238話 要塞戦終了
防人は倒れている雫へと急いで駆け寄った。何しろ黒焦げである。改造和服がボロボロの雪花ならタンクトップとスパッツは健康的なエロスを感じさせると、おちゃらけることもできるが、雫は服どころか、肌も黒焦げである。
あの状況で雫は諦めずにサタンの隙を狙っていた。本来の作戦は『超加速脚』をサタンが使用して、効果時間が尽きた時に俺が『超加速脚』を使用して一撃を入れるというものであった。サタンが対抗して再度『超加速脚』を使うまでの僅かな時間に攻撃を入れて倒す。加速した世界では僅かな時間が隙になるからな。
なので雫の役割はサタンの攻撃を受け流して時間稼ぎをしておけば良かったのだが、サタンの攻撃力はこちらの想定を上回っていた。雫は一撃で黒焦げになってしまったのだ。
そうして雫が倒れた時には、サタンに俺の核魔法を命中させたので、倒した後に治癒しないとと、焦りながら駆け寄ろうとして、想定外がもう一つ生まれた。
サタンは強力な自己再生能力持ちであったのだ。まさかのボスキャラ全回復である。吹き飛ばしたはずの頭は再生し、身体の半分も、砕いた脚も治癒を始めたのだ。
勝ち目が薄くなったことに舌打ちをして、新たなる作戦を考えようとして、最後の想定外が発生した。
黒焦げになった雫が腕を失っても尚戦うことをやめずに、口に剣を咥えて、必殺の妖精剣を振るったのだ。どこまでも諦めないパートナーだと、理解はしていたが感心した。さすがは雫さんである。俺はこの娘によく勝てたよな。
力を使い果たして、死んでしまったのかと焦るが、僅かに咳き込むので、ホッと安堵で胸をなでおろす。蘇生の薬とやらで復活できるらしいが、そんな薬は見たことないし、やはりパートナーが死ぬのは心配である。というか心配どころではない。
『高位治癒』
聖が治癒魔法を使うと、黒焦げの肌が剥がれて、正常な肌が現れる。多少回復したようで雫の息が整い始める。
「くぅ、本当は時が動き始めたあとに、正々堂々とアタタタと殴って倒す予定だったのですが」
「元気そうで良かった。それだけ軽口を叩ければ大丈夫そうだな。格納しておくから、ゆっくり休んでくれ」
しゃがみ込み、雫の頭をそっと撫でて微笑む。艷やかだった黒髪がゴワゴワだ、というか黒焦げで崩れてもおかしくない。治癒魔法で回復するとはいえ、あんまり心配をかけないでほしいぜ。
「もっと力が必要です。スターオリハルコンという幽霊を操作できるようにならないと、アタタタができません、次点でミスリルチャリオットで我慢しま」
「おやすみ〜」
少しでも元気になるとおちゃらける雫さんには他の意味で感心するよ、まったくもう。手を振って次元の狭間に雫が格納されるのを見ながら、知らないうちにかいていた額の汗を拭う。
「雫は大丈夫そうだな」
「主様よ、雪花ちゃんの服は全然大丈夫ではないことが判明したのじゃが」
改造和服が少しずつ修復して、肌色が少なくなっていく雪花がよろけながら近寄ってくる。治癒魔法で回復しても全快とはいかないのか、ふらふらだ。
「今度、もう少し耐久性を上げとくけど、そもそも一撃で和服をボロボロにしてくる相手には雪花は敵わないと思うよ」
「服の心配より命の心配をしろという意味なのじゃな」
セリカが悪魔王の剣を手にとって眺めながら答えると、雪花はフンと鼻を鳴らして、またもやふらつく。
「今回の敵は少しステータスが高すぎたよなっと。ほら、肩に掴まれよ」
「助かるのじゃ。サタンの攻撃………まだ体の芯に残っている感じがするのじゃよ」
ふらつく雪花を支えながら、辺りを確認する。と、部屋の中心から真っ赤に輝くダンジョンコアが空間から滲み出てきた。
「ん? やけに真っ赤な水晶だな?」
奇妙な見たことがないダンジョンコアを見て、目を細めて戸惑う。
黒い部分がコアの外側に薄っすらと見えるだけで、燃えるような紅き輝きが俺たちを照らしている。いつものダンジョンコアとは輝きが全く違う。これがAランクのダンジョンコアか。
空間も虹色に輝き歪み始めたので、とりあえず回収しておくかね。
悪魔王のコアはいつの間にか姿を現した幸が拾ってポケットに入れているので、コアの回収は問題はない。あと困ることといえば、ダンジョンが解除された後に、他の悪魔や魔物に包囲されていたなんてパターンだが、いざとなったらテレポートで逃げるとしよう。
『ダンジョンコアSランクを入手しました』
ダンジョンコアが俺の体へと粒子となって吸収されて、その結果がログに表示される。その結果に驚いてしまう。え? Sランクなのか?
