237話 悪魔王戦
サタンは俺を警戒と驚愕の目で見つめてくるが、その中に僅かに恐怖があるのを見抜く。失礼な視線である。主人公と敵役が反対じゃないか? なんで、こいつが俺を見て驚いているわけ? こういった場合は、主人公が「な、なんだ、この怖気の走る化け物は!」とか驚くんじゃないか? 「なんだこの化け物は?」と、俺を竜の化け物が見ながら思うことじゃないと思います。
「………貴様のような存在がいるなどと信じられないが………まぁ、良い。さぁ、戦おうではないか!」
いちいち演劇でもしているようなオーバーリアクションのサタン。手を振るが、それが合図であったのだろう。壁際に佇む悪魔兵たちが動き出す。
サタンを援護する兵士なのだろう。実用性に乏しそうなトゲトゲを生やして動きにくそうな上に、重そうな鎧を着込みながらも、姿がブレるほどの速さで、ハルバードを振り上げて襲いかかってくる。
「雑魚は僕に任せて!」
装填を終えたガトリング砲を構えて、12本の空飛ぶダガーとガンビットを操作してセリカが悪魔兵を迎撃する。
『範囲自動回復』
『要塞壁』
聖がすかさず全員に自動回復の魔法を使い、どこからか少女の声が聞こえてきて、5メートルはある強化ガラスのような壁が悪魔兵の前に聳え立つ。迷宮のように複雑な配置で作られた壁に悪魔兵の歩みは止まる。
「………味方は阻害を受けない壁」
耳元にそっと少女の声が聞こえてきて、この壁の仕様を教えてくれる。なんつーか、チートなシールドすぎるだろ。物理的な壁ではなく力場が壁の形をとっているだけなのか。
「ナイスだ、幸! これなら充分戦えるぜ」
「むふーっ。バンキュードカンな幸にお任せ!」
聞こえてくる得意げな声に薄く笑みを浮かべながら、両手を広げてサタンを見る。悪魔兵はセリカに任せた。
『踊るダガー』
空中をダガーをミサイルのように高速で飛行させて、セリカは悪魔兵の胴体を鎧ごと貫く。よろけた隙に壁越しにガトリングを撃ち込む。幸の言うとおりに壁は弾丸をあっさりと透過させて、悪魔兵たちをなぎ倒していった。
ガシャンガシャンと倒れ込む悪魔兵の金属鎧の騒音が響く中で、雫と雪花はサタンへと向かう。雫は既にレッドモードに変身済みだ。
サタンが総合ステータス25000だとすると、俺たちは1万なので、相手にならない。だが雫と俺は変身してステータスが15000に向上している。さらに幸の支援魔法により2割アップ。闘技による能力向上でさらに2割。基本値に加算される感じだ。俺と雫は変身後が基本値となる。
俺と雫は21000。雪花たちは14000。装備の力を加算してもサタンとはまだかなり差があるな、こりゃ。
しかも相手は3メートルほどの体格だ。これが見上げるほどに巨大であれば、柱に隠れたりして小細工を色々できたのに、そこまでの背丈はないから、普通に戦うしかない。俺の想像するサタンのイメージと違いすぎだ。
向かってくる雫たちを見て、サタンは3つの竜の口を開き、魔法と闘技を発動させてくる。
『瞬間支援発動』
『悪魔体』
『悪魔障壁』
『瘴気循環』
『筋力上昇』
『身体能力上昇』
『動体視力上昇』
『反応速度上昇』
『鋭敏上昇』
『闘気瞳』
『闘気鋭化』
『攻撃力上昇』
『攻撃速度上昇』
『貫通力上昇』
ただでさえ強い悪魔のくせに、サタンの身体を漆黒の膨大なオーラが包み込み、体の周囲に光る障壁が盾のように生まれる。というか、闘技使いすぎだろ。途中から聞き取れなかったぞ。
なんと言うことでしょう。ラスボスのような悪魔のくせに、まず自分に支援魔法をかけているぞ、サタン君セコすぎると思います。ボスとしての矜持を見せてほしかったぜ。ステータスは3万を超えたか?
『悪魔王剣召喚』
さらに禍々しい漆黒の大剣を召喚してくる。油断という言葉を知らない勤勉な悪魔である。まずはこちらの攻撃を受けるのが、ボスの特徴じゃないのか?
