錆取りから金属修復まで直せるスキル持ちを使えば、中古品として使用できます。すぐに鉄工所が開けますものね」
「はぁ〜。主様はそういう裏技的な方法を本当に良く思いつくの。もはや、戸籍などないであろうし、その方法はきっと上手くいくと雪花ちゃんも思うのじゃ」
ふたりが俺を褒め称えてくれるので、少し嬉しくなってしまう。そうだろう、これならばいくらでも誤魔化しが利く。廃墟ではなくても、古びた鉄工所でも良いだろう。そこから機械を全て外して持ち帰れば良いというわけ。
我ながらナイスアイデアだよな。これならば、滞っている鉄工所建設もできるというものだ。内街から製造用機械を中々譲ってもらえていない状況だから、これは助かる。他にも色々と流用できるぜ。
「さり気なく冒険者に依頼を出すぞ。廃墟街を調査して、古びた鉄工所などを探せってな。依頼料も弾んでおこう」
冒険者ギルドの壁に依頼の紙を貼っておくのだ。今のところ、依頼なんか何もないからな。寂しい限りだったんだよ。
「大型機械なんか、冒険者では買い取る相手を探すのは無理でしょうし、運ぶのも無理だと思います。この依頼を受ける冒険者はいると思いますよ。でも、現代ファンタジーは薬草採りではなくて、機械探しになっちゃうんですね」
クスクスと可愛らしく笑みを雫は浮かべる。そのとおり、所変われば品変わる。郷に入っては郷に従えというだろう?
「それは仕方ないだろ。機械を探して金稼ぎだな。後で、そこらに鉄工所を建設しておくとする。所要時間は1週間……結構長いな。そこまで問題はないか」
「雪降る中では、探索には行ってほしくないのじゃ」
雪花が腕を組んで、不安げに言うが、その点は自己責任だ。まぁ、他のことに気を逸らせるようにはするけどな。
「だなぁ。そろそろ冬籠りの支度イベントでもやろうぜ。餅つきとか、なんだっけか、あれ? 門松だっけ? あと、でかい団扇みたいなやつ。熊手だったか?」
「熊手の値引き交渉は面白いらしいですよ。店主役は私がやりますね。値引き交渉には絶対に負けません」
ふんすふんすと鼻息荒く、酉の市で総スカンを食らいそうな美少女商人雫がここにいた。たしか、値引きした金額はご祝儀として貰えるから、いくらでも値引きして良いんだぜ。俺も見たことないけどな。
「さて、次はこれだ」
最終進化サタンの力を見ることにする。半透明の等価交換ストアのボードに指を滑らせる。SFチックに文字が踊り、ページが変わった。
その表記は今まで見たこともない表記がそこには映し出されていた。
『限定1:簡易蘇生:エクストラコアS1個:アーカイブに格納された魂を一度だけ復活できる。デメリット無し』
そこには驚きのスキルが記載されていた。なんと蘇生だ。あまりのスキルに顔を険しくさせてしまう。蘇生だぞ、蘇生。簡易蘇生らしいが蘇生だ。
「おい、蘇生が手に入ったぞ、蘇生。簡易蘇生ってのは1度だけ蘇生可能なスキルだからだろ? ……アーカイブって、なんだ?」
首をひねって疑問に眉根を顰める。デメリット無しなのは良いが、いまいちよくわからないな。
雪花も幼女も驚いて、目を丸くしている。雪花はオロオロと視線を彷徨わせて、幼女は俺の腹の上でむふー、むふー、と転げまわった。この子たちは犬と猫かな?
さすがに俺も驚いている。スキルもそうだが、コアってスペシャルの上があったのかよ。あれだけ強かったイレギュラーだから、当然といえば当然か。
「では、そのスキルを取得しましょう防人さん」
俺たちがお祭り騒ぎで興奮している中で、物静かな声音で、雫が小首を僅かに傾げさせて、ニコリと微笑む。その表情は柔らかく、おちゃらける様子はない。
違和感を覚える笑顔である。いつもなら、よくわからないセリフを口にする雫さんなのに怪しい。
ジッと雫の顔を見つめて視線を合わせる。ニコリとまるで慈悲深い深窓の令嬢のような笑みで返してくる雫。
雪花と幼女も雫に違和感を覚えて見つめる。怪しいことこの上ない美少女であるからして。真面目であるほど、疑われる悪戯妖精である。
「……」
「………」
「………早く覚えましょう。そのスキルは今までに無かったものです。蘇生薬は見たことがあったんですが、あれは1000万分の1のドロップと言われていましたし」
目を泳がせて、身体も泳がせて、俺の腹の上でクロールを始める雫さん。圧に耐えることができない意外に弱いメンタルの美少女である。というか、腹の上で泳ぐなよ。腕が当たって痛いだろ。
「そこは胸が当たってるぞと言うところですよ、防人さん。バタフライに切り替えましょうか?」
「答えを期待するなよ、パートナー。さて、では怪しい雫さんのご希望どおりに取得するか」
ポチリと押下して『簡易蘇生』を取得することにする。いつもよりも禍々しい漆黒の粒子が俺の身体に入っていき、使用方法が脳裏に浮かぶ。
理解した。アーカイブがなんなのかを。蘇生対象がどういう存在なのかを。
「どうじゃ? 使い方はわかったのか?」
興味津々な雪花が俺に近づいてきて、その後ろで雫の瞳が真剣な光を宿していた。ふむ……雫はなにかを期待している目だな。
「………これが蘇生対象一覧だ」
ツイッと指を動かし、ボードの表記を3人に見せる。ずらりと並んだ名簿、その数は4754人。
『佐藤翔、鈴木敬之、真鍋敏行、名山蓮……』
多くの人々の名前が記載されていた。その名簿の名前には憶えは全くない。だが、わかることがある。これは戦国武将の名前ではなく、数も少ない。
「レアコアを手に入れた数と同数な感じがしないか? この数は」
魔物の中でまるで人間のような自我を持つレアな魔物たち。こいつらの正体が理解できたぜ。
「レアモンスターコアを集めれば集めるほど、人間が蘇生できるんですね、防人さん」
「たいした数じゃない。死者全員をダンジョンからレアモンスターコアという形で奪い取るなら、何千年もかかるだろうな」
アーカイブは俺の知識の倉庫という意味か。ダンジョンから独立したから、レアモンスターコアに宿っていた存在は俺のアーカイブに仕舞われたと。だが、レアを集めるなんて、気が遠くなる時間が必要だ。正直に言うと無理だ。
しかし新スキルか……。デメリット無しというところに注目する。この新スキルを雫たちは知らないと言っていた。この2点を合わせると、新スキルは等価交換ストアさんが創造したスキルだと思われる。
なぜこんなスキルが産まれたかはわからない。いや、人々の願いから生まれたのだろうか?
ふと気づいたことがある。救いを求める概念から『簡易蘇生』が生まれたのだろうか? 雫たちの世界は概念が固定化されたと言っていた。こちらの世界はどうなのだろうか?
だとすると……。この先に生まれる新スキルの中にはもっと凄い物があるのかもな。雫さん、なにか企んでいるよな? わかるぜ、長い付き合いだ。
まぁ、しばらくは内政だ。先のことは冬が終わってから考えることにしよう。
すっとぼけるパートナーの頭をガシガシと撫でてから、俺は目を瞑り一休みとするのであった。冬は穏やかに過ごそうぜ。
防人が眠り始めるのを見て、ふふっと優しく微笑むと雫も目を瞑り、眠りに入るのであった。