たしかに雫はAランクからは同ランクのボスキャラが出現すると言っていた。となると、最終進化サタンはSランクだったから、その仕様どおりとなるわけだが……いきなりSランクかよ。Aランクを超えてしまったぜ。
「よし。お得な結果となったようだ。Sランクを手に」
『ソウヤッテチカラヲウバッテイタノカ』
結果を皆に話そうとして、いきなり思念が脳に届く。思念が送られてきた方向へと、素早く振り向き、手を翳す。
なんの気配もなかったはずなのに、いきなり思念が飛んできたぞ? 視線の方向を確認すると、玉座の隅に小さな蠢く肉塊がいた。どうやら等価交換ストアの力を見たようだが、何者だ? 魔物?
「こんにちは、えー、なんと呼べば?」
とりあえずは丁寧に頭を下げておきますかね。なにかヤバそうな奴だ。小さいからといって油断するつもりはない。
ハードボイルドに腕を組んで薄笑いをするか迷ったんだけどな。少し気障なハードボイルドのおっさんを見せてやることにしたぜ。
『イシヲカンジタタカイヲミテノウリョクヲリカイシタ』
「名前を教えてくれるつもりはないらしいな」
蠢く肉塊はゆらゆら揺れて、自己中心的な呟きを答えてくれる。
「泣けてくるぜ。俺たちの華麗な戦いを見てくれたって? 観戦料を頂いていないんだが? ファイトマネーについて話し合う余地はあるか?」
肩をすくめて、戯けながら尋ねると意外なセリフを返してきた。
『シゼンデハナイ』
「聞き覚えのあるセリフだな!」
目を険しくさせて手を翳し、魔法を放とうとするが
『ジカンギレダ』
その答えが聞こえてきて、空間が切り替わり、元の石造りの狭い部屋へと変わるのであった。もちろん肉塊は影も形もない。逃げたらしい。
「ここはやれやれだぜと呟けば良いのかね?」
「……あれは分体。倒しても無駄」
「わかるのか?」
タイミング良く、いやダンジョンが解除されるのを予想していたのだろう肉塊に舌打ちすると、俺の裾を引っ張り金髪の少女が教えてくれる。
「この身体も分体だからわかる。ちなみに分体は分けるごとにステータスが半分ずつになる。家事には人数が必要」
お掃除には人数が必要とムフンと胸を張る炎の魔法使い。相変わらずチートなスキル持ちの娘だよ。
「だから、マナと魔力に偏っていたのか。本体はなにをしているんだ?」
「花梨と一緒に氷を砕けるスーパーミキサーで、ワクワク顔でシェイクを作っている」
分体とは便利なスキルを持っている少女だな。だからステータスが俺以上に偏っていたのか。後のセリフは聞かなかったことにしておこう。
『罠屋敷』
「……これでマナ枯渇。バイバイ」
物騒な名前のスキルを使い、幸の分体とやらは、小さく手を振って消えていった。そのすぐ後に建物内で爆発音が聞こえてきて、魔物の悲鳴が響いてきた。トラップが発動している模様。
「やっぱり家事スキルが欲しくなるな」
「お手伝いだけじゃ、ボスには勝てないよ」
「そりゃ、残念」
セリカがヘルメットを外し、クスリと笑ってくる。たしかにそのとおりだろうな。それよりも、サタンを倒し漲る力を変換しておく。
充分なエネルギーは吸収できたんでな。蠢くエネルギーを昇華させて肉体を向上させる。
『等価交換ストアのレベルが7になりました』
『零細企業が大企業になりました』
『設備投資が使用可能となりました』
『コア変換が可能となりました』
一気に力が増大した感じを受ける。ダークモードで嵩上げしたレベル7とは違う、本当のレベル7ってやつだ。
燃えるように頭が熱くなり、身体の力が失われて、支えていた雪花を離し、崩れ落ちてしまう。手のひらを床につけて、なんとか倒れるのを防ぐが、これはきつい。
「大丈夫ですか、防人社長。治癒魔法を使用しましょうか?」