「では、参ります」
「雪花ちゃんの力をみせようぞ」
怯むことなく、雫は水晶の剣を持ち、雪花は拳にオーラを纏い距離を詰める。
サタンは2人を迎え撃つために剣を横に構えて、威嚇するように牙を剥き出しにする。
「シッ!」
「ハッ!」
ふたりは床を擦るように鋭角に移動して、サタンの左右に回り込む。回り込んだ雫がサタンの左の頭を狙い、横薙ぎに剣を振るい、雪花が右の頭を狙い拳を繰り出す。
サタンは2つの首を雪花に向けて、迫る拳を噛み砕こうとする。雪花はすぐに拳を引き戻し、腰を屈めると勢いよく右脚を振り上げて、蹴りを片方の頭に叩きこもうとする。
だが、サタンは2つの頭を鞭をしならすように、後ろへと下がらせて蹴りを空かす。回避された雪花は蹴り足を伸ばして、その遠心力を利用して身体を回転させて、タンと空中に浮き上がると肘打ちを繰り出す。
『竜帝鞭』
迫る肘打ちに対抗して、サタンは闘技を使用する。2本の頭が赤いオーラを纏い、鞭のように撓って雪花の身体を叩く。最初の一撃はパリンと硝子のような音がして、幸の防御魔法の効果で弾くが、次の攻撃は耐えられなかった。
「ぐっ!」
『柳風体』
メシリと胴体に竜の頭がめり込み、雪花は呻き声をあげる。すぐに柳に風と、ダメージを軽減する闘技を使用して攻撃を耐えようとするが、ステータスの違いが大きすぎて吹き飛ばされてしまう。
床に叩きつけられながら、激しくバウンドして転がる雪花。
『高位治癒』
すぐさま聖が回復魔法を使う。が、僅か一撃で口から血を吐き出して、雪花はふらついてしまった。
一方、雫の方は剣での打ち合いとなっていた。2本の頭だけで雪花を退けて、サタンは雫と向き合い、大剣にて迎撃をしていた。
雫は自分の身体を傷つけることができると、本能が理解したのだ。危険を察知して風のような速さで大剣を振るうサタン。雫はその大剣に水晶の剣身を横に添えるように合わせて受け流し続けていた。
「貴様の紅き姿。その根源は余と同じか!」
「そのとおりです、貴方では私に敵いません。両手をあげて降伏すれば、苦痛なく殺してあげます」
「おかしな奴らめ! 人間ではない奴らばかりが攻め込んでくるとは思いもしなかったぜ、こんちくしょう」
サタンが罵りながら、剣速を速めていく。激しい剣撃の打ち合う音が響き合い、お互いが振るう剣の動きは視認もできず、生み出される突風と、打ち合った際の火花が散るのみ。
ステータスはサタンの方が圧倒的に上だが、ボスのステータス割り振りはマナへ大きく振られており、サタンの万能性を活かすために、残りステータスポイントも平均的に割り振られている。そのため、器用度では雫が上回っており、かつ戦闘センスの高さにより、攻撃は尽く受け流されていた。
『超加速脚』
サタンは均衡を崩そうと、闘技を使用する。加速する世界で、超加速した自身以外はゆっくりしたほぼ停止した動きとなる。
『超加速脚』
だが、雫もすぐに対抗して加速する。
「ちっ、やはり加速系統を覚えてやがったか」
「前衛なら当然です」
口を歪めてサタンは目を険しくさせる。雫はフッと酷薄な笑みを浮かべて、その問いかけに答えて、身体に闘気を巡らせる。
『嵐帝剣の舞』
『悪魔王の剣舞』
暴風を巻き起こし、雫は剣の舞を繰り出そうとする。が、サタンも対抗し、お互いのマナがぶつかりあい四散した。しかしサタンの方がステータスが上のために、雫の身体に切り傷が生まれて鮮血が迸る。パリンと音がして、防御壁が消えたことに、雫は舌打ちする。
だが、致命的なダメージとは程遠く、雫の動きに乱れはなく、再びお互いの剣が打ち合いを始める。
「千日手とはいかねぇぜ!」
雪花を退けた2本の頭を引き戻して、大きく口を開く。
『2頭竜の地獄息吹』
2つの口に超高熱の炎が集まっていき雫を狙う。回避しきれないと後ろに下がり、雫は腕をクロスさせて、闘気を活性化させて抵抗の構えをとる。
脚を踏み込み、サタンは大剣を横に構えて、雫へとニヤリと嗤う。
「詰みだなっ!」
『地獄閃』