崩れ落ちた俺に聖が気遣ってくるが、かぶりを振って断っておく。ダメージを受けたわけじゃないから、大丈夫だ。
「いや、大丈夫だ。機能が増えたようだ」
爆発音が響く中で、戦闘ができないのはまずい。マナを体内に巡らせてあぐらをかいて座り込むと、体調を整えながら機能を確認していく。
『設備投資:施設を建設可能とする』
『コア変換:ダンジョンコア、モンスターコアを精霊石に変換可能とする』
「なるほど、かなり便利だな。俺は大企業の社長になったらしいぞ?」
「設備投資って、なんなのさ? 半導体の工場でも建設できるのかい?」
ベタッと背中に張り付いて、俺の肩に頭を乗せてセリカが尋ねてくるが、装甲服が痛いので止めてくれ。
「どうやら、見る限りは………。これは後でだな。それよりもレアモンスターコアAを使用するぞ」
等価交換ストアに仕舞った悪魔のレアモンスターコアAを精霊石に変換する。1つと言わず10個程。
このスキルを見てピンときた。この要塞を攻略した戦利品を俺からプレゼントしておきますかね。
『地形変換:金属鉱山』
精霊石を床にパラパラと落としながら、クックとほくそ笑む。床に吸い込まれた精霊石はじきに地面へと吸収されて、この要塞一帯の土地を良質な金属鉱山へと変えるだろう。
鉄や金銀銅、その他、レアメタル各種が採掘できる鉱山へと。奇跡の鉱山発生である。
「争いの種にならないかの? 内街はこの鉱山を求めて絶対に領有を求めてくるぞ、主様よ」
心配げに雪花が尋ねてくる。たしかにそのとおりだ、喉から手が出るほど、鉱山を内街は欲しがるだろうよ。
「もちろんそうだろうよ。こんな鉱山渡して構わない。ゴールドラッシュを知っているか? ここに採掘所や精製工場を建設する。多くの人々が外街や内街からやってくるだろう。都市ができれば流通が始まる。まさにゴールドラッシュ時代の好景気が到来するわけだ」
鉱山を維持できるほど、俺たちは裕福じゃないし戦力もない。内街に全部押し付けようぜ。その代わりに俺たちはその余禄を受け取ろう。活気が生まれてくると思うんだ。
何しろ天津ヶ原コーポレーションと習志野シティの間にこの鉱山はあるからな。工場建設やその他色々と天津ヶ原コーポレーションには仕事が舞い込むはず。
「たしかにそのとおりだね。でも、近代兵器が量産されたら、天津ヶ原コーポレーションの持つ特区はまずい立場になるんじゃないかな?」
「そこまで量産可能にはならないさ。壁ができる以前だって資源は完全に枯渇したわけじゃない。それよりも量産が間に合わず武器弾薬が枯渇したんだぜ。これで少しは回復するだろうがな。反対に完全に内街の武器弾薬が枯渇する方がまずい」
「たしかに弾薬が枯渇すれば、裕福な内街は崩壊。革命を起こせるかもしれないけど、きっと大変なことになるだろうし」
「無政府状態になって、裕福な人間がいなくなったら、誰が贅沢品を買ってくれる? 作物だって一定量を買い取ってもらえる大口さんがいないとな」
上を潰せば下が裕福になるってわけじゃないんだ。景気が悪くなるのは目に見えている。失業者多数、作っても売れない作物が余るって未来だ。
そう考えると、鉱山都市を建設させるのは良い考えだと思うんだ。数百万の都市人口を少しばかり分散させてくれ。新しい都市には壁は建設しないだろうし、させないしな。
「現実は世知辛い。うまく世渡りをしないといけないのさ」
「それじゃ、世渡りを上手くするためにも、残りの魔物を殲滅しておこうか」
ヘルメットをかぶり直して、セリカが歩き出すので、俺たちも後に続く。
全くそのとおり。社長自ら率先して仕事はしないとな。俺は会社員の鑑だぜ、まったく。ブラック企業だと、社長が訴えて良いものかね?