ゴウッと、2つの口から業火が吹き出されて、同時にサタンの横薙ぎが繰り出される。大剣の一撃は漆黒の輝線を雫へと飛ばす。
『ディフレクト』
雫はその攻撃が致命的だと理解した。すぐに剣を構え直し、迫る一閃を受け流す。キィンと音がして一閃を弾くが、そこまでであった。
ブレスが同時に雫へと襲いかかり、素早く引き戻した雫の両腕を焼き尽くし、その身体も炎で覆うのであった。
トスンと軽い音をたてて倒れ込む少女に、サタンは勝利を悟った。地獄の闘技は治癒無効だ。回復するためには、まずは治癒無効を解除しなくてはならない。そのような時間を神官に与える気は毛頭なかった。
「と、時は動き出す」
倒れ込み、腕が灰となって失われた少女が呟く。そのとおりに、加速された世界は終わり、元の時間の流れに戻っていった。加速された効果時間が終わったのだ。
だが、問題はないとサタンは考えて
『超加速脚』
「なっ!」
静かであった魔法使いの男が呟く声音を聞いて身体を強張らせる。
振り向こうとしたが、その時には魔法使いの男は悪魔よりも禍々しいオーラを纏いながら闘技を使用していた。
超加速の闘技を。
『四元核魔法槍』
4本の水晶の槍を防人は生み出していた。とっておきの一撃必殺。炎も氷も土も闇も水晶の槍に全て押し込められて、その周囲は空気が熱されることも、凍ることもない。
完璧にその力を制御して、防人は人差し指をタクトのように振るう。この隙を狙っていたのだ。
「加速系統を使う時は要注意だ」
キンと音をたてて、槍は空間に穴を空けて突き進む。空間の歪みに空気が入り込み、軌跡には突風が起こり砂埃が撒き散らされる。
『超加速脚』
サタンがすぐに対抗してくるが遅かった。加速された世界の中を飛んでいった核魔法の槍はサタンに突き刺さり、その身体を大きく抉りとる。2つの頭が砕かれて、右半身と左足が同様に抉り飛ばされる。
「ガハッ、魔法使いが加速系統の闘技をっ! だが」
『瞑想再生』
マナを集めて目を瞑りスキルを使う。ピカリとサタンの身体を純白の粒子が覆い、吹き飛ばされた身体を癒やす。砕かれた頭らが元に戻っていき、右半身も左足も肉が盛り上がると再生を始める。
サタンは万能であり、デメリットを受けない形で回復スキルも持っているのである。
『超加速脚』
あの魔法使いは危険だと、回復が終わり次第殺そうと考えて、その身体を小さい影が覆ってきた。
なにが来たのだと、サタンは振り向き
「悪魔よりも悪魔みたいな奴らだったか」
倒したはずの少女が口に剣を咥えて、迫っていた。まさか腕を無くして、なおも死にかけの身体で攻撃をしてくるとは想像もしなかった。悪魔よりも諦めない化け物だ。再生が完了していないサタンは動くことはできずに苦笑を浮かべて、少女の思念の呟きを聞く。
『妖精剣一閃』
ヒュ、と音がしてサタンの頭から身体を剣が通っていくのであった。
竜の身体は絶対的な防御力を誇るはずなのに、全く抵抗することもなく、少女の剣はサタンの身体をあっさりと引き裂いて
『四元核魔法槍』
分断された身体にトドメの魔法が叩き込まれて、サタンは僅かに肉片を残すだけで、死ぬのであった。
コアが床に落ちて、キンと涼し気な音をたてる。その音を聞きながら防人はニヤリと嗤う。
「先入観は捨てておかないとな。雫の使う能力向上系統闘技は俺も使えるんだぜ」
繊細なる魔法操作を行える俺が、闘技を使用できないわけがないのだと、肩をすくめる。まぁ、覚えようと思ったのは雫さんと戦闘したあとだったんだけど。加速系統はヤバい闘技すぎる。魔法使い不利すぎだろ。
戦ってみたら、僅かな時間だ。だが、密度の高い戦闘であった。俺はマナがほとんどないし。また雫さんボロボロだし。雪花はちょっと男が見たらいけない姿になっているし。あの和服脆いよな。
セリカが戦っていた悪魔兵が消えていったので、サタンを倒したら消える敵だったようだ。
「まずは雫さんを回復しないとな」
魔法破壊で、治癒無効は解除できるんだよなと、マナを集めながら防人は倒れている黒焦げのパートナーへと駆け寄るのであった。




